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2007年 06月 30日

清貧閑居

今日は凪なので、午後からビーチに面したあずまやでリボン・シトロン
を飲んでいる。
このあずまやは最近造らせたものだが、梁も棟木も樹齢千年以上の
屋久杉をそのまま根っこから引っこ抜いて使っており、屋根は純銀ム
クの瓦葺、壁土がわりにハーゲン・ダッツのバニラが塗られているが、
柱は直径10センチの青竹を四方に建てているだけなので、超アンバ
ランス!潮風に呷れるとプルプル震えて、なかなかスリリングなのだが
今日は凪なのでその愉しみはない。
まあ、お抱えの設計士も最近では私の趣味を若干理解できるように
なったといって良いだろう。
時折ハーゲン・ダッツが顔に垂れるのも私好みだ。

目の前のビーチではトップレスの女たちが10人5組のチームで手押
し車競争をやっている。これは一人が腕立て姿勢でもう一人に足を抱
えられ進んでいくというもので、なにしろ巨乳だからなかなか見ごたえ
があるが、もういい加減飽きた。なにかまた別の遊びを思いつくまで女
たちを休ませよう。

女たちが去ると、入れ替わりに暴走族あがりの給仕が昼食を運んできた。
メニューは半茹でのシュリンプとアスパラガスのサンドゥイッチ。
給仕は上半身は正装だが、下半身はフルチンでイチモツを奮い立たせ
ている。私の食欲を適度に減退させ、太らないようにする為のシェフの
さりげない心遣いなのだ。感謝。
ちょうど飲み物が切れたところだったので、料理にあう飲み物を持ってく
るようにと命じたところ、一度引き下がった給仕が7upを持って来た。
不二家のペコちゃんグラスに入れてくるという演出がプロだといって良い
だろう。

昨夜はこの島の原住民たちに北海盆歌を教えてみんなで大合唱すると
いう企画が大当たりで、みんな東の空が白むまで歌い明かした。
久々の気晴らしらしい、気晴らしのおかげで今朝の目覚めは爽やかだっ
たが、午後にはまた気鬱になりはじめて、ともすると読書をしてみようなど
という悪心が起こり、自分の業の深さを思い知る。もっとも、この島には
アルコールとドラッグと書物は欠片もないので、年来の悪習慣が蘇る
可能性は皆無といってよいのだが。

食事が終わりに近づいた頃、アメリカ大統領が電話してきて、またぞろ
全米ライフル協会がどうのと言い出したので、「そんなに銃が持ちたい
なら、人目につかないようにケツにでも突っ込んで歩きやがれ!と云っ
ておけ!」と怒鳴って切ってやった。
時計は今やっと1時半、今日はあと何をして遊ぼう?
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by shanshando | 2007-06-30 13:39 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 06月 29日

消防団員の妻募集!

青梅街道で↑という貼紙を見た。

えーと、つまりこの消防団員の奥さんを募集しているわけですな。
どこか過疎の村で、若い人は殆どが都会に行っちゃって、残っている
若いもんが消防団をやっているけど、団長以下全員お嫁さんがいない。
毎日悶々としちゃって、いざ火事だ山崩れだつってももう充分に働けない。
閑さえあったら近くの町に出掛けてフーゾクで空撃ちばっかりしている
から、少子化どころか村は滅亡の危機!
村で一番若いのが去年高校卒業した吾作の孫だけど、これがまた大馬
鹿野郎で、アンパン踏み潰したみたいな顔さしくさって、東京さ出てジャニ
ーズさ入るとか寝言ほざきゃあがる。
蓑助ん家じゃ、しょうがないだでフィリッピンの嫁っこ斡旋してもらったけん
ど、これがまた遊び好きで、そいでもしょうがねーから週に一度は町さ
出てカラオケバーに連れて行ってたら、そこのマスターと示し合わせて
預金通帳もってトンヅラこきゃあがって、蓑助はおめえ「こんなことだっ
たら山の一つも売っぱらって、家にカラオケルーム拵えておきゃあよが
った」なんて抜かしたけんども、なあに結局蓑助ん家のセガレの面じゃ
いずれは逃げられたに違げえあんめえ…………

