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2008年 07月 30日

冷蔵庫

私の家には寝室に一台エアコンがあるきりである。
元はまったくなかったのだが、諸般の事情で致し方なく寝室だけは入れた。
今時都内の住宅では珍しいことらしいが、冷え性の私は寒いのには耐えられ
ないが、暑い方には一向平気だと高を括っていたら、今年の暑さには参って
しまった。
温暖化の影響もあるだろうけれど、年齢的に堪え性が無くなったか、あるいは
なまじ店や寝室という逃げ場が出来たため精神が弛んだのかも知れない。
肉体労働をしていた頃は、炎天下の屋上でガスバーナーを使ったりした事さえ
あるのだから、30度やそこらの暑さなど問題にならない筈だが…?

近年不景気のせいか、夏場に買取が多い。
景気が良ければ避暑やリゾートに行くべき人が移動を避け、お部屋の整理を
される為だろう。多少我田引水の気味はあるがエコと言う意味合いからも正しい
傾向だと思う。
なまじ馬鹿高いガソリンをぶん撒いて何処かへ出掛けるよりも、自分のお部屋
をすっきり片付けて、涼しく過ごそうというのは、古本屋として誠に歓迎すべき
ことだが、炎天下を連日の出張はちと答える。
出張買取は大抵午前中で、出だしの八時九時台は未だ左程陽射しも強くないが
十時十一時となると皮膚がちりちりと音をたて、脳内では水分過多の味噌がグラグラ
煮えてき出す。
そのせいか今朝、財布を落としてしまった。
落としたのは神田から新宿までの靖国通りの何処かで、コイツはもうてっきりアウト
だ。さっそくにクレジットやキャッシュカードなど必要な手続きをとらなければと、
あきらめつつも念のため、来た道を引き返し、最後に神保町の交番をのぞいたところ
奇蹟が起きた。
いや奇蹟といっては申し訳ないが、今まさに私の財布を拾ってくれた人が其処に居て
届けてくれていたのだ。

今のこの世知辛いご時世に、しかも普通に出歩くのさえ息苦しい炎天下に他人の
落とした財布をとどけてやろうと言う人が居ると言う事は、まさに奇蹟と言って良いの
ではないか。
さっそくにお礼を申し出たが固辞される。
しょうがないのでご住所お名前を交番で聞き、後日礼状とともに形ばかりのお礼の
品をと考えるが、何が良いだろう?

とっさにひらめいたのは何故か水羊羹だったが、甘い物は好みによっては無駄にな
ってもいけない。ここはやはり無難にビール券か。ビール券なら呑まない方にも使い
道がある。結局そうすることにしたのだが、何故かどういうわけか初めに思い浮かんだ
水羊羹から頭が離れない。

夏、炎天の外から戻って冷蔵庫を開けて麦茶を一杯。オヤ水羊羹か!
そういやこの間送って着たっけ!ヨシこれでもひとつ食べてみよう。
そう思いを巡らして、水羊羹を取り出すまでの所要時間が十数秒。この間に冷蔵庫
から流れ出す冷気が汗ばんだ頬に気持ちいい。そんなシチュエーションがいいなと
思ったのだ。
おいおい、シチュエーションはどうでもいいがそれじゃ電力の無駄遣いだろう?!
ご安心を、これは台所にエアコンの無い我が家を想定しての妄想で、恐らくエアコン
完備のその方の家向きでないことはあきらかだから、やっぱりビール券にしました。
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by shanshando | 2008-07-30 21:39 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 07月 27日

古本屋になる子ども

福田平八郎に「雨」という作品ある。
整然と並んでいる屋根瓦の表面が、今まさに降り始めた雨の数滴に濡れ
ているところを描いたもので、不可視の雨気やそれに喚起される漠然と
した不安まで描いた、まぁ名作なのだろうと思うが、なんだか思惑が勝ち過
ぎているといえばそうも思える絵で。今の私にはもっと直接に現象とぶつかり
あっている絵のほうが好ましく思える。

