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2007年 02月 27日

百物語

標題の百物語は、一応景気付けというところです。
春先は脳が緩み加減になるせいか、まさに椿事にめぐりあうことが多いの
で、夏場よりかえってこういう話がむいていると考え、私が見聞した不思議
を百物語風に書き綴ってみようと思ったのです。はっきり云って怪異という
ほどの話ではないと本人も知っての上なので、その辺突っ込まないでね。

その壱、
 ある人に聞いた話である。
その人が子供の頃住んでいた家の浴槽にポリエステルの蓋がしてあっ
たが、その一部に毎日黒い液体がついている。
始めのうちは、天井からなにか漏れたのかと思いよくよく観察したが新築
されたばかりの白い漆喰の天井にはそれらしい痕がない。
元来、癇症の家族で、誰かが掃除を怠ったとか言うわけでもない。
ポリエステルの内に何か溶け出して滲み出る成分でもあって、そのうち修
まるに違いないと思っていたが、何年経っても一向に修まらない。
新築の時からそうなのだから、何かの動物や昆虫の尿だということも考え
にくい。
溜まっているのを見つけると綺麗に洗い流しておくが、次の日になるとまた
同じ場所に溜まっている。
母親にあれは何だろうと問うと、そんなことを気にしていてはいけないと叱
るだけで埒が明かない。
正体を見極めようと浴室で粘ったこともあったが、見ているうちは結局変化
がなく、あきらめて立ち去ると付いている。
形は勾玉の様だったり、綺麗な菱形であったり様々だったが、ある夜親戚
に危篤になったものがあって、入浴前だったが家族全員で慌てて駆けつけ
て、翌日帰宅すると、黒い溜まりはいつもより大きく広がっていて、何か文
字のようにも見えた。是非に見極めようとしていると、母親が飛んできて洗
い流してしまった。
友人はその家に18まで住んでいたが、大学入学のため上京して就職も東
京だったので、その後のことは知らないが、二十年前に河川の流れを変更
する工事のため件の家は壊され、現在別の場所に建った実家では別に何
の不思議も起らなくなったという。

その弐、
さる地方都市のスクランブル交差点で、信号待ちをしていると一番前に停まっ
たVOLVOの運転席から人が降りてきて、交差点の中央に向かって歩き出し
た。落し物を風に飛ばされでもしたかと見守っていると、交差点の中央で突然
放尿をしだした。
50過ぎの身奇麗な紳士でそんな狼藉をする人には見えないので不思議に
思っていると、こちらの車に同乗していた地元の友人がこの交差点ではよく狸
が憑くのだと云った。放尿をしたのは始めてみたがあれもたぶん狸だろうと事も
無げに云う。
幸い交通量が少なかったので、大騒ぎにはならなかったが、放尿後も一物を
さらして呆然と立ち尽くしていた紳士は、やがて駆けつけた警察官に連れ去られ、
VOLVOは路肩に寄せられたので、我々はそこを立ち去ってその後のことは判
らない。

その三、
昔なないろ文庫にいた頃、帰りに九品仏の駅のホームの二子玉川側の端に立
っていると、突然女の叫び声のような声がすることがあった。ホームには大抵
私ともう一人居るだけで、その一人はいずれの場合も男性だった。
たぶん近隣の建物からの声だろうと思っていたが、ある大雪の日に聞こえた声
はまさに私の耳元で聞こえ、驚いてふりむくとやはりホームには中年の男性が
一人いるだけだった。

その四、
甲府のディスコで行われたイベントに呼ばれて、高速バスで出掛けた時、居眠り
をしていると夢に地蔵尊がでてきて、仏に似つかわしくもないキィキィ声で、「私の
身体はまったくの無毛だがそれは、地獄の業火に焼かれながら、死児を救ってい
るせいだ」と繰り返し言う。不審に思いはしたが、なにしろ隣に座っていた男がやはり
同じイベントに出るスキンヘッドの男だったので、たぶんそれから連想した妄想だろ
うと思っていたら、その日のステージで私は火吹きに失敗して大やけどをした。

その五、
東中野に住んでいた頃、師匠(パトロン)と呼ばれる浮浪者がいた。
彼は非常に個性的な浮浪者で、着物なども自分で拾った布切れを縫い合わせて
インドの行者のような物を作って着ていたので、遠目にもすぐに見分けがついたが、
時に、晴れた日など同時に違う場所で目撃されることがあるという噂があった。
例えば誰かが、青果市場のゴミ捨て場で食糧を漁っている姿をみたその時刻に、
別の者が一キロ以上離れた小滝橋の上でいつもの服の繕いものをしている彼を見た
というような噂だ。
私は都市伝説の一種と考えて眉に唾をつけていたが、ある日神田川沿いを早稲田
通りに向かって歩いて行った彼の姿が、数秒後にまるで見当違いの日本閣の坂か
ら降りてくるのに出くわして、信じるようになった。彼が双子だったというような可能性
は低いように思う。

