上々堂(shanshando)三鷹

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2007年 03月 31日

電話

店開けをすまして、帳場にヨイコラと座った瞬間に電話が鳴った。
「はい、しゃ…エト興居島屋です。」……いつも間違えるのだ。
反対に上々堂では興居島屋と言ってしまったりする。
「あの、いつもお世話になっております。衆議院議員石原伸晃で
ございます。」

ん?電話の声は女性のようだが石原伸晃という人はあれは男性
のように見える。イヤ、別に決定的な証拠を見たわけではないが
おそらく78,24%ぐらいの確率で男性だと言い切ってもいいので
はないか?
勿論ジェンダーはフリーであるから、男性のようでいながら実は女
性ということがあってもかまわないと思うが、wikipediaにも男性と
して紹介されているし…
イヤ公には男性として暮らしているけど「心は女でいたいの…」と
いう場合もあるし、別にいいのだけど「いつもお世話になっておりま
す。」というのはなんだろう?
今に至るまで私は石原さんをお世話した記憶がない。

私は自他共に否定する人格者なので、知らない内に誰かのお世話
をしていたということも考えられないではないが、石原さんと私は
十数年前に阿佐ヶ谷の中杉通りで車道を隔ててすれ違っただけである。
あと、いつも五反田の市場に出掛ける時使う裏道が石原さん家の前を
通っているが、あの瞬間にお金でも落っことして、それを政治献金と
判断された石原さんがお使いになったとか?それだったら、税金の申
告の時に書かなければならないので、返さなくていいですけど是非
教えてください。

もしかしたら、自らの性のありかたに悩んでいる石原さんが、時々変態
さんたちの行状も紹介するこのブログを読んでいてくださって、それで
「いつもお世話になってます。」なのかもしれない。なにしろ100人近く
の人が毎日アクセスしてくれているのだから、そう云う方がいても不思議
ではない。ウェルカム、ウェルカム国会議員も人間です。いろんな生き方
が許されていいのです。それならそうで一々「衆議院議員」なんて名乗ら
ずに一人間として名乗ってくれればいいのに。

……と思いを巡らしながら聞いていると、電話の向こうの声はなんだかゴ
ニョゴニョ呟いたあとで「…石原慎太郎をよろしくお願いします。」とか言っ
てる。
さあ困った。息子さんのほうは私より少し上なだけだから、なにか悩みを抱
えていらっしてもお答えしやすいが、お父さんのほうはもう70を越している
はず。いくら私でも若輩の分際で老人の性の問題のお役にはたちかねる。
窮鳥懐に入らばとも言うし、義を見てせざるはとも言うから、せっかく「よろ
しく…」とまで言われたものを無碍にするのも如何かとは思うが、ここは正
直に「残念ながらお役にたてません。」と言って電話を切った。
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by shanshando | 2007-03-31 14:03 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 03月 30日

ホッペタ星人

小学校4年生の宇田くんはホッペタ星人だった。
土田くんと駒井くんと西岡くんはホッペタ星人ではなかったが、
地球人の子どもの平均的な頬っぺを持っており、広場で四人が
出会うと挨拶がわりに「ふるふる」をやった。
「ふるふる」というのはホッペタ星の挨拶で、お互いに顔を寄せ合
って頬っぺをふるふる震わせてはぶつけ合う。
四人が円陣を組んで一遍にやると、相当気持ちいいらしい。
「らしい」というのは僕はその仲間に入れて貰えなかったからで、
僕は小学校の頃にはすでに頬がげっそり、肩こりがひどくて、
いつも眉間にしわを寄せているという陰気な子供だったのだ。
たまにメンバーが足りないと入れて貰える事もあったが、頬がこ
けていては、自分でも面白くなかったし第一両となりの子から
「石丸とやると痛い。」と苦情を言われた。

土田君はやいと屋の子でいつもモグサの匂いをさせていたし、
お医者の子の駒井くんは消毒液のにおい、写真館の子の西岡くん
は現像液の匂いをさせていたが、お父さんが国鉄の職員のホッペ
タ星人はいつも風に晒された鉄錆のような匂いをさせていた。