と、いうような事情が垣間見えるような気がする。
東京にも結構過疎化が進んでいる地域もあるだろうし、近県になると益
々多いだろう。
あえて「消防団員の…」と強調しているのはつまり消防団員は地域の星
なのだ。村ではジャニーズよりも消防団員のほうがもてるのだ。いや、そ
うあって欲しいのだ。ジャニーズなんてあんなもん、ひょろひょろしやがっ
て、あれじゃ米俵も碌に担げまい。耕運機の操縦も出来やしめえ……
というような気分も文面から読み取ることが出来る。

ただ、ちょっとこの貼紙、怪しい感じがする。
「消防団員の妻募集!」の他には携帯の電話番号とURLが書いてあるきり
なのだ。
これではどこの村のお百姓さんがお嫁さん探ししているのかも判らないで
はないか。
真剣に嫁不足解消に取り組むなら、「緑豊かな○×村の…」とか、「東京から
直近、村営温泉も完備された△□村の…」とか書いていそうなものだが…?
ひょっとするとこれはあれか?あれなのだろうか?
私は物好きにもその番号に電話してみた。
「ルルルルル、お電話ありがとうございます。マッチョファイブのエスコートサ
ービスでは携帯サイトからもお好みの男性をチョイスしていただけます。URL
はhttp………。すでに入会がお済みの方でエスコート予約をされたい方は男
性は1番、女性は2番を発信音に続いてお押しください。それではどうぞ!ピッ」

なるほどね、マッチョな消防団員がエスコートしてくれるわけだ。お好きな方には
たまらないお誘いなのだろうか……やっぱり。
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by shanshando | 2007-06-29 13:43 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 06月 28日

目ん玉オヤジ

「こないしたらな、ガイ骨の中がよお見えまっせ。」
近藤さんはしっかり閉じた両瞼の中で眼球をぐりぐり動かしながら
そう云った。
「ガイ骨の中と云いますと?」
私は多少当惑しながらそう聞き返した。
「ガイ骨わかりまへんか?頭の骨。」
ああ、頭の骨ね。うんなるほど。頭の中ちゅうと、やっぱり脳みそが
見えますか?
「なかなか」
近藤さんは瞼を閉じたまま首を振って、酎ハイを一口グビッと呷った。
この「なかなか」は否定の意味らしい。
「医者や皆、頭の中には脳みそがあるとか云いよりますけどな、わたい
はこうやってもう三十年近うガイ骨の中覗いとって、そんなもん一遍も見
たことおへん。あんさんな、頭の中は緑色の綺麗な汁が溜まってるだけ
でっせ。」
「緑色の汁ですか?」
「さいな、あのバスクリーンっておまっしゃろ。丁度あんな感じの汁ですわ。」
「ほう、」
「それがなぁ、あんた。」
「はあ」
「こないして酎ハイ飲みますとだんだんピンク色に変わりまんねん。」
「ほうピンク色ですか」
「さいな、そら綺麗なもんでっせ!」
「綺麗でしょうなぁ」
「こうジワジワとね。」
「ああジワジワと…フム。そやけど頭の中って灯りもついてないのに、真っ暗
と違いますのん?」
「なに!灯り?灯りなら天井から一個ぶら下がってるがな!」
近藤さんは疑われるのは心外だと云わんばかりに、突然目を剥いてこっちを
睨んだ。剥いたら剥いたでまた大きな目玉や、こぼれ落ちそうやなと心配し
ていると案の定、血走ったピンポン玉のようなそれは眼窩からこぼれ落ちて
二つながらに酎ハイの中にポッチャーン
「あああ、またやがな。毎日二回はこれやるねん。」
近藤さんは慌てもせずに目玉を指で掬い出し、一個ずつ丹念に眼窩に押し
込んだ。
「これやるといつもちょっと酔いが早めに回りよるねん。……ありゃ逆に入れて
しもた!」近藤さんはそういいながら左右の目をランダムにグルグリ回してる。
「逆って、それ左右が決まってますのか?」
「あたりまえやないか、逆にいれたら絵が逆さまになるよって気色悪いねん。
アンタすまんけどワシの後ろ頭どやしつけて。」
大騒ぎしてる近藤さんの後頭部を平手で叩いてやると、目玉は旨い具合に
もう一度飛び出し、近藤さん今度は左右間違えずに入れ直した。目玉の後ろ
に書いてあるL,Rの文字を私が確かめてやったのだ。