今日はこのくらい、また気が向いたら続きを
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by shanshando | 2007-02-27 14:27 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 02月 25日

よんつぼ


中野のカフェ
 『カルマ』
のマスター丸さんが阿佐ヶ谷に新しいギャラリーカフェを
開くというので、まだ工事に入る前の物件を見せて貰いに行きました。

丸さんは私の作品で、いつもシブい存在感を光らせるダンサーでもあり、
『カルマ』は東京のカフェ文化を語るのに欠かせない店です。
ダンスの時は私がエラそうに何か云ったりしていますが、日常的に私は丸さん
の自由な発想や肩を張らない生き方を尊敬していて、ひそかに人生の師
と思っています。私のみならず、丸さんを知っている人にはそういう人が多い
でしょう。

阿佐ヶ谷の物件は、ほぼ正方形の四坪くらいで、カフェとしては狭いけど、
阿佐ヶ谷ラピュタの近辺で立地がよく、色々な可能性が描けそうです。
(古本屋に向いている!狭いが立地が良いから、充分良い商売が出来る筈だ!
買取りもありそうだし、何しろ周りに、『夜の昼寝』や名曲喫茶『ヴィオロン』
など素敵な店が一杯あるし、向かいのおでんや『米久』は東京のおでんやで
ナンバーワンと私は思っている。ここで是非古本屋を開いて……。)
ああ、そうかギャラリーカフェでした。
いや、丸さんならいい店を開くに決まっているから、素人の私がどうこう云う事は
ないので、例えばここで古本屋を開くならという架空の話をしてみましょう。

いろんなところで何度も言っている事ですが、私は空間道楽なのです。
古本屋をやっているのも、半分は空間に対する興味だし、ダンスをやっているの
は丸ごとその為です。誰か私に空間演出の仕事させてくれないかなあ。

とにかく、今日は想像上のお遊び。
物件はほぼ正方形の四坪、建物は木造、立地は中央線阿佐ヶ谷から徒歩5分
さて、ここで古本屋を開くとしたら、貴方ならどう造りますか?
実際の丸さんが見つけた物件は奥に小上がりの廊下のようなもの見えますが、
架空の物件ではないものとして考えて下さい。
 ……………………………………………………………………………………
どうですか、いいお店が造れそうですか?
四坪は畳八枚、かなりキツいですよね。
私は、こうしてみました。
 
・まず、大家さんの許可をとって、天井板を抜きます。

・次に奥の壁の中央に昔の電話ボックスくらいの大きさの函を造って、ここが
 帳場です。函の両側面には本棚を取り付けますが、これは文庫棚が良いと
 思います。高さ2m余りの棚で両面で千冊は入ります。
 
・函の正面は高さ85cmぐらいの処に蝶番付のカウンターを付け、出入りはこ
 こからします。

・函の奥の両脇の壁は面出し陳列棚。絵本や画集、写真集などを置いて天井
 からのスポットで照らします。
 
・両側の壁は勿論全面棚で、計算に寄りますと両方で2000冊入る筈です。

・さて、両側の棚の奥をストッカーに使う事にして、深さを通常の営業棚の
 倍とるとしても、真ん中に2m50cm×3m程度のスペースがあく筈です。
 昔の古本屋ならここに絶対棚を置きますが、ここは敢てテーブルと椅子を
 置いて、イベントスペースとして使います。普段はテーブルに大判の本や
 、装丁の綺麗な本、ブックカバーなどを置いて販売すれば、狭い店がゆとり
 を感じさせるスペースになるはずです。そのために大事なのは勿論はじめに
 書いた天井を抜く作業です。照明は奥の面だしを照らす他は、中央に裸電球
 一個あれば充分な筈です。

真ん中をイベントスペースとして使う為に、奥の帳場ボックスと文庫棚を折り畳み
可能なものにするのも良いでしょう。コンパネを使って造れる筈です。

店の名前は「古書 燭光堂」なんてどうでしょうか?
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by shanshando | 2007-02-25 14:37 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 02月 24日

菜の花

何だかもう春が来ちゃったような陽気で、このままで行くと四月末には
プール開き、七月には落ち葉、十月にはクリスマスになって、一年が
十ヶ月になっちゃうと早く歳をとっちゃうからいやだなぁ。
でも、十一月 十二月生まれの人は永久に歳をとらないわけで、もう
シワだらけ白髪だらけの一歳児とかいると、それもちょっとどうかと…。

わかってますよ、別に地球の公転速度が速まったわけじゃないことくらい。
温暖化の影響だか、エルニーニョだか知りませんが暖かいのは寒がりの
私にはとても有難いのですが、やっぱり地球規模では困った事ですよね。

それはそうと、三浦半島や房総ではもう菜の花が咲いたのじゃないかしら?
幾らなんでもまだ早いと思いますが、毎年水がぬるむ季節になると気にな
ります。

春を象徴する花は多くの日本人にとってはやはり桜なんでしょうけど、私は
断然菜の花が好きです。司馬遼太郎の「菜の花の沖」じゃないですけど、
菜の花畑のむこうに海の蒼が見えたりすると、もう幸せの絶頂になります。
昔はそれが見たさに、わざわざその当時湘南や三浦半島のあたりに住ん
でいた友達に電話して、「買取りに行くから本売ってよ」なんて頼んでいました。

