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2006年 08月 31日

古本屋掃苔帖 第二百九十七回 リョコウバトのマーサ

昨日まで、滋賀に居た。
ふる里は遠きにありて思うもの、と言うほどではないが帰る
度に、同郷人のモラルの低さ、想像力の欠如には嫌気がさす。
電車では、お年寄りが居ようが、妊婦が立っていようが、知らん
顔で高校生やサラリーマンが、優先座席に座っている。
湖岸の浜辺には、カップ麺の殻が丁寧に箸まで添えて捨ててある。
明らかに、地元の土木・建築業者だけが喜ぶ愚にもつかない「箱も
の行政」の成果だけが、林立し、山林や水田は潰されて行く。
大河ドラマ狙いで「信長の館」なる中身の希薄な、展示館ができて
いたが、おそらく数年後には民間に払い下げてパチンコ屋にでもな
っているだろう。文化など不毛どころか皆無なのだ。

滋賀県人の自慢と言えば、数多くの財界人を輩出したことにあるが、
成る程こういう公徳心の無い土地の出身者が牽引してきたからこそ、
日本企業は世界で嫌われ、国内には未来になんの展望もない、使い
捨て文化が横行している。
自虐史観、自虐史観と阿呆の一つ覚えみたいに、喧しい昨今だが、
自虐の種を探すなら、何もわざわざ近現代史をあげつらうまでもない、
今現在我々が寄食している文化こそが、自虐の種になり得るではない
か、と思えてくる。

イヤ何も、自分の事を棚に上げて私ごときが威張っていいとは、思って
いないし、故郷に根付いて、マジメに環境問題や社会問題に取り組ん
でいる人達もいて、それが様々な成果を上げている事も知っている。
私の母の家のある草津は、全国に先駆けて地域通貨を取り入れた町
だし、先日就任した知事をはじめ、他県からやってきて、琵琶湖の治水
や水質、生態系などの環境問題に取り組んでいる人もいる。

以前から、琵琶湖は工業廃水生活排水による汚染だけではなく、ブラ
ックバスなどの外来魚による生態系の破壊が問題になっている。スポー
ツフィッシングという美名に糊塗された悪質な自然冒涜が、在来種の激
減を招き琵琶湖で漁業を営む人の生活を脅かし、鮒寿司などの伝統食
の存続も危うくしている。
BOOKOFFの代表取締役社長である実姉とともに古本屋の在来種の撲滅
を目指していらっしゃる清水国明さんは、あらゆる方面で在来種に敵意を持
っていらっしゃると見え、バス釣りの擁護派の先頭にも立っていらっしゃる。
古本屋のほうの在来種は、ニゴロ鮒より逞しいのでちょっとやそっとで絶滅
はしないが、自然はそうはいかない。

18世紀には世界の鳥類でおそらく最多の生息数が数えられるとされた、北
米大陸のリョコウバトは、食肉として乱獲されるだけでなく、ハト撃ちという
無益なスポーツの犠牲になって、その数が激減、20世紀の初頭には野性種
は見られなくなり、1914年の明日9月1日シンシナティ動物園に保護されてい
た最後の一羽 マーサが死ぬことによって完全に絶滅した。
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by shanshando | 2006-08-31 16:12 | ■古本屋の掃苔帖
2006年 08月 27日

季節とは自転車のはやさ

2006年8月27日日曜日 くもり

たくさんの人に囲まれて岩場を歩いていました。
この人たちは誰なんだろう、やけに馴れ馴れしいけれど、
ここすべりやすいし、いやだな離れたいな、と思っていると、
わたしの斜め左うしろの誰かが案の定、つるっとすべりました。

あぶない!

びっくりして手をのばすと、あらら、ものすごい衝撃。
ええ、ベッドから落ちていました。夢を見ていたんですね。
落ちる時に机の脚で右手を擦ってしまい、小さなみみずばれが
思いのほかひりひりといたみます。
それにしてもベッドから落ちるとは…
暑さも多少やわらいだ今日このごろ、みなさまいかが
お過ごしでしょうか。

ひょんなことから、新潮文庫『東京自転車日記』(泉麻人)を
面白く読んでいますが、最近まったく自転車に乗っていない。

実家に住んでいたころは、駅が遠かったので毎日のように
自転車に乗っていました。そのころ友人と一致した意見で、
「好きな人に見られたくない自分のこんな姿」の1位に
見事(?)輝いたのが「急な坂道を自転車でのぼっている時の
必死な自分」でありました。いやはや、あのぶさいくな姿は
好きな人でなくても、あまり見せたくないですね。