なんてまた門外漢もいいところのクセして、とうの昔に亡くなっている大家の
それも代表作をけなしだしたかというと、たまたま今日300円均一で表に出した
図録の山の中にこの作品が載せられている物があって、そうそうそう言えば小学校
4年生の時にこの同じ図録を幼なじみの家で見せられて、不覚にも感動したと言う事を
思い出したからだ。
幼なじみは今は群馬県の交響楽団でファゴット吹きをやっていて、幼少時から非常
に文化的な環境の中で育てられた。実家は写真館である。
写真館とか医者というのは大体どこの田舎でも文化の担い手になっているのだ。

彼の家はけっして飛び抜けたお金持ちという印象もなかったが、置いてある玩具が
外国製の洒落たものだったり、調度も田舎者特有の俗物臭が漂って来ない洗練された
ものだったり、何より書棚が素晴らしかった。高度成長期の頃何処の家でも半ば騙され
て買った文学全集などの揃い物は見えず、一冊一冊が子どもの眼にも系統立てて揃
えられた良書で、その大方の内容は子どもには検討もつかなかったが、ただ画集や
図録の類いは観ていても楽しく、許されて眺める時は心が浮き立った。

私のうちにも書棚はあるにはあったが、今から思い出しても当時の流行物や、それこそ
騙されて買った口の文学全集が幅を利かせていて、面白みが無く……といっても読め
た上でそう思ったのではなく。あくまで写真館の友の家の書棚と比較しての感覚に過
ぎなかったのだろうが、とにかく私は書棚を通して自分の育てられている文化的環境に
コンプレックスを抱いていた。嫌な子どもである。

福田平八郎を見せられた時、私は冒頭に書いたような作品の意図までもを正確に読み
取ったわけではなく、ただ瓦を瓦としてだけ描いているという奇矯さに眼を奪われていたに
過ぎなくて、見せてくれた幼なじみのほうにも恐らく似たり寄ったりの認識しかなかったに
違いないが、それでもおそらくはクラスの他の友達にとっては関心さえも引き起こさない
体験を彼と共有したということだけで、心は充分に有頂天になっていた。

本というのは、ひょっとすると無限の世界に繋がる窓口なのかもしれない、そう思って
私は以前よりも本屋通いに精をだしだした……
まぁ、そういう経験もあって今古本屋になっているというのは多少こじつけだが、ああいう
ことがこの儲かりもしない商売に身を埋めている現状の遠因になっている可能性は充分
ある。

今日改めて観た図録所収の「雨」は、もはや私に強い感動を与えなくなっていて、それは
多分私が冒頭にしたように言語的解釈をそれに与えられる程度に言葉を覚えたからな
のかそれとも、やっぱり本当につまらないのか?
私にそれが判らないのは、無論福田さんのせいでなく、私の業だろう。
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by shanshando | 2008-07-27 16:56 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 07月 26日

ブリーフおじさん

寒い時に、人に出会って。
「寒いねぇ~」なんて声をかけあうと、親密度のぶんだけ寒さが癒される
ような気がしまして、
「本当にねぇ、どう?その辺で暖かいものでも?」とか、男女同士だと、
「ほら、もうちょっとこっちへお寄り。」なぁーんて言って結構色っぽい
展開になったりもしますが、暑いとそういうわけにはいきません。
「暑いねぇー!」
「俺のせいじゃねぇーよ!」なんて喧嘩になりかねませんし、男女でも
「お願いだから向こうへ行って、ただでさえ暑いのにあんたの顔を見てる
と余計暑苦しくなっちゃう!」なんて酷いことを言われたりしますが、