別に、花が見たけりゃ休日に出掛けりゃ良さそうなもんだけど。そういうのは
どうも違う様な気がするのです。
桜の花見なども、わざわざ狭いところにギュウギュウ詰めにブルーシートな
んか敷いて見て、美学もクソもあったものじゃない。
あれは、わざわざ花を見るために出掛けるからイケナイのであって、花なんて
偶々見たら咲いていて、思わず脚をとめたなんていうのが一番良いと思うので
す。予定したんじゃ詰まらない。

じゃあ、友達に電話掛けたりするなよ。ということになりますが、そこはそれ花の
命は短いわけですから、多少のさりげない段取りも必要かと思うわけです。
だから、もうアイツんちのあたりじゃボチボチと思うと、さりげなく
「どう、本溜まってない?買取に行くよ!」と声をかけてみる。花が咲いてるかど
うかは敢て確かめずに行くから、行ったら未だだったという事もあったけど、それ
はそれでいいのです。ああ、未だだったねと笑って海を眺めて帰ってくる。
会社員じゃこうはいかないだろうけれど、ここらが自営業の特権。

そんな感じで数年前いつもの原チャリで、茅ヶ崎にいた友達を訪ねて、古いガロ
系の本など譲ってもらって、一泊の恩義に預かって、次の日は鎌倉のなじみの
古道具屋で絵葉書を纏め買いして、そのまま三浦半島へ(とここまで、書いたと
ころで絵葉書蒐集で有名な生田誠さんが飛び込んできたのでビックリ!)

その時は運良く、三浦は菜の花の盛りで大当たり!菜の花畑の中に建っている
コカコーラの自販機に凭れてしばらく呆けた後で、三浦半島のあれはなんという
鉱泉だったか、とにかく日帰り入浴できるところで休んでいたら、湯船で出会った
おじさんが話しかけてきて、古本屋で仕入れのついでなんだと云うと、それじゃこ
れも持って行けと、カバーのとれた藤沢周平「用心棒日月抄」を呉れたっけ。

ああ、三浦の菜の花どうだろう?今年は行けるかなあ?
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by shanshando | 2007-02-24 14:12 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 02月 23日

読書は塀の中で

私は、一般的な古本屋さんより出張買取の数が多いと思う。
少量でも出張いたします!を実践しているからだ。
12年目に突入してもう延べ件数5000件には達している。
ただし、これは喩えは悪いが「下手な鉄砲も…」というやつで、
90%は所謂並みの買取りである。(実はこの並が古本屋の生命
線なのだが…)

さて並みが90%として、残り10%のうち1%が掘り出し物。これに
は案外面白い話は少ない。というか、人がいい目を見た話など私
なら聞きたくもない。
聞いて面白いだろうなと思うのは、残り9%の困った買取り、すべった
買取、ヤバイ買取の中に多いと思うのだ。基本的にやはり他人の不幸
は蜜の味なのだ。

こうした買取の話はさすがにすぐには生々しくって書けないものが多い。
極最近にもちょっと凄いのがあったけど、やはりまだ書けない。
人名を出すわけじゃないから密室でお話するのは構わないだろうけど、
ネットに乗せてしまうのはさすがにちょっと…。

もし、どうしても書けない方の話を聞かせろという方がいれば、人名
や場所はお教えできないが、一席設けて頂いちゃったりなんかすると、
ポロッとお話しちゃうかもしれない。ちなみに私は蟹や伊勢海老が好
きで、スッポンは食べた事がないのでわからないけど、たぶん大好き
だという事だけは言っておこう。

さて、今日の話ももう十年は前の事になる。
随分暑い夏で、午前中の買取に続いて、午後店に座っていた私の頭
の中は五時を過ぎるとビールの事以外なにも考えられなくなっていた。
交代は7時に来るはずで、それまでに堪え切れずに清涼飲料水など
飲んじゃうと、折角のビールの味が損なわれる。ここはひたすら我慢
と決め込んで頑張っている所へ一人の40代と見受けられる男性が
入って来た。喩えて云うなら小柄に縮めた菅原文太というかんじ、
「オイ、兄ちゃん、ここじゃ本を買ってくれるのカイ?」
「ヘエ、買わせていただきヤス!」私は思わず迎合してしまった。
「いやあ、この間出て来たんだけどよぉ、中で読んでた本が貯まっち
まってよぉ。部屋が狭いだろ、取りに来てくれるのカイ?」
「ヘエ、伺わせていただきやすでござんす。」緊張のあまり言葉がおか
しくなる。
「そうかえ、住所はここだ。今夜7時半頼むぜ。」
こっちの都合も確かめずに文太は肩を翻して出て行ってしまった。
ウーン、どうしよう?中っていうのは、きっとあの中だよなぁ。
ディズニーランドのぬいぐるみの中とか、お風呂の中とかいうんじゃ
ないよなあ。ウーン…