土田くんがソロバンの大会で、駒井くんが教会のバザーで、西岡
くんがピアノの発表会だったある日曜、僕は誘われてホッペタ星人
がお父さんに作ってもらったという屋根裏部屋を見に行った。
ホッペタ星人の家は国鉄官舎の長屋の一番線路よりで、押入れの
上段に置かれた茶箱に足を掛けて上るその部屋の壁に出来た隙間
から列車を見ていると、線路の響きが体に直接感じられた。
薄暗い部屋の中央には弱い燭光の裸電球が下げられ、隅に置かれ
た文机には蛍光灯のスタンドと漫画雑誌「ぼくら」が置かれていた。

それまで仲間で自分の部屋を持っていたのはお医者の子の駒井くん
だけで、奥庭の離れのお婆ちゃんの部屋に隣り合わせたその部屋より
ホッペタ星人の宇田くんの部屋は数倍ステキで、僕は家に帰るとさっそ
く父親に「自分にも屋根裏部屋を作ってくれ」とせがんだが、この要望は
即座に却下された。旧街道のしもた屋を借りて住んでいた我が家の二階
は宿場町によくある中二階で、つまり二階の部屋そのものがすでに屋根
裏みたいなものだったのだ。

中学に入ってあまり会わなくなった宇田くんと、パッタリ出遭ったのは高校
2年の時だった。駅のホームのベンチで横に茶髪に長いスカートを履いた
女の子を伴い、横浜銀蠅みたいな頭でボンタンを履いた宇田くんは、それ
でも顔だけはやっぱりホッペタ星人だった。
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by shanshando | 2007-03-30 15:01 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 03月 29日

カリスマ

火曜日、体調を壊して家で臥せっていたら、テレビで宮崎駿さんが
「理想の無い現実主義者というのは、すなわち最低ということだ…」
と言っていた。
良い事云うなあと感心したけど、同時にこういうカリスマ的な人が
こういう事を云うという事は、諸刃の刃だなあとも思った。
宮崎さんはアニメという表現をプロとしてやって行く上での覚悟として
云ったのだと思うけど。今の日本には全体主義的な意図で理想という
ことを語る輩が多いから、こういった言葉が編集可能なテレビという媒
体で使われる事には、老婆心的な不安がよぎる。

上々堂のある三鷹中央通りから吉祥寺方面に曲がって、成蹊通りを中
央線に向かって行くと太宰の死んだ上水を越したところにジブリの「社屋」
というのだろうか?何しろ欧米タイプの広々とした尺で造られた木造の建
物があり、屋根の上に植物を生やしたそれはまさに「理想」という言葉
を具現化しているようで、私は憧れと同時になんだかいつも身がすくむ
ような感慨を憶える。
そこから少し戻って、これからの季節、花で美しい上水の通りを左に進む
とジブリ美術館でこちらも圧倒されんばかりの結構だが、より女性的な
空間を好むオカマ野郎の私としては、ふたつともなんだか近寄り難いもの
を感じる。

現代の日本には喩えにしろ性別を感じさせる建物は少ないから、ここまで
ハッキリと明確に父性を主張している建物の存在は希有で、その存在は
素晴らしいものだと思うのだが、なんだか気恥ずかしい気がしてしまって。
いっそ早く潰れて廃墟になってくれれば愛せるのにと思う。

いつか、せめて生きてる内にチャンスが巡ってくれば、あの二つのジブリの
建物のような巨大な空間で古本屋をやってみたいと思うが、私がやるなら
大きくとももっと女性的な空間を……と理想にもならぬ、夢想だけはいくら
やってもタダで、私の夢は一向に現実味を帯びない。
理想のない現実主義者が最低だとしたら、現実味のない夢想家はなんだろう?
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by shanshando | 2007-03-29 16:03 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 03月 27日

接客

一般に関西にくらべて関東の商売人は愛想がなく、上京したての頃は
私も入る店ごとに喧嘩を売られているような気がしたが、長年暮らすうち
には慣れてきて、無愛想も一種の思いやりと思えるようになった。
もっとも、最近では東西問わず「いらっしゃいませ、こんにちは!」で
機械じゃあるまいし、こんな愛想なら無愛想のほうが上等だと思う。

