上々堂(shanshando)三鷹

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2009年 02月 28日

金銭感覚

興居島屋は今年でもう14年続けてることになるけど、
その間わりとずっと思ってきていることがある。

ご来店いただいた方もあると思うけど、店の周りは殆ど
全部飲み屋さんで、それなりに色々特色をだして競い合って
くれるから、お陰で私どもの店にも夜遅く訪ねてくれるお客様
が多い。
飲み屋さんだから、基本的にお客様は大人ばかりだけど、
中の数軒は結構キッズフレンドリーで(ベビィフレンドリーとまでは
言いにくい)結構子ども連れで飲みに来られる人も多い。
食べ物も、家庭料理と一味違うから子どもたちも、結構珍しがって
はじめはお利口にしているのだが、段々大人たちの酔いが進むに
つれて、ぼちぼち子どもたちも落ち着かなくなって、そういう子どもたち
を宥める為の苦肉の策として、大人たちは一時子どもたちを連れて
店を出、ウチの店で絵本を選んでくれる。「これ買ってあげるから、
大人しくしててね」というわけだ。
子どもたちも喜んで、我も我もと好きな本を選んでは、その大人、
(おかあさん、お父さん、あるいはお爺ちゃんお婆ちゃん)に
「これいい?」とお伺いをたてる。
ところが、「買ってあげる」と言ったクセにこの大人たち結構シブいのだ。
大体500円以上の値段がついているものだと、「他のにしたら?」という。
子どもは値段のことなんか考えないし、結構頑固だったりもするから、
大人の懐具合を鑑みて折り合いをつける。なんていう事はしない。
どうしたって初めに気に入って手に取ったのが欲しいのだ。

ウチで売ってる絵本なんて絶版物は別にしてせいぜい千円未満なんだから
大人たちの飲み料を考えればそんなに高いものではないのだけれど、
どうも、やはり500円以上は出したくない。
まさか、その500円があればもう一杯チュウ杯が……なんて考えてるわけでも
ないだろうけど、子どもの本に500円以上出すなんて!と思うらしい。

私も嫌いじゃないほうだから、こんなことを言うとあれだけど、キチガイ水なんて
いくら飲んだって、体壊すのがオチ。それより子どもたちの本にお金をかけた方が
よほどお金の生きた使い方だと思うのだけど。まぁねぇ、飲み屋は大人の遊園地
だから、ここは子どもたちのほうで料簡してオトナになるしかないらしい。
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by shanshando | 2009-02-28 18:58 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 02月 26日

こころの問題

私なんかはきっと心臓に毛が生えている口だから、きっと
気づくのが遅すぎるのだろうけれど、最近古本屋でも結構
メンタルケアの本が売れるようになってきた。
新刊書店基準や出版基準ではそれはきっともっと早くから
言われていることで、古本屋でも精神世界の本の専門店も
できるぐらいだから、私なんかのこういう実感はきっと本当に
遅い。

大体、私は若い頃から心の問題なんか、人に相談したりする
もんじゃないと思ってきたし、ましてや誰かが半ば以上に営利
目的で書いた本なんか読んだって解決するもんかと、思って
きたから、そういうタイプの本はいくら新刊では売れていると
聞いたって、古本屋じゃ駄目だろうと決めてかかっていた。
ところが、最近はあんまりその手の本が多く入荷するし、
そしてまたそういう本を売ってくれるお客様が一緒に売ってくれる
本というのがウチ好みのものだったりするものだから、これは
ひょっとするとこういう本も結構大事にするべきなのではと、
思い始めてきた。第一出してみるとやはり売れる。
古本屋にとって、良い本とはすなわち売れる本で、この原理は
昔も今も変わらない。
しかし、よその店では知らないが、私の場合やはり自分がある程度
納得のいくものでないと積極的に売る気にはなれないというのが、
実情で、勉強のためには一冊ぐらいそういう本も読んでみようかと
思うけれど、なかなかにやはり手が出ない。
やっぱり、心の問題なんて……という偏見がまだ捨てれないでいる。

