「ほっ」と。キャンペーン

<   2007年 10月 ( 21 )   > この月の画像一覧


2007年 10月 30日

鍋物の風景

尾羽打ち枯らして、屋財家財あらかた失ったとして、何かひとつ手元に
残すことが許されるとしたら、土鍋を残したい。
これひとつあれば、飯が炊けるし、菜の物の煮炊きも出来る。炒め物は
難しかろうが、煎り物なら出来そうだし、まあ気長にやれば茶も飲めるか
もしれない。酒の燗は出来るし、サラダボールの代わりにもなる。
いや、いざそんなことがあれば多分他のものを択ぶのだろうけれど、深夜
に帰宅して台所で土鍋を前にしていると、ついそんな妄想が沸く。

いよいよ鍋の季節になった……と書くと後に書くことと食い違うので、正確
に書くと、世間では鍋の季節になった。
誠にもって鍋料理というのは有り難いもので、湯気に顔をさらして具をつつ
いていると、自然頬が緩み幸せな気分になってくる。大麻というのはおそらく
こんな感じなのでしょうね。……やったことないけど。

食事をするということは、つきつめて言えば熱を摂取するということだという
けれど、私など男のくせに冷え性だから常に熱を欲している。
夏でも余程の炎暑でなければ熱燗を飲むし、温かい蕎麦を好む。寿司や刺
身なども嫌いではないが、それだけ食って食事を終えるとなんだか悲しい気
持ちになる。やはり最後に熱い吸い物があって漸く酒が納まるべきところに、
納まった気がするのだ。

鍋料理に関しては、色々五月蝿いことをいう人もいるから、出来れば一人乃
至は二三人で食べたい。10人も集まって食うと趣味がごっちゃになって何を
食べているのか判らないことになりかねない。
ただし芋煮のように野外でやる場合は大勢がいい。大勢でデッカイ鍋をグツ
グツやるのに小理屈を言う人もいないだろうから、これは様々ある鍋の楽しみ
の中でも王道と言えるかもしれない。

まあ好みも様々だろうけれど。私が一番好きなのは夏の暑い日の夕方に田舎
の縁先で行水をしたあとに、パンツ一丁で食べる鳥の水炊き。だらだら流れる
汗を流れるがままに流しながら食べ最後にもう一度行水をして、そのまま蚊帳
にもぐりこんで寝る。これはもう最高ですよ!……って、やってみたいなぁ、そ
んなこと。それにはまず縁側のある家を買わなきゃ。
[PR]

by shanshando | 2007-10-30 13:55 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 10月 28日

鎌倉

5時過ぎに西荻を出て、江の電長谷駅に降り立ったのは6時40分。
まだそんなに遅い時間でもないのに、台風のせいか駅の周辺はひっそりして
人影もまばらだった。
その時間になると、もう雨の量は左程でもなかったけど、なにしろ横殴りに
降って来るので傘もまともにさせない。駅前で確認した周辺地図はネットで
見たアクセスマップとランドマークの配置が違うような気がする。心もとない
ままに歩き出すと駅から離れるにつれて、益々人影や店も少なくなり、不安な
気分が前夜に読んだ ささめやゆき画の「ガドルフの百合」と重なる。

訪ねる先の「一花屋」は街道から二度ばかり入り込んだ路地にひっそりとあった。
雨の闇夜の底で全身を湿らせた旅人は(私のことね)玄関番のたぬきに一礼した
後で、かすかにザワメキが漏れ聴こえる戸の前に立った。
扉は和風の硝子格子、外と打って変わって中は明るそうだ。そろそろと開くと
色とりどりの靴が脱ぎ散らかされた玄関の正面にはこれも色とりどりの手拭いが
飾られ(手拭いカフェでもあるのです)、その向こうではたぬきの宴会ならぬ、
昼間から行われている旅人サロンと称する集まりが、時間延長で続いている
ようだった。

