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2008年 11月 28日

厠の鼾(かわやのいびき)

子供の頃寝起きしていた部屋には戦死した叔父の蔵書が壁一面に
あって、その背表紙を日夜見て過ごしたから、私は結構小さな頃から旧字
(本字)が読めたし、古めかしい言葉遣いにも馴染んでいた。
母や姉が読めない新聞の文字を幼い私が読んでみせるのを聞いて、
父親はそれを学才と勘違いしてしまい、無用の期待をしてしまったが為に
私は却って現在のような廃れモノになってしまったと思う。

店に来るお母さんたちの中には、絵本を教育目的で使おうとする心得違い
な人が居て、まだ幼い子供が文字に関心を示したと言っては狂ったように
その可能性を伸ばすための本を探しにきたりするけど、残念ながら当店では
そんなつまらない本はお勧めできないし、偶々在庫があれば売ってタツキの
足しにするにはやぶさかでないけど、親身に相談を受ければ、文字などに
余り早くから馴染ませるより、絵のいいものを選ばれたほうがいいですよとお
答えする。

文字などイメージの自由な発育を阻害する呪いの象形に過ぎないと思うのだ。

今、私の寝起きする部屋にはなるだけ余り書物を置かないようにしているけど、
日中溢れかえる文字の渦中にいるから、夢にもその呪いが害をなし苦しめられる。
昨夜は本当に苦しかった。死んでしまうかと思った。
夢中で実際私を苛むのは現実直面している様々な問題や過去の悔恨だけど、
ひとつひとつの出来事は冷静になればたいした事ではないのに、それぞれのイ
メージが文字に変換されて脳を蝕むことによって狂死しかねない程の苦しみを
味わうのだ。

今朝は、へとへとになって郊外にあるショッピングセンターのある店舗に買取に
行った。事務所や店舗からの依頼も結構あるのだ。
約束は先方が開店準備を済ませて一段落した11時で、それよりちょっと早めに
着いてしまったのを幸いにそのショッピングセンターの客用トイレを拝借し、個室
で用を済ませながら、昨夜のことをあれこれ思い返していたら、突然隣室より、
大きな鼾が轟いた。こんな場所で誰か仮眠をとっているのだろうか?
呼吸器系の病気で鼾とそっくりの発作を起こすものがあると聞いたことがあるけど、
もしそれなら人命に関わるから然るべきところに報せなければならない。
どうしようかと考えた末に、やはり通報はやめて手を洗い出てきた。
どうも時節や場所柄、そのショッピングセンターにテナントを借りている事業主の
一人が私と同様の悩みで不眠になり、思わぬ場所で思わぬ仮眠をしているだけの
ような気がしたからだ。
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by shanshando | 2008-11-28 16:54 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 11月 26日

ひやかし

「喫茶店に入ってきて、お金を遣わずに出て行く客はまずいないけど、
古本屋の場合、殆どの入ってきた人が金を遣わずに出て行く。」
師匠なないろ文庫店主の名言(!?)である。
本当は迷言の類だなと思っても、弟子としてはやはり名言と言わざる
ばなるまい。辛いところである。

早い話が入店者の殆どがひやかしだというのである。
「ひやかし」とはそもどういう語源をもって生まれた言葉なのだろう?
昔の遊興小説や落語講談のネタ本では「ひやかし」は「素見」などと
書かれるが、まぁ実のところはやはり「冷やかし」と書くべきだろう。
一体何を「冷やか」そうというか知らないが、古本屋は実際「冷やか」
されやすい商売なのだ。

今は昔、駅前の公衆電話などで、
「うん、まっすぐ帰らないで、古本屋でも冷やかして帰るよ。」
なんて言ってるオジサンを良く見かけた。
これが他の商売なら……
例えば、「ちょっと、煙草屋を冷やかして帰るよ」とは誰も言わないし、
「八百屋を冷やかして帰るよ。」とも言わない。そういう店は大抵目的を
明確にして入るところで、「暇だから今年の大根の出来具合を見ていこう」
なんて人はまずいない。