話がいきなり飛ぶが昨日長野県知事の秘書かなんかだった人が
自殺したという報道を読んで、今朝またその続報をみると、どうやら
汚職がらみらしい。
事件の実際がどんなものだか知らないが、50歳を過ぎて、社会的
にもある程度成功している人が、自殺をするというはやはり並々ならぬ
事だと思う。別に自殺に老若男女貴賎貧富の差があるというのでは
なく、はっきり言っちゃえば、そういう立場で政治関係の仕事なんか
している人は私なんかの数倍も心臓に毛が生えているだろうという
やはり偏見なのだろうけれど、そういう思い込みが私にあって、そう
いう人は多少の悪事をもし万一働いていたとしても、全然気にしない
で飄々としているのだろうと思っている。なのにこの人は事実亡くなって
しまった。それもたぶんおそらく自分で命を絶った。
事件の真相がどうあれ、これはやはり凄い心の問題がそこにあると
いうことなのだろう。
見知らぬ私なんかが、ご冥福を祈るなどというのもうそ臭いから、
言わないけれど、まぁ勿論気の毒ではある。

まあなんか中途半端になっちゃうけど、やはり心の問題というのは
誰にでもあって、私なんかの今までの態度はわざとそれをみないように
してきただけかもしれない。と縁もゆかりもない方の訃報を聞いて、
考え込んでいるわけで、やはり、なんかそういう本でも読んでみましょうか?
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by shanshando | 2009-02-26 11:31 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 02月 22日

トランスアメリカ

とにかく、前述したような事情で就労時間が長いと、いくら嫌いな仕事では
ないといっても、結構精神的に参る。
ストレス発散の為に、アルコールや甘いものを摂るというのも、程度によっては
有効だけど、度を超すと命そのものを短くすることになって、そうすりゃ確かに
問題は一気に解決というか、一応の結論に至るわけだが、やはりそれはちょっと
ご遠慮もうしあげたい。

考えてみれば、およそ蟻んこ以上の知性を持った生物で、ストレスをまったく
感じていない生物なんて居るわけがないだろう。
いや、蟻んこにだってストレスがないなんて言えないか、地面を黙々と行進して
いる姿を見ると、とても他人事のようには思えない。
ゾウリムシなら?ミトコンドリアなら?……いやまぁいいけど

もし「これでもか!」というほどの至れり尽くせりの生活を与えられたとしても、
人というのは無理やり探し出してでもストレスを感じたくなるのものなのではないか?
想像力という名の菌を培養するためには、適度な栄養とともに適度な圧縮が必要
というわけだ。漬物のように。
とにかくそう信じて、日々週々をなるだけルーチンに、且つなるだけリラックスでき
るよう過ごしている。

火曜日と金曜日は映画の日である。
週の中でもこの両日は一番就労時間が長く、店に座っているだけでも13時間、
買取を含むと14,5時間になるから、一日の終わりのお楽しみとして店のパソコン
でDVDの映画を楽しむことにしている。
ここ十数年映画館に足を運んだのは数えるほどで、その間に話題になった映画
の殆どを見ていないから、映画好きの知り合いに言わせると「殆ど借りたいような
ものがない」という町の普通のレンタルショップにも、私にとっては珍しいものが
山とあって、結構飽きないのだ。

一昨日の金曜には「トランスアメリカ」というアメリカ映画を観た。
2005年の製作で日本では翌年、銀座で単館上映されただけらしいが、DVD化
されてから結構話題になったらしいから、観た人も多いかもしれない。
テーマは性同一性障害や同性愛といったジェンダーに関することだが、作りと
しては古典的なロードムービーで、ジェンダーフリーの問題の渦中にいる人が観
たらどういう感想を持つのかはわからないが、ロードムービー好きとしては随分
楽しめた。

ロードムービーの傑作と言えばやはりフェリーニの「道」、「イージーライダー」
「スケアクロウ」「パリ・テキサス」などなど、日本でも斉藤耕一監督の「旅の
重さ」なんか若い頃見た時は良かったけど、今観るとどうだろう?
この映画のオーディションで主役に抜擢されたのが高橋洋子で惜しくも主役は
取り逃がしたけど、脇役で存在感を光らせたのが秋吉久美子!……なんて書いて
も今や二人とも既に過去の人っぽいから、「えっ?誰それ?」なんて言われるんだ
ろうか?

