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2005年 05月 31日

お札

2005年5月31日火曜日 午前中雨、午後は降らないでね。

ふと、気付くとレジの中に昔の千円札がある。
漱石ではなく、その前の伊藤博文。
店番の麻耶ちゃんは偽札かと思ったという。
大塚さんはなんとなく記憶にあって、
小森さんは子供のころはこのお札だったという。
タマちゃんは・・・・知ってるよなぁ。当然。

勿論私には、このお札がもっとも馴染みが深かった。
お年玉の主流は、小学生高学年くらいからこれだった。
そのまえは、岩倉さんか、板垣さん。
変な帽子被って、箆をもった易者の親玉みたいなオッサン
には、あんまり縁がなかったなぁ。大人になってからも。

ところで、このオッサン聖徳太子は伊藤博文の前の千円札だった。
というと、店番嬢たちは信じない。
「何言ってんですか、聖徳太子は一万円でしょ。」
「なぁんだやっぱり知らんのか、千円札が一番高額紙幣だった
時には、聖徳太子の肖像だったのだよ。」
普段パソコンの操作などで、彼女たちに頭の上がらない
オヤジ店主はここぞとばかり、知ったかぶった。

実を言えば、千円札が聖徳太子から伊藤博文になったのは、
私が3歳の1963年11月で、如何に私でも赤ん坊の時は
銭勘定はしなっかたから、聖徳太子の千円札など記憶に
ないのだが、若者にわからない昔の事を得々と話したがるのは
オヤジの通弊である。

さて、レジの中の伊藤博文氏であるが、皺ひとつない新札同然
だが、今朝ATMで入金しようとして、受け付けて貰えなかった。
サイズが大きいから無理なのだろう。しかし無論いまだ立派に
天下の通用である。先着一名様にかぎり、ご希望の方におつり
として差し上げる。レジで「伊藤博文まだありますか?」と言って
ください。
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by shanshando | 2005-05-31 13:40 | ■原チャリ仕入れ旅■
2005年 05月 29日

発見

2005年5月29日日曜日 晴れのち曇り

店頭に出す本をきれいにしながら、興味のある本はどうしても、
中身をぱらぱらめくって見てしまう。ちょっとめくったつもりが、
すっかりひきこまれて、はっとしてあわてて仕事にもどる、
なんてこともしばしばです。
…はい、ごめんなさい。がんばります。

出久根達郎『百貌百言』(文春新書)をなにげなくめくってみたら、
たまたま向田邦子の紹介のページで、こんな一言が目に入りました。

***

「どんな小さなことでもいい。毎日何かしら発見をし、『へえ、
なるほどなあ』と感心をして面白がって働くと、努力も楽しみの
ほうに組み込むことが出来るように思うからだ。私のような
怠けものには、これしか『て』がない。」
(向田邦子「わたしと職業」)

***

日々、同じ仕事をしていると発見は、というより自分のなかの
発見するちからはだんだんおとろえて、ふと、いいかげんな
自分に気がついたりします。
気がつけばまだいいほうで、気がつかないまま仕事を
こなしていると、ある日大失敗をやらかして、青ざめたりする。

「これしか『て』がない」と向田さんは言うけれど、それを
「て」にできることこそがすごいのだと思いながら、わたしは
今日何を発見しただろう。何について、なるほどなあ、と
思っただろうか、思い出してみる。

ええと…

須賀敦子『コルシア書店の仲間たち』(文春文庫)は須賀さんが
実際に「コルシア書店の仲間」として迎え入れられる話なのか、
「コルシア書店」をめぐる人々について書いている評論なのかと
勘違いしていた、面白そうだなあ、とか。

谷川俊太郎『詩めくり』(マドラ出版)に赤版と黒版があるのは
知っていたけど青版ははじめてみたよねえ、とか。

色川孝子『宿六・色川武大』(文春文庫)について調べていたら、
夫についての妻のエッセイをリストにしているサイトを見つけて、
へえ、こんなにあるのか、とか…

当たり前だけど本のことばかり。
そして仕事のためなのか、自分のためなのか、わからない
ことばかり。

とりあえず、本屋という職業にはまだまだ、飽きないで
いられそうです。
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by shanshando | 2005-05-29 22:34
2005年 05月 27日

夏到来かな?