なないろ文庫時代はよく塀の中に入っているお友達だか舎弟だかの
ためにエロ本を買っていくお客が居て、あの中じゃ独特の基準で差し
入れの本を検閲すると聞いたことがある。安倍譲二氏の本によると
勿論文学書なども結構読まれているらしいが、今のお客さんはあん
まり文学書のタイプじゃなかったよなあ。行きたくないなあー、
家でビール飲んで心置きなく呆けていたいナァ。でも行かないと、
「てめえ舐めやがって!」って云うんでグサリ!とかいうのはもっと
イヤだし。
散々迷った末に私は7時半にその住所にあるアパートを訪ねてみた。
「おお、来たか!まぁ上がれ!」
「イエ、もうお玄関先で結構です。」
「お玄関先も奥も見たマンマの一部屋だ上がれよ!」
「ハッハイ」
上がると、四畳半の部屋に夏だというのに炬燵が炬燵布団付きで出
ていて、文太の他にもう一人男性がいて、その人はパンツ一丁で体育
座りをしている。文太は上にTシャツを着ていたが、すぐに脱ぎ捨てて
やはりパンツ一丁になり
「さあ、やるか!」
一体何をやるねん?勘弁してくれ!私は叫びだしそうになりながら凍
り付いていた。
「暑いから兄ちゃんも脱ぎな!」
「いえ、私はもう冷え性で…」
「そうか、汗かいてるじゃねーか。まぁいいや飲むか?」といいながら、
焼酎大五郎を差し出す。やるかというのは酒のことらしい。ヨカッタ。
「イエ、もう私はバイクですから、あの本は?」
「ああ、そうだったコレだ。」と言いながら、部屋の隅に置いてあった
ダンボールを引き寄せた。中味は予想通り概ねエロ本である。
どうしよう?その当時はまだエロも扱っていたが、どちらかというと
縮小方向に向かっていたのだ。しょうがない、安めの値段を言って
駄目だと云われたら、早々に謝って逃げよう。まさか指詰めろとは
云わないだろう。
「あの××円です。」
「ええ、ああそうかい、いいよ別に。それよりコレ見てくれよ。」
文太はあっさりOKしてくれて、数冊の大学ノートを取り出した。
標題に「読書記録」とある。促されるままに開けてみると綺麗な字で
書名と日付が書いてあり、所々感想のようなものが書いてあるようだ。
「中じゃよぉ、こういうの書かされるんだ。結構入ってたからねぇ。随分
読んだよ。」
見れば、推理ものや、チャンバラ小説らしきモノの名前も見える。こう
いうのはどうしたんだろ?
「このあたりはどうされたんですか?これだったらもうちょっと高く買え
るんですが。」
「ああ、そんなのはヒトにくれちゃったよ。兄ちゃんほんとうに飲まねえか?」
どうやら、買取よりも人恋しさで呼んでくれたらしい。もう一人の人は
いつのまにか体育座りを崩して横座りになって、ニコニコ笑っている。
「イエ、やっぱり運転がありますからそれは遠慮します。また本が出ま
したらよろしくお願いします。」私はすこし落ち着いてそう挨拶すると、
ダンボールを持って立ち上がった。

その時のエロ本は結局市場に流したように思うが、考えてみると無理
でも読書記録を譲ってもらうことが出来たら、そっちのほうが商売にな
っていたかもしれない。私もまだまだ若かった。

玄関の上がり口で靴を履いて、もう一度振り返って挨拶をした時、パンツ
一丁の二人はそろってニコニコと手を振ってくれた。
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by shanshando | 2007-02-23 16:06 | ■古本屋の掃苔帖
2007年 02月 22日

「るきさん」と禅

普段、古本屋で淡々とした日常を送っていて、タマに舞台をやるのは
非常に疲れます。テンションを無理矢理揚げる為、脳内麻薬みたいなも
のが分泌される為ではないでせうか。
若い頃一時期は舞台が日常だった事があって、その時はむしろ普通の
生活がカッタルかったのですが、今では日常のチマチマが基本ペース
になってしまったようです。
特に、人に振り付けたり、構成だとか演出をするというのは小さな舞台でも
一種の狂気を要求される仕事で、日常との落差が大きいのです。
正月以来若干鬱になっていたのは、この落差を無理矢理埋めようとした
せいかもしれません。

昨日は、仕入れの日でしたが、早々に収穫が得られて、五時の買取りまで
ポッコリ時間があいたので、家で寝ころんで高野文子の「るきさん」を読み
ました。
高野さんは、この「るきさん」のキャラクターが嫌いだと、「ユリイカ」の特集で
云ってましたが、わかるような、わからないような…。