愛想も商売に拠りけりで、床屋とかマッサージ師は無愛想がいいようだ。
どちらもリラックスしたい場所なのに、喋り捲られては居眠りする間もない。
西荻窪に一軒、非常に腕のいい床屋があって、其処の女将さんは一度でも
来た客の注文、好みは全部記憶している。客は一々「ここはこうして」
「あそこはそうして」などと説明しなくても、黙って座れば好みの調髪をして
もらえるので何時も大盛況である。
興居島屋開店以来、私もそこの常連だったが、ある時から行かなくなった。
腕に文句があるのではないが、どうしても嫌だったのは、偶然私の商売を
知った女将さんが私を「マスター」と呼ぶようになったからである。
古本屋のオヤジにマスターはあるまい。寿司屋の職人を「板さん」と呼ぶの
と同じくらい奇異である。
マッサージ師も喋っている間があったら、一生懸命やって欲しいと思うが、
逆にもうすこし愛想よくしたほうがいいと思う商売に、不動産屋がある。

私は今までに十数回の引越しをしているが、感じのいい不動産屋にあった
ことがない。彼らは不動産を持っているオーナー側には忠節を尽くすが、
実際に手数料を支払う客にたいしては尊大な態度で足元ばかり見ている。
取引額の大きなテナントの客や、売買の客ともなれば話は別だろうが、安
アパートなんぞ探している奴は人間とも思っていないのだ。
(今、ちょうど引越しシーズンだが、立ち退く賃貸物件の清掃費用を請求さ
れている人がいたら忠告します。全然支払わなくていいのです。契約書に
どう書いてあろうが、契約年度が何時であろうが、関係ありません。判例は
それは貸主が負担すべき出費だと言っています。)


不動産の件では頭にくることが多いので、つい感情的になってしまうが、愛想
をよくしたほうがいいのは何も不動産屋だけではなくて、じつは古本屋も相当
愛想が悪い人が多いと思う。私もふくめて、反省……。

「いらっしゃいませ!こんにちは!」というマニュアル接客が増え始めた90年
代始めの頃、私はある治療院で超個性的な接客に驚かされたことがある。
あまりに安い治療費に引かれて入っていくと、綺麗なお姉さんが出てきて、私
の手を両手で握り締めつつ、純情そうな眼差しで私を見つめながら呟いた。
「美しい目をしていらっしゃる!」………宗教の勧誘だった。

なにしろ、接客は丁寧にと肝に命じているつもりだが、最近多々お客様のほうが
丁寧で愛想がいいことが多い。有難い事には違いないが、あまり度が過ぎた愛
想の良さはどんなものか?
昔、矢川澄子さんにご馳走になったことがあったが、矢川さんはけっして店の人
を呼ぶとき「すみません」とは言わず。「お願い!」と言われた。言っている人と
セリフが調和していいかんじだった。
逆に私がバイトしていたある居酒屋のオヤジさんは、「すみません!」と呼ばれる
と反射的にこう言った。
「おい石丸!客が謝ってんぞぉ!」
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by shanshando | 2007-03-27 15:04 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 03月 25日

雨日閑話 (長いぞー!)

今朝ボロ家の雨戸をガタガタ開けると、雨気に混じってマイナスイオ
ンというヤツだろうか、気持ちのいい空気が鼻に飛び込んで来た。

雨戸という言葉を外国で日本語を習い始めたばかりの子供が見ると
どういうものを想像するだろう?
ユニークなインチキ先生がいて、
「ニッポンには、雨戸のほかに晴れ戸、曇り戸などがあって、その日の
気分次第で好きな天気を選ぶ事が出来るのデース。」
「OH!ニッポン イズ マジカル カントリーね!」なんてやってない
だろうか。