一昔と言いたいところですが、実際にはもうふた昔くらいはなるでしょうか、
暑中家の前に縁台を出して、男なら猿股、女ならシミーズ一丁で涼んで
いるなんてぇの見かけましたが、最近は東京も山の手あたりではそんな
光景はまず見られません。
これはもっともな話で、何より住宅事情が激変いたしました。
昔は一軒家にしても、長屋でもアパートでも、今ほどセキュリティーなんて
ことを申しませんでしたから、表から戻ると下着ひとつになって、家の前の
道に打ち水をして涼むなんてのがありえましたが、
今何処もかしこもセキュリティーのオートロックって奴になっちゃって、入り口
の所でヴィデオカメラがしじゅう監視をしている。あそこから下着一丁の人が
出てきたら、間違いなく変質者として通報されます。

考えてみたら、オートロックなんてぇものはそうやって温暖化に拍車をかけて
いると言えなくもありません。

今朝練馬のあたりを走ってまして、久しぶりに見ましたよ。
ブリーフおじさん。
東京以外の方は練馬なんていうと、東京といってももう大根畑だらけの田舎だ
ろうと思うかもしれませんが、実は23区中で一番耕地面積が多いのは世田谷区
で、練馬は近年益々耕地面積が減ってます。
とくに今日私がブリーフおじさんを見かけた上石神井のそのあたりは、青梅街道
から少し入っただけの対面二車線道路沿いで、おじさん(といっても私より23歳
若そうでしたが、)が出てきたのは鋳型を伏せて作ったような大量生産の建売
住宅の前。
ブリーフからはみでた臍毛を行過ぎる車の吐き出す排気ガスに弄ばせながら、
仁王立ちになって炎天燃えるがごとき空を見つめるその勇姿は、「野性」という
言葉を具現しているようでありました。

三年前購入した建坪20坪の家のローンの大半を残しながら、会社をリストラに
なり、女房は子どもの夏休みにこじつけて帰った郷から離婚届を送ってきた。
電気代が滞っているので、クーラーは利かず目に付く食い物はスーパーの安売り
で買い溜めしてあるカップラーメンのみ、(もう一週間そればかりだ!)
そう!今こそ!今こそ、野性に回帰しないで何時する?男は文字通り裸一貫で表に
………いやいや、やっぱりブリーフだけは穿いておこ。おまわりさんに叱られちゃう!
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by shanshando | 2008-07-26 15:07 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 07月 22日

今更ながら

良い本なのは重々承知しているけど、値段が付けにくい本が持ち込まれる
ことがママある。
自分が嘗て扱った経験がなくても、今はネットで相場が調べられる場合も
あるけど、市場に出難いタイプの資料ものなどで、何処を探してもデータが
見つからない。
こっちはその分野の専門家でなくても、背表紙学問程度の知識はあるから
物のよさは判るから出切れば是非買わせて頂きたい。
良いものなのだから、時間がかかっても必ず売れる時が来るとも思うが、
それが何時になることやら?
果たしてこの資料を探している人は日本中に何人くらい居るだろうか?
市場に持っていけば、その道のプロが買ってくれるから一番話は早いが、
せっかく入ってきた良品を店に出さず、他店に手渡すのは如何にも残念だ。
ここは一番、自分の思いの丈いっぱいの値段で踏み、気長に売れていくのを
待とう。
そう思って、買った本がどんどん在庫棚に溜まって、一向に動かない。
五千円で買った物が一万五千円売れればどう考えたって一万円儲けた事
になるけど、売れるのに10年かかっていては、その5千円で文庫の山を
買っていたほうが確実に得だ。
判っていても、いい本を売りに来られると買ってしまう。
本が売れるのが先か、自分が死ぬのが先か?
いずれにしてもあんまり悧巧な奴のやる商売じゃない。
何べんも言うけど、本が好きだから脱サラして古本屋になろうとしているアナタ!
悪いこと言わないからやめときなさい。
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by shanshando | 2008-07-22 19:03 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 07月 20日

モンスター

どうもお上には逆らわないのが美徳と考えている向きが、未だにこの国
の市民の中にあるようだ。
モンスターペアレンツなどと云う言葉が、いつのまにか定着して、少しでも
行政や企業などの不備を指摘したりする人間は、まるで犯罪者でもあるかの
ような、陰口を叩かれる。
とかく、役人や企業の歯車のひとつになり切っている人間は、事に当たって
自分の責任を他に押し付けたがるもので、それら大きな組織と云うのは、責任
の所在を曖昧にするための機構だということができる。