以前は「冷やかし」のメッカは遊郭色街であったはずで、そういうところには
枯れ木も山の賑わいと、無銭の客を邪険にしない余裕のようなものがあったの
だろう。遊郭色里は遠い昔に無くなり、「冷やかし」が可能な業種というのは
古本屋ぐらいになった。(似たような商売でも、新刊書店は「冷やかす」とは言わ
れない。なんだか取り次ぎの先導によって画一化された棚作りやポップの類には
気を許しにくいのかもしれない…)
そう古本屋は合理と功利でガチガチの日本社会において、伝統的な優しさを
残す数少ない業種のひとつであり、貴重な文化遺産だと言ってもいいのではないか!!
国会はそーゆーところをよぉーく考慮して、古本屋優遇税制とか、古本屋支援金の
交付とかを真剣に検討してほしいと、思う今日この頃であるわけでございます。
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by shanshando | 2008-11-26 16:26 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 11月 24日

景気のいい話……

景気が悪い時に不景気な話を書いて愚痴ってばかりじゃ申し訳ないから
偶に景気のいい話を書いてみようと思ったけれど、これがなかなか思い
浮かばない。
考えてみればバブルの時は底辺中の底辺労働者として、その恩恵の
飛沫すら浴びなかったし、弾けて後に「もうさすがに景気もこれ以上
底はあるまい。底を打てば後は上っていくだけだから、今が一番の
打ち出し時!」と思って自営業を始めたら、底の底には更に底があって、
何度も地べたに叩き付けられるような思いをしてるうちに、神経が図太く
なって、多少の事では驚かなくなったが、昔一緒に仕事をした脱サラの
人は、
「サラリーマン時代には掃除なんて最低限自分のデスクの上だけしておけば
良かったし、ましてやゴミ捨てなんて自分でやったことはなかった……」
などと言っていて、成る程そんなに楽な状況から自営業になったのでは、
どの脱サラさんももたないはずだと納得した。

全日本人の所得の高低を人間の身長に喩えてみると、私は現在踝(くる
ぶし)あたりではないかと思うが、これでも嘗て若かりし時よりは収入も
増えたほうで、してみると当時はもう踵(かかと)程度だったことになり、
こんなことでは何時になったら新聞の高額納税者の欄に載れるかわかった
もんじゃない。(載る気なのか!?)

独立自営を相談した時に師匠のなないろ文庫店主は「それはいい、古本
商売はアホでもできます。いやむしろ考えようによるとアホのほうがいい
かもしれない。」と謎な事を言ったが、やってみて実感するのは世間の他
業種でもいうように「馬鹿でなれず、悧巧でなれず」というやつで、私自身が
古本屋並みにちょうどいいアホであるかどうかは判らないが、なんとか15年
辞めずにいられるところをみるとなかなかの程よいアホだったようにも思われる。

……こういうことを書くとこれから古本屋をやろうという青雲の志を持っている
若い人はどう思うだろう?
「そうかアホでいいなら俺でも大丈夫!」だろうか?
「アホがむいているなら俺は駄目だな。」だろうか?
「アホに出来るぐらいだから俺ならもっと旨くやれるに違いない!」だろうか?
どう思ったにしろひとつだけ衷心からアドバイスさせていただきたい。

今の日本でアホでも勤まる仕事は一杯あって、その中には古本屋よりずっと
楽に沢山稼げる仕事がいくらもあります。
アナタがアホであるにしろ悧巧であるにしろ、わざわざこんな儲からない商売を
することはありません。同じアホなら儲からにゃ損々、是非他業種を志してください。
例えばそう、総理大臣なんてどうですか?!
不景気に泣かされるより、自分で不景気を創り出せる魅力的な職業で、なるまで
は古本屋よりちょっと手間が要りそうですが、日本では世襲制という事になって
いるらしいのでアナタさえなれば後は子々孫々まで総理大臣が出来ること請け合い
です。
モチロン!アホでも出来ますし。
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by shanshando | 2008-11-24 14:06 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 11月 23日

ゴミ

先々々回の「ご不要の本…」というのは、
ずいぶん昔に、今はもう廃業なさったご同業の先輩から
聞いた話をそのまま書いたものですが、この回にコメントを
寄せていただいた弥太夫さんにひとつだけ説明しておきますと、
実は文中にある「ゴミ」という表現はちょっと微妙なのです。

