上々堂(shanshando)三鷹

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2007年 02月 23日

読書は塀の中で

私は、一般的な古本屋さんより出張買取の数が多いと思う。
少量でも出張いたします!を実践しているからだ。
12年目に突入してもう延べ件数5000件には達している。
ただし、これは喩えは悪いが「下手な鉄砲も…」というやつで、
90%は所謂並みの買取りである。(実はこの並が古本屋の生命
線なのだが…)

さて並みが90%として、残り10%のうち1%が掘り出し物。これに
は案外面白い話は少ない。というか、人がいい目を見た話など私
なら聞きたくもない。
聞いて面白いだろうなと思うのは、残り9%の困った買取り、すべった
買取、ヤバイ買取の中に多いと思うのだ。基本的にやはり他人の不幸
は蜜の味なのだ。

こうした買取の話はさすがにすぐには生々しくって書けないものが多い。
極最近にもちょっと凄いのがあったけど、やはりまだ書けない。
人名を出すわけじゃないから密室でお話するのは構わないだろうけど、
ネットに乗せてしまうのはさすがにちょっと…。

もし、どうしても書けない方の話を聞かせろという方がいれば、人名
や場所はお教えできないが、一席設けて頂いちゃったりなんかすると、
ポロッとお話しちゃうかもしれない。ちなみに私は蟹や伊勢海老が好
きで、スッポンは食べた事がないのでわからないけど、たぶん大好き
だという事だけは言っておこう。

さて、今日の話ももう十年は前の事になる。
随分暑い夏で、午前中の買取に続いて、午後店に座っていた私の頭
の中は五時を過ぎるとビールの事以外なにも考えられなくなっていた。
交代は7時に来るはずで、それまでに堪え切れずに清涼飲料水など
飲んじゃうと、折角のビールの味が損なわれる。ここはひたすら我慢
と決め込んで頑張っている所へ一人の40代と見受けられる男性が
入って来た。喩えて云うなら小柄に縮めた菅原文太というかんじ、
「オイ、兄ちゃん、ここじゃ本を買ってくれるのカイ?」
「ヘエ、買わせていただきヤス!」私は思わず迎合してしまった。
「いやあ、この間出て来たんだけどよぉ、中で読んでた本が貯まっち
まってよぉ。部屋が狭いだろ、取りに来てくれるのカイ?」
「ヘエ、伺わせていただきやすでござんす。」緊張のあまり言葉がおか
しくなる。
「そうかえ、住所はここだ。今夜7時半頼むぜ。」
こっちの都合も確かめずに文太は肩を翻して出て行ってしまった。
ウーン、どうしよう?中っていうのは、きっとあの中だよなぁ。
ディズニーランドのぬいぐるみの中とか、お風呂の中とかいうんじゃ
ないよなあ。ウーン…

なないろ文庫時代はよく塀の中に入っているお友達だか舎弟だかの
ためにエロ本を買っていくお客が居て、あの中じゃ独特の基準で差し
入れの本を検閲すると聞いたことがある。安倍譲二氏の本によると
勿論文学書なども結構読まれているらしいが、今のお客さんはあん
まり文学書のタイプじゃなかったよなあ。行きたくないなあー、
家でビール飲んで心置きなく呆けていたいナァ。でも行かないと、
「てめえ舐めやがって!」って云うんでグサリ!とかいうのはもっと
イヤだし。
散々迷った末に私は7時半にその住所にあるアパートを訪ねてみた。
「おお、来たか!まぁ上がれ!」
「イエ、もうお玄関先で結構です。」
「お玄関先も奥も見たマンマの一部屋だ上がれよ!」
「ハッハイ」
上がると、四畳半の部屋に夏だというのに炬燵が炬燵布団付きで出
ていて、文太の他にもう一人男性がいて、その人はパンツ一丁で体育
座りをしている。文太は上にTシャツを着ていたが、すぐに脱ぎ捨てて
やはりパンツ一丁になり
「さあ、やるか!」
一体何をやるねん?勘弁してくれ!私は叫びだしそうになりながら凍
り付いていた。
「暑いから兄ちゃんも脱ぎな!」
「いえ、私はもう冷え性で…」
「そうか、汗かいてるじゃねーか。まぁいいや飲むか?」といいながら、
焼酎大五郎を差し出す。やるかというのは酒のことらしい。ヨカッタ。
「イエ、もう私はバイクですから、あの本は?」
「ああ、そうだったコレだ。」と言いながら、部屋の隅に置いてあった
ダンボールを引き寄せた。中味は予想通り概ねエロ本である。
どうしよう?その当時はまだエロも扱っていたが、どちらかというと
縮小方向に向かっていたのだ。しょうがない、安めの値段を言って
駄目だと云われたら、早々に謝って逃げよう。まさか指詰めろとは
云わないだろう。
「あの××円です。」
「ええ、ああそうかい、いいよ別に。それよりコレ見てくれよ。」
文太はあっさりOKしてくれて、数冊の大学ノートを取り出した。
標題に「読書記録」とある。促されるままに開けてみると綺麗な字で
書名と日付が書いてあり、所々感想のようなものが書いてあるようだ。
「中じゃよぉ、こういうの書かされるんだ。結構入ってたからねぇ。随分
読んだよ。」
見れば、推理ものや、チャンバラ小説らしきモノの名前も見える。こう
いうのはどうしたんだろ?
「このあたりはどうされたんですか?これだったらもうちょっと高く買え
るんですが。」
「ああ、そんなのはヒトにくれちゃったよ。兄ちゃんほんとうに飲まねえか?」
どうやら、買取よりも人恋しさで呼んでくれたらしい。もう一人の人は
いつのまにか体育座りを崩して横座りになって、ニコニコ笑っている。
「イエ、やっぱり運転がありますからそれは遠慮します。また本が出ま
したらよろしくお願いします。」私はすこし落ち着いてそう挨拶すると、
ダンボールを持って立ち上がった。

その時のエロ本は結局市場に流したように思うが、考えてみると無理
でも読書記録を譲ってもらうことが出来たら、そっちのほうが商売にな
っていたかもしれない。私もまだまだ若かった。

玄関の上がり口で靴を履いて、もう一度振り返って挨拶をした時、パンツ
一丁の二人はそろってニコニコと手を振ってくれた。
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by shanshando | 2007-02-23 16:06 | ■古本屋の掃苔帖


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