「そやけど近藤さん、あんなにきつう叩いて目玉が飛び出したのに、よく中の
汁が零れまへんでしたな?」
ようやく落ち着きを取り戻した近藤さんに私があらためてそう聞くと、近藤さん
は不思議そうな顔をしてこっちを見たまま黙り込んだ。どうやらその辺のことは
考えたこともなかったらしい。
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by shanshando | 2007-06-28 14:09 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 06月 26日

フレッシュ!!

十年くらい前に身体の調子を壊した時、人に薦められて一週間ばかり
飲尿にチャレンジしたことがある。
朝起き抜け一番の尿を飲むと万病に効能があるということで、最初は
さすがに抵抗があったが、当時日々の不摂生が祟って若死にする友
人が多く、「くたばるか、ショーベン飲むか。」と脅されると手もなく丸め
込まれて、チャレンジすることになったのである。
「飲みにくければ、水で割って蜂蜜を溶かし、レモンを絞ると飲みやす
いよ」と云われたが、なんとなくそれは却って汚い感じが増すようで、
ここは男らしくストーレートで挑戦したところ、一線を越えれば人間な
んでも出来ないことはないと判った。
自分自身の体質にも拠るのかもしれないが、思ったほど臭気もなく、味
は若干ほろ苦い塩水というかんじ。
「なんだこんなもんか」と思うと何だか却って張りがなくなり、尿の効果か
どうかは判らないが身体も調子よくなったので一週間で辞めてしまった
が、あれは本当は継続しなければならないものなのだろう。

当時、ちょっとした飲尿ブームで、飲尿家(?)たちの間では、様々な著
名人も同類らしいとの風聞が飛び交った。
別に他の人がどうあろうと関係ないようなものだが、あの美人女優が!
とか、あのミュージシャンが!とかいう話を聞くとなんだか、ショーベンを
飲んでいないやつはみんな時代遅れ。という気がして、幸いにも時代に
乗り遅れずにいる自分が誇らしくって、自分が止した後も身体の不調を
訴える友人たちに飲尿を薦めたものだ。

当時、飲尿家たちの間で噂になった一つの話しがある。
ある地方出身の女性、彼女は十代の頃から健康を害しやすく、さまざま
な民間療法を渡り歩いた結果飲尿と出会い。以後は健康体を取り戻した。
やがて大学に入り上京し、一人暮らしするようになっても、当然毎朝の
習慣を破らなかったが、偏見をもたれることが怖かったので友人たちには
自分の習慣を敢えて明かすことはなかった。
彼女は健康体に恵まれ、明るいキャンパスライフの末、一流企業に就職
し、そこで人もうらやむような恋をした。相手は同じ会社の若手のホープ
で頭もよく、スポーツ万能。優しくて、話題も豊富。まさに彼女にふさわしい
相手であり、彼らが遠くない未来にゴールインすることを疑うものは誰もい
なかった。

ところが彼女にはひとつ気になることがあったのだ。
それは彼の異常ともいえるほどの潔癖症である。一緒に電車に乗っても
けしてつり革を持つことはなかったし、もし万一手摺などに触れようものな
ら、慌てて手持ちのウエットティッシュで手を拭う。
考え方によればキレイ好きは悪いことではないし、多少行き過ぎているに
しても不潔な人よりはずっといい。彼女は彼の癖をいい方向に考えるよう
にしたが、デートの折りされるキスの前後に歯磨きウガイを悪びれもしな
いでやることにはどうしても反感を抱かずにいれなかった。
「彼は私の飲尿を知ったらどう云うだろう?」
それを想像すると彼女は絶望的にならざるを得なかった。
潔癖症を除けば彼は申し分のない男性だったし、なにより彼女は彼を深く
愛していた。健康不安のあった十代に恋愛らしい体験をしなかった彼女に
は、彼はまさに初恋の人であり、世界で唯一の人であるかのように思えた。
「この人と別れれば、私はきっともう一生誰も愛さないだろうし、彼以外の
誰かと結婚をすることもあるまい。しかし飲尿は私のまさに生命線だ。飲尿
をやめることで彼との結婚生活の障壁はなくなるが、私の健康はあの暗か
った十代の状態に戻ってしまう。ひょっとしたら30まで生きながらえることも
難しいかもしれない。」