実際、外国に行ってインチキを教えて来る悪いヤツはいる。
知り合いの舞台美術家でドイツに仕事で行った時、仲良くなった現地
スタッフに「なにか日本のポピュラーソングを教えてくれ」と言われて、
当時日本の街頭で喧しかった「ショーコー、ショーコー、麻原ショーコー」
というのを教えて来たというヤツがいる。

さて雨であるが、いろんな商売で天気による当たり外れというのがあって、
喩えば私の体験で云うと、うどん屋の出前持ちは雨の日が忙しい。みんな
外に食事に出るのが面倒だからである。お茶屋はもう全然ヒマ、どんなに丁
寧に包装してもらっても湿気るんじゃないかと思うらしい。ペンキ屋さんは
雨だとヒマだろうと思うとそうでもない。「洗い」といって塗装前の洗浄の仕事
をその日に済ませたりするからである。
魚屋、八百屋、寿司屋に居酒屋、客商売は概ね雨を嫌うが、曜日によって
は歓迎という商売もある。ストリップ小屋である。

私は若い頃公演で作った借金を返すため暫くストリップ小屋を金粉ショーで
回ったことがある。私のは松明やらなんやら振り回してやる虚仮威しのインチ
キ芸であるから長持ちはしなかったが、それでも仲間とあわせて三ヶ月で
七百万程度の金を返す事が出来た。

若い時の苦労は買ってでもするなというが、苦労と言う認識が本人になければ
何事も良い体験で、その頃のことを話し出すと切りがないから、また後日にす
るが、何しろストリップ小屋は意外と日曜日の雨を喜ぶのである。
つまり、日曜日に雨が降ると戸外でやるレジャーが出来ないから、家族連れが
……というのはないけれど、閑な兄ちゃんたちがストリップを観に来るのである。
兄ちゃんだけではない、一日入れ替え無しで4ステージやるのだが、朝から弁当
もってかぶりつきでラストまで観ている爺さんが居たりするのだ。

雨の日曜は良いといっても勿論程度もんで、台風はさすがに困る。いくら何でも
暴風雨が吹きすさぶ最中わざわざ裸を観に行こうなどという、そんなスケベの決
死隊みたいな客は少ない。
あれはやっぱり客が少ないとダレるもので、一日弁当持ちの常連爺さんぐらいしか
いないステージに何度も同じ事をしに出ていくのは辛い。
「おじいちゃんもう帰ったら。」なんてはっきり云う踊り子さんもいたりした。
悪い事に我々のチームは芸は無いし、色気もないが何しろ派手だから構成上最後
の出番だったりしてしまう。

池袋の小屋に出ていた時やはり大雨の日があって、もう八時くらいから客は一人。
一人でも入場料払って入った客がいればやらなければならない。楽屋ではみんな
祈るような気持ちで「早く出て行け。」と祈っているが、これがまた肝の据わった客
で帰らない。しょうがないから4回目のステージを開けて、トップから順に出て出番
が終わったら「お疲れさまー」。タクシー呼んで帰って行く。

我々はトリである。10時過ぎまで出番は来ない。「ええい、畜生め!早上がりして一杯
やりたいのに無粋な客だ!」
 よっぽど出番前に飲み出してやろうかと思ったが、火を使うから酔っぱらってやるわけ
にはいかない。呪いながら金粉塗ったくって、前の出番のお姉さんのラス前の曲を聞
くと袖に控える。やがて、自分たちの曲が流れて踊り始めるがもう早く済ませたい一心
だから手抜きもいいところ。松明なんか何時もの半分も回さない。「いつもより少なめ
に回しておりまーす。」というやつだ。いくら手数を減らしても、曲で時間は決まっている
から短くなりはしないのだが、もう完全にやる気なしなのだ。

やがてラストの曲が流れて決めのポーズの後、お辞儀して引っ込もうとすると、一人残
ったそのお客が我々を呼ぶ。ナンダロウと戻るとティッシュペーパーに包まれたものを相
棒の女の子に渡している。楽屋に帰って大急ぎで開けてみると一万円札が三枚折り畳
まれて入っていた。ああ手抜きするんじゃなかった。

