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2007年 04月 28日

8000冊

今朝1700冊買い取って、これで今週の出張買取りはトータル7000冊
を越した。店で買った分を足すと8000冊近くなるかもしれない。
平均的な日本人の読書量を週2冊とすると、一ヶ月で8冊、一年で
96冊、人生80年として年齢による読書量の違いを考慮しても人が一生
で読む量より若干多い事になる。
勿論一冊ずつ読んでから買うわけではないから、凄くも偉くもないが
とにもかくにもそれだけの量の本のページを繰ったわけである。

8000冊は興居島屋と上々堂でだいたい半分ずつ。
興居島屋の方の大口は古代史関係で、上々堂は戦記物が多い。
どちらも微妙に分野違いで、少しなら店に出してみるがこんなに纏まった
ものを全部出すと完全に店のカラーが変わってしまう。
こういう場合は市場に出品することになるのだが、その為には買い取った後
にもう一度内容のチェックをする必要がある。一口に古代史関係と言っても
考古学や歴史学の専門書から、いわゆるトンデモ本に類する物までさまざま
だし、戦記物にも研究書から饅頭本までさまざまあるからミソクソで纏めるわ
けにはいかない、というか縛り分け方を工夫しないと落札額に影響が出かね
ないのだ。最悪の場合ボーと言って落札されず戻って来る事になる。

8000冊のうち市場に出すのは5000冊程度で、店に出すほうの残り3000冊
の再チェックはそれぞれのスタッフに頼む事も出来るが、市に出す5000冊の
最終チェックは私がやらざるを得ない。再チェックのため繰っていると最初は
気付かなかった面白い内容を発見することもあり、それは又店用に戻したりするこ
ともあるし、もの凄く興味深いととりあえず自分で読んでから…ということもタマ
にある。
つまり、8000冊の本の処理にあたって最低13000回はページを繰る作業を
しなければならないのだ。

本を大量に繰った事がある人ならご存知と思うが、ページの紙は容赦なく
手の脂を奪い、13000回繰るともう手はガサガサで目はクタクタの意識は
ヘロヘロ。いわゆるワーカーズ・ハイの状態になって本当は左程面白くない
ものがたまらなく面白く思え、市場に出すのが惜しくなったりして、いよいよ
作業は終わらなくなる。
漸く古代史にキリをつけて店を移ると今度は戦記物、もう頭の中はグッチャ
グッチャである。さっきから聖徳太子に延髄斬りをカマした石原莞爾が大国主
命に叱られている。ボーリョクはいけませんよ、ボーリョクは。

ああもう仕事なんかやめて家に帰って休みたい。休んで、そうして、お酒なんか
飲んじゃって、そいでもって、えーと、読みかけのミステリーの続きでも読むか。
結局本かよ!って。へッへへ間夫は勤めの憂さ晴らしってヤツでさぁ。
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by shanshando | 2007-04-28 19:49 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 04月 27日

カーディガン

永年、あいまいなところで寒暖がさだまらないこの時期になると、
カーディガンがひとつ欲しいと思っていた。
夏のTシャツや冬の防寒服の類いは必要に迫られて、気に入るものが
みつかるまで一生懸命さがすから、人目にどうあろうと自分としては気
に入った物が見つかって、特に不足を感じることもないが、あいまいな
時期のあいまいな服は無ければ無いで済んでしまい。真面目に探そう
ともしないということもあって中々気に入った物が見つからないまま、気
がつけばシーズンが終っている。

私は世間並みの流行とかおしゃれというのがよくわからなくて、自分だけ
の得心で服を選ぶから百貨店や街の洋服屋を何軒廻っても着たい服を
見つけるのに苦心する。
たとえば、ズボンは本当をいえば股上の浅いスリムのジーンズ以外の物
は履きたくないのだが、今や街のジーンズショップでスリムを置いている
ところなど皆無といっていい。
しょうがないからリサイクルショップを廻って近い物を探すのだが、最近
女性用のサイズの大きいものが比較的自分の好みに近いと言うことに
気がついた。

