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2007年 06月 16日

立石仲見世通り商店街 その3

仲見世通り商店街の事務所は通りのほぼ中央の靴屋さんの隣の路地
を入った処にある。
ここの商店会はとても仲が良いらしく、私が理事長のお話を聞いていた
間にもいろんな人々が顔を出して、共有の物らしい自転車などを借りて
行ったりして、とても下町らしいお付き合いが微笑ましい。
理事長の長谷さんは、通りの古株の一人で、昭和21年に復員してきた
お父さんがこの街で商売を始めた。

戦時中まで立石の南口の商店街は仲見世と平行して隣り合う駅前通り商
店街だけで、現在の仲見世は田んぼを埋め立てて出来た戦後の闇市か
ら始まっている。現在のアーケードは昭和29年に建てられた二代目で、
つまり今年で53歳。
昭和29年といえば朝鮮特需が終わり、世の中が再び不景気に向かって
いった時で、当時の闇市あがりの店主たちは施設を新しくすることでもう
一度景気を呼び戻そうと必死だったのだろう。
当時建てられた各店舗は全て二階建てで、現在は一階しか使われてい
ない店舗も多いようだが、昔は皆家族で2階に住んで働いたのだそうだ。
初めにも書いたように一軒の敷地が広くて精々7、8坪狭いと1坪ちょっと
しかないところで営まれていた暮らしはどんな風だっただろう?薬屋さん
の店の前に貼ってあった写真の「雪の立石駅」、今では考えられないよう
な大雪に包まれた夜のホームのその向こうに寝静まる仲見世通り、いつ
もと打って変わって静かな夜の底で身を寄せ合って眠る家族…。
昭和は遠くなっちゃったねー。

隣り合う駅前通り商店街のほうは、間口も奥行きも充分あり、仲見世の店
舗を見慣れた眼には広大とすら映るが、残念なことにこちらは今や半分近く
がチェーン店に占拠されている。これはまぁ仕方がないと言えば仕方がない
話で、今や私たちの生活は例えばコンビニなしでは成り立たないかもしれな
いし、資本の論理を突き詰めていけばこうなるのは必然だろう。でも、やっぱり
日本中の町並みがチェーン店に占拠され画一化されるのには耐えられない。
幸か不幸か資本に取りこぼされた弱小店舗や場末の店舗こそ、地域の文化
を担える可能性があると思うのだが、現実は厳しいのだ。
というわけで、明日は立石仲見世通りが瀕している危機と今後の展望について
書いてみたいのでありましたです。(続く)
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by shanshando | 2007-06-16 13:46


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