なんだか結局ストリップの話になっちゃったが、とにかく雨も商売によりけりという
話で、古本屋もちょっとストリップ的な傾向がある。
雨の日曜は快晴の日曜より悪くなかったりするのだ。
それはそうだろう。せっかく良いシーズンになって海も山も綺麗なのに埃っぽい古本屋
に行こうという人は変わっている。しかし皆さん無個性人間の多い現代において変わっ
ている事は素晴らしいことなのであります。ですから皆さん来週もしいい天気になっても
上々堂に来てね。連休中もよろしくお願いしま〜す。
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by shanshando | 2007-03-25 14:09 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 03月 24日

図書館

興居島屋に夜入っているイリエ君が、新しく昼間図書館のバイトに
入ることになり、いろんな人の羨望を呼んでいる。
「いいなぁ」「うらやましいなぁ」の他に「旨い事やりやがって!」「なんで
アイツが!」「私のほうが優秀なのに!」など声はさまざまである。
古本屋に関わる人には私も含めて図書館も好きな人が多いのだ。
羨望は嫉妬にかわりやすく、嫉妬は虐めに繋がりやすい。
経営者として私は「ウチではそんなことはない!」と言い切りたい。
言い切りたいが、世の中には偶然ということがある。

例えばこれからイリエ君が交代で帳場に座ろうとすると、そこに画鋲が
落ちていたり、通勤で使っている自転車のサドルに鳥の糞がべっとり
なんていう事も偶然、あくまで偶然だがあるかもしれない。ないとは言
えない。……いや、あるだろう。……………準備をしておこう。
兎に角、そんな時もイリエ君は他の人を疑ってはいけない。それはあくま
で不幸な偶然なのだから。交替する時に店主の表情に意地悪な笑みが
浮かべられていたとしても、それは気のせいにすぎない。

なぜ古本屋の関係者は図書館好きなのだろう?
本好きだからというのは言うまでもないが、やっぱり図書館の静寂が好き
なのではないかと思う。
元々本屋は新刊も古書も静かなものだったが最近はそうとも言えない。
昔目白のBOOKOFFでセールだと言うので軍艦マーチを流していたのに
は厭きれるよりも唖然としたが、(そうでなくても例のヤマビコ効果という洗
脳訓練で環境は最悪なのに…)、
あそこまで馬鹿でなくてもJウェーブなど流している勘違い本屋は多い。

図書館にくらべたら圧倒的に狭い空間をお客さんと共有するのに、間に
音楽を流したい気持ちはわかるが、あくまでも本を選ぶのに邪魔になら
ない音であるべきだと思うが、現代人は騒音に慣れすぎているのか、うる
さい本屋で文句を言っているお客を見た事がない。
考えたら、今なんの商売、どこの空間でも音をかけていない所は少なくな
った。(このあいだ美味しい手打ち蕎麦の店でjウェーブをかけているのを
聞いて真剣に注意しようと思ったがやめておいた。)

兎に角、図書館の静寂は街の中で稀少な環境となりつつある。
静寂に身を浸す事は、暗闇や炎を見つめる事と似て、見る側に一定の緊張
を強いる。その緊張を好まない人にとっては退屈、酷ければ恐怖に過ぎな
いだろうが、それは読書人には懐かしいゆかしい緊張なのだ。

話が若干横に逸れたが、古本屋の関係者が図書館が好きなのは、店に居
る時よりもより濃密な静寂のなかで本のオーラに包まれて居られるからでは
ないか?公共の物であれば大抵お金も掛からないし、トイレも清潔だし(例外
はあるが)空調も理想的で、場所によっては食事をする場所まであったりする。
私もかつて、用事のない休日は図書館ですごしたりした。

ただこんな有難い図書館に言いたい文句もある。何故本を大事にしないのか?
利用者が…ではない。絵本や画集の表紙にべたべた判子を押したりする館員
のセンスを言っているのだ。とくに貴重な資料もある国際子ども図書館の絵本
の表紙に判子が押されているのを見た時は思わず文句を言ってしまった。

三鷹市が現在絵本館をつくるために準備中だそうだが、中に図書館も作るなら
肝を据えてやってもらいたい。陳腐な箱物行政でくだらない物を作ったら煩いオ
ヤジが苦情を言いに行きますよ。
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by shanshando | 2007-03-24 14:42 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 03月 23日

