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2005年 12月 11日 ( 1 )


2005年 12月 11日

古本屋の掃苔帖 第百二十七回 小津安二郎

小津安二郎に関する本というのは、溝口健二や黒澤明
などにくらべて圧倒的に数が多いのではないか、という
感が古本屋にある。
事実、数えてみるとどうなるかは知らないが、ここ近年
店に入荷する本の中で、ダントツに多いのだ。
何故、現代の読書人は小津を好むのだろう?
何かそれは白州正子の好まれ方に似ているような気がする。
戦後60年、アメリカ文化の模倣の喧噪に疲れた人々にとって
小津の揺るぎない日本人的な美意識は心強さと安らぎを与える
のではあるまいか。

繊細さに裏打ちされた信念が小津の作品には見られる。
数年前、深作欣二の撮った「忠臣蔵」(正式な題名はわすれたが)
を観て初めの数分でやめた事がある。
風呂場のシーンで何かの報告をかねて湯殿に入ってきた侍が相手の
背中を流すのに、尻バショリもしなければ、襷がけもせず湯を使う
のを観て気持ち悪くなったのだ。
役者のやる所作というのは、スクリーンを通じて観客も意識の上で
同時体験することになる。入浴という非常に身体的に繊細な事件を
映しながら、この監督はストーリーの展開にばかり頭がいって、映画
という表現にとって、じつはとても大事なストーリー上は無意味な所作
をなおざりにしているのだ。小津ならば絶対にこんな間抜けな演出は
しない。小津にはむしろストーリーなどなんでもよかったぐらいだろう。

深作は「仁義なき戦い」シリーズでみごとな仕事をしたが、麒麟も老
いては駑馬に劣るという事か。

小津の映画には勿論不自然な所作がいっぱいある。しかしそれは観る
者の身体的共感を裏切らない。身体的共感すなわち日本人が培ってき
た生活意識といってもよい。
美意識は何も高級な骨董や造作にのみ宿るものではない。生活の中に
今も偏在している意識の中にこそ、日本人のアイデンテティーはある。
小津の美意識はまさにそれで、それこそが今多くの読書人をして小津
の軼事に興味を持たせる所以ではないか。

小津安二郎は1903年の12月12日の生まれで、1963年の12月12日に
死んでいる。ちょうど60年在世したことになり、その間に監督した映画
作品は54本になる。
死因は腮源性癌腫
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by shanshando | 2005-12-11 17:05 | ■古本屋の掃苔帖