古本屋は概して、自分たちの経験値だけで計って売れそうもない
と踏んだ本を、「ゴミ」と呼ぶ習癖があります。
それは世間一般で言う「ゴミ」という言葉から彷彿する「汚い物」と
いうイメージではありません。
BOOKOFFならいざ知らず、プロの古本屋は見た目のキレイ、キタ
ナイだけでは本を判断しません。
それこそ、関心がない一般の人から見れば「ゴミ」にしか見えない
「お宝」もあれば、新品同様ぴかぴかの「ゴミ」もあります。
要するに、売り先がお客であれ、同業であれ、お金になる本は「お宝」
そうでないものは「ゴミ」なのです。

しかし、どんな世界でも今やそうだと思いますけど、古本屋をやって成功
しようと思ったらむしろゴミの山に分け入るべきだという話がよく言われます。
有名な月の輪書林さんはまさにゴミの山から、貴重な資料を拾い出し、
脈絡をつけて目録に載せることで成功しましたし、BOOKOFFは大容量の
箱の中に玉石を択ばずに詰め込んで、選択を客に委ねる事で成功しました。

古本屋の世界に詳しい人に聞かせると、月の輪さんとBOOKOFFをならべて
評価するのは奇異だと思われるかもしれないですが、私は以前から両者の
着眼は非常に似てると思っていました。
違いは、片やが巨大な資本を背景にした画一的な営業展開を武器にしたのに対し、
片やは金が無かったので野生の勘と異常なばかりの執着心を武器にしたというに
過ぎなくて、ゴミを黄金に変える錬金術としての古本屋業という点では双子のように
似ているとさえ言っていいと思います。

つまり都市鉱山の話ではないですが、ゴミの中にこそ黄金は眠っている!
………かもしれない。
まぁ、あんまり眠ってないけど、ひょっとしたら眠っている!
………かもしれない。
だから私は、どんな駄目そうな山でも入念に一冊一冊調べます。
調べたところで、結局駄目なような気がするし、実際ほとんどの場合がやっぱり
駄目なんだけど、それでもやっぱりなんかの間違いで一冊だけでもとんでもない
お宝が眠っているかもしれない。その期待は大概裏切られるけど、今更他の
ことも出来ないので、ゴールドラッシュに乗り遅れた老いぼれ山師のように
しこしこしこしこ今日も本の流れる川に下りて砂金を掬って食いつないでいるので
ありました。


 
                          
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by shanshando | 2008-11-23 15:45 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 11月 22日

ヒトラー~最期の12日~

あまり今まで積極的に買い取ってきたわけではないけれど、
時には本と一緒に入ってくることもあって、私の二つの店にも
時々DVDが置いてある。
今は興居島屋に表題の「ヒトラー~最期の12日~」というのがあって、
数日前から気になっていた。

やっぱり店主として中身を確かめておくべきだろうな、
勿論、買い取る時に盤面のチェックはしたと思うけど、目では確かめ
きれない傷があるということもないとはいえないだろうし、何より外箱
に書かれた情報を読む限りは真面目で固い映画らしいが、製造中に
何かの手違いで、中身だけとんでもないポルノ作品と入れ替わっていた
ということも絶対無いとは言えないだろう、
…オホン、そんなことがあっては第一店の信用に関わるし、幸か不幸か
今夜は寒さのせいかお客も少ないし…

誓って言うが私はサボろうというのではない。
相棒は今週末から南の島でスペシャルな休日を過ごしていて、さぞや
あちらは天国でしょうね!などとやっかんで、チェッこんな寒い夜に残業
までして頑張ってるんだから、映画ぐらい観たっていいだろう!
…とか思っているわけでは決してない。あくまで経営者としての責任を
全うしようとしているだけなのだ。
しかしまぁ、正確な盤面チェックの為には作品を始めから最後まで入念に
観る必要があるし、そうなるとやはり2時間余りの時間を要する大仕事と
いうことになる。途中で意識が途絶えて居眠りなどしては折角チェックする
意味が無いし、ここはやはり気付けのために何か暖かい飲み物を用意する
必要があるだろう。