2005年5月27日金曜日晴れ

自宅の二階の東向きの窓から入ってくる、日光がこのところ
強くて、それで目が覚める。
今日は朝いち、出張買取り。練馬区のOさん宅。
このところ店で欠乏していた、ちくま文庫の良いところが
売っていただけ助かる。
その後、埼玉、川越方面へ仕入れ旅。
午前中4軒廻るも、成果はわずか5冊。(木島始・スズキコージ
「ノガモのうた」「ラチとらいおん」など)
午後一時半、上福岡の古い団地の公園で弁当の握り飯を喰い、
木陰で昼寝しようと横になったが、ブヨが出てきて首筋や手首を
刺すので寝てられない。あきらめて出発。
午後、ハンドルを三鷹に向け直し、5軒、15冊(奈良美智「ともだちが
ほしかったこいぬ」など)

まだ、そんなに暑いという程ではないが、確実に夏が近づいている。
今年の夏こそ、宿願の「新潟遠征仕入れ旅」に出られるだろうか?
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by shanshando | 2005-05-27 22:28 | ■原チャリ仕入れ旅■
2005年 05月 26日

少しずつ

2005年5月26日木曜日 晴れ

朝一、Yさん宅へ出張買取。
今日でもう何度目だろうか?
およそ月一回のわりで、亡くなったご主人の
蔵書を買い取らせて頂いている。

たいへんな蔵書家だったご主人がなくなって
もう数年経つが、最近ようやく整理される気に
なって来たと、奥さんは仰る。
はじめに伺ったとき拝見した書斎は、まるで
主がついさっきまで座っていて、ちょっと煙草
でも買いに出たかのように生々しかった。
最後に書いていた原稿がそのまま開かれ
脇に置かれたペンにまだ手の温みが残って
いるかの様だった。
少しずつ、片付けながらご主人の業績を整理
して行くのが、奥さんのこれからの愉しみだと
仰る。そしてその過程で出た不要な本を当店
に売ってくださっている。
一度には精々ダンボール2、3個ずつ、ご主人
の残された、膨大な蔵書から見れば、相当
ゆっくりしたペースだ。
余程丹念に一冊ずつ吟味されているのだろう。

蔵書一代という言葉があるが、古本屋をやって
いると様々な蔵書の末期に出会う。
悲しい事だが、多くの場合は邪魔もの扱いされて
いるのが現実だ。Yさんの奥さんのような遺族は
珍しい。
「また、暫くしたらお願いすると思います。少しずつ
ですが。」
亡くなったご主人とその蔵書たちにとっても幸せな
ことだろうが、古本屋にとっても冥利に尽きることだ。
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by shanshando | 2005-05-26 23:46 | ■原チャリ仕入れ旅■
2005年 05月 25日

マリア忌投稿エッセイ

マリア忌が近づいて来ました。6月6日は晴れると良いですね。
しかし、雨の日の墓参もまた何か晴れた日とは違った感慨がありそうです。


☆完璧な少女             岡田生絲子

観潮楼跡の鴎外記念室に展示されている、鴎外が渡航先から子どもたちへ
宛てて送ったという手紙のことを覚えている。兄妹それぞれの年齢にあわせて
漢字と平仮名を使い分け、丁寧に言いまわしを変えている、教本のような
手紙だと思った。わたしはその手紙に完璧な父親としての鴎外を見た。
鴎外という完璧な男性を父に持ち、その父より深い愛情を注がれた森茉莉が、
父との関係をもはや恋愛であったということ、そう言わずにはおれないことが
わかるような気がする。茉莉が愛しているのは父だけではない。父が傍にいて
守られていた少女期の、卵焼きの味やビロードの手触り、洋傘の色、
そういった景色のすべてを茉莉は愛している。現実を生きるには無垢すぎる
茉莉が、記憶の中の鴎外と自分をみずからの全世界とし、守りぬくために
言葉があり、小説があったのではないかと思う。
以前、筑摩書房から刊行されている森茉莉全集の一冊を何気なく手にとった
わたしは思わず、全巻箱から取り出して眺めてしまった。
なんてうつくしい装丁だろう! 
文章を読んでしずかに焦がれ、本を手にとってますます惹かれゆく、
記憶に生きた完璧な少女は今もこんなふうにわたしを魅了する。少女は
今もその完璧なうつくしさの世界に守られている。


☆tomonkyさんからの投稿エッセイです。

森茉莉という文字を見ると、ついついその字面から茉莉花茶を連想してしまう。
彼女の存在を知るずっと以前、今ほど海外旅行が日常の一部ではなかった頃、
台湾だか香港だかのおみやげをもらい、初めて茉莉花茶というものを目にした。
妙に華美ではあるもののけっして高そうではないデザインの缶。中を開けると
ストンと甘い香りが一瞬、時間をとめた気がした。
根深い欧羅巴の夢が巣食っている森茉莉のイメージに、亜細亜の庶民が飲んで
いる茶を重ねてしまうのは少々強引かもしれない。
貧乏臭さを根こそぎ追放し、それに代わる豪華な雰囲気をとり入れることに熱中
していた老婆を思い浮かべながら、茉莉花茶を硝子の洋盃に注ぐ。
近々やってくるであろう雨音に耳をそばだてながら、その深い琥珀色をうっとり
と眺めるのも一興ではないだろうか。