なんでこんな事を書き始めたかかというと、ウチの子供たちがよく利用する杉並区
の児童館では職員の手薄を理由に彼らの昼食時には、炎天下であろうと、大雨
であろうとそこで遊んでいる子ども達を館外に追い出すということをしていると、
聞いたからだ。
確かに、曜日によっては例えば三人しかいない職員が時間をずらしてでも一人
ずつ居なくなる事態となれば、大勢居る子ども達の安全は守れないのかも知れ
ない。しかし、それではそうやって大雨の中や、炎天下の戸外に追い出せば安全が
確保できたことになるのか?

要するに、自分たちの責任の及ぶ館内で事故に遭われるのは御免だけど、外で
なら知ったことではないということだ。
どうです、変でしょう?と改めて同意を求める気もしないぐらいに変な話だ。
私がこの件で、苦情を云ったのは二度目で、前回も今回も同じく電話口では非常に
申し訳なさそうに対応されたが、必ず改善しますとの言葉は二度とも結局出なかっ
たし、事実前回は改善がなされなかったわけだ。

彼らにしたら、こんな事で二度も苦情を言って来るヤツは困り者でしかなく、立派に
モンスターペアレンツの範疇に入るのだろう。それはまぁいい。
いや、全然良くないけど、先ほども書いたように組織の歯車人間というのは、物を
考えない事が天性なのだから、やつらに期待してもしょうがないと思う。
改善するべき事を改善出来なかった組織の頂点は政治家なのだから、責任は政
治家にとらせればいい。
その政治家があてにならなければ、辞めてもらえばいいし、その程度のことも出来
なかったら、当然辞める時にそれまで得た報酬は返上してもらうべきだろう。

しかし私が思う問題の根本は、そういう問題に直面し、事実みずからも困った経験を
持ちながら声を上げない人びとのほうにあるのではないか?変だとは思うけど、事を
荒げるのはなんだかみっともないし……という思いがその根底にはあり、問題にハッキリ
声をあげる人間をモンスター扱いするそういう人間が、むしろこういう歯車人間や無責任
政治家を育てているのではないか?ということだ。

本来、モンスターペアレンツと言う言葉が生まれた背景にはもっと込み入った問題が
あって、そこには確かにモンスターとしかいえないような人間が居たのも事実だろう。
しかしそのモンスター達の中にも、もっとよく話を聞けばそうでもしなければ如何とも
し難い現実を抱えていた人間がいるはずで、それもこれもひっくるめてモンスターと
いう造語を作ったのは、そうしたほうが歯車人間達が自分の責任を回避するのに都合が
良かったからだ。
モンスターペアレンツ問題も、少年凶悪犯罪も、犯罪被害者救済問題もマスコミの
煽動記事を鵜呑みにしていると事の本質が見えなくなって来る。
要は想像力と自立心の欠如が充満しているのだろう。
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by shanshando | 2008-07-20 15:23 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 07月 19日

創世以来、人類が蚊にさされなかった歳はないのではあるまいか?
確かめたわけでも、調べたわけでもないがこれは多分真実だ。
断言しても、極めて異論は出にくいと思うのだ。
だからどーしたと言われても困るが、今日はうだるような暑さの中を
遥々葛飾区の立石まで買取に出掛けて、真剣に疲れた。
もう蚊に刺されても掻く事も出来ない程に疲れた。
掻く事はできないのに、書く事はできるのかと問いつめられると、
やや困惑するが、実はそうなのだ。
私という人間は疲労すればするほどに、どうでもいい思考が頭の中で
躍動し、口かさもなければ舌先を活用して垂れ流したくなるらしい。
やらなければならない事は山ほどあるが、もうなにもしたくない。
こんな日には、誰か話が合う友人が訪ねてくれればいいのだが、
そうはうまくいかないよね。
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by shanshando | 2008-07-19 19:28 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 07月 14日

しめこの兎はおいしいか?