夜ももう遅いことだし、コーヒーや紅茶は眠気を完全にふっとばしてしまって
旨くないし、ミルクは逆に眠気を誘ってしまう。
エヘン、ここはやはりあれか、ホットウィスキイなどがふさわしいかな。
偶然だが、昼間にフラスク入りのウィスキイを一本なんとはなしに買ってあるし、
ついでにビーフジャーキーとゆずの皮の砂糖漬けも買ってある。
あれを気付けの薬代わりにちびちびやりながらやれば、辛い夜の残業もなんとか
乗り切れそうだ。

というわけで、早い話が昨夜は店で映画鑑賞をした。
この作品は2004年にドイツで公開され、翌05年には日本でも公開されている。
アカデミー賞外国映画賞ノミネートとパッケージの帯には書かれているが、ノミネート
ということは授賞はしなかったということだろうけれど、そんなことはどうでもよろしい。
いやクソッタレ資本の事情に左右されるクソッタレの賞など意味ないし、むしろノミネート
までいったけれど受賞は残念ながら、というような作品のほうが良かったりするもんだ。

結果からいうと、この作品を造ったドイツ人たちは実に思慮深さと冷静さを兼ね備えた
インテリゲンチャーで、ドイツ人のすべてが同じだとは決して思わないが、しかし日本の
ネット上で喧しく行われている左右どちらもが感情的で浮薄な歴史論争の論者たちに
爪の垢でもくれてやりたくなるほど知的な文化的土壌があるんだなあと思うと、うらやましく
なった。
やはり、地続きに隣国があって、歴史的にも日常的にも交流が絶えないことが、こういう
冷静な態度を生んだのかなぁ?でも似たような状況でもヒステリックな国ってあるようなぁ?
ドイツ人自身もナチ支配下では狂躁的だったわけだし…。
よく判らないけれど、とにかくこの映画は歴史上、恐らく世界の七割以上の人が躊躇せず
に悪人と決め付けて憚らないナチスドイツの支配階層の人間的な部分を描き出そうとして
成功していると思う。
先日観たロシア人監督アレクサンドル・ ソクーロフによる映画「太陽」も同じような視点から
昭和天皇を描いていてやはり興味深かったが、日本人監督の撮った映画は必ず左右どちら
かに偏向してる気がしているのは私の不明の故だろうか…

あまり感銘を受けたので特典映像に至るまできっちり観て(チェックして)閉店はお陰で
久しぶりに1時になってしまった。
勿論傷は一箇所も発見されなかった事を報告するものであります。
『ヒトラー~最期の12日間~』は定価税込み4935円をほぼ半額の2500円で興居島屋
にて絶賛一点だけ発売中!!
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by shanshando | 2008-11-22 14:53 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 11月 21日

古本小説

今、ローレンス・ブロックの「泥棒バーニイ・シリーズ」を読んでいる。
知っている人は勿論知っているだろうし、知らない人は当然知らない
だろうけれど、このミステリーは一種の古本小説でもあるのだ。

主人公のバーニイはニューヨークで古本屋を営んでいるのだが、どうやら
それは泥棒稼業の隠れ蓑というか、一応かつて専業の泥棒さんだった彼が
更生を志して始めた正業という事になっているらしいけれど、私はシリーズ
半ばから読み始めたのでその辺の事情がよくわかっていない。
どうやらシリーズ前半で逮捕歴もあるようだが、それでよく古本屋になれた
ものだと思う。日本では古本屋のみならず古物商の免許は前科前歴の
ある者には下りないことになっているが、アメリカはその辺結構緩やかなの
かもしれない。、まぁそーゆーことをあまり追求して小説の味わいを損ねる
というのも意味無いので、深く考えるのはよそう。
とにかく、昼は古本屋で夜は泥棒。

日本と同様ニューヨークの古本屋も不景気らしく、正業だけではとても生きて
いけないということで、結局バーニイ氏は更生の志を忘れてというか、やっぱり
というか相棒の犬の美容師と一緒に未だに盗みの仕事もやっている。
この相棒はキャロリンというなんだか風邪薬みたいな名前の女性で、二人は
世間的には成立しがたいと言われている異性同士間にも拘らず、性的な関係
を抜きにした同志的結合で結ばれている。つまりキャロリンはレズなのだ多分。
(これは私のゲスな憶測ではなく、そう匂わせている記述が文中にある。)