☆記憶の繪            まめつぶ庵

外から定規をあてて矯正されたり、植木屋が木を針金で撓めるような事を
まるで受け入れない、外見には脆弱な、しかし実は強固な内部自然を有している
人物に遭うと、私などは羨望のゆえに距離を置いてしまう。
森茉莉といふ人の文章には、明治・大正の教育をうけた人ならではの教養と鍛え
られた客観性のむこうに、どんな外部の規範や常識もはね返す、強い内部自然を
感じる。平たく言えば「我が儘」ということだが、その「我が儘」が文中に綴ら
れる言語に常人の予測を超える選択や展開をあたえるのだと思う。そして、それを
読む事で、そうした強い内部自然を持たない私なども痛快さを味わう事が出来る。
(ご本人は書いていて痛快だったかどうかは疑問だが。)
在世中の森茉莉に直接接された方の体験は羨ましくもあるが、私などは著者と
読者という距離が適当なのかもしれない。直接遭ったら翻弄されそうだ。

☆マリア忌&森茉莉イベント    白川宗道

  森茉莉忌パリの匂ひの日傘ゆく 宗道
掲出句は《日本詩歌句協会編・俳句歳時記》(ほくめい出版)に掲載された
「森茉莉忌」の例句である。「森茉莉忌」としては初登場だ、と思う。とても嬉
しかった。もう一句は、《綺羅綺羅と薔薇に雨散る森茉莉忌》。こちらは、土肥
あき子さんの秀句。中七の「薔薇に雨散る」は、白川好み。「綺羅綺羅と」も
茉莉さんのイメージでいい。また、命日の6月6日がやってくる。《森茉莉ドット
文学館》の企画で、昨年はバスツアーを開催。国際詩人・白石かずこ&高見
順賞詩人・中上哲夫(俳号ズボン堂)両氏ほかもアテンド。代沢散策、講演、
禅林寺墓参と、皆でENJOYした。以下は、二次会(句会)での作品。
  雨季のある国に生まれて森茉莉忌 ズボン堂
都合で、今年は6月11日(土)にイベントを開催。メイン会場は世田谷・邪宗門。
12時半スタンバイ。詳細は:J句会のサイトにアクセスし、句会通信・最新号を
参照してください。OR 携帯:090-9975-7855、白川まで。ゲスト予定。姪の
五百さんも参加予定です。ぜひ、お出掛けください。皆さん、楽しくやりましょう。
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by shanshando | 2005-05-25 21:05
2005年 05月 24日

空間

2005年5月24日火曜日 晴れのち曇り夕方から雨

毎日のように、いろんなお宅に出張買取に伺っていると
時にため息が出るほど「良い家」に逢う。
「良い家」と云ったって、なにも立派な造作とか、洒落た
デザインの事を云っているのではないし。勿論、風水上
どうとかと云うのでもない。
なんとも曰く云い難い魅力のある家と云うのがあって。
呆然としてしまい。本の査定も忘れてしまう。

程よく朽ちた窓枠の向こうに見える蜜柑の木の若葉、
そこを抜けて吹いてくる五月の風、こうしたものは
まさに天の配剤であって、建築家やデザイナーの
思惑を超えている。

雨の音を聴くのに最適な空間や、静かに古い時間に
思いを馳せてしまう空間というのは、其処に住んでいる人
の無意識がそれを造形しているのかもしれない。

このところ季節もよいせいか頻繁にこういう魅力的な
空間に出逢っている。
そして、其処の住人は皆申し合わせたようにこう云う。
「ここで昼寝すると最高ですよ。」
「最高ですよ」と云われたって、まさか「じゃあ、今日の
午後枕を持って伺います」とも云えないのに。


6月11日に「マリア忌」のイベントがおこなわれる世田谷
「邪宗門」は森茉莉さんが気に入って通っていた店だと聞く。
集まる人の中には生前の森茉莉さんと親しかった人が多い、
そこでは「森茉莉が居た空間」が再現されるのだろうか?
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by shanshando | 2005-05-24 21:06 | ■原チャリ仕入れ旅■
2005年 05月 21日

マリア忌によせて。 エッセイを募集します!

