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2009年 08月 28日

新作「死神」前編

 死ぬのって、実際のとこどんな感じでしょう?
先日観たDVDの「日本のいちばん長い日」には三船敏郎
ふんする阿南惟幾の切腹シーンが描かれていて、介錯を
拒んで自らに罰を与えたといわれる伝説に従って演じられ
るわけだけですが、本当だとしたらこれはかなり痛そう。痛すぎ
て死の恐怖そのものは薄れちゃうんじゃないかと思います。

 死ぬのってどんな感じでしょう?っていうのは結局、死ぬ
瞬間の意識ってどんなもんなんでしょうってことなわけですが、
これは勿論死に方によるわけですね。
 
 今、私なんかが想像できる範疇で一番辛そうなのは、やはり
癌とかでさんざん苦しんでいるのに、延命治療とかされるって
やつ、あれははっきり拷問だと思います。
ウチの父親の最後がやっぱりそうで、担当医は「あなたはお父
さんにそっくりだから、きっと似たような感じになります。」なんて、
信じられないような恫喝をしてくれちゃいましたが、
「何言ってやんでぇ!」なんて開きなおってみてもやっぱり怖いから、
最近はなるべく塩分の高いものを食べるように心がけています。
 ポックリ逝っちまおうってわけですな。

 最近人に聞いた死に方でやっぱりこれは嫌だなぁ。と思ったの
が、過労死というやつ。
 まぁ過労死にもいろいろあって、通勤中意識不明になってフラフラ
とホームから線路に落っこちちゃうというのもあるし、なんとか家まで
たどり着いて自分のベッドで絶命。なんていうのもあでしょうけど、
その人に聞いたのは、残業残業で疲れ果てていて、ある朝同僚が
出勤して来たら机にうつ伏せになって死んでいたという……。

 これはねえ、化けて出ますよぉ~、社長!
絶対に祟られる。直属の上司とか社長とかはもう100%!でしょう。

 問題は祟られる範疇ですが、私は属したことないから知らないけど、
会社というのはなんでも会議で決めていくわけでしょう。こういうのも
会議で決めて幽霊さんのほうに要望書を出しちゃったりして……
スケープゴートってやつですな。

社長「えーと、次に先週亡くなった営業2課の山田くんの件だが、この
   祟りを誰が受けるかという件に関して…」
課長「やっぱりですね、これは会社というのは株主のものという考え方
    が今や主流でありますから、筆頭株主様のほうでお引き受けいただく
    のが順当かと……」
社長「馬鹿言っちゃいかんよ。ただでさえウチの株価はさがる一方なのに
   そんなことした日には、会社が潰れちゃうじゃないか!もっとましな事
   を考え付かんのか?誰かいるだろう?ほら君のところの課にこないだ
   まで課長代理見習い心得かなんかにして虐めていたけど中々辞めない
   からまた降格したのがいただろう!あいつにしよう!あいつなら死ん
   でも大勢に影響はないだろう?」
課長「駄目ですな」
社長「駄目とはなんだ君!なんなら君にしたっていいんだよ!」
課長「いえ無理なんですよ。」
社長「無理ってなんで?」 
課長「死んだ山田がその当人なんです。」
社長「あっそ、……誰か他に案はないのか?このままだと手当たり次第に
   祟られちゃうよ!今までは祟られても、家族に涙金渡して、神社で徐霊
   して貰えば良かったんだけど、最近遺族のほうに余計な入れ知恵する
   やつがいて涙金も涙金といえない額になってきたんだ。このままじゃ
   もう死んじゃう前に社員全部クビにしたほうが安くあがるぐらいだ。
課長「みんなクビにしたら、誰が仕事をするんで?」
社長「お前がやればいいじゃないか!お前だけじゃないよ中間管理職だけで
    仕事ぐらい出来るだろう!今やコンピューター時代なんだし!」
課長「あの社長、中間管理職の殆どはコンピューターできません!」
社長「役立たずめ!やっぱりお前らが祟られて死ねば?」
課長「そしたら次は私らが化けて出ますよ!」
社長「なんだとこの恩知らずめ!大体おまえら戦後生まれは滅私奉公という
   ことを…」
専務「お話の途中ですが社長…」
社長「なんだ?お前が引き受けるのか?」
専務「いえいえ滅相もない!ただちょっと適任ではないかと思われる人材に
   心当たりがありまして。」
社長「ほう誰だね?」
専務「先日あの監督官庁の次官を接待いたしました時、ちょっと頼まれごとを
   いたしまして、」
社長「ほうほう」
専務「あの役所で次官と同期入省の無能なのがいるらしんですが、なまじ役
   所の秘密を色々知っているだけに無碍にも出来ない。出切ればこれを
   一時我社で預かってくれんかというんですが、何しろ役所内でも今や
   なんの権限もない持て余しですから、しばらく面倒見て放り出してくれて
   も一向にかまわんという……。これなんかこの役目にピッタリじゃないか
   と思うんですが…
社長「いいねえ!いいよぉ君!考えたら君もあそこのOBだったな。でもなん
   だろうさすがに嫌がるだろうその人も。」
専務「いいえ私も当人をよく知っていますから判りますが、あたらしい部署の
   担当重役にとかなんとか適当におだてたら絶対のってきます!」
社長「いいねっ!いいねっ!それいこう!それ!」