でも、自転車に乗るのは好きでした。
風で季節を感じられるのがなにより気持ちいい。
少々危険ではありますが、CDウォークマンで好きな曲を
聴きながら、にぎやかな大通りへ出れば時には歌いながら、
知らない町を突っ切って走る、なんとなく浮かない気分も
そんなふうに自転車を走らせれば、すっきりしたものです。

何台も乗りつくしてたどりついたのが、いわゆる「ママチャリ」が
一番、ということ。丈夫だし乗りやすい。おしゃれな自転車は
かごが小さめで品物(特に本の角)が傷ついたり、停めたときの
安定が悪かったり、何より盗まれる!
カバーがやぶれて雨水のしみ出すサドルに、スーパ—のビニール袋を
かぶせて、なんとも貧乏くさい姿をさらしながらも、自転車置場の
たくさんの自転車の中に自分の「ママチャリ」を見つけると
どうにもいとおしい…

今、住んでいるアパートの階段の下で蜘蛛の巣にまみれている
自分のかわいそうな自転車を、ちょっと整備してあげなくちゃなあ、と
思っております。
三鷹、杉並近辺に住んでいる自転車乗りのみなさま、
『東京自転車日記』おすすめです。もしかしたら知っている場所が
登場するかもしれません。最近、自転車に乗っていないなあ、という方も
乗りたくなることうけあい。よかったらその足でどうぞ上々堂へ!
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by shanshando | 2006-08-27 14:59
2006年 08月 26日

古本屋の掃苔帖 第二百九十六回 ル・コルビュジェ

自宅の近所に青いトタンで出来た家がある。
私の家に入る私道から、お隣のコジマさんの庭を隔てて、
今年の春ごろ、気がつくと出現していた。
コジマさんのお庭は、黒板塀に見越しの松という典型的な
日本庭園で、庭のない私どもは借景とばかりに、折々の
雅趣のおすそ分けに預かっている。
トタンハウスの出現は、当初明らかに風景の調和を打ち壊
すものだったが、半年近く日々眺めていて今はもう慣れた。
まぁ、人間の美的感覚なんてそんなものかもしれない。

トタン、トタンと云っているが、波板なのでそう呼ぶのだが、
本当はトタンとは溶亜鉛メッキの鋼板のことであって、波板
一般の総称ではない。
家の近所のトタンハウスの素材はどうも樹脂系のような気が
するので、「トタンハウス」と呼び習わすのは、濡れ衣というも
のである。しかし仮に「波板ハウス」と呼ぶと「トタンハウス」の
時より、情けなさが増すので、敢えて「トタンハウス」と呼んで
いる。

トタン造りと聞くと、私の母親などの世代は戦後のバラックの
ような物を想像するらしいが、実際ウチの近所の「トタンハウ
ス」は中々もっとお洒落な物である。
開口部が思い切って広くとられ、垣間見える照明器具なども
モダンなセンスを感じさせる。つまり、波板を敢えて素材にした
のは、経済的事情によるものではなく、デザインの一環である
らしい。
骨組みは恐らく軽鉄骨で、内壁との間に防火断熱材等を挟ん
でいるのだろうが、外壁の波板とあわせても、建材は全て軽い
ので、耐震性に優れている。

はじめに云った私どもの私道のコジマ邸とは逆の一角は、積
水住宅群で、これはそれぞれに意匠に変化をつけているが,
所詮樹脂製とマル分かりの素材を、レンガやタイルに似せよう
と、無駄にゴテゴテしてしまっているので、却って見苦しい。
「波板だよ!トタン!えっ文句あるかよ!」などと「トタンハウス」
の住人はおっしゃるまいが、そのスッキリとしたデザインは、慣
れてみれば、むしろ爽やかで好もしい。

しかし、いかに耐震性に優れ、デザインがモダンでも、我も我も
と東京中すべての家がトタンハウスになったところを想像すると
ちょっと気持ち悪い。
と、ここまで考えたところで、話はようやくル・コルビュジェに至る。
鉄筋コンクリートの素材の優位性をいかして、シンプルで合理的
なデザインを主張したコルビュジェの設計に驚きつつも賞賛を送
った当時の人々も、今「トタンハウス」を見る私と同様の感慨を持
ったのではないか?
「コンクリートも、まぁお洒落だけど、町中が全部これになっちゃう
のはどうもねぇ」
しかし、ル・コルビュジェの主張は20世紀の主流となり、街は鉄
筋コンクリートだらけになり、更に進化させる形で現代の安藤忠
雄などに引き継がれる。