カーディガンは今までにもいくつか持っていたが、それは大概私の風体
に哀れみを感じた人からのもらい物で、まぁ着れば暖かいに違いないけ
れど、大抵気に入らないので風邪を引いた時の部屋着に使わせていた
だいて、店や外で着ることはなかった。ビンボー人のくせに贅沢なのだ。
普段身に着ける物の色や肌触りは直接メンタルに影響するので、ブランド
がどうだとか上等だとか言われても、気に入らない物を着るのは絶対に
ご免だし、逆に気に入った物であれば穴があいてようがお古だろうが一向
にかまわない。

ミヒャエル・エンデのモモはボロボロの大きすぎる外套を着ていて、人に
そのことで何か言われると、その外套が自分にとっていかに優れているか
を説明して、またいつかこんな外套に出会えるかどうかわからないから…
という、その気持ちはよくわかる。本当に気に入った物は流行や外聞など
関係ないのだ。

永年虚仮の一念でとりあえずの妥協をしなかったお陰か、今年私は一着
のカーディガンに出遭うことが出来た。先日知り合ったアメリカ人のミック
さんが縮んで着れなくなったので、途上国の支援物資にでも送ろうかと
とっておいた服の山から戴いたものだ。
緑褐色という言葉がふさわしいのかどうかは判らないが、なにしろ軍隊で
野営の時に使う毛布のような色をしていて、目が細かく、縮んでちょうど
私の身に合った感じである。袖口に小さなホツケがあるが無論なんの問
題もない。私はこの先ずっとこのカーディガンのお世話になることだろう。
肘などはやがて擦り切れてくるかもしれないが、アテをすればいいのだ。
幸い私がこれから成長することもないだろうし、カーディガンのほうももう
これ以上縮むことはないだろう。何十年も着続けて、来歴を忘れられた
カーディガンは私の棺桶にいれらるだろうか?イヤイヤ燃やすのはもっ
たいない、まだきっと着られるはずだ。
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by shanshando | 2007-04-27 14:37 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 04月 26日

体育会系骨董商

日本橋のF家は戦前は目黒に住まわれていたが、焼け出されて
戦後現在の土地に移られた。
今年83歳になるご主人はシベリアに4年抑留された後、無事帰還。
当地で機械工具の卸し問屋を営まれてきたが、このたびお建て
替えということで、昨日蔵書の買取りに伺った。
住居を兼ねたビルは戦後も随分経ってから建てられたもので、
従ってさほど古い本はないが、50数年のあいだそこに暮された
一族の方たちは様々な世代にわたり、その人たちが少しずつ残さ
れた堆積はなかなか見応えがあった。

迷路のような構造のあちこちに散在する本の山は大量で、一週間
前に伺った時に、これはとても一人では片付かないと踏んだので
一週間後の昨日に仕切り直しの約束をして、ちょうどお仕事が休み
になるオオツカさんに救援を求め、同時に相談を受けた古道具類
の処分のために知り合いの麻布の骨董店に電話をしたところ彼から
の紹介で、吉祥寺の骨董商Mさんが同行してくれることになった。

なんだかもったいぶった書き出しになってしまったけれど、早い話が
元来集団行動が苦手な私には珍しく、昨日はMさんのスタッフhさんも
いれて4人チームで買取り。結果的に言うと助かったー!
なにしろ住居部分のフロアーは3階から上が二股に分かれており、それ
ぞれの階段が凄く急なのだ。よく83歳のご老人が毎日これを元気に
上り下りされているものだ。やっぱりシベリアで生き残られるだけの
ことはある。

私は前々日からの発熱がまだやまず、お腹をやられたせいで脱水症状。
よっぽど日延べを頼もうかと思ったが、F家のご都合も迫っているし、
同行する諸氏の都合もあるから我が儘は言えない。前夜点滴を打って
もらい朝からドリンク剤を飲みまくって挑んだが、時間の経過とともに
目の周りが落窪んでくるのが実感できる。ひとりだったら途中で倒れて
いたかもしれない。