打ち明ける相手もいない悩みが彼女を追い詰め、日に日に痩せ衰え、ある
日彼女は自殺未遂をおかしてしまう。
大量の睡眠薬を服用して、浴室で手首を切った彼女は幸いにも、欠勤を心
配して訪れた会社の同僚に救われ、救急車で運ばれる最中付き添った同
僚に「何故こんな馬鹿なことをしちゃったの?」と問いつめられた。
同僚はともすると意識が混濁する彼女を励ますため聞いたのだが、朦朧と
している彼女はまるで叱り付ける母親にいいわけするようにこう答えていた。
「わたしがおしっこを飲んでいるのを彼に知られるのが怖かった!」

彼女は無事病院で処置をうけ、そのまま入院。見届けた同僚はさっそく彼に
電話で彼女の自殺未遂とそれに至った原因を説明した。
彼のショックは大きかった。彼も真剣に彼女を愛していたのだ。
なんとか彼女の心を救いたい。おしっこを飲むと言う行為は自分には想像を
絶する行為だけど、それが愛する人の欠くべからざる習慣である以上自分は
それを理解する必要がある。付け焼刃やフリでは駄目だ。真剣にそれを学び
それを自分のものにするまで中途半端な気持ちで彼女に会ってはいけない。
真摯な彼はその日から「そのこと」に関係する書籍を読み漁り、必要とあれば
「そのこと」を体験できる施設にも通った。それはまさに愛ゆえの闘いであった
のだ。

一週間後、退院した彼女は深い精神的なショックを受けていた。入院中、ついに
愛する彼は現れなかった。電話すらこない。何度自分からかけようと思ったか
わからないが、それは自分が全てを失ったことを確認することに相違なかった
から、病みやつれた彼女にはとてもできなかった。出社も出来ないまま半月経ち、
一月になり、するうちに彼女は再び死を考えるようになった。
そんなある夜、彼女の部屋のドアーをノックする者が居た。
「どなたですか?」力なく問いかける声にドアーの外の声はあくまで明るく、
「僕だよ!長い間待たせてゴメン。でも安心してくれ、もう僕たちの間の障壁は
取り除かれたんだ。」
間違いなく、彼の声だった!彼女は喜びいさんでドアーを開け、そこに立っていた
彼の胸に飛び込んだ!
「どうして、どうしてすぐに来てくれなかったの?」
「ごめん、ごめんよ、でももう大丈夫!僕はその何だ、君のそのナニを完全に理解
したんだ。理解だけじゃない。僕もいまや君と同じ世界の住人になったんだ。」
彼女は耳を疑った。あの病的な潔癖症の彼が自分を変えてまで私を愛してくれる
なんて!彼女は彼を信じることが出来ないで早まったことをした自分を恥じた。
「ごめんね、ごめんね」彼女は泣きながら彼にむしゃぶりついた。
「いいんだよ。それより早く中にいれてくれないか。いろいろ荷物もあることだし」
「まぁ、いやだ私ったら、どうぞ中に入って、荷物って何かしら?」
彼は重そうな黒皮の鞄を運び込んだ。
「ふふふふ、長い間気がついてあげれなくてごめんよ。このひと月あまり僕は一生
懸命勉強して体験したんだ。もうこれからは君を孤独にさせたりしないよ。ふふふ」
「ありがとう、でも勉強って?体験って?その鞄は何?」
怪訝な表情で問いかける彼女に彼はあくまでもさわやかな笑顔を送りながら、おも
むろに鞄を開いた。そこには、
SMの道具が入っていた。
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by shanshando | 2007-06-26 15:33 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 06月 24日