ともかく私はこの るきさん という女性というか、彼女の地味でマイペースで
ちょっとだけヘンな日常が好きで。神経が昂ったあとには良く読みます。
心の恋人なのです。
小さな病院の保険の点数計算を請け負いでやるという仕事が本当に世の中
にあるのか、フィクションなのか知りませんが、あれば私が知る限りでは「川の
水位の見張り番」の次にのんびりした仕事で、「川…」のほうは、下手をすると
人間との没交渉が嵩じて鬱になりそうだけど、「点数計算…」は程よいんじゃ
ないかと思います。

人に聞いた話ですが、ある曹洞宗のお坊さんで、今は婿入りしてある寺の住
職をされている方は、永平寺に入山するまでやはり鬱の徴候があって、言わば
世界との交渉を断ち切るために逃げ込むように入山されたそうです。
今朝NHKで永平寺の生活を紹介していましたが、一見厳しく見えるあの暮し
は鬱の症状を抱える人にとっては天国なのだそうです。
なにしろ、自分で何か決めたり、考えたりしなくても、与えられた作務を淡々と
こなしていれば良い。NHKのアナウンサーは禅の修行を「自分と向かい合う」
なんて云ってましたが、それは逆なんじゃないでしょうか?
本当は、なるだけ自分と向かい合わない修行のような気がします。
彼の住職は、「また辛くなったら、すぐに本山に逃げる」と云っているそうです。

高野さんが るきさん の事が嫌いなのはもしかしたら、冒険とか波乱を好まず、
日常の殻に閉じこもっている彼女に、作者である自分自身のなかに潜む怯懦
を見てそれが嫌いなのかもしれませんし。
心が疲弊した時に「るきさん」を読みたくなる私は、「 日常の中で何時でも待っ
ていてくれる母の幻像」を女性の中に求めたがるただのマザコン男なのかもし
れません。
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by shanshando | 2007-02-22 14:57 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 02月 20日

社奴

友達のN君は30代半ばで、さる上場企業の中堅社員である。
いつ会っても忙しがっていて、残業や休日出勤などは当たり前、
ひとつのプロジェクトを任されると、予算を徹底的に削減して、
利益を出さねばならないから、本来ならパートさんや派遣さんに
頼む仕事も自分で休日に出勤してやる。勿論手当てなんか出ない。
イヤ、請求すれば会社は出さざるを得ないだろうが、その代わり
会社の中における彼の未来はなくなる事になる。
給料は当然良いらしいが、もし時給に換算しなおしたら、コンビニで
アルバイトしていたほうがいいかもしれないなどと言っている。

一昨日会った時、
「最近は休みとった?」と聞いてみたら、
「えーと、(休み)というのは……?」
どうやら、(休み)という単語そのものを忘れかけているらしい。
「あのね、(休み)というのはね、会社に来なくていいよという事だよ。」
「えっ!(クビ)のことですか?」
眼が真剣に怯えている。
「そうじゃなくて、日曜とか祭日とかそういう日だけ、来なくていいよという
意味だよ。」
私が噛んで含めるように教えてあげると、漸く思い出したようだ。
「ああ、なんだ(休み)ですね。いやだなぁ、知ってますよ(休み)ぐらい、
(休み)ね、いいですよね(休み)は、ウン僕は好きだナァ(休み)」
眼が危ないくらいキラキラしている。頭の中にお花畑が出来ているの
かもしれない。
「そうだよ、(休み)はとっても楽しくって、健康のためにも必要な物なん
だ。最近とったかい?」
「えっ?何をですか?……ああ、(休み)ね。ああ、勿論ですよ。とりましたよ。
一流企業ですよ。当たり前じゃないですか。ハハハハ」
「いつ?」
「え?」
「だから、最近はいつ休みをとったの?」
「ああ、えーと確かお正月は一日行かなかったですよ、会社。ウチの会社は
お正月が(休み)なんです。会社に行かなくていいんですよ!お正月は!」
「そう、よかったね。また早くお正月になるといいね。」
「そうですねぇ~、楽しみだナァ~お正月!ウフフフ、来月もお正月になれば
イイのに、ウフフフ!そうだ!社長に頼んでみよう!来月もお正月にしましょ!
って、ハハハハ!ウフフフ……」

壊れてしまった友人を見ながら、私は携帯に入っている予定の幾つかを目を
つぶって気合で消去した。最近夢の中でも本の査定をしていたりするのだ。


追記: 加藤千晶さん、日曜は本当にありがとう。
     暗闇で聞く加藤さんの声は静かな水面みたいな印象でした。
     次のアルバムを私自身が早く聞けるためにも、CD販売頑張ります。
     中野のお話も決まれば、加藤ファンとしては嬉しいかぎりですが。
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by shanshando | 2007-02-20 14:54 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 02月 17日

神秘

数年前の春、舞踏をやっている友人から、ちょっと金が入要に
なったので買取りに来てくれという電話が入った。
彼は蔵書家としても有名で、住まいは国立の五日市街道近く、
つまり現在の岡崎邸の近くなのだ。
あの辺には昔買取先で絞め殺された古本屋の地縛霊がいて、
夜な夜な住民の枕元に立ち、
「本を買え~、もっと買え~、買わんと耳舐めたるどぉ~」と云って
脅すのだそうな。南無南無