オオツカさんの頑張りと気配りはもう初めっから期待していたが、予想外
に助かったのが初めてご一緒したMさんのパワー。
私が初めに依頼した麻布の業者はいろんなメディアで事有る毎に紹介さ
れるアート系骨董店で、センス優先だからあまり生活雑器のたぐいは扱わ
ない。友人なのでお客様に相談されると紹介してきたが、なかなか都合
も折り合わない。それに比べてMさんは純然たる体育会系の骨董商なの
だ。
つまり取り扱いの分野を広く張って、何処かで家の建て替え、お引っ越し
などがあると、飛んで行って玩具から食器、家具までなんでも買い取って、
自店で扱わないものは市場に運んで利益を出す。
ある意味これは固い商売で、体を動かした分だけは必ず利益が出せる。
お客様のほうでも、もうこれは捨てるしか有るまいと思っていた物まで買っ
ていってくれるから、まだ使える物を捨てる後ろめたさを感じずに済む。
お客様にも喜ばれ、自分も働いた分だけの利益を確実に得られるから
店で漫然と居るよりも精神衛生上良いのは判るが、これを続けるには人
並はずれた体力が要求される。
昨日は足踏みミシンや大きな火鉢など大物があったはずなのだが、私と
オオツカさんが本の縛りに追われているうちに女性のhさんと二人で、あの
急な階段を運び降ろし、おまけに我々の運ばなければならない本の山まで
運んでくれた。

昼食抜きで(オオツカさん御免!)午後漸く終了して、三鷹の上々堂に本を
運んでくれた後、「石丸さん今後ともヨロシク!」とさわやかに言い残してM
さんは井の頭のお店に帰り、ひさしぶりに上々堂に来たオオツカさんは小森
さんと久闊を叙し、もう一滴の生気も残していない私は風に飛ばされそう
になりながら、三鷹駅に向かって歩きだした。
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by shanshando | 2007-04-26 13:51 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 04月 24日

先週の貧血は結局風邪が原因だったようです。
なるべく気にしないように過ごしていたら、昨日突然発熱。
幸い休みだったのですが、それでも片付けなければならない私用
もあり、ようやく家に帰ったらもう動く気力もなくなっていました。
そそくさと夕食を済ませ、休日恒例の酒もお休みで八時過ぎには
床に就いたのですが、そんな早くに休んだことがないので結局寝付
くまで読書。

枕元のスタンドの灯りは直接だと強すぎるので、一度壁にあてて
反射光にしてページを照らすのですが、気がつくと木目の目立つ天
井に自分の手と本の影が映っています。
私は電球の作る柔らかい灯りが好きで、踊りの作品でも照明は殆ん
ど裸電球だけで作ったり、店は費用の関係で蛍光灯にせざるを得ませ
んけど、それでも上々堂ではなるべく電球に近いものを使っています。
空間をべったり染めてしまう蛍光灯の灯りと違って、電球の灯りは程よ
く空間に影を作ってくれて、焚き火や蝋燭などの裸火をみつめているの
に近い安らぎを感じます。

熱でボーッとした為かページに集中できないまま、昼間行った三鷹の
公園で最近ずっと置きっぱなしになってるショッキングピンクのゴムボー
ルのことを考えているうちに意識が途切れ、気がついた時には体中汗で
びっしょり、どれぐらい時間が経過していたのかはわかりませんが、
目覚めた時にも眠る前と変わらぬ姿勢で本を構えていたのは古本屋の
鑑というべきか…
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by shanshando | 2007-04-24 15:25 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 04月 22日