人によると寅さんシリーズをロードムービーに分類したがる人がいるけど、はっきり
言って私は賛成できない。第一山田洋次なんて今や巨匠なんていわれてるけど、
三流作家もいいとこだと思う。
三流作家といえば、今や肥厚性痴呆症に罹ったとしか思えない妄言ばかりほざいている
ビートたけしの作品にも「星を継ぐもの」というのがあって、ビートたけし自身の大根
ぶりはさておき、これは一応ロードムービーと言ってもいいと思う。山の民の考証的
にも結構ちゃんとしていると聞いたことがある、そっち方面の考証学自体が結構
キワモノなのでなんとも言いがたいところだが。

ずれてしまった話を「トランスアメリカ」に戻しつつ、私のロードムービー観を偉そうに
言ってみると、登場人物の物理的、地理的移動の過程を描きながら観手に未知の
世界を覗く興奮を味あわせ、現実世界で実際に行いえる旅行とは異質の旅を体験
させてくれる映画ということだろうか?
巧く説明できてないようなので、簡単に言い換えてみると、観てる人が「旅っていいよね
でも実際の旅って生々しくはあるけど、こんな風にエキサイティングだったりロマンチック
だったりはしないんだよね。」と思わせるような映画ということ。
そういう意味で、「トランスアメリカ」は100点満点の映画だと思う。
主演のフェリシティ・ハフマンは凄くいい役者だし、息子役のケヴィン・セガーズは思わず
掘りたくなるほどいいお尻をしていた。旅の途中で出会う前科者のネイティヴアメリカンの
おっさんの紳士ぶりも素敵だったし、何よりアメリカの内陸部にあれほど綺麗な景色が
あるなんて知らなかった。

死ぬまでに一度は、出来ればせめて50代のうちに一度はトランスアメリカンの旅をした
くなった。
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by shanshando | 2009-02-22 14:59 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 02月 20日

外は、良寛

本当にうっかりでは済まされない話だけど、
最近、わざわざ探求書をもとめて来店されたお客さんに、
「残念ながら…」と伝えて後に、その本の在庫を確認することが
ある。

絵本の場合だと、「もし入荷したら、一応ご連絡をお入れします。」
というような、緩い約束で連絡先を聞いておいたりもするのだが、
微妙に専門分野から離れていたり、専門分野でも入荷の見込みの
薄いもの、(例えば昔の料理のレシピ本など)は敢えて連絡先を
聞いてなかったりする。

お客様のほうでも結構熱心に探しているし、当方としても趣味で
在庫しているわけではないから、連絡さえつけばなんとかお売り
したい。しかし気がついた時は既に遅い。

この前の水曜だっただろうか、松岡正剛の「外は、良寛」をお探し
のお客様がみえて、その折「そういえば確か随分以前に入荷した
記憶が…」と思いながら、棚を一所懸命探してみたのだが、見つ
からない。
お客様が言うには、新刊書店に問い合わせたところ、「絶版では
ないが、取次ぎにも今なくて取り寄せようがない」と言われたと
言う。なるほど『切れ』というやつだろうか?
捜索の結果その時はどうしても見つからなかったから、致し方なく、
新刊書店でもちょっと異色の経営方針をされている西荻窪の
信愛書店さんをご紹介した。
信愛さんなら、こうした本はお持ちかもしれない。もし現在無かった
としても、敢えて中小の取次ぎさんとのお付き合いを大事にされている
らしいから、うまく取り寄せられることもあるかもしれない。
無事、見つかればいいですねと言って、お客様を送り出して
30分後、ネット用の棚の片隅に眠っていた一冊を見つけてしまった。
悔しい、いろんな意味で非常に悔しい。
この悔しさを古本屋はどう晴らすか?
読むのである。その本を。
「外は、良寛」は昔一度読んだが、悔しいから意地でもう一度読む。