キャロリンの犬の美容院は東十一丁目通りにあって、(それが一体どういう通り
なのかニューヨークに行った事がない私にはさっぱりわからないが)とにかく
バーニイの古本屋『バーガネット書店』からは至近距離で、二人は殆ど毎日
交代でお互いの店にサンドウイッチやその他の昼食を持ち込み、一緒に昼食を
摂る。その間は勿論店は休憩中というわけだ。私の店のようにお客の切れ間を
狙ってパソコンのモニターの陰に隠れて弁当を食べていたりはしないのだ。
不景気つっても優雅なもんだ、アメリカの古本屋は。
店の営業は5時までで、時間になると店内のお客は追い出されることになる。
泥棒をしなければならないぐらい経営が苦しいなら、もっと営業時間を延ばせば
良さそうなものだが、まぁそれでは小説にはなりにくいだろう。

そういえば昔ブリュージュの絵葉書屋で紙モノを物色していたら、時間がいつの
まにか5時になっていて、その時点ですでに大量の紙くずを纏め買いすると宣言
していた私たちをその店の主人は急かせようとはしなかったが、近くの教会の鐘が
時を報せて暫くたつと、制服姿の警官が店の入り口まで来て主人に事情を確かめ
ている様子だった。あれは商店街とか同業者組合とかの規則で閉店時間の厳守
が定められでもしていたのだろうか?
とにかく兵隊蟻のように身を削って働く日本人と違い、欧米人は自営業者ですら超過
勤務を嫌うらしい。それで食っていけるなら私も明日からだってそうするけど、中々
そうはいかないよね。やっぱり私なんかは身を削って働く以外になんの知恵も浮かばない。

まさか、泥棒さんに職替えするわけにもいかないというか、気が小さくて手先が不器用で
しかも根暗ときてはとても明るい泥棒さんライフは望めそうも無い。まぁ誰にだって本当は
明るい泥棒ライフなんてフィクション以外ではありようがないんだけれど。

というわけで、というかあんまり話と関係ないけど、興居島屋の均一台には『泥棒バーニイ・
シリーズ』他のHPBが満杯です。買いに着てくださいね。
善良で小心な古本屋を悪の道に走らせないためにも。
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by shanshando | 2008-11-21 18:14 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 11月 16日

ご不要の本…

「『ご不要の本を買います』って看板出したらさぁ、
ホントにご不要な本ばかり持ってきやがんの、
アア親父の代の頃だけどさぁ。
そりゃあ、こっちが『ご不要の』つったんだから、文句
いう筋合いはないんだけどさぁ、
こっちが言ってんのは、貴方にとってはもうご不要
かもしれないけど、誰かにとっちゃあ必要かもしれない
本を売ってくださいっていうつもりで看板屋に書かせ
たんだけど、客はそこまで考えやしないやねぇ、
もうどうしようもないゴミばっかり持ってきちゃって、
これじゃぁしょうがいないっていうんで、今度は
『貴方の大事なご本を譲ってください』ってやったの、
そしたらある日店の前を通りかかった爺さんが真っ赤な
顔して怒鳴り込んできちゃってってさぁ。
何かお気に召さない事がありましたか?つったら
『なんで俺が大事に集めた本をお前んちに呉れてやんなきゃ
ならないんだ!!』ってぇのよ。普段からかみさんにでも煩く
処分しろ!とか言われてて頭にきてたんだろうね。
八つ当たりされちゃ適わないから、その看板も結局引っ込め
ちゃって、以来大人しくお約束の『古書買入』『高価引取り』
だけですよ。
それがお前さん、この頃は大通りにどでかい看板で、
『お売りください』だろ、結局金持ってる奴と声のでかい奴には
こちとら適わないってわけだよ。
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by shanshando | 2008-11-16 15:56 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 11月 14日