市民憲章でんねん。

宮城県の栗原市で方言による市民憲章が不評だったそうで、東北人の
地域コンプレックスとかなんとかいう人がいますが、それはどんなもんで
しょう?新聞に書かれていた断片を見ましたけど、そもそもああいうくっさ
い内容を日常語である方言で云おうとするのが無理なように思います。

人は時にくっさい言葉を喋りたくなるもんで、例えば異性を口説く時など
どうしても表現がくっさくなりますね。
「もう、アナタなしでは生きていけないの。」とか
「君の瞳に乾杯!」とか、次の日思い出すと恥ずかしくって、その言葉が
自分の口から吐かれたことの唯一の証人である彼なり彼女を撲殺して
東京湾の埋め立て地に埋めちゃいたくなるような事を云ったりしますが、
ああいうのは舞い上がっていた時の言葉だから嘘なんだというのもなん
だか違う気がします。嘘だと言えば言葉なんてみんな嘘なんですから。

人はみんな自分のドラマのなかで生きているもので、だからたまにはク
ライマックスも必要なわけです。
聴いているほうに全然そんな気がなくって、内心「くっさー」とか思ってる
とお話は喜劇になりますが、そうなるリスクを畏れているようでは恋愛な
んてできませんね。

東北の人が言葉にコンプレックスを持っていると云うのは確かによく云わ
れることですが、本当は他の地域の人にもありますよね。
私は高校生の時、女の子を口説くのに関西弁が恰好悪い気がして、真剣
に悩みました。
デートをしていよいよ雰囲気が盛り上がった時に、相手の目をみつめて
「好きやで、好っきやねん!チュウしてええか?」
いかに十代の私がジャニーズ系の美少年であったとはいっても、これでは
ホステスを口説いてる中小企業のオヤジです。

どうしても方言で市民憲章を作りたいなら、内容を無理の無いものにする
必要があるでしょう。市民の生の本音を盛り込むわけですね。
「エエ、私たち◯×市民はぶっちゃけていいますと。税金が安い、できたら
何にも無しの。それでいて行政サービスばっちりで、仕事も欲しいから企
業誘致はしてほしいけど、環境が悪くなると困るからそのへんもしっかり
やってもろてやね。道路なんかも綺麗なんが出来るとエエけど排気ガス
が適わんから、ウチの家の前はよけてもらいまして、アアそれからウチの
おばあちゃん入れ歯の具合悪いいうてまっさかい、あれもなんとかしてや
ってもろて。ほんでまたウチの事ばっかり云うててもなんでっさかい、町内
会長の山田さんね、ムコウのおっさんリュウマチやいうて難儀してはりまっさ
かい、まぁ温泉のひとつも造ってもろて、まぁざっくりいうとそんな街にしたい
と思てまんねんけどどないでっしゃろ?」
てなかんじですけど、市民憲章にはなりまへんでっしゃろなぁ。

まぁ、早い話が市民憲章なんていらんのと違うかと、だってあなたはあなたの
住んでる土地の住民憲章知ってます?
くっさい台詞は愛の告白だけで充分です。
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by shanshando | 2007-04-22 14:11 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 04月 21日

はらぺこあおむし

今朝、台所の掃除をしていると濃いメープルの床板のうえに鮮やかな
絹さや色のあおむしが這っていた。

室内にある植物といえば、葱やジャガイモなどの食材を別にすると、傷
薬がわりのアロエと先日友人の庭からいただいたクリスマスローズぐら
いで、どちらもあおむしのエサ兼住居には不向きに思える。
いったいどこから入ったのだろうと観ていると、どうやらすこし弱り気味の
ようだ。
成長の具合からいうともう間もなく蛹になって、そうして遠からず蝶だか蛾
だかになるはずなのに、こんな室内の床を這っていたのではそれも適わない。
さっそく救助をと思うが、弱っているので不用意に指で摘んだりすることは
憚られる。そこでテーブルの上にあったスペイン風オムレツのレシピカード
をさりげなく弱々しい蠕進の手前に置くと、うまい具合にその端に乗っかり、
真ん中のオムレツの写真めがけて進みはじめた。