                                  (続く)
 
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by shanshando | 2009-08-28 17:13 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 08月 23日

西荻窪に貧乏人追い出し計画の兆し、…追い出されるくらいなら

 買ってくれたアーウィン・ショーの文庫を二冊袋に入れながら、人懐っこい
笑顔に惹かれ世間話していたら、沖縄から三鷹在住の娘さんの家に遊びに
来ておられる人だった。
 
 「本の世界の冒険もドキドキするけど、やっぱり現実世界を行動しなきゃ。」
 いや、ごもっとも。
 
 私だって常々そう思っているし、昔はもう考えるより先に行動するタイプだっ
たけど、歳とともに背負うものが重くなり、思うにまかせないんです。
 沖縄いいなぁ。行ってみたいなぁー。

 「今飛行機代なんて安いもんだし、時間なんてあっという間ですよ。」
 ほんとにね、行けばすぐなのは判っているけど中々そうもならずですよ。

 子どもが小さいのもあるけど、やっぱり理由としてはお金かなぁ……?
 もしお金がいっぱいあったら、くだらない習い事なんぞさせないで、旅行に
どんどん連れて行く。学校に上がったて、学校なんか旅の休みに時々行けば
よろしい。大体みんな横並びで進学させなければという強迫観念が子供の
想像力を奪い。世代間の溝を生み文化を貧しくさせる。
 上級学校はやっぱり必要だし当然無償にするべきけど、初等教育なんて
親に時間さえあれば、学校なんかより余程ましなことが出来るはずだし、
旅でもしていろんな種類の大人と出会えば、学校で愚にもつかない暗記なぞ
やってるより余程知恵がつく。
 結局「無いが意見の総仕舞い」というやつで、金も無ければ時間もない人間
には無理な話だけど……

 話は飛ぶけど、ここ数年の西荻窪はなんだか不気味だ。
興居島屋の近隣だけでも、まず質屋が廃業し更地になり、ついで風呂屋とパ
チンコ屋が廃業。全部貧乏人の拠り所じゃないか!

 しかも廃業した三軒は中間に興居島屋の店舗も置きながら、駅前から一直線
に並んでいる。もしやこれは例の悪名高い外環道の建設に伴う再開発が始まっ
ているのか?
 特に風呂屋の廃業は風呂なしアパートの住民を街から追い出すには絶好の
妙手だろうし、住民が居なくなり家賃収入が入らなければ、不動産不況が言われる
最中、自前でマンション建設が出来ない大家から土地を安く買い取ることは容易
だろう。

 貧乏人、高額納税できないようなカスはとっとと田舎でも帰って、そこでも仕事は
ないだろうから早く死んじまえというわけである。
 何だか石原都知事閣下の思惑どおりだね。どーですか選挙運動中のおぼっちゃん。
アンタの選挙区にさくら町会という昭和の香りゆかしき住宅地があって、そこはしっかり
外環予定地だけど、選挙運動中にそこへ行って、
「ウチの親父の言う通り、外環は意地でも通します!」って宣言できるかね?

 しかし、興居島屋の建物はたしかオール賃貸の筈だから、入居者が抵抗しても
大家のほうで売ってしまったらどうしようもないわけだけど、はっきり言ってこっちも簡単
にはどかんけんね!