かんずり

なんだか休日ごとに鍋料理を作っていて、
それは調理に時間がかからないからということもあるのだけど、
一月前に人から上等な昆布をもらって、それでとった出汁味に
嵌ってしまったからでもある。
なんだか昨今昆布は不漁だということをニュースで観た記憶が
あるが、きっとこんな上物はさぞや高かったのだろうと思うと
保存瓶の中に残った肉厚な数枚が札束のようにも見えてくる。
これを使い果たすとまたぞろ私の懐具合にあった並クラスの
昆布に戻らざるを得ないけど、その時にはすっかり舌が驕って
しまっているのじゃないかと思うと、なんだか物悲しい。

出汁を取ったあとの昆布は刻んで、醤油と酒に浸し電子レンジで
3~4分程煮立てると最後にするおじやの最高の友になる。
安物の昆布との差はこの時もっとも歴然とするのだ。

昨日は家で日曜大工ならぬ木曜大工をやっていたのだが、作業
にかかる前には抜かりなく夕食のための昆布を水に浸しておき、
途中足りなくなった道具を買いだしに行ったついでに魚や野菜
も買っておき、日が暮れるやいなややりかけの仕事にきりをつけ
手早く拵えた鍋で一杯やり始め、九時頃にはすっかり眠くなって
さて寝るべぇか、としたところに電話の呼び出し音。
久しぶりの新潟の友人が今興居島屋まで来ていると言う。

もうまったくマイペースというか、いつもイキナリなんだから……
ぶつぶつ言いながらも着替えて自転車で興居島屋へ、
おお、居る居る。老けたなぁ~。
こっちだって負けず劣らず老けちゃってるけど、額が潔く抜け上がり、
白髪もあえて隠さずに居る彼の容姿には恐れ入った。

ともかく私も相当にメーターが上がっていたけど(こういう表現は若い人
には判らないだろうか?)折角の遠来の友だから最近時折顔を出す飲み屋
さんに案内、何を話すでもなく二三杯呷った焼酎が痛く利いて、今日は
さすがに起きるのが大変だった。
這うようにして台所に行き、どんな状態でも必ず欠かさない朝食を喫し、ふと
テーブルの片隅に眼をやるとなにやら小さな紙包み。
そういえば昨日別れ際に土産だといってくれたんだっけ。
何故かしら直江兼続の紹介が書かれたパンフレットのようなものに包まれた
それをあけると北陸の名産「かんずり」。
やれやれこれでまた暫く鍋料理が止められそうもない。
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by shanshando | 2008-11-14 14:22 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 11月 07日

夜半の雨

夜半、意識が夢の淵から引き上げられた瞬間、
自分が自分であることくらいは漸く覚えているけど、
じゃあその自分が今一体幾つで、どんな暮らしをしている人間なのか
までは、俄かに思い出せないことがある。
認知症の前兆だろうか?

次に目が覚めた時に為すべきことは、なんだったか?
学校にはもう行かなくていいのか?
明日は何処の現場だっただろう?
隣の部屋で聞こえる寝息は誰なんだっけ?
おそらくはそんなに永くない時間だと思うのだけど、時制から切り離された
ように淡い意識だけが闇を彷徨う。
さまざまな解釈不能なキーワードに頭は捉われ、辛くもなければ、楽しくもない。
このまま意識だけの幽霊のような存在でいれば、むしろ万能なような気がする。
出来ればいつまでもこのままでいたい。
しかしそんな思いはやがて下腹部を震わせる尿意によって裏切られ、あっというまに
現実現在の自分に関するデータが脳のなかに蘇る。

「しょうがない」
まず右肩を少し持ち上げ、上体を捻らせ頭部を転がし布団の端から転げ落ちられる
位置まで移動し、続いてそろそろと立ち上がる。
一気に立ち上がると腰に激痛が走るのだ。
身体を起こし、部屋のドアーを開け、急な階段を降りてトイレに、
開け放った小さな窓から入ってくる夜気に雨の匂いが混じる。
バイクの後ろに積んでいる箱の蓋を、昨夜間違いなく閉めただろうか?
あの中には確か今明日上々堂に持っていく絵本が数冊はいっているはず。
不安になり、トイレから出るとそのまま玄関を出る。