ぼんのー

私は煩悩が服を着て歩いているような人間である。
髪の毛の先から足の爪に至るまですべて煩悩を捏ね上げて色欲で固め
たようなもので、時に二足歩行をしているのが自分でも恥ずかしくなる
ようなケダモノである。
イヤ本当の獣は煩悩など持っていないから、こういう言い方は正しくない。
獣以下というのも語弊がある。人間一般と比べても獣のほうが余程業が浅
いように思えるからだ。
畜生、外道、淫乱、変態。いろいろな言葉で煩悩に絡められた自分を表現
してみようとするが、そういう言葉を書き連ねているうちに、はしなくも私
は自虐的な喜びを感じ、淫らな妄想に酔ってしまう。…業が深いのだ。
言語が頭に充満すると、精神のバランスが壊れ、獣欲が噴出する。
獣欲そのものは本来醜いものではないけれど、言語や観念に押しひしがれた
それは醜い。

その昔、学校の保険体育の教科書には、性欲が抑えられなくなったら、スポ
ーツなどをして発散しよう!などと愚かしい事が書かれていたが、スポーツで
性欲が解消されるなら運動選手は子孫を残せないではないか。第一学校の
グランドでスポーツをしている青少年たちを見て、「ああ、あれは性欲を発散
しているんだな」などと考えると、なんだか不気味ではないか?
気持ちの悪い事をいわないで欲しい。

私の場合、四六時中文字に囲まれているこの生活が煩悩に拍車をかけている
ようにも思える。文字は智慧を生み、智慧は業と同一である。
文字疲れした頭を休めるために、最近ゲイ関係のサイトをよく覗く。
ゲイサイトにもいろいろあるから、中には精神的に稚拙で読むに耐えないもの
もあるけど、概ね彼等のほうがヘテロより大人に思える。SEXにたいしてもおおら
かで、陰湿さを感じない。私もあんなふうに成れないものか…。
SEXにたいしておおらかなのは最近ではへテロの女性もそうである。
昔は女性の性は文学でも陰湿なものとして描かれたけど、それは男性支配の社
会が生み出した妄想で、実際女性の性は男性より余程おおらかだ。

たとえば女性同士、ゲイ同士が喫茶店でお茶をしながら、自分のつきあった男性の
SEXを論じているのを傍らで聞く人があったとしても、眉をひそめられるという事は
現代ではあまりないのではないか、それにたいしてヘテロの男性の集団がおなじ
シチュエーションで女性の品評していたとするとどうだろう?
傍らで偶々それを耳にした人が仕事がらみの人ででもあったら、彼等は確実に社会
的に葬り去られるに違いない。
そう!今や我々ヘテロの男性は性的日陰者になったのだ!
やったー!
え?
いや、性的日陰者ってなんだか興奮するじゃないですか。
暗くって長い男性支配の歴史を脱して、これからは女性とゲイがリードする世の中
が始まり、私たちは被抑圧者としての栄光を生きるのだ。ばんざーい!
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by shanshando | 2007-06-24 14:03 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 06月 23日

木とカラダ

夜明けから陽が昇り始めるまでの間はまだ涼しいくらいで、
シーツに顔を埋めていると、カラダに新鮮な力が蘇ってくるような
気がする。
このまま、内にたかまる力に身をまかせていれば、身長だってあと
10センチくらいは伸びるかもしれない。
いや、勿論半世紀ちかくも使い古したカラダが今更成長するわけは
ないけれど、たとえば古木が樹医によって適切な環境を与えられて
蘇るように、人間のカラダも再生の機会がないとは云えないのでは
ないか。
人間以外の生物の中では木が一番好きだ。あんなに穏やかで包容
力のある隣人は他では望めない。
いっそ木を相手に商売したいぐらいだけど、木はたぶん本を読まな
いだろう。おそらく。

カーテンを開け放した窓から、やがて陽がジリジリと射し込みはじめ、
胸や背の毛穴が開いていく、本格的に発汗し始める前に寝床を抜け
出し、台所で水を飲み、最近考案中の間接体操を始める。
腰を軽く落として、首筋や肩甲骨、脊椎、肘、指の間接を蠢かすさま
は、客観的に観ると蚊トンボが盆踊りを踊っているようにしか見えな
いかもしれないが、これを丹念にすると半日は20代の機敏さを保っ
ていられる。