上々堂の近所にある禅林寺といえば、太宰治のそして
森鴎外の墓所として有名ですが、ここは鴎外の愛娘で
ある作家森茉莉さんの墓所でもあります。
来る6月6日は命日「マリア忌」です。
森茉莉さんに関しては、今更説明するまでもないと
思いますが、ひとつだけ古本屋として感じている事を
言いますと。この作家の独特の生い立ちと生活、そこから
生み出された文学世界は死後18年を経て、ますます共感を
得ているという事です。
性別・年齢を問わず森茉莉さんの作品、または森茉莉さん
に関する書物は人気があります。
このたび、上々堂のブログでは森茉莉さんあるいは、彼女の
作品に対する思いを綴ったエッセイを募集したいと思います。
締め切りはマリア忌の前日6月5日まで、
shanshando@aol.comまでメールでご送付くだい。
到着順に随時ご紹介したいと思います。

また、森茉莉さんに関しては俳人であり、新宿2丁目のBAR
「SATURDAY」のマスターでもある白川宗道さんの管理され
ている「森茉莉ドット文学館」がたいへん興味深いのでぜひご覧
ください。6月11日にはイベントがあるようです。

「森茉莉ドット文学館」へのリンクは5月24日よりはらせて
いただきます。
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by shanshando | 2005-05-21 21:38
2005年 05月 20日

昭和にワープ

2005年5月20日金曜日晴れときどき曇り

魔日というのだろうか?
何軒廻っても、なかなか良い絵本に出会えない日がある。
絵本を蒐め始めた当初は、最低でも一日に60冊買うまで
帰らないと決めていたので、近場で出物が無いと、どんどん
遠くまで足を伸ばし、気がつくと神奈川も静岡に近いあたり
まで来てたり、茨城に居たりしたものだが、最近はそんな
無茶はしなくなった。

おかげさまで、店に絵本を持ち込んでいただけるようになった
からだが、さすがにそれだけでは品物が偏る。
いくら良い絵本だといっても、「百万回生きたねこ」と「がら
がらどん」ばかりが100冊ずつあっても商売にはならない。
お客様は上々堂の棚にこの前は見なかった絵本が出てる事を
期待して来て下さるのだ。
そこで、どうしても仕入れ旅の必要が出てくるのだ。

しかし便秘といっしょで、出ないときはどう踏ん張っても出ない。
最近は達観して、魔日だと思うとさっさといつものお決まりの
コースから離れて、知らない道に入ってみる事にしている。
そうすると、そこには今まで知らなかった古本屋があって、
珍しい絵本が信じられないような値段でザクザクあるかというと。
まずそんな事は無い。
原チャリのハンドルを切った時点で、もう商売は忘れている。
脇道にはいろんな発見があるのだ。

古びた商店街の一角にある鯛焼き屋、
可愛い庭の付いた平屋の木造住宅、
立派な瓦葺きの銭湯、
稽古帰りのちびっこ剣士。
幹線道路から少しそれるだけで、そんな
まるで昭和にワープしたような時空間が、まだ
関東の随所にある。
そんな時空間を味わいながら、妄想癖のある古本屋は、
実際にそこで暮してみる事を想像する。

今日は、埼玉で世界の水パイプを商っている骨董店を見つけた。
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by shanshando | 2005-05-20 21:50 | ■原チャリ仕入れ旅■
2005年 05月 19日

青色に沈む夢

2005年5月19日木曜日 晴れのち曇り

いま、だれもいない上々堂に流れているのは、
ジョニ・ミッチェル(JONI MITCHELL)の『BLUE』です。

アン・サリー(ANN SALLY)がカバーしている曲が
あったけど、これはどなたのCDなんでしょう、と尋ねて
こられたお客様が、先日いらっしゃいました。
そう、アン・サリーが歌ったのは『BLUE』所収の
「ALL I WANT」、アン・サリーの歌声もとてもうつくしい。

と、したり顔で書いてみましたが、わたしは音楽、とりわけ
洋楽には詳しくありません。『BLUE』はわたしが持っている、
洋楽CDの数少ないコレクションのうちの1枚です。
では、なぜこのCDを持っているのか、これにはほんとうに些細な、
けれどもなんとなく忘れられないエピソードがあります。

学生時代、新古書店でアルバイトしていた知人の、
勤務先のお友達として、わたしは彼を紹介されました。
音楽をやっているという彼のライブを幾度か聴きにゆき、
その歌声や、彼の作る楽曲を、とてもいいと思った。
オリジナルのあいまにはっぴいえんどのコピーを
演奏したりしていました。