蔵書と飲酒

翻訳家のIさんは蔵書が4千冊を超えると書庫を整理されて不要本
を売って下さる。
お仕事柄資料や寄贈本やも多く、増えるままにして置くと書棚が肥大
して機能障害を起こすというのである。
勿論書庫の物理的なキャパシティーの制限もあるだろうが、問題は一
人の人間が有効に活用できる情報の制限量ということであるらしい。
「私の頭脳じゃ4千冊で精一杯」とおっしゃる。

もう3、4回伺って同じことを聞いているが、「それはまたご謙遜…」と
いうべきかどうかいつも迷う。
マニアや蒐集家はもう無制限に欲しがり、時に物理的なキャパシティー
をすら無視するが、多くの場合それは読むことを目的にしていないから
それこそ何千冊だろうが、何万冊だろうが(家庭の平安を度外視すれば)
問題ないが。読むため、活用するための書物を4千冊管理できると言う
事は並大抵の能力ではないように想うのだが、どうだろう?

稲垣足穂が、大事な事は全部頭に入っているから、本など片っ端から
古本屋に売っちゃうと嘯いていたのを昔どこかで読んだ気がするが、
あれぐらいの碩学ならさもありなんと思う反面、たぶん本当は酒に替え
たんだろうとの想像もできる。
アルコールが脳に与える刺激も書物に劣らず有用なものだという意見
には無論与したいところだが、有用は概して有害でもあって…、いやしかし
それは書物にも言えることだ。

Iさんは全然召し上がらない方であるが、足穂という人は徹底した酒の呑
み方をした人であるということを聞いたことがある。
普段手元不如意のことが多く呑みたくても呑めないが、呑む金が出来ると
まず絶食をして胃をからっぽにして、サントリーのレッドをつまみなしでグイ
グイやったという。そのほうがアルコールの霊験があらたかなのだろう。
わら半紙を海苔のように火で焙って醤油をつけて食ったという逸話も聞くが、
事実かどうかは別にして、私はこの壮絶なカラ酒の方が足穂らしいと思う。

夾雑物なしに身体に沁み込むアルコールは意識に翼を与え、壮大な記憶
の海に飛翔させる。見下ろせば其処には既に記憶され写しかえられた蔵書
の文字が観える……。そんな超人類的な情報管理を足穂は行っていたの
ではないか?などと想像しながら、最近私は休日限定の酒を呑んでいる。

一週間の我慢の末に呑む酒だから出来れば気持ちよく酔いたいが、諸般の
事情がこれを許さない。
どのみち足穂のような羽を得たところで、浅学非才の古本屋では意識の海
に写されている文字は赤字だらけの帳簿の文字と請求書の金額くらいだろ
うから、大人しく子供のオシメでも替えながらチビチビやっているのが似合い
かもしれない。
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by shanshando | 2007-03-23 14:42 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 03月 22日

右往左往

昨日は一日で三軒の出張買取り。
それぐらいは別に多いうちには入らないけど、何しろ昨日はそれぞれの
場所が離れ過ぎていて、さすがにちょっとネを上げた。

9時半に伺った一軒目の上連雀のマンションは上々堂から程近い。
先日も良書を売って下さったお客様で、書評のメルマガの読者だと仰っ
ていたので、期待しつつ伺い、現代思想関係の本を売っていただく。
10時に上々堂に戻って、これを大まかに整理。小森さんに仕分けの方針
を書き置き、10時20分に二つ目の練馬区豊玉に向かって出発。

三鷹から豊玉へはルートマップで検索すると、自宅に近い都立農芸高校
の脇を通る道が近いようだ。此処には馬が二頭いて、通るたびに眺めるの
を愉しみにしているのだが、さすがに昨日はその閑もない。(馬ぐらい眺め
ていて心を穏やかにしてくれる生き物はいませんね。)