私は濡れたコートを脱ぎ、式台に腰かけるとかねて準備のタオルで身体を拭き、
濡れた靴下を乾いたものと取り替えて、そのまま奥のイベントが終了するのを待
った。
よく見ると玄関の脇にある靴箱の上には、ささめやさんの「鎌倉えはがき」が並べ
られていて、手に取って一つ一つ眺めると飽きがこない。
ここの女将 せのうふえりこさんは ささめやさんの娘さんなのだ。
ふえりこさんというのは不思議な名前だけど、せのうさんというのは多分結婚後の
姓で元々は ささめやふえりこさんだったのだろう。やっぱり。
本当はなにか漢字があてはめられるのかもしれないが、ひらかなばかりで書くと
どちらの場合もどこまでが姓でどこまでが名前なのか迷う。
もしかしたら 旧かな使いみたいに、せのふ えりこさんの入力間違いか?とか、
 ささめやふ(ささめよう)えりこさんか?と考えてしまうけれど、
(ささめやふ)で(ささめよう)はチト無理があるか。

なんだかつまらない連想をしているうちに、奥のイベントは終了し、いよいよ
barタイム。
昔のデパートの食堂みたいに前金チケット制で昨日は全メニューが500円均一。
満月になぞらえた創作料理が幾種類かあり、これは実は11月から上々堂に来てく
れる堀内みすみさんが作っている。私は「満月プレート」と「満月の薫製」それから
竹皮に包まれたおむすびを食べ、ビールと焼酎。
雨に濡れて冷え気味だった身体がホッとした。
ふえりこさんにご挨拶して、帰ろうとすると厨房からわざわざ堀内さんも出てきてく
れて、鎌倉えはがき4セットをお土産がわりに購入し、少し降りが弱くなった街路
へ、帰路はお月さまを沢山食べたせいか、酩酊のせいか、宮沢賢治ではなく、
稲垣足穂気分でありました。
[PR]

by shanshando | 2007-10-28 14:16 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 10月 27日

指摘

はじめて入った場末のスナックで、かなりクズれた感じのおかまの
ママからイキナリ
「あんたは本当の自分にまだ気付いていないっ!」と指摘されたら
あなたならいったいどんな顔をするだろう?
勿論こちらから人生相談をもちかけたわけでもなく、何かそれまで
に話しの脈絡があったわけでもない。本当にただイキナリそう指摘
されたのだ。
私はただ呆然とした後、曖昧な笑顔でイヤミにならないように気を
付けながら、ただハッキリとスルーした。
本当の自分も何も、私は友人の案内で10分前にその店の入り口を
くぐり(まさにくぐって入るようなタイプの店なのだ)、何故だかその日
はとても機嫌の悪そうなそのママが常連である友人にあたるのを、影
に隠れて眺めていただけで、自分からはまだ一語も話していなかった
し、第一この世に生まれて30数年(その時はね)、自分が認知してい
る以外の自分がいるとも、いて欲しいとも思ったことはなかったのだから。

大体においてオカマには人生相談好きが多くて、それは巨人ファンに
自民党支持者が多いのとちょっと似ているような気がする。
みんな自分の存在の不確かさを他者に補って貰いたがっていて、それ
は別にオカマや巨人ファンに限ったことではないけれど、タガがはずれ
ると狂信的になると言う意味で両者はとても似ていると思うのだ。
(狂信的なのは阪神ファンじゃないかという指摘もあろうかと思いますが、
つっこまれる前に言っておきますと、あれはタガがはずれなくても狂信
的です。)

かくいう私は今のところオカマでも巨人ファンでもないけれど、内面の不
確かさということでは人後に落ちないので、客観的に観ればオカマや巨
人ファンとは別の狂信の種を抱えているかもしれなく、あのやたらとガタイ
のいいママさんの指摘は実はそのへんを見抜いての事だったかもしれない。

オカマの話しをした直後にこの話しをすると、どこからか苦情が出そうな
気がするのだが、先日テレビで中村中という若い歌手を初めて観て、すっ
かりファンになった。歌っている時の顔が凄くセクシーだと思う。悲しい内
容の歌詞を歌う時もなんだか顔が笑っていて、それが良く出来た夜叉の
面のようで美しい。

苦情の心配をするのは私には性同一性障害とオカマの線引きがはっきり
出来ないからで、まあ言い方はどっちでもええやん。政治的、社会的には
色々厳密にすべきこともあるのかも知れんけど、基本的にはいろんな個性
の一つ一つと平らかに付き合っていく覚悟が個々のなかにあったらエエやん。
というのではたぶんアカンのだろう。