絵本のはらぺこあおむしは悪食で、カップケーキやら何やら人間並みに
食い荒らすが、現実のあおむしにオムレツは無理だろう。第一これは写真である。
庭に連れ出し、なんとかアジサイの茎に掴らせるが、力がないのか直に落下
してしまう。
数度試みて、結局こうやって何度も落下する事のほうが今の彼には厳しい
かもしれないと思い静かにアジサイの根方に置き直し、後は本虫の運次第
と台所に戻り家事を続けた。

奇しくも朝食は蕪の葉の菜飯で、それを喰らいながらまたあおむしの事を考えた。
あんなに弱っているものを無碍に外に抛りださずともそれこそ室内で蕪の葉でも
与え、羽化までの面倒を見てもよかったかもしれない。
食後改めて庭に降り、アジサイの根方を観てみたがもうそこにあおむしはい
なかった。
庭には鳩や雀、カラスやヒヨドリもやってくる。それらにはいつも飯釜の底にこ
びりついた米粒を与えているが、今日は思いがけないオカズが出たとばかりに
あおむしを食べてしまったかもしれない。
食われたなら食われたでそれは致し方ない事だが、起き抜けの柔らかな情緒で
一時たりとも慈しんだ物の命はなんだか特別に感じられ、心にグズグズ残って
弱る。こんなことでは生存競争激しい古本業界で生き残れるかどうか大いに
危ぶまれる。………ってそんな大層な商売じゃねーか。
どーしたんだろあおむしちゃん。
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by shanshando | 2007-04-21 13:28 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 04月 20日

アジト

目が醒めて天気がいいと、日常になんら脈絡をもたない言葉が
頭にポンッと浮かぶことがある。
今朝は何故か「アジト」
アジト アジト あじと 鯵戸 味と 唖字堵 あっ!ジト。なんちゃって

アジトなどといえるような場所に足を踏み入れた経験はないけれど、
何故か「アジト」という言葉は懐かしい。
かび臭い地下室、薄暗い裸電球の下でガリ版を刷る髪の長い女と
髯だらけの男、缶ピースの缶に溢れる吸殻。
時代は60年代の東京か大戦下のパリ………大戦下のパリに缶ピー
はないか…。

何度も書いたように私は不動産屋が嫌いなのだけど、それは今実在
する多くの不動産屋たちが嫌いということで、不動産を人に仲介する
という業態そのものが嫌いなわけではない。
イヤむしろ実在する彼等の想像力に欠ける仕事ぶりを見ていると、私
ならもっと面白い不動産屋を展開するのに…と思っているのだ。
例えばアジト専門の不動産屋なんてどうだろう。
思想信条は一切問わない。とにかく世間から隠れて棲む、または集う
人専門の不動産屋。

つげ義春の作品に奥さんに内緒で元女郎屋のアパートを借りる話が
あるが、あれも立派にアジトと謂えるだろう。家族だって対象化しちゃ
えば世間に違いないし、隠れ篭っているところに踏み込まれるスリルは
場合によっては官憲以上かもしれない。

物件選びの基準は店舗探しの逆を思えばいいだろう。
「駅前路面角地!人通り多し!」は店舗なら絶好の場所ということに
なるが、アジトとしては最低の条件である。
単に目立たなければいいのであれば、富士山の樹海の中にでもあれば
いいんじゃないかというと、それでは只の世捨て人というか隠棲であって、
アジトというのはもっと世の中との積極的な関わりの中でときめいている
ものでなければならない。
あえて言えば前の例の「駅前」と「人通り多し」はアジト的にも合格だろう。
駅前の雑踏で注意して見なければ見過ごしそうな小さな扉、毎日そこを
通っている人も気づいていないようなビルとビルの間にある木戸、それを
開けると何時から放置されているのか判らないようなゴミの山、くもの巣。
万一そこを覗いた人がいても、「ここは使われてない倉庫かなんかだ。」
と思って去っていく。そんな場所の奥にアジトはある。