豊玉は興居島屋の買取りで、これは鉄道関係の資料や、昭和中期の漫画の
描き方本、レース編みの面白い表紙もあって、いかにも興居島屋好み。
豊玉には昔、大駱駝艦の豊玉伽藍があってよく来たが、今ではその跡地も
さだかに思い出せない。
本を西荻窪まで運んで降ろしたら正午を少し回っていたので、一度家に帰って
ボソボソとレトルトカレーで昼食を済ます。(ひよこ豆の入ったキーマカレーが
気に入っていてよく食べます。)

1時前に再出発して途中銀行で用を済まそうとしたら、旗日で休み。そうか
世間は休みだったのか、道理で道路がすいてるはずだ。お陰で2時の約束
の三軒茶屋のお宅に1時半に着いてしまった。
ここはネットで見て上々堂に電話を下さったお客様で、永年されていた読み
聞かせ用の絵本と児童書をまとめて処分してくださった。ありがたい。
概ねスタンダードなものだが、中に数冊めずらしいものが…、片山健の
「おばあさんの青い空」は残念ながら図書館のリサイクル資料のシールつきだ
が、もったいないので、買わせてもらってネットでは無理そうだけど、店で売る
事にする。

三軒茶屋は四半世紀前に東京サ来て、はずめて部屋サ借りた処であるズラでごんす。
懐かしいので買取りが終わってから昔住んでたアパートを観に行ったら、すっかり
様変わりしたマンションが建っていたが、考えてみれば10年前にも一度訪ねた事が
あって、その時すでにマンションに変わっていたっけと思い出した。
懐かしい思い出やら、懐かしくない思い出やら様々胸に去来させつつ暫し往時を
偲ぶが、すぐに気を取り直して銭儲けに復帰。

環七から方南通り、井の頭通りを経由して吉祥寺を越えて三鷹上々堂へ、基本
的には2店の間で商品のやりとりはしないのだが、今回は大量だったので3分の
1は興居島屋へ分け、上々堂分に関して小森さんと打ち合わせして、3時過ぎには
興居島屋から自宅へ。途中スーパーで材料を買って、家で煮物一品拵えたら猛
烈に眠くなって6時まで獏睡(夢を食べながら寝るわけです。)

出張買取りは緊張するし、天候によっては本当に大変だけど。いろんな本や人と
遭えたりするのが楽しい。伺うのは殆ど東京西部の住宅地だが、私は都心よりも
ほのぼのとした住宅地が好きなので走っていて飽きがこない。今はとても無理だ
けど、もっと景気が良くなったら店は他のスタッフにやってもらって、私は買取り専
門おじさんになりたいが、そうなる頃にはすっかりお爺さんになっていて、バイクで
あちこちというのは無理かもしれない。
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by shanshando | 2007-03-22 14:58 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 03月 20日

ヘリコプター

「最近、なんだか随分ヘリコプターが飛びますね。」
私がそう云うとAさんは不思議そうな面持ちでまじまじとこちらを見返した。
「そうですかねぇ?」
「ええ、一時間に4,5機は見かけます。」
「ふむ、4,5機。それはやっぱり多いと言うことになるんでしょうか?」
「いやどうですか、感じとしては随分多いように思うのですが。」
「…………………………。」
気まずい空気が流れる。
Aさんは店のお客さんで、先日出張買取で伺ったばかりの人なので、
今日駅のホームで見かけた時挨拶をし、たまたま同じ方向の電車だった
ものだから、並んでつり革に捕まったのだが、すぐに話の接ぎ穂を失って、
思わず最近思っていることを口に出してしまったのだ。
朝の通勤電車で話す話題としては唐突だったかもしれない。
「ヘリコプターか、気がつかなかったなあ。一時間に4,5機は確かに多い
かもしれない」
「いや、4,5機というのは、一時間に4,5回見るということで、本当は1機しか
いないのかもしれません。」
「と、いいますと?」
「つまり、さっきあっちへ飛んでいったヤツがこっちへ帰ってきて、こっちへ
いったヤツがまたあっちへ飛んで行くという…」
「なるほど、巡回しているんだ。」
「いや、そうなんじゃないかと思うんですが。」
「巡回してなにをしているんでしょう?」
「うーん。空き巣とか引ったくりが多発しているそうですから、空から威嚇
しているのかもしれません。」
「威嚇ですか。威嚇されるかなあ?空からでしょ、見つけたって着陸して捕
まえるわけにもいかないだろうし。」
「空から見つけて、地上のパトカーに連絡するとか…。」
「ああ、なるほど。」
「証拠写真を撮ったりするかもしれません。」
「えー、空からでしょう。頭の上ぐらいしか写らないんじゃないですか?」
「犯人が禿げ頭だった場合は証拠になるでしょう。」
「なるほど、この写真でピカッと光っているのが犯人の頭ですと…。」
「…………ああ、もう三鷹ですね。私こちらで失礼します。」
「そうですか、いや面白かった。次の休みには私もヘリコプター注意しておき
ます。………古本屋さんっていいですねえ、のんびりしてて」
私は一礼して、ホームに降りた。駅の南上空にはやはり1機のヘリコプターが
飛んでいる。あれはちょうど上々堂の上空あたりか、ひょっとしたらCIAが私を
監視しているのかもしれない。
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by shanshando | 2007-03-20 16:37 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 03月 17日