まだ少ししか聴いていないが、中村中の歌はわりかしストレートなメッセージ
が、軽く情緒を纏って歌われているように思う。私はちょっと中島みゆきを連想
した。私のような世代のおじさんにも聴き心地がいいのはその情緒の纏い方の
軽さに共感出来るからではないかと思った。尊敬する人がちあきなおみという
のもいい。

さて話しの前段と後段をこれから無理やり且つ簡潔に結びつけるのだが、10数
年前にオカマのママから指摘された「本当の自分」は50を目前にしてまだ見つ
からないし、見つかんなくってもいいやとも思っているが、敢えて言うなら自分の
抱えてきた精神史を臆面もなく(褒めているのですが)普遍化して他者に聞かせ、
それでいてしっかり表現としての完成を勝ち得ている中村中のような人に憧れる
気持ちに答えは潜んでいそうだと思うでありました。ゴメン
[PR]

by shanshando | 2007-10-27 14:08 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 10月 26日

ツブシ

これはちょっと如何なものか?と思いつつ買い入れして半年、
ちっとも動く気配を見せない雑誌の山がある。
中に数冊気になる特集記事があって、それが引っかかったも
のだから買ったのだけど、ピクリとも動かない。
こんなことはワリとよくある話しで、半年間誰にも一顧だにされ
なかったモノは大抵一年待っても駄目なのだけど、中には売っ
ているこちらさえも忘れているほど古い仕入れが、ある日突然
きれいさっぱり売れちゃって、おまけに次の週あたりからその
雑誌のバックナンバーはもうないのか?との問い合わせが殺到
する。というような場合もあって、不良在庫というものはウッカリ
処分できないものだか、スッカリ処分したものだか 中々決心が
つかない。

昨夜は思い切って、そんな束をバイクの後ろに積んで運んで来た。
バイクの後ろには箱が積まれ、大事な商品はその中に収納するの
だが、ツブシは箱の上か運転席の足元にむきだしで積む。
明日(というのは今日だけど)の朝処分所に運ぶのだ。
家に着いたのは12時近くで、ちょっと天気も怪しかったけど、どう
せ捨てるものだからそのままにして、風呂に入って寝てしまい今朝
の事、寝床でうつらうつらとする耳に雨の音。ああやっぱり降っている。
シトシトシトシトシト急にツブシが気になりだした。
やっぱり、気になる号だけ別にしておけばよかった。もう随分濡れちゃ
ったかなぁ?いつ頃から降っているのだろうこの雨は?
そんなことを思ううちにも雨はどんどん降って、私はまるで自分がオ
ネショをしたような気持ち悪さを覚えながらまた寝入ってしまう………
……zzzzz
[PR]

by shanshando | 2007-10-26 16:08 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 10月 25日

bar満月

↑という魅力的なイベントの名前に惹かれて今週末は鎌倉に出掛ける
ことにしました。
鎌倉・長谷にある「一花屋」(いちげや)という民家を改造したカフェで
今月から毎月、満月を中日にした三日間だけ営業するそうです。
今月は今日(10月25日)から土曜日(27日)まで、残念ながら空模様の方は
思わしくないようですが、元々月の周期から受ける影響を感じながら生きようと
言うのが狙いだそうで、雲に遮られているかどうかは左程関係ないのかもしれ
ません。

「一花屋」のサイト以外でもネット上で見ることができる写真によれば、場所は
純和風の昭和初期風の木造建築、周辺は閑静な住宅街とあって、鎌倉に知人
や親戚でも居ない限り、憧れてもなかなか出来ない体験を味わえそうです。
町中の有線放送で演歌が流れる縄暖簾もいいけど、たまにはゆったり、ゆっくり
とした時間の中でしみじみお酒を呑みたいね。詳しくは上にリンクをはった一花
屋のサイトから、土曜日は昼間に行われるイベントの流れでひょっとしたら混む
かも?ということですから、狙い目は今夜か明日の夜かもしれません。
もし万一雨が降っても、しとしと静かな秋雨の音を聞きながら飲むのもまた悪
くないかも。
[PR]

by shanshando | 2007-10-25 13:35 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 10月 23日