タイミングを考えてダイエットを始めたお陰で、ダイエットは順調に進んでいる。
もう5キロちょっとは減って、体重は今62キロとちょっと。
足は意識的に筋肉をつけるようにしているので、その分を差し引きすると、腹回り
からはおよそ7キロぐらいの肉が削げたことになる。
胃袋はもう確実に小さくなっていて、朝食なら以前はトースト一枚半とシリアルと
野菜を食べておまけにベーコンエッグまでやっていたのに、今はトースト半分と
野菜と玉子半個でせいいっぱい。
昼も冷やしタヌキが一杯とか、サンドイッチ一個。
仕事のない日の夜くらいは色々食べたくなるし、世の大方のダイエット本が薦める
ような杓子定規な考えには与しないので、食べたければ夜でも食べようと思うが、
結局左程食べられない。
甘いものは頭痛解消に役だつので控えないし、寝酒もまぁ飲んでいる。
結局ストレスが一番いけないから、無理は禁物。

ダイエットというのは上手くいきだすと徹底したくなるもので、できればこのまま限界
まで痩せてみたい。
とは言ってもどんどん痩せていくと終いに無くなっちゃうので、まぁ適当に、
40代になってからの最軽量記録は56.5キロだから、それを上回る52キロというのは
どうだろう?
ちょど身長が伸びどまった高校二年生当時の体重がそれくらいだったから、無理な
話でもあるまい。
今年中ではさすがに急すぎるから、来年の秋までに。
成功したら記念に身体にピッタリフィットするスーツを誂えよう。
短足をカバーするために少し踵の高い靴を履いて、どこかの官庁、どこでもいいが
たとえば地形的に興味のある市谷の防衛庁にでも見学に行こう。
来客用の食堂があればそこできつねうどんを食べよう!
市谷できつねうどん!市谷できつねうどん!市谷できつねうどん!
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by shanshando | 2008-07-14 16:22 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 07月 12日

しらこ

内田百閒の随筆に、
上京したての頃居た下宿屋では毎朝唐茄子の味噌汁が出されて、
それが嫌さに、そこを引っ越したというのがあるが、唐茄子、つまり
カボチャの味噌汁ってそんなに変だろうか?
山梨のほうとうの例もあるし、全国的には割りとオーソッドクスなの
ではないかと思っていたけど、先日それを話してかやのさんとオオツカ
さんにきっぱり否定された。
何故オオツカさんが居たかと言うと、ちょうど三省堂でやっていた岡崎さん
のイベントのチラシを持ってきていたのだ。

昨日も書いたが、かやのさんは鳥取で、オオツカさんは東京の出身。
二人ともにそんなのは食べたことはおろか聞いたこともないという。
百鬼園先生に言わせると、郷里の岡山ではどんなに貧乏人でもそんな物
は食膳に上らせないという。滋賀出身の私の家は実は極貧の家だったのか?
極貧だろうと赤貧だろうと私はカボチャの味噌汁が好きだ。
子どもの頃はむしろ好きではなかったが、五十も目前の最近になって、夏の
朝には欠かせないメニュウとなった。

家庭料理に関する、先入観、思い込み、常識、非常識というのは様々で、誰も皆
自分の家のレシピがスタンダードだと思い込んで大きくなる。
長じて、それが世間一般では珍しいことだと知ると、なんだか始め悔しくて、後に
は段々むしろ自慢になってくる。
よくあるのが、すき焼きの具の話で、家が貧しくって子沢山だと牛肉はおろか豚
鳥も買えず、鯖ですき焼きをして、他は食べたことがないから、すき焼きというのは
鯖を煮るもんだと思い込んでいたという話は結構いろんなところで聞く。
決して鰯や鯵や秋刀魚でなく、多くの貧家出身者が鯖すき焼きの体験を持つという
ことはきっと鯖という魚がすき焼きの味に適していると言うことだろうから、一度は試
してみなければと思っているが、いざとなると勇気が出ない。限られた食事の回数
の一をそんなもので潰したくないというのが本音だ。

