上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 12月 26日

古本屋の掃苔帖 第三百六十三回 ウィリアム・G・モーガン

本当のことを言えば、年の瀬から正月にかけてのこの時期が
大嫌いだ。
子供の頃は勿論好きだったし、20代のころも初めのうちは好
きだったような気がする。
嫌いになり出したのは、たぶん中年と呼ばれる歳になってから
だと思う。特に自分で商売を始めてからは、ますます嫌いにな
った。
私が興居島屋を始めたのは11年前の1995年で、勿論バブル
はとっくの昔に弾けて、景気の下降線も下がるだけ下がって、
新聞やテレビも今が景気の底であるかのような報道をしていた。
「もし、今が景気の底であるなら、開業するのに今ほど適した時
はないのではないか!なにしろここからは、良くなることはあって
も悪くなることはないのだから!」

頭の中にいくつものをひらめかせながら、私は思い切った(私にしては)
借金をして、手ごろな店舗を探し、自らトンカチをふるって興居島屋
の店を作った。思えばもう中年にさしかかっていたとは言え、あの頃
の私は元気だった。慣れない大工仕事も、理想の生活を手に入れる
為の関門と思えば、頑張れた。
大丈夫!うまくいくはずだ!なにしろ景気は底で後は上昇あるの
みなのだから!
……ところがどっこい底の下には、まだ底があった。

あれから11年、一度たりとも安閑と送れた年末年始はない。
夏枯れの8月は、なんとか乗り切れても、年末年始という魔のシー
ズンを乗り切ることは、サラリーマンのみなさんに高額のボーナス
が支給され、クリスマス歳末商戦で街が賑わった昔ならいざしらず。
現在では至難の業である。
この十一年の間に一体何人の同業が廃業していった事だろう。
今年もまた絵本関係で良心的な仕事をしていた同業が2軒店を閉じ
た(1軒は厳密には今閉店の告知をして営業中)
彼らが去っていく中、私どもが何とか青息吐息でも続けているのは、
無論私が優秀なのではなく、その逆で無才ゆえ転業の宛てがない
という事に尽きる。

いや、無才は無才なりになんとか就ける職もないのではないだろうが、
なにしろ46を過ぎた身での転職は容易ではない。
そんなことをいうと50代60代で頑張っている方たちの叱責を受ける
かも知れないが、先日読んだ司馬遼太郎の「風塵抄」にもそんなこと
が書かれていたけど、人間、とくに男性は40代で一度肉体的な限界
点に達するのだそうだ。そういえばこのブログで紹介している人たちの
享年にも意外と40代が多い。

心身ともにふらふらになりながらも、私はゴキブリのごとく来年も生き
るのであろうけれど、もしこれから独立開業を目指している方がいたら
これだけはご注意しておきたい。
もしアナタに有り余る若さか、有り余る資金があるなら別だけど、
会社の早期退職金をあてにしてするような開業なら止めておいたほう
がいい。今の政府が今の政策を掲げている限り、零細業者などに景気
の恩恵が廻ってくることは金輪際ない。
会社がリストラしようとしても、根が張ったように居座り、あらゆる虐待に
耐え得るように心身を鍛え、食いつぶせるだけ食いつぶしてやりなさい。
間違っても、退職して古本屋をやろうなどと思わないことだ。
早死にしますよ。

1942年の明日12月27日、ウィリアム・G・モーガンという老人が72歳
で亡くなっている。この人はYMCAの体育教師で、バレーボールの考案
者として歴史に名を残した。当時ミノネットと呼ばれたこのスポーツは、バ
スケットが激しすぎる為中年サラリーマンのスポーツに向かないと考えた
モーガンが考えたものであった。そういえば日本でも昔の映画や漫画を
みると会社の屋上で腕まくりしてバレーボールをしているサラリーマンが
出てきたっけ。
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by shanshando | 2006-12-26 14:48 | ■古本屋の掃苔帖


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