わたしは彼とほとんど話をしたことがありません。
けれども知人が彼の話をするのを、毎日のように
聞いていたせいか、なんだかわたしもバイト仲間の一員として、
本を磨きながら彼とこっそりおしゃべりしているような、
そんな気持ちで彼を近しく思っていました。

そんなある日、わたしの誕生日が来て、知人がわたしにタワー
レコードの包みをくれました。これはあの彼からのプレゼントで
あると知人は言いました。わたしが誕生日だと話をしたら、

こんなCDを聴いている女性なら、とても魅力的だと思う。

と言って、彼がプレゼントしてくれたのだと言うのです。
それはわたしにとって予想外の、けれどもとてもうれしい
贈り物でした。どきどきしながらCDをかけてみると、
どこまでも空をのびていく道のような、澄んだ声。
わたしはいっぺんでこのCDをすきになり、いまも
こうして手元にある、それがこの『BLUE』なのです。

ほとんど話をすることがなかった、もともと無口らしい
彼の歌声や、知人を介して何度かやりとりしたよそよそしい
手紙や、彼の誕生日に何を、何をあげたんだったろう、
ただ包装を、苦心してバラのかたちにしたことは覚えている、
そんな断片的な記憶を、きっといつまでもとおいひとだから、
何度もうつくしい絵のように思い出すのだとおもいます。
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by shanshando | 2005-05-19 21:49
2005年 05月 18日

森茉莉

2005年5月18日水曜日 曇り風強し

このあいだの日曜、必要があって仏蘭西料理店で昼食を摂った。

「必要があって」とわざわざ断るのは、必要がなければ
そんな豪勢な昼食を摂ることはまず無いからだ。
このブログを読んでいただいてる人の中には、将来
古本屋になろうと考えている人がいるかもしれず。そう
いう人に、古本屋はしょっちゅう仏蘭西料理の昼食を摂れる
程、儲かる商売だと思わせるのは罪な事だと思う。
実際、普段は昼食など本に埋もれながらコンビニおにぎり
をかじっていることが多い。

さて、とにかく仏蘭西料理店に行ったのだ。
店は吉祥寺駅近くの「F亭」。
井の頭公園の傍、吉祥寺通りに面した門をくぐると、エント
ランスに達するまでの小道が花におおわれていて、雑然と
した街並みとは隔絶された優雅な空間にいざなわれるよう
に演出されている。
店内は清潔で採光が良い為、空気まで柔らかに感じる。
我々が予約していたのは、ランチタイムも終盤にさしかかった
1時半だったのだが、見渡す限り一階は満席で、2階も個室も
埋まっているようだった。

なんだかグルメ雑誌の記事みたくなってきたが、話したいのは
この先である。
着席して、料理を注文してから何気なく店内を見渡して気づいた
のだが。店内の一番良い席、おそらく貸切パーティーの時などは
主賓がすわるような場所に女性が一人端然と座っている。
歳はそう30代後半から40ちょっとというところだろうか?
席は本来4人掛けである。
マァ普通に考えれば、待ち合わせの連れ待ちという処だろう。
それだけなら、なんの不思議もない光景だ。
しかし、私が気になったのは彼女が背筋をのばして優雅に本を読
んでいたことなのだ。

これがカフェならわかる。待ち合わせの相手が遅れることを予測して
カフェに本を持参して行った経験は誰にもあるだろう。しかし、昼下がり
の満席の仏蘭西料理店で悠然と読書!これは映画でだってあまり観ら
れない光景だ。かっこよすぎる!

そのうち、こちらの席に誂えた料理が運ばれだしたので、ずっと観察
していたわけではないが、どうやら最後まで彼女の席に連れらしき人
物は現れなかったようだ。

すわっていた席から推し量って、おそらく彼女はこの料理店のお得意様
なのだろう。いったいどういう身分職業の人だろう?などということは、
どうでも良い。私にとって気になるのは彼女が何の本を読んでたか?
ということなのだ。

その頃、店主不在の上々堂には森茉莉の本が持ち込まれていた。
うーむ、森茉莉、そうだったのか うーむ。
話が出来すぎとお思いか?
落ちがある。
この森茉莉は状態が芳しくなかった為こちらとしては精一杯つけた
金額がお気に召さず。破談と相成った。
お持ち頂いたのは、クダンの女性よりあと少し御歳を召した女性だったとか。
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by shanshando | 2005-05-18 23:07 | ■原チャリ仕入れ旅■