住宅に対する思想は、時代とともに変わらざるを得ない。
木を使った家は、風土に合わせて、修練の匠が確かな仕事をす
れば、確かに長い年月の使用に耐えるだろう。しかし、もし風土
を無視して、いい加減な職人が無茶苦茶な仕事をするならば、
それは資源の無駄遣いにすぎない。
何より、家という物が末代までの財産という考えが、都市ではそ
ぐわなくなってきている。
家は一代、素材は経年後もリサイクル可能な物、それがこれか
らの都市の住宅思想の主流になるのではないか?
そういう意味で、 ル・コルビュジェのそして安藤忠雄のコンクリー
ト住宅は、すでに過去のものとなりつつあり、これからはトタンハ
ウス !と門外漢が偉そうに叫んでみるのである。

ル・コルビュジェは1965年の明日8月27日、 南フランスのカプ・
マルタンで水泳中に死去している。
享年86歳。
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by shanshando | 2006-08-26 13:53 | ■古本屋の掃苔帖
2006年 08月 24日

富士山の見える古本屋! そしてヘトヘトのピー

昨年もこのブログでご紹介した、富士吉田の「街がミュージアム!」に
今年も、岡崎武志さんや南陀楼綾繁さんなどと出品することになりました!
イベント開催は9月16日からで、もう時間が迫っているのですが、このブログ
を読んでいただいている皆さんからも、参加を募りたいと思います。

富士吉田の街は、背後に富士を控えた美しい場所なのですが、現在シャッター
商店街化しつつあります。往時は観光や紡績で賑わったこの街のレトロな街並
に、現代美術の作品を展示するのがこのイベントの目玉なのですが、そこに
ミュージアム・ショップとして古本屋をというのが企画者の要望です。

参加出品にあたっては、企画者が15%、上々堂が10%のマージンをいただきま
すが、9月3日までに下記の要件を満たした上で商品を上々堂まで持ってきて
戴くか、送っていただければ、現地に赴くかどうかは出品者の自由です。

出品要件
 ①商品は一人20点から100点までとし、それぞれの裏見返しに値札のスリップ
を点付けで糊張りしてください。値段は各自お好きにどうぞ。
 ②出品目録(書名、出品価格)を作成しコピーを二部とり、一部をお手元に原本
と、一部を本と一緒にお送り下さい。
 ③万引き等の事故は企画者が責任を持ちますが、あまり高額の商品は入れない
でください。また、モノからして高すぎると上々堂が判断した場合、ご相談させて
いただく事があります。
 ④売れ残りが出た場合は、返送いたしますがこの場合も、お送りいただく時も
 送料は出品者負担でお願いします。売上げ代金の送金手数料も同様です。
 ⑤出品は先着10名までとしますので、必ずメールで参加申し込みをしてから、
  商品の準備に掛かって下さい。

以上が出品要件ですが、詳細はメールお問い合わせ下さい。

      メールアドレス shanshando@aria.ocn.ne.jp
                   担当上々堂  石丸
 さて、掃苔帖ですが、今日は大田区 世田谷区と遠方の出張買取りでヘトヘト
(環八激コミ)なので、お休みします。
大田区のSさんは興居島屋のお客様ですが世田谷のIさんは、いつもブログ読
んでいて下さるとか、今日は良い本をありがとうございました。外に本を運び出
してから、出していただいたお茶のことを思い出し、戴いてくれば良かったと、
後悔先に立たず。やれやれ。
清潔で居心地のよさそうなお部屋に、排気ガスとホコリまみれの自分があまりに
も異物に感じられて、早々に失礼しました。
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by shanshando | 2006-08-24 16:27
2006年 08月 24日

古本屋の掃苔帖 第二百九十五回 永田耕衣


 水涸るる音のはづれの逆さ蝶         

私が耕衣の句に出会ったのは、20代の半ば過ぎで、身体が
漸く衰えという事の何たるかを知り始めた頃だった。
それまで放っておいても、いつも水を湧き出させていた身中の
井戸が、ある日枯れている事に気付き、やがて訪れる死が予兆
ではなく実感として感じられ、鬱々としていた時、飲み仲間の
さる老人が、耕衣の名といくつかの句を聞かせた。
思えば、あの頃は爺ぃとばかり飲んでいた。暗い青春である。
その反発で今は若い女性としか飲まないことにしている。