最近「隠れ家風」なんとかというのが流行っているらしく、今朝も新宿で
見かけたが、靖国通りに面していて思いっきりでっかい看板掲げてなにが
「隠れ家風」なのだろう?イヤ待て、あれは新手の隠れ方なのかもしれない。
あそこまで堂々と「隠れ家…」と名乗られたらかえって誰かが隠れていると
は思えない。……そうかなるほど。

アジトという言葉はソビエト時代のロシア語で扇動司令部という意味らしい。
扇動というのはやはり非合法であろうから、それを扱う不動産屋も当然非
合法。ということはつまり宅建の免許などは必要ない。というか東京都認定
業者が仲介するアジトなんて、病院の手術台の上で刺身の女体盛りを造
って食べるようなもので危なくってしょうがない。
つまり私はその気になれば、これからシコシコ資格試験の勉強をしたりし
なくてもアジト専門不動産屋を開けるわけだ。
善は(?)急げ、すぐにも物件探しだ!おっとその前に中華街にチャイナ服
を買いに行かなくっちゃ!アジト専門不動産屋のユニフォームはチャイナ
服に弁髪!これはお約束です。
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by shanshando | 2007-04-20 14:52 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 04月 19日

後生の問題

昨夜、トイレで死にかけた。
腰をかけて用を足していると突然頭部から血の気が引き、冷や
汗がダラダラ落ちてきて、声を出そうとするが息が詰まって声
にならない。その時はてっきり駄目と観念したが、冷静に考え
ればただの貧血だったのだろう。あまり貧血の経験がないので
驚いたのだ。…たぶん
何分ぐらいか蹲ってなんとか症状が収まったので、外に出て
洗面所の鏡で顔を見ると、紙のように白くなった顔が死ぬ前
の父親とそっくりだった。

貧血になれた女性に言わせると大袈裟もいいところだろうが、
臨死体験などというものは完全に主観的な体験なので、自慢
をするわけじゃないが、あれは私的には充分立派な臨死体験
だったと云っていい。
場所が場所であったせいか、まばゆい光明も厳かな音楽も聴
こえず。只々自分がひり出したモノの臭気がたちこめていたば
かりだが、おそらく本格的な「お迎え」の折も私ならあんなもの
だろう。

長患いせずにポックリ逝く事を、俗に「後生のいい死に方」などと
云うが、昨日あのまま死んでいたら私の「後生」はよかっただろうか?
観念してお迎えが来るのを待っている間、ひたすら考えていた事は
まず明朝、すなわち今朝の買取りの事で、いつも良書を売ってくれる
Nさんは私が連絡無しに行かないと気分を害されるだろう。もう二度と
売ってくれないかもしれない。
また昨日の午前下見に行って、来週改めて伺うことになっているFさん
のことも不安だ。Nさんはとりあえず不意のことだから後に許して下さ
るかもしれないが、Fさんとの約束までは一週間の猶予があり、死ん
じゃったから連絡できませんでしたでは通らないだろう。周囲の誰か
が気をきかせて、私の携帯に入っている予定表を確認して連絡して
くれればよいが、どうも今ひとつ心もとない。

私が死ねば必然的に上々堂も興居島屋も現状のままでは閉じざるを得
ない。興居島屋は共同経営者になっている人間が続けるかもしれないが、
まず半年はもたない。上々堂は小森さんがその気で協力してくれれば、
遺された私の家族でも暫くもつかもしれないが、苦労が増えるばかりで
利益を出す事は難しいだろうから、続けないほうがマシである。
そんなことを考えていると、今の私にはポックリだろうとジックリだろうと
「後生の良い」死に方などあり得ないようである。

色々の事を考えあわせて、それでは何時になったら「後生良く」死ねるか
を考えたら、少なくともあと30年は生きなければ駄目なようである。
30年後には76歳、もう突然お客様との約束を守れなくなっても怒られ
ないだろう。頼むほうも「この爺は来ないかもしれないな」と思いながら
頼むだろうから……。
イヤ、その前に頼まないか。
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by shanshando | 2007-04-19 14:20 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 04月 17日

支店?