それを今本当に必要とされているお客様に手渡せなかった悔しさ、
商売上の売り上げを逃した悔しさ、それらを晴らすため……、イヤ
読んだってどちらの悔しさも決して晴れないのだけど、何にもせず
にはいられないから、とりあえず読むのだ。
不条理で馬鹿馬鹿しいことだけど、再読とは言え良書を読むことは
少なくとも無為ではない。無為ではないのだ。たぶん、本当に…
ああ…
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by shanshando | 2009-02-20 11:11 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 02月 14日

朝はいます

最近、毎日朝十時半には上々堂を開けるようにしている。
買取などで、どうしても間に合わないこともあるかもしれないが、
なるだけそれは9時台にお願いして、この4週はなんとかやり通した。
毎日というのは、つまり毎日ということで、だから結局今の私は
文字通り年中無休。
これが結局私どもの不況対策というわけだ。

古本屋は比較的、不況に強い業種だと思ってやり始めた商売だが、
冷え込んだ消費動向の埒外ではやはりないようだ。
もともと週二日設定していた休日も午前だけ返上、家に居たって
どうせ子どもたちが休ませてくれないから同じことだと、自分に言い訳
してみたが、肉体的にはともかく精神的には結構厳しい。
独立自営までの数年はやはり古本屋の仕事と肉体労働を交互にやっ
ていて、やはり無休だったが、仕事内容が違うと結構もつもので、
左程辛かったという記憶はないが、今は明けても暮れても同じ仕事
だから、結構煮詰まる。
まぁ、大企業の経営者みたいに不景気になれば派遣労働者の首を
切って、自分はボーナスガッポリなんてわけにはいかないわけで、
(したくっても、ガッポリにもスッポリにもボーナスに回すようなお金なんて
どこにもない。)結局自分の身を削って稼ぐ以外の方法はなにもない。

悪いことばかりでもなくて、朝の時間をやるようになって、今まで時間
帯の差でご利用いただけなかったお客様も来て頂いて、頑張れば
なんとか例年並みにはやっていけそうだ。

朝のお客様はどちらかというとテンションの高い人が多い気がする。
とくにお年寄りのお客様が……。

火曜金曜は正午に、土曜は11時に、興居島屋へ移動。水日はそのまま
上々堂。月木は午後から休みと言いたいのはヤマヤマなれど、やはり
子どもを連れて公園行き。人間だからいいけど、雑巾ならとっくに擦り
切れてる。
月木が雨だと、うまい具合に家で休みということも出来なくもないが、喜ん
でいられないのは、雨だとやはり売り上げが……。
ああ、自分があと23個欲しい。

まぁ、こうやってなんとか続いているうちは、やり続けていけそうだし、子ども
もやがてはこっちから頼んだって遊んでくれなくなるから、一方的に会社の
都合で職を失う人や、残業禁止という建前を尻目にサービス残業を押し付
けられて居る人に比べれば、私なんかまだ幸せなほうで、愚痴なんて言って
ちゃいけないが、国民に痛みだけを押し付けて、トンズラこいた馬鹿野郎が
またまたしゃしゃり出て、好き放題のたまってるのを聞くと怒鳴りつけてやりたくなる。

まぁ、そんなわけで当分朝は毎日上々堂にいます。お近くにお寄りの際はどーぞ、
買取査定も午前中ならお待たせしません。
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by shanshando | 2009-02-14 18:08 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 02月 11日