  豆の芽のうす色さして行く我ぞ

その後あまりに沢山の耕衣にふれたので、その時聞かされ、空
っぽの瓶に投げ入れた小石のように身中に響いた句が、どの句
だったかは、残念ながら今憶えていないが、その後緩慢な衰弱
の坂を転がって行った身体が時に呻きをたてると、いつも耕衣
句を服する習慣がついた。

  涸れ難き水手をつなぎ流れなす

その当時、耕衣は80代の末で、未だ矍鑠と健在だった。
いや、健在などというものではない。その当時の俳壇にかぎらず
あらゆる表現の現場で、これほどぶっ飛んだ人間はいなかった。
なにしろ、あんまりぶっ飛んでいたものだから、晩年の作などは
果たして何が詠まれているのか誰にもわからないほどだった。
造語が多い事もその理由のひとつだが、禅を下敷きにした独自
の世界観が、5・7・5に縫い縮られて出て来るから、難解という
より宇宙語を聞いているようにさっぱりなのだ。

  惜しむべし巨大放屁も数珠玉も

1995年、95歳の耕衣が暮らしていた、「茄子のミイラ」が常に生
けられていた書斎のある自宅は阪神大震災によって倒壊、厠に
閉じ込められた耕衣は助け出され、特別養護老人ホームに収容、
2年後の97年の明日8月25日97歳の大往生をなす。
その表現の独自性と、世界観の巨大さにおいて昭和の俳壇にお
いてもっとも注目すべき存在でありながら、永田耕衣の一般的な
知名度は低すぎるように思う。マスコミや知識人がその名を取り
上げるようになったのも、その長い人生の極晩年に限られるが、
写真の中で呵々と笑っている耕衣自身はそんなこと意にも留めぬ
風で、アアモウ コンナ爺いは二度と顕われるまいと、ただその事
だけが惜しまれる。

  踏切のスベリヒユまで歩かれへん  (何のこっちゃ?)
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by shanshando | 2006-08-24 15:05 | ■古本屋の掃苔帖
2006年 08月 22日

古本屋の掃苔帖 第二百九十四回 ルドルフ・ヴァレンチノ

本名をロドルフォ・アルフォンソ・ラファエロ・ピエーレ・フィリベール
・ググリエルミ・ディ・ヴァレンティーナ・ダントングオッラというそうだ。
あんまり長すぎて本人だって憶えていたかどうか、怪しいもんだが、
もっぱらルディの愛称で、20世紀初頭の女性たちを熱狂させた無
声映画時代の大スターである。

デビューしたての頃のタモリが、真ん中わけでペッタリ寝かせた独
特のヘアースタイルをしていたが、あれは確かヴァレンチノを真似た
ものではなかったか?両者の共通点はエキゾチシズムということ
だろうか?デビュー当時のタモリは無国籍風の怪しさが、なんとも
いい感じだった。今は見たくもないが。

自分のキャラクターを売り物にする芸能人は、時の流れに従い商品
価値を衰えさせない努力が大変なのだろうが、ルドルフ・ヴァレンチノ
の場合、幸か不幸かその努力をする必要をまぬがれた。若い美し
さが、まだ申し分なく輝いていた31歳で死んだからだ。
死は美しさを永遠に定着させる唯一の魔法であったわけだ。

その死因には諸説あるが、「胃潰瘍の術後の経過が良くなかった」
為というのが、この今の私たちの想像の及ぶ範囲内で例えるならば、
「無声映画のキムタク」と言うのが一番ぴったりくる男前の死として
は、リアリティーがあってよいだろう。
美女と違って、美男子は結構神経が虚弱だったりする。

離婚訴訟で妻との間に性交渉を持たなかったという事が取り沙汰さ
れ、ゲイだったという説もあるが、若い頃ジゴロをしていたとも言われ、
早い話が、元々自分以外の誰も愛せない体質だったとすれば合点が
いく。イヤ、それは大体みんなそうなのだが、余程恵まれた資質を持
たない限り、それを剥き出しにしては生きられない。

1926年の明日8月23日ルドルフ・ヴァレンチノは死に、ニューヨーク
では女性たちによるパニックが起ったというが、まぁ驚くには当たらな
いだろう、大体の女性は隙を見つけてはパニックを起こしてやろうと、
虎視眈々ねらいをつけているものだから。
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by shanshando | 2006-08-22 16:21 | ■古本屋の掃苔帖
2006年 08月 20日