私のカラダは今身長176.4センチ62キロ、昔風にいえば五尺八
寸二分、十六貫五百三十三匁ということになる。
いや、別にそれがどうしたというわけではないが、ちょっと昔風に云
ってみたりしようかな、なんてね、それだけだけど。

体操を30分、汗が全身にじっとりなったところで、シャワーを浴びる。
体操のお陰で肌に弾力が戻っているのが嬉しい。思わずウフンなん
ちゃって、あっ、ゴメン気持ち悪かった?
そそくさと水気を拭い、家の掃除。窓辺には国分寺の農家から譲っ
てもらった山椒の苗があり、最近は毎日これの成長を見守るのが
愉しみ。木はいいねぇ。まだ10センチあまりのチビなのに周りの空気
を清めているような気がする。

掃除をすませて山椒の鉢を眺めながら朝食、京も暑くなりそうだ。
え?京も?そうだね京も暑いだろう。
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by shanshando | 2007-06-23 14:34 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 06月 22日

横須賀 つづき

上町銀座商店街は車道を挟んで、左右に歩道が続く所謂街道型商店街。
街道はそもそも谷間に通されたらしく、建物の背後は右も左も丘になって
いる。丘の上には平屋に庭付きの家が建っていたりして、ちょっと不思議な
光景。商店街を庭先に見下ろしながら暮らすのってどんな気分だろう?

店舗の多くは木造で、緑青を吹いた銅板で覆われた看板建築が印象的、
総体に眺めのいい商店街だと思う。店舗の比率も地元に代々続いているも
のと、新しく出来たもののバランスがよくって、そこがこの商店街のいい所
東京の下北沢のように昭和の後期くらいから急激な発展をとげた商店街は
在来の店がいつのまにかいなくなってつまらない。若い人は「おしゃれ!」
とか「かわいい!」とかいって喜ぶが、おじさんはそういうのは認めないのだ!
西荻がちょっとそうなりかけているのが気になる。ローストビーフの「真砂」
もやめちゃったし、うどんの「春日」も、おでんの「のだ」もなくなって、出掛け
る店がどんどんへっていく!

話が逸れた。
商店街の中央あたりに「スペース三季」という店がある。
ここは看板建築の古い店舗を野中さんという方が買い取って、古い建物に
なるだけ手を入れないで、ギャラリーとコーヒー店と骨董店二店を共存させ
ているのだが、運営の仕方がいかにも大人でいい。
特にコーヒー店「フーガ」は近くにあったら毎日でも行きたくなるような店だ。
ここの常連らしき方から聞いたのだが、最近この商店街には骨董店が増え
たらしく、どこも左程時代のあるものは扱っていないようだが、それだけに値
段が手頃で、場所柄昭和物はたくさん出てくるだろうし、数年のうちには関東
でも有数の骨董街になるかもしれない。商店街のはずれ近くの小さな2階家
で営んでいる店ではハンチングを被った店主が盆栽に水をやっている脇から
のぞいてみると、薄暗い店の奥で小学校2年生くらいの女の子が古道具に
囲まれてコーラを飲んでいた。

食べ物屋は豊富すぎて書ききれないが、私が特に印象に残ったのはコッペパ
ンの店とカレーの店、ディスプレーが個性的で見ているだけでも楽しい八百屋
などなど…。
面白い店は比較的駅から離れた奥のほうに多いのだが、これは不思議でも
なんでもなくて、駅近くは家賃が高いのだろう。これは横須賀に限ったことでは
なく、三鷹でも駅から離れるほど面白い店が増えてくる。バブル崩壊以来の傾
向だろうと思うが、駅近くは大企業のチェーン店か不動産経営のついでにやっ
ているようなオーナー店舗で、大抵接客の感じも悪いし、発想も貧困だから、商
品展開もつまらない。みなさん知らない街に出掛けたら駅前の店はすっ飛ばし
て、町外れに行きましょう!ちょっと我田引水だったかな?