さて、舞踏家といっても骨の髄まで俗物の私と違って、彼は笠井
叡の門に連なる。所謂天使館系列のヒトなので、読む本も神秘学
関係が多い。神秘学の難しいのは(商売として)、コアな部分は非
常によく売れるのだが、ちょっと外れるとイカモノになってしまって、
均一でも売れない。思いっきり外れるとこれはトンデモ本になって、
またそれなりに売れる。見極めを間違うと均一本を一級品の値段
で買ってきてしまう事になる。

さっきも言ったように、舞踏家と言っても私なんぞは俗物お笑い路
線なので、神秘学には縁がないから、良し悪しがはっきり判らない。
しかし、そこは友達なので、率直に話し合うことにした。
「お金が要るっていってたけど?」
「うん、ちょっと熊野に滝行(たきぎょう)に行こうと思って、その費用
なんだ。」
おお!さすがアッチ関係のヒトは云うことが違う。滝行とは畏れ入谷
の鬼子母神。でも春とは言えまだ寒いのに大丈夫?
「イヤ、行くのはもうちょっと暖かくなってから、風邪ひいてもなんだし、」
なんだか余り迫力のない滝行だねぇ、で、幾らぐらい要るの?
「そうだねぇ、あと7.8万もあれば帰りに温泉入ってこれるしー、」
なんだよ物見遊山じゃないか。ヨシ!というわけでこっちも商売だから、
危なそうなあたりは避けて、確実なところだけ8万分選んで買ってきた。

彼によれば滝に打たれると、身体の芯に緊張を残して両肩が驚くほど
脱力するそうだ。素人がイキナリやると危険らしいから、家でシャワー
の水量をちょっとあげて代用というわけにはいかないだろうか?

話はイキナリ飛ぶが、明日北区王子神谷の劇場で私の作品が上演される
加藤千晶さんもちょっと唄ってもらったりするので、お時間がある人はどうぞ。
案内はこちらから、石丸のチケットでと言ってもらったら前売り料金になります。

さて、国立の悪霊は最近東京および近県にも出張しているらしい。ただちょっと
呪いのヴァージョンを変更したようだ。
「本を売れぇ~、もっと売れぇ~、売るんだったら上々堂,親切丁寧御報参上~
電話番号は0422-46-2393だよ。」
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by shanshando | 2007-02-17 13:28 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 02月 16日

てれびのジョン

世の中が政治の季節で、口を開けば階級だ闘争だと言っていた時分、
汚い格好をしてゲリラ的な演劇をやっていた人々は、実は殆どが中産
階級のブルジョア家庭の子息だったということだ。
演劇の話がしたいのではなく、見た目や言動暮らしぶりなどは、もうとう
の昔にその人の出自と関係がなくなっているということ。
階級などと言う言葉もなんだか実感ないですね。貧富は歴然とあるのに。
ま、いいけど。

古本屋さんというのは、一般にあまりキレイな格好をしていない。
神田の古書会館など出掛けると、テレビでおなじみのあの人や、若手の
リーダー的存在のあの人などが、パリッとしたスーツで来ていたりするけれ
ど、大方はなんだかちょっとねぇ、という感じで、ヒドいのになると店に座っ
ているから、古本屋だとかろうじて判るけど、公園に座っていたら……。
とにかくキワドイファッションの方が多いのである。
格好がキワドイから、みんな貧乏かというと、これがなかんずくキワドイ人
が実は大儲けしていて、何億もする豪邸をキャッシュで買ったなんていう
噂を聞いたり、比較的お洒落な人が内情火の車で、ある日突然店をたた
んでいなくなったりする。

お客さんもそうで、あまりお洒落と言えない様な方が高価な本をポンッと
買って行ってくれたり、凄くお洒落な人が均一本を値切ったりする。
そう言えば、もう亡くなったニジンスキー研究で有名な市川雅さんは若い
頃、古本屋で買ったばかりのシェークスピア全集を持って新宿のマンモス
交番の前を通ったら、職質されたと言っていた。

店主やお客だけでなく、アルバイトさんにも変り種がいて、あんまりな格好
をいつもしているから、てっきり貧乏なんだと思っていたら実は田園調布の
土地持ちのお坊ちゃんだったなんていう人もいた。
Aちゃんという、これは私がなないろ文庫にいた時分に知り合った他店の
バイトさんはやっぱり貧乏そうで、デートの約束をして、喫茶店で待ち合
わせたりすると、喫茶店に入る金がないとかで路上で座って待っていたり
する。デートといっても立飲み屋で一杯やったりするのだが、隣で飲んでい
る泥酔オヤジと仲良くなって、オヤジが大事にちょっとずつ齧っていたクサヤ
をおすそ分けしてもらってきたりする。