遠い日の花火

2006年8月20日日曜日 晴れ

朝、いつまでたっても目覚めない体をひきずりながら
外に出ると、とたんに強い陽射しとむせかえるような湿気が
ぺったりとはりついてきて、うんざりしながらふと、窓ガラスに
映った自分を見るとき、びっくりすることはありませんか。
うわっ、ぶさいく。

みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

昨日は知人の家に花火を見にいきました。
なんでも部屋を借りるとき、部屋にいながら花火が見える、
と不動産屋に言われたらしいのですが、着いてみると
建物のあいだにほんのぽっちり。

でも、たくさんの人にぎゅうぎゅうと押されながら大きな
花火を見あげるより、遠くても落ち着ける場所で、ゆったり
小さな花火を眺めていたいと思うのは、年のせいなのか。
この時期だと、渋滞中の高速道路から花火が見えることが
ありますが、わたしはあれが好きでした。
渋滞でうれしい。

恋は遠い日の花火ではない、というコピーは今でも
なかなかいいと思いますが、花火は眺める人の心の中で、
つねに遠い過去として存在しているような気がします。

少し先の未来の自分が、この目の前の花火をあざやかに
思い出せるように、今ここにいるわたしが目をこらしている、
ひっきりなしに打ち上がる花火を見つめながらそんなことを
考えていると、何だか自分がものすごくぼんやりした、
はかないもののように思えてくる。

花火とともに、そのとき一緒にいただれか、のことも
やけにはっきりと思い出したりします。

色とりどりの火花に照りかえされる景色のひとつひとつに、
もう会えない人、会えるけど多分もう会うことのない人、
今もそばにいる人、これから会えなくなる人、さまざまな人の
顔が浮かんでは消えて、なんとなく途方に暮れたりもする。
花火があがる空は、平和だと思います。
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by shanshando | 2006-08-20 17:27
2006年 08月 19日

古本屋の掃苔帖 第二百九十三回 ジャン・シベリウス

今、小熊英二著「日本人の境界」を読んでいます。
凄く面白いのですが、大冊である上、商売上他の本も読むので、
なかなか進みません。
まだ途中なので、この本の内容に関しては、まだ何なのですが、
読中雑感として感じていることは、何だか覇権によって他国や他
民族を取り込む国や民族よりも、取り込まれる民族のほうが、文
化的には人間味が豊かで個性的なものを持っているような気が
するということです。
それはおそらく、他者を取り込もうとするような国家では国内の民
俗習慣も画一化しようとするせいではないかと思うのですが。
そうすると、今グローバリゼーションとか言ってるけれど、それは
ひょっとすると、世界中の文化を画一化する事になりはしないか
と、心配になるのです。杞憂かもしれませんが、

さて、突然ですがフィンランドは只今白夜の真最中です。
私は、一昨年にひょんなことからこの国関心を持って、なんとか
訪ねてみたいと色々計画したりしていたのですが、まぁ子供が生
まれたり、なんだかんだありまして、未だ果たしていません。
行きたいなー、何でも首都ヘルシンキには新刊書店の数より、古
書店の数のほうが多いらしいんです。

そもそも、この国は日本の九割の広さの国土の4分の1が北極圏
にあり、68%が森林 10%が湖沼。残りの面積に東京都の約半分
の人間が住んでいます。夏には白夜、冬にはオーロラが空を覆い。
まるで本当に御伽の国なのです。
言語はスウェーデン語と、フィンランド語の2種類が主流で、そもそも
人口が少ないんだから、例えば絵本などにしても、再版などというの
はまずない。だから、古書店が多くなるわけです。必要から生まれた
循環型社会なんですね。日本のようにろくに資源も無いくせに、どうで
もいいような書物が溢れかえっているような国、試しに出してみたけど
ハズれたから断裁して処分。なんて国とどっちが豊かだと思います?
はっきり云って古本屋をやっていると、限られた資源を費やして出版
する価値のある本なんて、ごくわずかだと思うのです。勿論、資源の
無駄遣いを理由にして、言論弾圧なんてされてはたまりませんから、
問題はもっと大きなところにあるんでしょうけど。

行ったこともないくせに、私がトーベ・ヤンソンの著書等から想像して
いるこの国の像は、素朴で思慮深い人たちが自然に敬意を払いなが
ら生活しているところ。そういえば確か家具などのデザインなどでも
有名ですよね。

明日、8月20日は帝政ロシアの圧政に苦しんでいた時代に、交響詩
「フィンランディア」を作曲して、この国に独立の気運をたかめたジャン
・シベリウスが1957年に脳出血で亡くなった命日にあたります。
享年91歳
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by shanshando | 2006-08-19 14:05 | ■古本屋の掃苔帖
2006年 08月 18日