名人

実はここ数週右肩と首が痛くて、オージョーしとりました。
先月王子でやった作品の機材を運ぶのに無理してからで、夜は
寝返りが打てないほど苦しく、昼は本の輸送に内心悲鳴を上げていた。
悪いことに、と云っては怒られるがこのところ大規模な買取が続いて、
ちょっと気を許すと店が本で溢れかえる。
お客さんの所から引き上げてくる時は痛くても顔に出さないが、夜、店で
整理している時は悲鳴を上げ続け。
こういうときに限って大冊の揃いものなどが多いのは、亡父の蔵書を酒に
変えていた報いかもしれない……南無南無おとーちゃんカンニン。

元来春先は身体のタガが緩む季節で、様々な不調が顕れる。
こういう時期に風邪を上手にひいて調節出来ると良いのだが、生憎貧乏閑
なしで風邪を引いてるいとまもない。整体に行って調節したいが、近辺には
信頼出来るところがない。
下手な所にかかって、ポキポキやられるのはイヤだ。
音をさせるのは料金を取る為のいわばパフォーマンスで、治療効果はまっ
たくないのだ。

私が信頼できるのは、国立のL治療院。
ここの人は音をさせるどころか、強く触ることもしない。一体何時治療された
のか判らないうちに10分から20分くらいで、
「はい、終わりました。」と来る。こちらから聞かない限り、何処が悪かったか
との説明もしないが、腕が良いから毎日予約で一杯。

先日、ようやく時間を作ってLで治療してもらった後、
「一体、何処が悪かったのでしょう?」と聞いてみた。聞くとちゃんと教えてく
れるのだ。
「胃だね、食べすぎ。」
「え?この間重い荷物を運んだんでそのせいかと思ってましたが、」
「いや、食べ過ぎて胃が筋を引っ張っていたんだ。とにかく食べすぎに注意。
水分もほどほどに。」
確かに暮れからこっち、ストレスのせいで食べる量が増えていたが、でも胃が
肩を引っ張るなんてそんな事があるものなのか?
しかし、治療後はすっかり消えた痛みがその夜、いつもの量の弁当を食べると
また少しぶり返した。次の日から心がけて、食事の量を減らすと肩の痛みは
前の日までが嘘のようにすっきり消えた。

L治療院は確かに名人で、名人は往々にしてそっけないものだ。治療の間、
無駄口ひとつきかないし、お愛想のひとつも言わない。
お陰で私は昨日の夜、重いのでずっと整理出来ないでいた「古事類苑」51冊
を整理できた。函なしなので、良かったらウンとお安くしときまっせ。
なんて、さりげなく商売したりなんかして。
お値段の相談。ご注文は shanshando@aria.ocn.ne.jpまでどうぞ、
早い者勝ちなので、来週末まではたぶんないですよ。
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by shanshando | 2007-03-17 14:29 | ■原チャリ仕入れ旅■