鯖はともかく今回の展示でひとりの女性の回答に大根入りのすき焼きというのがあ
って、これはちょっと美味いかもしれない。イヤ勿論鯖だって美味いんでしょうけど…
長野出身の知人は芋を入れていて、それじゃあ肉じゃがじゃん…と思うが、まぁ肉じ
ゃがだからいけない、許せないという理由は考えてみると何処にもない。
ひょっとするとウチで入れるもやしも結構おかしいのか?

さっきの大根入りすき焼きはおそらく筒切りにした大根を研ぎ汁でした茹でして入れ
るんだろうけど、味が染みたところを玉子に浸して食うのはなかなか乙に違いない。
この回答は回答者の風貌の妖艶さとあいまって、今回の展示のなかでも私には忘
れがたいもののひとつだ。
他にも様々な回答、風貌があって、どれもそれなりの面白さをたたえていたが、私的
には総合点ナンバーワンの回答は入り口を入って右脇の硝子に貼ってある、女子
高校生の回答でその食べ物は「しらこ」なのだけど、なんでそれが一番かは、是非
ご覧になって頂きたい。きっと多くの人の賛同をいただけるのではないかと思う。
とにかく、私としてゎこの回答がぁ、一番詩心を感じさせると思ったわけ!
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by shanshando | 2008-07-12 13:10 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 07月 11日

かやのしほさん

写真展も残すところ今日を含めて三日になりましたが、
一月間見慣れてきたポートレートたちと別れるのは寂しい感じがします。
東京の街を歩いていると、どこでも出会えそうな極普通の人たちに
それぞれ「人生の最後に摂りたい夕食は?」という質問を投げかけ、その
答えと肖像を並べただけのこの展示は、この間にすくなくとも私には、
いろいろな想像力を与えてくれました。
写真の中に写された人たちの表情はそのまま鏡のように、写し手である、
かやのさんを映しているように思え、写真と言う表現にはこういう面白さも
あるのかと感心しました。
かやのさんは、鳥取県の米子港の近くで生まれた女性で、展示の間折に
触れて聞いた郷里の話にもいろいろ興味深いものがありました。

感覚的にいうと、中国地方も所謂山陰側は、東京に住む身としては北海道
よりも沖縄よりも遠く、行き難い土地で、ワイキキの浜辺はもう何十回も行
ってるけど、鳥取砂丘は一度も行ったことがないという人もけして珍しくない
ようです。
食べ物の話や、大山の話、海の話、旧家である家の話など面白く聞くうちに
この人の育った土地柄が、この人の意欲的な表現活動に少なからず影響を
与えているかしら?などとも思ってみました。
人間関係について淡白を好みながら、けっして後ろ向きではなく、芯に一本
強いものを持っているような感じのするこの女性は、ちょっと他に類型をみない
根性のあるおねえさんだなと感じています。

あさって13日はクロージングイベントで、先に告知したとおり、12時30分より
シネルパ」による店内ライブがあります。
展示を未見の方も、もう見た人も是非おいでください。
入場は無料です。
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by shanshando | 2008-07-11 14:39 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 07月 08日

