上々堂(shanshando)三鷹

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2005年 12月 21日 ( 1 )


2005年 12月 21日

古本屋の掃苔帖 第百三十五回 川谷拓三

1959年の「ひばりの捕物帖 振り袖小判」でデビューした。
いきなり死体役からのスタートである。役名すらない。
しかしそんな事はめずらしい事でもなかろう。多くの大部屋
役者たちがそんなものであったはずだ。
燻り続けて14年、ようやく注目をあびたのが1973年に公開
された「仁義なき戦い・広島死闘篇」、千葉真一になぶり殺される
役が評判を呼ぶ。
深作欣二はこのシリーズで、端役の人々にスターたちと変わらない
、いや時にはそれ以上に綿密な演技をつけたという。その事が映画
に激しい生々しさを生んだ。
川谷は嬉しかっただろう、映画が好きでしがみついてきた生き方が
そこで初めて報われた。
その同じ年、前作の大ヒットを受けて作られた「仁義なき戦い・代
理戦争」でははじめてポスターに名前が載った。
脇役でも脚光があびられる。その思いがおそらく彼を奮起させ、19
75年の「県警対組織暴力」では歴史に残る凄絶な取り調べシーンを
演じ、打撲や擦過傷で2日寝込んだ。そのほかにも日本初の火達磨
演技などまさに身体を張った伝説的演技のおかげで、彼はいつかスター
ダムに登って行った。
「前略、おふくろさま」ではじめて茶の間に登場した彼は、なんと言
っていいのだろう、当時子供の私などが見た事もないような危なさと
生々しさを総身から滲ませていた。どもるように、言葉をつかえさせ
ながら語るショーケンとのやりとりは、それまでのホームドラマには
むしろあってはならない差別的で破戒的な匂いがプンプンとして素敵
だった。普通に町で見かけそうな大人たちの持っている屈折を多少
デフォルメして演じる事によって、日常の裏面にある闇を表出させた。
あの頃が川谷拓三の最盛期であったと私は思う。
その後、いわゆる性格俳優という安っぽい言葉で括られるような役者に
なり、仕事や生活は安定したのかもしれないが、あの危険な魅力は薄れ
ていった。
それは当たり前の事だろう、あんな生々しい危険さを身の内に養い続け
る事は普通出来ないというか、あの一時期だけでも川谷拓三という役者
がそれを持っていた事の方がむしろ奇跡に近いのだから。

川谷拓三は1995年の明日12月22日肺癌のために死んだ。
享年54歳。
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by shanshando | 2005-12-21 21:25 | ■古本屋の掃苔帖