上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 11月 26日

古本屋の掃苔帖 第三百四十九回 都築道夫

ディレッタントという言葉を手元にある広辞苑でひくと、
「好事家、一般に何事も慰み半分、趣味本位でやる人」と
説明されている。あんまり肯定的とは言い難い表現である。
もっとも私どもが店で常用している広辞苑は、昭和30年に
出た第一版。新しいのは入って来たら、右から左に売りさば
いちゃうから、古いのしか残っていないのだ。
高度成長期前夜の昭和30年には、あまりディレッタントが尊
ばれる世相ではなかったのかもしれない。

都築道夫は、その広辞苑第一版が出された翌年早川書房に入社、
「エラリー・クィーン・ミステリー・マガジン」の初代編集長
になっている。御歳27歳の随分若い編集長である。
正岡容に師事し、兄は同門で落語家の鶯春亭梅橋。談志の「現代
落語入門」にも名前が見えるが、残念ながら30歳で早逝している。
都築のディレッタントぶりは、この兄の影響だと言われている。

ディレッタントに、少なくとも昭和30年時点の新村出と岩波書店は
好意的ではないようだが、昔も今も趣味のディレッタントならともか
く、それを身過ぎ世過ぎの看板にしている人は大変なようだ。
まず金が要る、知識が要る、センスが要る。そうして、もしそのうち
どれかに恵まれていなくとも、決してオモテに表わさない気持ちの
余裕とツッパリが必要なのだ。

人生良いときもあれば、悪い時もあるが、その度にあくせくするよう
では、ディレッタントのメッキが剥がれる。中でも死に際というヤツ
を如何に飾るかがディレッタントの生き様の通信簿になるように思う。
死に際になって、急に悟ったような事を言ったり、何かの宗教に入信
したりというのは、弱さを抱えた一人間としては理解できるが、やっぱ
りその時点で一生磨いて来たディレッタントの金看板は降ろしたも同
然である。
わかりやすく言うと、幸福の科学に入信して、あげく怪死したKは失格
だが、「ちょっと南半球クルーズに行って来ます」と言って淡々と去った
杉浦日向子さんは格好いい。

人の事を偉そうに言って、お前どうなんだ?と言われると、Kタイプにな
らないよう務めるのが関の山で、とっても杉浦さんのようにはなりがたい。
もっとも、私はディレッタントでもなんでもない、紙魚商売の小商人に過
ぎないから問題じゃないが。

さて、ディレッタントという看板を読者としての私が知る限りでは、一度
も濁す事の無かった都築道夫師匠は、2003年の明日11月27日に他界して
いるのだが、死んだ場所が中々オツだ。なにせハワイのホノルルである。
そりゃ人間ひとりの終焉だからさまざまあったかもしれないが、親戚縁者
でもない一読者としての私たちとしては、賞賛して惜しみない。
それでこそ残した作品も生きるってもんだ。やるねー師匠!
行きたいねぇー、ワイハ!
ディレッタントじゃないけど、私も死ぬときゃ南の島がいい!
金があればだけどね。無きゃ、どっかの施設に入れられちゃったりする前
に、本の下敷きにでもなって死ぬさ。

享年74歳
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by shanshando | 2006-11-26 16:56 | ■古本屋の掃苔帖


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