ワンルームマンション条例

20年以上の付き合いになるnさんは、もう50をいくつか越されたはずだが、
一貫して独身主義で、東京に来て四半世紀以上どんな厳寒の冬も暖房
器具なしで過ごしている。
こんなことを書くと今流行りのワーキングプア話かと思われるかもしれないが、
nさんは決して「プア」などという安っぽい外来語で表現できるような人物ではなく、
別段お金持ちというほどのこともなさそうだが、義理事にあたってされる振る舞い
をみると、とても高々暖房器具が購入出来ないほど、困られているとは思えない。
ただ、本当に好きで風呂なしアパートに住まい、意地でも暖房器具を持たない
だけの事のようだ。
貧富というのは、何よりその人が持ち合わせている想像力の高で測るべきだ
と私は思うのだが、そういう意味で言えば、本来東京は大方の田舎に比べて
豊かな土地だと言ってよいように思う。
田舎では変わり者扱いされて生き難かった人間も、ここでは堂々と顔をあげて
生きられる。
東北の郷里に一人暮らしの老父を気遣って年に何度も帰郷されているnさんは、
しかし絶対に東京を引き揚げようとはされない。
銭湯が好きで、大勢が集まる場所に来ると微笑みを浮かべながら、静かに居て
皆が盛り上がり始める頃には人知れず消えている。

東京という町は世界的に見ても恐らく最高レベルの高家賃地帯で、それは
もうかなり昔からそうだったけど、バブル以前はそれでも安い所は探せば
いくらもあって、nさんのような静かな一人暮らしを心から愛している人に
とってはそういう安アパートは格好の棲家なのだろう。
妙におしゃれだったり、小奇麗だったりする所はかえって鬱陶しい。建物の
玄関に据えられたセキュリティーシステムは泥棒や押し売りを排除する前に
俺自身を排除している。
東京に来てやはり四半世紀で、その間20回近い引越しをしている私と違って、
nさんはようやく、止むを得ず一度だけ引っ越しただけで、5年前に引っ越した
そこも以前の所と変わらない風呂なしトイレ共同の6畳間である。
もう、今や都内でその条件の部屋を探すほうが難しいだろうに。

今朝、朝日新聞を見ていてひとつ気になった記事がある。
東京23区のうち15区で施行しているという「ワンルームマンション条例」
というやつだ。
記事の中でモデルケースとして取り上げられているのは文京区で、同区
では専用面積25平米を下回るワンルームマンションの建築を認めないと
した条例を今月から施行したという。
私はワンルームマンションなんて人間を片付けておく棚みたいなものに住
む気持ちはさらさらないが、もし今一度一人暮らしになるような事でもあれば、
昔ながらのアパートが少なくなり、銭湯が激減している昨今では、致し方なく
お世話になることもあるかもしれない。

条例の施行理由はワンルームマンションの居住者は生活のマナーが悪いと
いう苦情が、住民から多かったからだそうだが、はっきり言ってこれはマナー
に事寄せた、一種の人種隔離政策に他ならない。
ゴミだしなどのマナーに問題が起きやすいのは、マンションごとに共同のゴミ
集積場などを作らない大家の責任であって、専用面積の大きさを広くしたって、
解決する問題ではないし、昼間留守の人が多いとうのは大きなお世話だ。
素性の判らない人が出入りするのが気持ち悪いというのに至ってははっきりした
差別だといべきだろう。

要は文京区あたりの土地付き一戸建てを持っている連中が、田舎モノ化して、
「おらが村さに余所者は住まわせないだ。」とのたまっているわけだ。
大体、この「素性の判らない人が云々」という言葉はすごくおかしい。
広い土地に大きな屋敷を持っている人は素性の判る人で、一間暮らしの住人
は素性の判らない人というのはどう考えたって逆だろう。
坪数百万もする山手線環内にそんな広大な不動産を持てて、且つ維持していける
というのは、余程悪いことをしている奴に違いない。
今のご時勢でそんなことが出来るのは、汚職官吏か、贈賄企業の重役か、やくざ
か、政治家ぐらいのもんで、そんな連中は標準装備として脱税相談用の税理士を
雇っていたりする。
自らの力や知恵でまっとうな稼ぎをしている人がかえって一間暮らしだったりするのだ。

いや、勿論そんな簡単なものじゃないですけどね。
とにかく、専有面積に制限をつけて、低所得の独身者を追っ払おうとする政策って
なんだか異常な気がする。
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by shanshando | 2008-07-08 14:44 | ■原チャリ仕入れ旅■