古本屋の掃苔帖 第二百九十二回 フェルディナン・シュヴァル

いやぁ脳が蕩けるほど暑いですね。
気をつけて歩かないと、頭をあまり傾けたりすると、耳から
こぼれますよ、あれが。そう、あれが。

「こんな日には、なんだか生きている事そのものが無意味
のような気がする」なんて云ってたヒトがいましたが、
ハッキリ云って、その通り!人生は無意味の蓄積です。
でも、だから生きるに足りないか?というとそれは大違い。
だいたい意味なんてものを追い求めると人間不幸にしかな
りません。
今日の主人公は周囲にきちがい扱いされながら、巨大な
無意味の集積を築いた真の偉人!
フランス ドローム県オートリーヴに理想宮という建築を一人
で建てちゃった郵便配達人フェルディナン・シュヴァル さん


論語に「四十にして惑わず」という言葉があって、不惑なんて
申しますが、フェルディナン・シュヴァル さんがこの完成まで
に33年を要した大事業に着手した歳は、その不惑を三つばか
り越していました。一度目の妻と不遇のうちに死に別れ、再婚
をしたばかり、転職の末に郵便配達人になってから12年目。
ある日いつもの配達の道を歩いていたシュヴァルさん一個の
石につまづきました。たぶん考え事でもしていたんでしょーね。
ライナー・チムニク作の「レクトロ」の主人公もさまざまな仕事
を経験するひとつに、郵便配達人がありますがどうもヨーロッ
パの郵便屋さんは、空想癖があるというか、ボーッとした人が
多いようです。
さてシュヴァルさん、自分をひっくり返した石を手にとってシゲ
シゲと見てみました。するとこれがどーにもいい格好をしている。
素晴らしい!思わずこれを拾って帰った。翌日また同じ場所に
行ってみますと他にも素晴らしい石が落ちている。
「これは自然が与えてくれた彫刻だ!」と感じたシュヴァルさん
それから配達のたびに石を拾っては持ち帰り、二度目の妻の
持参金で買った土地にこれを積み上げ始めた。終いには猫車
を持って配達に出掛けたといいます。
郵便局がよく許したと想いますが、当然のように村人には悪い
噂がたちまして、キチガイ扱いとなるわけですが。
大きなお世話でございまして、人は自分が意味や価値を他者
と共有しているという幻想のなかで生きていて、そこから外れた
ヤツはみんなキチガイにされてしまう。
しかしシュヴァルさんは、人生の辛酸をなめた末に不惑に達し
た人、くだらない中傷なんかに挫けることなく33年ついに完成
した理想宮は、今や地元の名所になっているという。

1924年の春、87歳のシュヴァルさんは古い掛け時計の振り子
をなおそうとして、椅子から落ち、その年の明日8月19日天に
召されます。
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by shanshando | 2006-08-18 17:18 | ■古本屋の掃苔帖
2006年 08月 17日

メールアドレスが変わりました!

このたび回線の変更に伴い、メールアドレスも変更しました。
新しいアドレスは
shanshando@aria.ocn.ne.jp
です。
買取り依頼、探求本などにご利用下さい。

さて、話は変わりますが上々堂は今年11月で満三才になります!
これを記念して、12月には記念イベントをおこないます。
企画内容等、詳しくはあらためてお知らせしますが、とりあえず
現在決まっている部分だけお伝えしますと、
12月23日土曜日 
アコーディオンユニットの蛇腹姉妹による演奏。
ドイツ文学者で翻訳家の池田香代子さんを囲んでの会。

12月30日土曜日
加藤千晶さんミニコンサート(あっと驚くゲストあり!かも)
加藤千晶さん岡崎武志さんともしかしたら(あっと驚くゲスト)による
ゆるめの年末古本鼎談!


そして12月中の期間出品として、池田香代子さん提供による古本
コーナー、そしておなじみ杉並北尾堂イン上々堂!
などです。さて謎のゲストは誰でしょう?!
別にじらしているのではなく、まだ確約を戴いてないので、言えない
だけなのでした!
決まるといいけど。

詳しい時間、実施形態についても決定次第お伝えしますが、問題が
ひとつ。固定棚の上々堂に少しでも多くの方を来ていただく為に、ど
うすれば良いか?
誰か椅子貸してくれませんか?
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by shanshando | 2006-08-17 18:29