数学的思考と料理

パスタを茹でるのに大鍋に水を張り、コンロの火を点し、さあ煮え立つ
まで読みかけのミステリーの続きでも……というのは実際に料理を
しない人の考えること、あるいは実際に行ってもせいぜい自分が食べ
る分だけ用意すれば済む人の考える事で、日常的に人の食膳を整え
る必要のある人はそんな悠長な事は考えない。
湯が煮え、分量のパスタが適度に茹で上がったら、それを供するまでは
腕が3本でも4本でも欲しいくらいに気ぜわしいのだから、湯が煮え立
つまでの間にすることは山ほどある。絡めるソースを作ったり、サラダ
を拵えたり、器を温めたり、サラダにはドレッシングも必要だし、飲み物
の心配もしなくてはならないし、それらの間にはアラーの神を讃える事
も忘れてはならない。順番やタイミングを間違えては全てが台無しだ。

プロの人のことは良く知らないが、家庭でする料理は事前のイメージ
トレーニングで成否が決まるといってもいい。食べる人の好みや健康
状態、後片付けの手順まで検討要素にいれると、これはもう一種の数学
的想像力を要求されるといってもいいのではないか?

プロの人のことは知らないと書いたが、それは大きな厨房なら当然分
業化されていたり、逆に小さな所はメニュウを限定し、手順をマニュアル
化しているだろうと想像するからで、そのマニュアルなり分業を確立する
まではやはり数学的想像力が必要とされるに違いない。

数学的想像力……とここで勝手に私が言っている物が本当に数学的か
どうかは責任持てないが……の中に身を置くことは一種心地よくもある。
我というものを極力忘れて、合理的に身体を動かす。創意やオリジナリティ
はイメージトレーニングの以前に終わらせて置くべきことで、イメージトレ
ーニングはあくまで合理的に、動き出せば完全に機械になることだ。

料理人にとって全てが終息するのは最後の一枚の皿を洗い終えた瞬間
で、共に食膳についていたとしても味を楽しむなどという気には到底なれ
ない。食べる人が料理を口に運ぶ順番にさりげなく眼を配ったり、味の濃淡
に対する微調整に対応したり、ということを相手に気遣わせないようにやる。
そんなことをしながら食事をして美味かろう筈がないが、それでも料理を
するのが好きなのは、それが私の生活の中で唯一数学的想像力を生かせる
時だからだろう。

最後の一枚の皿を洗いながら、私はその日の自分を採点し、ほくそ笑む。
人の評価はあまり気にしない、人は自分が料理しなくて済むとなれば、心に
もないお世辞をいうものだし、中に臍の曲がったのが料理のコンセプトその
ものをクサそうとも知ったことではない。私にとって大事なのは自分がイメー
ジした流れが美しく実行されたかであって、味なんか二の次なのだ。

昨夜の鰻の蒲焼きサンドは中々美しい流れだったし。今朝のレモンマーマレ
ード入りリゾットも素晴らしかった!今夜のドーナッツ入りうどんもきっと成功
するだろう。
ひとつ気になるのは家族が最近みなダイエットを宣言していることだ。
私の料理の素晴らしさについつい食べ過ぎることを恐れる気持ちはわから
ないでもないが、行き過ぎたダイエットは考え物だ。
アラーの神の怒りに触れねばよいのだが。
[PR]

by shanshando | 2007-10-23 16:41 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 10月 21日

山吹色の蝶

山吹色のたては蝶が秋晴れの高い空の下をふらふらと飛んで行く。
ここ数週間、外出のたびに見かけるけど名前を知らない。
以前はあまり見なかった種で、ここ数年急に見かけるようになった。
気になったので調べてみたらツマグロヒョウモンという、本来もっと南
に生息している種で、温暖化の影響で北上してきたらしい。今年は特
に異常繁殖しているそうだ。
山吹色が異常繁殖とはめでてえじゃねぇか…フフフフ。などと越後屋
笑いをしている場合ではありません。確実に着々と私たちが地球をぶっ
壊している証拠です。
ほんとうにもうマナジリあげて決然と立ち向かわなければならない問題
なのだけど、日曜日の公園で鼻の穴おっぴろげて一人でフンフンいきって
いても何の解決にもならないばかりか、不気味がられて通報されるのが
オチなので、ふくらみかけた鼻の穴はアクビで誤摩化し、いや誤摩化した
つもりがけっこうなマジアクビで、あああこのまま昼寝しちゃいたいや。