「エーこの度支店を出すことになりました!
とりあえずブックカフェ形式でやってみようかと……」

……なんて書くとビックリしますよね。
残念ながら上々堂のことではありません。

さっき興居島屋の店開けをしていると、ふいに携帯が鳴りまして、
とってみると那覇にある世界一狭い古本屋「とくふく堂」さん。
来週月曜日、4月23日現在ある店の隣に一坪半(!!)借りて
オープンですとさ。
一部貸し棚にして、ブックカフェをねらっているらしいんですが、
あんまり広げると「世界一狭い」の肩書きがなくなるのでは!?
4月23日は偶然現在のとくふく堂のオープン記念日でもあるとか、

中野のカルマといい、支店ラッシュと言いたいところですが、どちら
も極小スペース。狭いところで何をどう展開するのかお手並み拝見。

天気予報をみると今日の那覇は最低気温18度、最高気温23度の
晴れ!もうTシャツ日和ですね。
我こそは!と思う人は、志願して「とくふく堂」の貸し棚に出品して、
それを口実に沖縄旅行というのはどうでしょう?

とくふく堂のサイトにはこちらから!
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by shanshando | 2007-04-17 14:32 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 04月 14日

天気図

今日の東京はなんだかもう初夏のような陽気。
みなさんのお住まいのあたりは如何ですか?
遠方に知り人がいて、折に触れてその暮らしぶりに思いを馳せる
というのは、空想癖のある人間にとってはなによりの娯楽だったり
します。

このブログを読んでいてくれる100人未満の人々がどのあたりで
どんな日常を送っているかはコチラからは全然見えないわけです
が、時に店に立ち寄って声を掛けてくださる方は遠方の方が多い
ようです。
近隣の方はわざわざ声を掛けたりされないのかもしれません。
今まで私が店に居る時に来てくださって、声をかけていただいたの
は茅ヶ崎の方、宮城の方、秋田の方の三人、そのほか数人いらっ
しゃいましたが何処から来たということをおっしゃらなかったというこ
とはご近所なんですね。

「気象図の見方」というたぶん保育舎のカラーブックスだったと思う
のですが、文庫本が一昨年入って来て、私は科学音痴で観ても
さっぱりなくせに気象図を観ることや天気予報を聴くことが好きだ
というつまり天気フェチなものですから、その本は長く面陳にしてい
たのですが、気がつくと今もうないということは何方かに買われてい
ったのでしょう。
奥付についていた出版年度は確か昭和40年代で、その頃と今では
随分気象観測の技術も変わったことでしょうから、買っていかれた方
もおそらく勉強目的ではなく、私と同じ「気象図および天気予報マニア」
のかただったのかもしれません。

利便性をべつにして、ただフェチシズムとして天気予報を愉しむのに
一番むいているのはラジオの天気予報だと思います。それもNHKの。
「南大東島、南の風風力3…」などという淡々とした口調のアナウンス
を昼寝しながら聞いて、行った事もなければ場所も定かではない南の
島の空模様を考えていると、なんだか自分の意思が飛沫となって大空
に漂っているような気持ちになれます。
そうしてアナウンスがやがて知り人の住む地方の名を告げると、久しく
遭わない人々の暮らしぶりが思われ、情緒的になってしまったりします。

私は現代詩の良さを全然解さない人間ですが、天気予報に聞き惚れて
いる時の気分は、多くの人が詩を愛する心に近いのかな?と思ってみた
りもします。

さて、あなたの町の今日のお天気は如何ですか?
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by shanshando | 2007-04-14 14:55 | ■原チャリ仕入れ旅■