ある年、正月に二人とも帰省しないので大晦日から紅白でも見ながら一緒
に飲もうという約束をしたが、私の部屋にも彼女の部屋にもテレビがない。
帰省する友達に貸してくれと頼んだところ、自分のは大型だから車で取りに
来いと言う。馬鹿者め、テレビを持ってない奴が車を持ってるわけないだろう
と憤慨すると、悪いと思ったのか、それじゃテレビを他所から調達した暁には
俺がビデオを貸してやろうと言った。
私も彼女もホームビデオと言うものをまだ観たことがなく、家で好きな映画が
観られるなんてそんな夢のようなことが、本当にあるなんて!と感激して、さ
っそく二人で手分けして、テレビを探したが、これがなかなか見つからない。
もうあきらめて、二人でビデオの機械だけ眺めて飲もうかと話し合っていた暮
れの28日、彼女がジョンを連れてきたのだ。

ジョンは、多摩川の土手に寒風に吹き晒されながら震えていた、可哀想な捨て
子のテレビである。相当旧式のお年寄りなので、ちゃんと映るか心配だったが
室内アンテナを立て、電源を入れると若干砂嵐が混じるもののなんとか大丈夫。
友達に電話して、旧式だが大丈夫だろうかと聞くと、同軸ケーブルの差込口が
なくても出来る接続の方法を教えてやるから取りに来いと言う。
私は喜び勇んで曙橋まで取りに行って、大晦日二人は無事紅白、それに続い
て映画鑑賞会!正月の三日は夢のように通り過ぎた。
四日に戻ってきた友達にビデオを返した後も、私たちはジョンの中にまだあの
映像達が残っているような気がして、時々チャンネルを2に回してみたりした。

世の中はバブルの真っ最中だったというのに、置き忘れられたように貧乏な二
人はそれでも結構楽しく、半年あまり遊んで暮らした後の七月のはじめ、Aち
ゃんが思い出したようにこう云った。
「大学出て一年半遊んじゃったけど、秋から私イギリスに留学するの?」
「えっ?」
思えば私はプータローだった彼女が先行きどうするのかなんていう質問をした
ことがなかったのだった。
聞けば、彼女の親御さんは某建築資材メーカーの重役で、いつまでもプラプラ
している彼女に業を煮やして、就職しないなら留学でもしろと迫ったらしい。
「ちょうどイギリス行ってみたかったし、ちょっと行ってくるわ。」
彼女は銭湯にでも行くような調子でそう云って、しばらくしてバイト先も辞めて音信
不通となり、形見のようにてれびのジョンだけがいつまでもウチに居た。
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by shanshando | 2007-02-16 15:32 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 02月 15日

ちまちま

昨日は悪天候の間隙を縫って三軒の出張買取りと市場行きを
すませました。
これから引っ越しシーズンなので、出張が増えます。
10年前の事故で右足が若干不自由なので、重い本の運搬は
疲れますが、売ってもらって初めて成り立つ商売なので、騙し
騙しやるしかありません。
大体の出張は店に入る前の午前中に伺いますが、水曜は仕入
れの為あけてある日なので、どうかすると一日中本の整理運搬
に追われることになります。

昨日は、なんとか4時くらいに終える事が出来ましたので、買物を
して自宅に戻り、夕食のための料理をしました。
疲れている時は料理をするのが一番心が休まります。
といっても、別にたいしたものを作るわけではなく、普通のお惣菜です。
昨日はモツの煮込み。何度も煮こぼした白モツを台所に残った半端な
野菜と煮込むだけ。
生姜や酒味噌で匂いを消して、薄味の味付けで、まずまずの出来。

まとまった量を煮るので、どうしても残りますが、こういう癖の強い料
理は次の日も食べるのはキツいし、冷蔵庫に取って置いたのは必ず
最後捨てる事になります。
なんとか、味付けを変えて今朝の食膳に出すため、昨夜のうちポット
のお湯でふやかしておいた大豆とトマトピューレを入れて、再度煮込
むと気分が変わって、なんとか片付きました。

貧乏性なので、こういう残り物の再利用はお手の物というか、しつこい
ほど使い回します。
若い時友達と鳥鍋の宴をして、大量に残った汁を捨てるに忍びず、
一週間さまざま再利用した挙げ句、最後にはそれがカレーパンに化け
ていたという事があって。どこをどうしたら鳥鍋の汁がカレーパンになる
のか、今では自分でも謎です。

残り物というと鍋シーズンの昨今、出汁を取った後に引き上げた昆布を
皆さんどう使ってますか?
私は、鍋に大根を使う場合は厚めに剥いたその皮を塩揉みし、それと一
緒に昆布の細切りを甘酢で漬けちゃいます。結構いけますよ。
大根がない場合は。水気を切った後でお味噌に漬けておきます。お味噌
自体も美味しくなる気がするし、この昆布を梅干しと一緒に叩いて鰹節の
粉を混ぜ込むと良い酒の肴になるし、お茶漬けなどにも最適。
よかったら試してみて下さい。

ああ、こういう ちまちました事考えてると本当に幸せです。
商売間違えたかもしれません。
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by shanshando | 2007-02-15 13:27 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 02月 13日