今回はどぶ板がメインのつもりで出掛けた商店街道楽でしたが、行ってみると
この上町銀座のほうが俄然面白かった。もし将来東京を引き払って店ごと引っ
越すとしたら是非この上町銀座に!海も近いし、家賃も安いし、最高!
でもねー、そういうところが多すぎるんだよねー
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by shanshando | 2007-06-22 14:07
2007年 06月 21日

横須賀

商店街探訪にわざわざ泊まりがけで行ってしまった。
これってなんか違うよね。
いや、ゴルフとかマリンスポーツとか泊まりがけで行く趣味は少なくないと思
うけど、商店街探訪は日常をちょっと延長したところにあるのがよくって、
その気になれば電車代だけ持っていれば出来るところがいいのに、泊まりが
けなんて、なんだかお大名じゃないか!?

でも、じつは以前からこれがしてみたかったのだ。
気まぐれに訪問した土地でちょっとだけ日常を逸脱して、そのついでに泊まっ
てしまう。前にも書いたように若い頃はサウナなどに泊まったけれど、あれは結
構疲れるから、今回は久里浜の商人宿に泊まってみた。二食付きで5800円!
海も近くって結構旅気分に浸れて正解だったと思う。カップルだったらラブホを
使うのもいいかもしれない。
街を味わうのは、どこか人と付き合うのにも似ていて、一日だけなら行きずりに
なるけど、一夜を明かすと情が深まる。

横須賀は妙に女っぽい町だと思った。
どぶ板周辺では、町の辻つじには目つきの鋭いアメリカの水兵が屯していたり
して、状況は結構マッチョだったりするのだが、戦前日本海軍御用達だった頃
からの古い建物(そんなに古いわけないか、精々戦後かな?)の朽ち具合が背後
に聳える山の緑とやさしくマッチして、空気を和らげている。
どぶ板通りは汐入駅とベースに近接するダイエーに客を取られて、昼間は閑散
としていた。名物のスカジャンを売る店や肖像画の店、刃物店などいかにも基
地の町らしい店もあったが、今も盛業のそれらの店より、荒廃しかけている古い
飲食店の建物の壁などに町の特色を見つけるのは、外来者の目線の意地悪さ
だろうか?
昼間のどぶ板は、化粧ヤケした素顔を隠そうともしない水商売の女の昼間の寝
姿を観るようで、奇妙に懐かしく優しい気分の街だった。

通りに幾つかあるメキシカンフードの店のひとつで、タコライスを食べてから
フラフラと中央駅を目指して歩き出す。その駅の向こうには横須賀で一番歴史
がある上町(うわまち)銀座商店街があるのだ。
途中大通りから少し入った路地裏に「月印」という名前の古道具屋を見つけ覗い
てみる。昭和中期以前の生活雑器が殆どで、つまりアルネ的な世界。
カフェもやっていて、自家製らしいパンが美味しそうだった。
その路地には他にも気になる店が集まっていて、そのうちのひとつでギターライブ
がちょうど始まるらしく「よかったらどうぞ」と薦められるが遠慮して路地を出る。

駅近くには古い四階建てのショッピングモールがあり、それはもう極ありきたりの
モールなのだが、二階から上の構造が謎に満ちているのと、途中いきなり豊川稲
荷への入り口が現れたのが面白かった。モールを抜けて駅前に出ると広場でギタ
ーの演奏をするストリートミュージシャン。友達とお喋りしながら弾いているのに
なんだか凄く上手かった。

駅周辺にはもつ焼き屋が多く、早い時間から開いている店もあって、思わずそそら
れるが又また我慢。
上町銀座へは駅の横のガードを越えていくのだが、急勾配の坂が数十メートル続き
慣れないこちらは悲鳴をあげているのに、地元のお年寄りはヒョイヒョイ上がっていく。
坂の途中の不動産屋で物件の貼紙を見ると、大体西荻の半額の相場。10万で4LDK
南側に広い庭付きという物件を見た時には、真剣に引っ越そうかと思ってしまった。
坂を登りきるといよいよ上町銀座商店街の始まりなのだが、ここはじっくり書いてみたい。
はっきり云って、一見の価値有りの大お薦め商店街なのだが長くなるのでまた明日。
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by shanshando | 2007-06-21 16:06
2007年 06月 17日

立石仲見世通り商店街 その4

東京都が発表している地域危険度というものがあって、これによると、
仲見世のある立石1丁目は建物倒壊危険度が5段階評価の5、都内
5073町丁目中で32番目の危険度と認定されている。
これって順位示す意味あんのか?と思うが、とにかく都内で32番目に
建物が倒れやすい場所なのだ。(1番は何処だろう?)
そこへ持って来て仲見世の建物は基本的に物資の不足した時代に作
られているので、はっきりいって無茶苦茶弱い。