今日も今日とて私は朝早くから、武蔵野の大地を原チャリでウロウロ
配達と買取りの狭間に若干時間差があったので、武蔵野中央公園で一休
み、ちょうど子ども祭りを開催中で、子どもたちが骨だけにした団扇をシャボン
に浸してシャボン玉をとばしていた。その泡の玉をよけながらツマグロヒョ
ウモンが飛んでいたのだ。ああああ、ああああ、どーなるんだろ?
私も、地球も
[PR]

by shanshando | 2007-10-21 14:43 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 10月 20日

興居島屋

先月のリニューアルオープン以来続けてきた「手拭い展」も昨夜搬出
今日からは、「マッチラベル展示即売」の始まりです。
昨夜と今朝はそのための仕事で大童でした。(ダイドーじゃありませんよ)
上々堂は致し方なく9時前に閉めましたが、雨の中遅くにいらしていただ
いたお客様申し訳ありません。
11月からは新スタッフも入り、安定した営業時間が守れるようにします。

今回展示しているラベルコレクションは、あるコレクターの方のコレクション
をシート売りするもので、シートごとにこだわりが見える編集はなかなかの
ものです。この展示は一応11月7日までの予定ですが、なにぶん面白い
ものから売れていきますので、ご興味のある方は早いうちにおいでいただ
いたほうが良いと思います。

これが終わってその次の展示は「飯野まき絵本原画展 もも ももばたけ
のいちねん」
こちらは只今DMを制作中ですので、まもなく中央線の
各所でお目にかかることと思います。

興居島屋ではその後もギャラリーとして、さまざまな企画を組む予定です。
また、当店のイメージと合う内容の作品展示には貸し画廊としても門戸を
開きたいと思っていますが、これはあくまでもお話し次第ということです。
話しが纏まれば極安いレンタル料でお貸しできると思います。

その他長らく休眠状態だった「おに吉」も装いを変えての更新を只今企画
中です。今しばらくお待ちください。

と、きょうは興居島屋の宣伝ばかりでしたが、新生「おに吉」には上々堂も
参加予定ですし、また店頭フリーマーケットなどもやりたいなと思ってます。
どうぞよろしく。
[PR]

by shanshando | 2007-10-20 14:33 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 10月 19日

bokeboke

いやぁ、やばいです。
昼間、興居島屋で今日の更新分を書いて送信したつもりが、
今上々堂について確認してみると更新されてない。
最近また考えることが多くて、自分の記憶力にはとっくに愛想
を尽かしているのですが、ここまで進行していたとは……。

昼間書いた内容は朧げながらアタマに残ってはいるのですが、
今さら又書き直す程のことでもないし……

突然ですが、10月11日の「九州」にコメントを寄せていただいた
トンコツさんありがとうございました。更新後時間が経ってから
いただいたコメントは見逃しがちなのですが、見つけるとかならず
感じのいいコメントが多くて、嬉しくなります。私も近い将来必ず
現地熊本を訪れて、本場の熊本弁の習得に励みたいと思います。
ラーメンや馬刺も食べたいし。

突然といえば先日私の留守中上々堂に文化放送の大竹まことさん
の番組のスタッフから電話があったそうで、その後私の携帯にも
それらしい着信があったのですが、残念なことに非通知設定の番
号で、(放送局は大抵そうなのだそうです。)まぁ、また掛かってくる
だろうと思ってたらそれっきり、ひょっとしたらあれかなぁ?
「アナタにクイズへの挑戦権が当たりました!三問正解したらハワイ
へご招待!」とかいうあれ、応募した記憶はないけど、なにしろ自分が
昼間書いた文章の内容も忘れれる頭だから、あてにはならない。
ハワイ行きたかったなぁー。チェッ!