美食

内田百閒の随筆に、上京してはじめて住んだ下宿屋が朝飯に
唐茄子の味噌汁ばかり出すので閉口した。というのがある。
郷里の岡山では、どんな貧乏人だって唐茄子など味噌汁の具
にしたりしないというのだ。
本当に岡山の人はカボチャの味噌汁を食べないのだろうか?
私は冬の寒い朝に啜る、カボチャの味噌汁は美味くて、温まると
思うのだが。

世の中には食べ物に関して超保守的なヒトがいるもので、その保
守性は他の多くの保守性とおなじで、他文化を排除することでし
か自己の確立を維持できない幼さから来ているようだ。
昔ある友人を沖縄料理屋に案内したところ、こちらで誂えたどの
料理にも手をつけようとしない。体調でも悪いのかと聞いてみたら、
「私は普通の物以外食べられない。」と言う。沖縄料理は彼女にと
っては普通の食べ物ではないのだ。
「普通の料理というのはどういうモノ?」と聞いてみると、
「例えば、ハンバーグとかカレーとか、とにかく日本のモノ」と言う。
沖縄は日本じゃないのか?と思ったがそれにはつっこまず、
「ハンバーグもカレーも元々日本のモノじゃないんじゃない?」と
聞いてみた。すると、やや考えて、
「イヤ、ハンバーグもカレーもなんというか、ちゃんとした料理じゃ
ないですか。」と答えた。
「ミミガーやスクガラスだってちゃんとした料理だよ。」

まぁ、あまり面白い話ではないのでこの位にしておくが、食べ物に
関しての先入観や偏見というものは誰しも持っていて、先入観や
偏見が少ないほど、いろんな味を楽しめるかというと、それは逆だ
と思う。食の楽しみは先入観や偏見が打ち破られていく事にこそあ
るので、元々先入観や偏見が無いヒトは損をしているとも言える。
かく言う私は酷いマザコンであったから、子供の時は自分の母が作
ったモノ以外は一切食べれなかったが、お陰様で長じて野生化した
為、さまざまな場所でさまざまな食の楽しみを発見する機会を得た。

早朝、山手線の線路沿いの土手にドラム缶で火を焚いて作られる
日雇い労務者用の立ち食い露天食堂は今も健在だろうか?
愛染恭子さんを生んだ大阪の十三ミュージックの賄いのオジサン
の作る飯は本当に美味かった。
缶入りのお茶が売り出される前は、ドカチンの弁当のお供はコカ・
コーラが定番だった。これは懐かしい味なので今でもよくやる。
そういえば、キャンプをしていて飯を炊くのに水が無くって、しょうが
ないからファンタで炊いたことがあったっけ。あれはもうイイや。

テレビなどで、なにか料理を食べさせられて、その料理に使われ
ている素材や調理法を言い当てるヒトが出てくるが、ああいうヒト
は本当に気の毒である。食の驚きも楽しみもありはしないだろう。
食味の乞食である。
逆に食味の大富豪と言うべき友人がいる。
彼は、20代半ばで上京するまで世の中に「美味しい」という概念
が存在することを知らなかった。彼の家は非常に多忙な商家で
両親ともに食事というのはエネルギーを摂取できれば充分という
考えだったので、食事はごくぞんざいにしか与えられなかった。
お父さんは酒席で、酒と酢を間違えて出されても気がつかなかっ
たという剛の者である。
彼は子供の頃、世の中の奴らが「美味い」とか「不味い」とかいう
のを聞いて、それは罰当たりな欺瞞なのだと思っていた。
自分が、時々感じるその時の食事に対する好もしさについては、
つまり今俺は腹が減っているんだと理解していた。
そんな彼が、上京して初めて行った新宿の寿司屋でしめ鯖の握り
を食べた時、「美味い!」と思った。別に特別な名店と言うわけでは
ないが、きっと良いネタがちょうどあったのだろう。それ以来彼にとっ
て其処の寿司屋は美食の殿堂となった。

毎週土曜日には友人達を誘って、その寿司屋に出掛け出されるモノ
の全てを感動しながら食った。締めは必ずしめ鯖。
友人達は毎週のことに若干飽きがきていたが、彼は飽きない。幸福
にも彼はその受けてきた食育のせいで、味覚に関する記憶の器が
ごく小さかったのだ。つまり「あそこのしめ鯖は美味い!」これで一杯。
だからこそ毎回新しい感動に遭える。
「今日は、シマアジが良いですよ!」
「じゃ、それをください。…うーん美味い!おい!このシマアジという魚
は美味いぞ。」
「あのさぁ、それ先週も云ってたよ。」
「えっ?本当か?嘘だろう。お前らだけで食べたんだろう。」
同じ会話がシマアジのシーズン中毎週続くのだ。

彼が結婚を期にある魚の美味い地方に移ってもう15年近くなる。もう
そろそろ新宿の寿司屋のしめ鯖に代わる「美味いモノ!」を見つけて
いるだろうか。
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by shanshando | 2007-02-13 14:32 | ■原チャリ仕入れ旅■