私道の端に停めたバイクは霧雨に霞んだ街灯のハレーションに阻まれよく見えない。
わざわざ傘を開くのも面倒なので、寝巻き姿のまま雨の中に踏み出し、近づいて
見る。
よかった、ちゃんと閉まってる。本当に心配性なのだ。
未だ眠っているような末端の神経が顔に降りかかる霧雨によって心地よく、醒まされて
行く。………気持ちイイ。
気持ちイイけど、これってやばいよなぁ。
今何時だか判らないけど、これで部屋に戻ったらまた目が冴えて寝られないに決まってる。

なんだかわけもなく辛くなる。
無為に無為を積み重ねているだけのような生活。
まぁみんな似たようなものかなぁ?
空を見上げると駅の方向にあたる北東の空がうっすら明るい。
やれやれ、このまま霧の中に溶けてしまいたいよ。
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by shanshando | 2008-11-07 17:37 | ■原チャリ仕入れ旅■
2008年 11月 04日

均一

均一本というのは、まぁ店売りをやっている古本屋なら、大抵のところは
やっていて、中には大変とまではいかなくても、そこそこ良い掘り出しなども
あったりするから、それを専門に買い漁る小僧さんなどもでたり、またその
小僧さんが気がつくと大変売れっ子になっていたりということがあったりして、
素晴らしい豪邸を郊外に建てちゃったりして、そうなると売ってるほうの古本屋
の中には、なんで売ってるほうがアパート住まいで、買ってるほうが豪邸住まい
なんだなんて怒る人が出たりして、それはひがみというものだけど、まぁそれほど
にこの均一本は侮れないものなわけだ。
昔はこういうのは古本屋はみんな所謂ゴミという、とても値段をつけては買って
来れないけど、かといって捨てちゃうのもなんだか惜しいという本の中から選ん
でいた。

しかし、最近は不況のせいもあって、また小僧さんの活躍のお陰もあって、この
均一本がちゃんと揃ってないと、商売がうまくいかないというような事になってしま
って、心ある古本屋はみなこの品揃えに気を配るようになった。
さる均一棚が充実しているので有名な本屋さんなど、わざわざ市場で均一を
買っていたりする。
なにしろ、月間何千冊を売り上げるというこの本屋さんの売り上げの冊数比率で
ほぼ70%が均一だと聞いたことがある。
均一が良いから人が集まって、結果的に言うと他の通常価格の本も売れやすくなる
という理屈で、だから激戦区の中央線ではそれぞれに店主が工夫を凝らして、
均一を集める努力をしている。気楽にはいって来るのを待ってるだけでは、追いつか
ないのだ。

私はさすがに市場でこそ買ったりしないが、出張買取では極力良い均一には適正な
値段をつけて買ってくるようにしている。
最近では妙な話、最高の良書を数冊売ってくれるお客様より、多くの均一本を売って
くれるお客様のほうが嬉しかったりする。
たとえ紙袋ひとつでも、なるだけこちらから出張するという営業姿勢は、お客様に運んで
貰ったのでは、重量の関係等でどうしても安売りにしか出来なさそうな本は置いて来ら
れて、高く売れるものしか持ってきて貰えなかったりする為だ。
一年365日のうち殆ど250日くらいはよそ様の玄関口や書斎に伺って埃まみれの本
を選り分ける。良書は良書の山として選り分けこれは一冊ずつ綿密に値段付けをし、
あとは均一を上中下に選り分ける。最後にこれを合算し、トータルでなるだけお客様に
納得していただきやすい金額を算出する。
こうして計算した結果お客様に納得して貰えないとガックリ。
良書、稀コウ書の類で折り合わないなら兎も角、カバーもボロボロ、背も歪んでいるよ
うな均一の下の山で折り合わないと、まぁ別に良いけどと思いながら、疲れのほうは
倍化する。
先日折り合わなかったお客さんは、今ドブに落ちた犬としてマスコミの袋叩きになって
いる有名音楽プロデューサーにクリソツの赤の他人だったが、あまり落胆している
当方を見かねてか、それだけは高めにつけられた一冊の良書だけは売ってくれた。
こちらとしては冷静に考えると有難い結果だったのだが、残ったゴミの山をおそらく
他の古本屋に見せるつもりのお客さんは多分がっかりすることになるし、それだけを
見せられた同業もため息をつくことになるだろう。
年に何件かはこういうケースがある。
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by shanshando | 2008-11-04 14:12 | ■原チャリ仕入れ旅■