空間マニアとしましては

何度も言っていることだが、私がとっくに時代遅れで、非効率な店舗販売
にこだわっているのは、本そのものもさることながら、本のある空間を人と
共有するのが好きだからである。

本当のことを言うと、裏から入った大学を横から出て、東京にきた時点で
抱いていた夢は、劇場をもつことで、劇場乃至は寄席、あるいは映画館、
ギャラリー、とにかく人と人が淡く、しかし優しく時間を共有できる空間。
そんな空間が好きで、いつか作りたいと思ってた気持ちが妥協に妥協をかさね
古本屋として結実し、つまりこれぐらいがようやく私と言う人間の「うつわ」だった
ということなのだろう。

私は「付き合い嫌い」なので、「付き合い好き」の人がするように、行き着けの
喫茶店や飲み屋などで、「石ちゃん」とか「丸ちゃん」とか呼び合ったり、チーム
を作ってスポーツやギャンブルをしたり、というようなことはせずに暮らしたい。
お酒は一人で酔いを楽しむのが何より楽しいし、好きなミュージシャンの音楽
もライブ会場ではなく、部屋でひとりで楽しみたい。
生き方そのものが、そもそも徒党を拒否して生きてきているわけで、それは
つまり大きすぎる自意識を自らもて余しているということに他ならないわけだけど、
なにしろ、私にとっては私の脳の中ほど興味深い楽しい空間はないのだ。


であるならば、余計な現実空間など作らずに、完全に自分の脳内空間だけで
生きていればよいではないか?
ところが、やはりそうはできない、脳内空間というのは自意識に歪められ、通気
の悪い、湿度過多の空間だから、そんなところに閉じこもっているのは大変危険
なことなのだ。
外の世界と脳内の世界とどちらがより得体がしれないかを比べれば、結構ドッコイ
ではないかと思うが、やはり人間はその両世界を行き来しながらでないと生きて
いけないものらしい。池の鯉が時々水面に呼吸しにくるようなものだろうか?

なんだか、話の前置きが無駄に長くなってしまったが、ようするに私はだから、
家賃や人件費に酷使されながらも二つの店舗を手放さないで居るわけで、最近
同業に多い、ネットや目録、即売会屋への転業など考えられない。
そんなことするくらいなら古本屋自体を辞めてしまう。
経済効率的には実に無駄の多い、馬鹿な選択だが、『人はパンのみに生きるに
あらず』だ。(もっとも昨今そのパンにも不自由したりするわけだが)

で、だからもういい加減、空間マニアというか、自分の理想空間に関する妄想
など止してしまえば良さそうなものだが、病はすでに膏肓に至っていて、人が
もてあましている空間の話など聞くと、聞かれもしないのに余計なお節介を
焼きたくなる。

本当に長い前置きだけど、ようするにまだ「かんぽの宿」のことを考えているのだ。
新聞、テレビの論調の概ねはどうやら、そんな赤字を垂れ流すような施設は
早いところ民間に叩き売ってしまえ、ということらしいが、ネットではその赤字その
ものに対する疑念なども言われていて、これは冷静に見ればどうやら赤字の計上
の方法自体がひとつの詐術であることは明白なようだから、そういう意見を封殺
しようとするマスコミにもなにか利害関係が絡んだ悪意があっての世論誘導なん
だろうと思うが、
とにかく、空間マニアとして、素人なりに思う解決策を考えてみたのだ。

まず、私が総務相だか日本郵政の経営者だか、とにかく「かんぽの宿」の売却の
権限を持った人なら、まず全施設のうち、優良資産だけを本当の一般競争
入札にしてしまう。お荷物抜きならこれらはかなりの高額で売却できるはずで、
絶対に109億よりは高くなる。
そうすれば下落傾向が著しい、土地の値段をさげどめる。あるいは、はね戻すくらい
の効果はあるはずで、景気回復の一助にもなり得る。
さて、残った所謂経営状態の悪い施設だが、これは一端国が簿価に準じて買い上げる。
その資金にはそれこそ埋蔵金を当てればいい。109億という現在の70施設分の価格
よりははるかに安くすむはずだ。
勿論、買い上げたあとで遊ばしておいては意味がないし、雇用維持の問題もあるから、
買い上げると同時に既存のNPOやそれぞれの施設で働いていた人を中心に、福祉、
厚生目的の施設として再建計画を練り直す。その上で再建の見通しがたったところから、
どんどん、民営化していく。