今夜は雨がシトシト、興居島屋はそれでも結構賑わってましたが、上
々堂は場所柄雨に弱い。誰もいない店内でオオツカさんの置いていっ
てくれたパブロ・カザルスのバッハを聴きながら、ひたすらアナタを待
ってます。なーんてね。
[PR]

by shanshando | 2007-10-19 19:20 | ■原チャリ仕入れ旅■
2007年 10月 18日

スタッフ志望

例年このシーズンになると人が動く。
世間的にはまだまだやはり春の移動が多いのだろうが、古本に関心を
持って、安い時給にめげずに関わってやろうという人には、秋に気持ち
が動かされる人が多いと見える。
今年は、一年あまり予想外の大活躍をしてくれた入江くんが新しい将来
の夢をめざして去り、それに代わって二人の女性がそれぞれ興居島屋
と上々堂に入ってくれることになった。

私の店では未だに一度もスタッフ募集の貼紙をしたことが無く、人手が
途切れそうになると、どこかしらか次の人が現れて助けてくれる。
興居島屋を始めた当初から勘定すると延べ20人くらいになるが、大抵は
友人の紹介で、今までまったく縁のない状態から突然やってきた人は
たった一人だけ。以前店番日記を担当していたオオツカさんである。
彼女はある日私の留守中に来店して「ダメもとで聴くんですけど、ここで
人を募集してませんか?」と聴いてきたのだ。

実を云うと、そういうふうに志願してきてくれる人はわりと多いのだが、中々
タイミングや入れる時間帯その他の事情が合わず、話が纏まらない。
オオツカさんが来る直前にも一人面接していて、その人は大変可愛いお嬢
さんだったのだけど、どうも店の雰囲気だけに関心があるらしく、本には別に
関心がないようだった。結局私が彼女にやってもらうとしたらこういう内容の
仕事ですよと説明して、彼女が「もう一度考えてみます」と返答して、そのまま
破談。それまでやっていた仕事が国立のお洒落なカフェのスタッフで、つまり
仕事の内容はともかく、お洒落な雰囲気を追い求めている人だったのだ。

こういう書き方はなんだか意地悪に読めるかもしれないが、私は彼女を否定
しているのではない。いや否定出来ない。なぜなら私も実は本に対する関心
が元々薄く、ただ本の有る空間が好きで始めた人間だからだ。
彼女と私の動機は殆ど差がない。むしろ同じと云ってもいいかもしれない。
世の中の多くの人は仕事の内容そのものや、その仕事が自分にもたらして
くれる現実的な成果(報酬、キャリア、功名など)を問題視して仕事を選ぶ。
彼等が求める物は有形無形を問わず非常に具体的だ。人にも自分にも説明
が付けやすい。非常に能動的で積極的な人生と云って良いだろう。
しかし、私や彼女は自分が求めるものを人に説明しにくい。具体性がないから
言語化しにくいのだ。ちょうど自分が好きな音楽を人に云って、その理由の説明
を求められた時の戸惑いに似ている。

古本屋の業態は今や様々で、そこに関わる人の想いも様々だが、私には多かれ
少なかれ、古本屋に関わる人の多くは私や彼女に似た人が多いと思う。
単に本好きなら、お客として本屋通いをすれば良いし、その方がかえって距離
が有る分自由な読書人で居れると思う。でもどうしても古本屋で働いてみたいと
云う人は本そのものが与えてくれる具体的な利得よりも、もっと名状しがたい
本のある空間独特のオーラのようなものに包まれたがっているように思える。
そうして、そのオーラは同じように空間に本が満ち溢れている新刊書店より、古
本屋に多いと思うのだ。

結局は破談に終わったお嬢さんは、私と話しているうちに私という人間の発する
雰囲気の中から、自分の求めているお洒落な雰囲気とは違うものを感じたの
かもしれない。それまで勤めていたカフェはおそらく近いうちに辞めるという話
だったので、今はまた別の仕事をしているかもしれない。当時たしか二十代の
初めだったと思うが3年近く経った今はより自分の理想に近い職場を見いだし
ただろうか?
案外、お洒落な空間ばかり追い求めることに疲れて、今ではガテン系の仕事に就
いていたりするかもしれない。いや冗談ではなくて、内なる理想空間を追求する
うちに突然肉体派に変身する人は多いのだ。
[PR]

by shanshando | 2007-10-18 15:39 | ■原チャリ仕入れ旅■