これは人命に関わる問題だから、なんとかせねばならない。…と商店
街の皆さんが苦慮している時にもちあがったのが京成電鉄の高架化と
それにともなう駅前再開発。
この駅前再開発というやつがくせもので、こいつのお陰で日本中の駅
前は全部同じ顔になってしまった。せっかく現在アジア的活気が満ち溢
れている立石がこんなゼネコン太らし事業の餌食になっていいのか?
と思うが、何度も言うようにこれは人命に関わる問題なのだ。

つまり、結論から言うと、立石仲見世通り商店街はおそくて10年、早いと
5年のうちに消滅する。ええい、なんとかならんかい?日本中が無機質な
のっぺり顔になったら、あまりにつまらないではないか?
いろいろあせりを感じるけど、今私が出来ることと言えばこの町の魅力を
一人でも多くの人に知ってもらう事以外あるまい。
現在仲見世には数店の空き店舗がある。誰か若い人でここを借りて面白
い事業をやる人はいないだろうか?
もしそういう人が沢山集まって、この空間の可能性を考えたら、きっと魅力
的な次の展開がありえると思うのだが……。

というわけで、立石仲見世通りの話はここまで、火曜日の更新はお休みして、
次は横須賀ドブ板通りを訪ねて来ます。
……いいのかオイッ!商売ほったらかしで!
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by shanshando | 2007-06-17 13:12
2007年 06月 16日

立石仲見世通り商店街 その3

仲見世通り商店街の事務所は通りのほぼ中央の靴屋さんの隣の路地
を入った処にある。
ここの商店会はとても仲が良いらしく、私が理事長のお話を聞いていた
間にもいろんな人々が顔を出して、共有の物らしい自転車などを借りて
行ったりして、とても下町らしいお付き合いが微笑ましい。
理事長の長谷さんは、通りの古株の一人で、昭和21年に復員してきた
お父さんがこの街で商売を始めた。

戦時中まで立石の南口の商店街は仲見世と平行して隣り合う駅前通り商
店街だけで、現在の仲見世は田んぼを埋め立てて出来た戦後の闇市か
ら始まっている。現在のアーケードは昭和29年に建てられた二代目で、
つまり今年で53歳。
昭和29年といえば朝鮮特需が終わり、世の中が再び不景気に向かって
いった時で、当時の闇市あがりの店主たちは施設を新しくすることでもう
一度景気を呼び戻そうと必死だったのだろう。
当時建てられた各店舗は全て二階建てで、現在は一階しか使われてい
ない店舗も多いようだが、昔は皆家族で2階に住んで働いたのだそうだ。
初めにも書いたように一軒の敷地が広くて精々7、8坪狭いと1坪ちょっと
しかないところで営まれていた暮らしはどんな風だっただろう?薬屋さん
の店の前に貼ってあった写真の「雪の立石駅」、今では考えられないよう
な大雪に包まれた夜のホームのその向こうに寝静まる仲見世通り、いつ
もと打って変わって静かな夜の底で身を寄せ合って眠る家族…。
昭和は遠くなっちゃったねー。

隣り合う駅前通り商店街のほうは、間口も奥行きも充分あり、仲見世の店
舗を見慣れた眼には広大とすら映るが、残念なことにこちらは今や半分近く
がチェーン店に占拠されている。これはまぁ仕方がないと言えば仕方がない
話で、今や私たちの生活は例えばコンビニなしでは成り立たないかもしれな
いし、資本の論理を突き詰めていけばこうなるのは必然だろう。でも、やっぱり
日本中の町並みがチェーン店に占拠され画一化されるのには耐えられない。
幸か不幸か資本に取りこぼされた弱小店舗や場末の店舗こそ、地域の文化
を担える可能性があると思うのだが、現実は厳しいのだ。
というわけで、明日は立石仲見世通りが瀕している危機と今後の展望について
書いてみたいのでありましたです。(続く)
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by shanshando | 2007-06-16 13:46