今、職がなくって、致し方なく非正規雇用になっている人の中には、色々斬新な発想
や理想を持っている人も大勢居る。機会がなくて、お金もないから、アイデアがあって
も生かすことが出来ない人が都市にも地方にも一杯いると思う。使用目的だって、
福祉、厚生に関らず、芸術や文化関係であってもいい。
かんぽの宿は確かに、都市からは行きにくいところにあるから、ある不動産屋はそんな
物件誰も欲しがらないんだと言ってたが、そんなことはないと思う。
都市から離れたぶん風光明媚で自然に隣り合った場所で、理想的な空間作りをしたい
と思う人は少なからずいるはずだ。
市場論理優先で施設売却を急ぐと、外国のハゲタカ資本を喜ばすだけでなんの益も
ない。

私にもしシガラミがなければ、是非そのうちの一軒をホスピスを兼ねた古本の宿に、
生まれ変わらせたい。図書室だけでなく音楽室なども作れば、人生の終わりをそういう
場所で迎えたいと思う人は少なくないはずだ。
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by shanshando | 2009-02-11 13:38 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 02月 05日

まかない飯って…

いつ頃からだろう?
あんまり自信ないけど、たぶんバブル崩壊後からじゃないかと思うけど、
れっきとした商売屋として食い物を売る店の中に、まかない飯を売り物
にするところが出てきて、マスコミも嬉しそうにそれを取り上げたりするけど
あれはなんだか妙な話だ。

私もいろんな職歴の中でさまざまな「賄い」を食べてきたけど、大抵はそんな
いいもんじゃない。
もっとも酷かった例をあげると、例えば京都の某観光ホテル。
ここでは、学生の時にバイトをしていたのだけれど、賄いのご飯は昨日客の
為に炊いたものの残り。
京都人のケチぶりは実は大阪人なんかの比ではなくて、元々客用の米にも
最下級の古古米、それも倉の中で寝かされすぎて妙な薬品臭い匂いが染み
付いた物を安く買って出すのだ。
そんなものでも炊きたてだとそれなりに匂いも気にならないし、香の物やなんか
副えちゃえばそれなりに食べられちゃう。ところがこれが一日経つと本来の酷い
匂いをたて始めて、鼻をつまんでも初めはなかなか食べられなかった。
そのうち従業員同士が積み立てしたお金で慰安会を開かれて、積み立てをして
いない我々バイトくんもお呼ばれしたのだが、この時経営者側からのプレゼント
という名目で、炊きたての、つまり客と同じ状態の飯をはじめて食べさせてくれた。
その違いは唖然とするばかりで、いつもの臭気が全然ない。いや本当はなくは
ないのだけれど、いつもの「臭い飯」に慣れてきていた僕には極上米のようにすら
思えて。おもわず厨房でパートをしていたおばちゃんに
「いつもの米と違うんですかね?」と尋ねた。するとおばちゃんが強い九州訛りで、
「おんなじタイ、ただサラなだけタイ」と答えて、それではじめて僕はことの真相を
知ったのだった。真相っていうのも大袈裟だけどね。

次に酷かったのは築地の「ツマ切り場」
よくスーパーや魚屋で売ってる刺身についているツマは、ここで切られている。
僕は子どもの頃、お刺身はお父さんだけが食べるもので、子どもはお父さんの
機嫌がよければ、一切れだけとか食べさせて貰えた。
刺身は一切れだけど、おとうさんは大抵ツマには手をつけないので、そっちは
ねだればいくらでもくれたから、子どもの僕はお刺身の代用として大根のツマ
ばかり食べていて、大人になってからも結構これが好きだったのだが、築地で
働いてからは絶対に食べないようにしている。
勿論良心的に自分のところでツマを斬っている店もあるだろうけれど、築地の
ツマきり場のツマは機械で大量に切ったやつをでっかい水槽に入れた漂白剤
で色揚げしているのだ。
まぁそれはいいとして(良くないか)、ここでの賄いはやはり築地の場内にある
弁当屋から届けられるお弁当。
このお弁当には申し訳程度に魚の切り身、イヤ切れっぱしが入っていて、煮物は
いつも大根の煮付け、この大根の切り方が変わっていて、なんだかチョークの
ような形をしている。
これはもう一目瞭然、ツマを機械で切ると最後にこういうチョークみたいな塊が残る
のを、僕が係りで回収してごみ捨て場に捨てるのだが、僕が捨てたその大根を
弁当屋のおじさんが拾っていって、煮付けて弁当に入れているわけだ。
物を大事にするというのは悪いことじゃないけど、ゴミ箱経由のおかずというのは
やはりなんともイヤだったが、朝始発で出勤してきて弁当が届けられる7時頃には
腹ペコだから、文句も言わずに食べてたけど、大根がゴミ箱経由だったということは
おそらく魚のほうもそうだったに違いないと今更弁当屋の商魂に感心している。

わりとというか良かったのも書いておくと、大井町にある某百貨店の寿司売り場で
働いていた時は、いつも頑張る僕にだけ店長が高級魚を使った寿司を握ってくれて、
これは本当に美味かったけど、人間と言うのは贅沢なもので、毎日食べていると
高級寿司も飽きてくる。給料が入って暫く懐が豊かなうちは寿司の賄いは腹具合
などを理由に遠慮して、近くのレストランのハンバーグなんかを食べていた。
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by shanshando | 2009-02-05 11:32 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 02月 02日

ふるほんの宿

まだ「かんぽの宿」のことを考えているのだけど、
そんなに安いなら、(といっても、もう一万円なんてありえなくて、
きっとその時の転売に関ったというリクルートの残党のトンネル
会社の人たちも、いろいろ世論の矢おもてに立たされたりする
のだろうけれど…)いっそみんなで出資して「ふるほんの宿」
なんて造れないだろうか?

そういえば、数年前までネットで、そういう構想を語っていた人が
いたけど、どうなったのだろうその後。

どこかに泊まって、静かな環境で読書三昧というのは、今までの
日本のリゾート開発にはあまりなかった発想だし、マリンスポーツ
とかスキーなんかに絡めたリゾートと違って、莫大なお金は動き
そうにないプランだけど、世の中があんまり狂躁的だから、そういう
静かな休日を求める人というのは確実にいるんじゃないだろうか?

料理などもとってつけたような宿屋料理ではななく、(「かんぽの
宿」なんて山の中でも平気で色の変わったようなマグロの刺身
出したり、なんだかどうでもいいような陶板焼きとか、全然愛情
もやる気もない料理ばかりだったからね。)質素でも地元の素材
を使った料理を出すようにして、コーヒーが上手に淹れられる人
や腕のいいバーテンダーの居るバーがあったりして、基本的に
大人のための大人の宿。

シーズンによっては期間限定で子連れも受け入れて、子どもむけ
のイベントなども考えて………。

あああ、結局「無い」が意見の総仕舞いか。
こんなプランに出資してくれるような資産家なんていないだろうね。
結局利潤追求社会っていうのは、どこまでも狂躁的にならざるを
得ないんだろうな。
個人レベルでは、こうしたものを求めている人って多いと思うんだけど、
結局資本は人が群がるような場所にしか集まらないんだろう。
貧しいね。
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by shanshando | 2009-02-02 11:26 | ■原チャリ仕入れ旅■