 いや、立ち退き料思いっきりふんだくって、自宅も売り飛ばし、五十の手習いで自動車の
免許とって、流れの古本屋になるのも悪くないか?
 行く先々で踊って人集めし、後は売り買いのお商売!ハハハ、あと20若ければね!
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by shanshando | 2009-08-23 13:56 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 08月 18日

踊る古本屋の躁鬱

 昨日、山梨県白州から帰ってまいりました。
不在中本を持ち込んでいただいた方、出張買取をご依頼いただいた方、
お待たせして申し訳ありませんでした。
 なんとか今朝から頑張って、それら溜った仕事を片付けました。

 私のようなタイプの古本屋というのは、つくづく一次産業に近いと感じて
います。
 土地をさだめ、そこからもたらされる収穫だけを頼りに生きていて、土地
を離れると不安な気持ちになってしまう。土地にずっと居たって、季節や
天候に左右されて不安だけど、離れる不安はちょっとまた格別です。
 勿論、普段が儲かってしょうがないと言う状態なら、「離れてる間は店も休
んでゆっくりしよう。」なんて言えるわけですが、正直今は一時だって目を
離していられない不景気です。

 お陰さまで、私の店は良い本を売ってくれるお客様に恵まれているから、
店主が常に流れを見つめていれば店頭も澱まず回転し、なんとか続ける
ことは出来なくありませんが、もし例えば半年でも入院などすることになれば、
致命的でしょう。

 今回の「ダンス白州」に参加していた出演者たちは私以外の殆どが、ダンス
なり音楽なり演芸なりを本職にしている人たちが多く、高橋竹山さんや春風亭
一之輔さん上杉清仁さんなどは勿論のこと、私より若いダンサーの人たちも
更に若い人たちにダンスの指導をするなどして、言わば芸一筋で生きていらっ
しゃるわけです。
 そういう人たちは、表現が日常なわけだから、「ケ」から「ハレ」への跳躍が
スムーズなわけですが、私は細々とした日常的な心配事がなかなか払拭できず、
なかなかテンションが揚がりません。

 テンション揚がんないから今日はやっぱり辞めー!というわけにもいきません、
若い頃から習得している自分の中の狂気のスィッチを一個ずつ押して、無理にも
テンションをあげちゃう。
 もう脳内麻薬がフツフツです。出番が近づくに連れてもうガ○キチそっくり。
巧い人は表面冷静を保ちながら、内側でテンションをあげる事ができるのですが、
私などはもうガイ○チにならないことにはやっていられないわけです。

 涙ぐましい努力の甲斐あって、なんとかテンションだけはあがって、一応恙なく
出番を終えましたが、後が大変なのです。いっぺんガイキ○になっちゃったものは、
そう簡単に元に戻らない。たいして酒も飲んでないのに酔っ払ってると思われたり
します。

 一昨日の午後二番目くらいの出番を終え、(なんと私の出番の前は永六輔先生!
これで私も「永六輔を前座に使った!」と言っていいわけです。………よくねぇーか)
あがりっぱなしのテンションは結局今朝の午前六時くらいまで続いてました。
 つまり躁状態には意図的になれるけど、脱出はままならないわけです。

 大変なのは脱出のあと、もうあきらかに反動で鬱の影が迫ってきます。
これは本当に困るのです、冒頭にも書いたように店には仕事が山積!「ちょっと鬱
気味なので家で引き篭もってます。」って訳にいかない。無理にも自分を鼓舞する為に
もう踊る予定もないのに相変わらずの過剰気味トレーニング。身体さえ動かしていれば
鬱もいくらか避けられると信じてやりまくるしかありません。
 とにかくいつまでもガイ○チでは居られないけど、せめて軟着陸しなければ……。

 慌ただしい仕事にもいくらか助けられながら今日の午前を乗り切り、午後一番には
懐かしいお客様からの大事な電話もあったりで、なんとかかんとか今は午後7時、ああ
もうなんだか消えてなくなりたい………。
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by shanshando | 2009-08-18 18:49 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 08月 12日

ごめんねメリー

 私ははっきりいって、「アンネの日記」読んだことありません。
「火垂るの墓」、映画も原作も未見です。たぶんずっと未見になるでしょう。
アカンのですなぁ……。根性なしなんですわ。かわいそうな話というのは
読めないのです。かわいそうな話というのはかわいそうだからアカンわけです。

 これあの偏見ですから、先に反省しておきますけど、女性は大抵好きですな、
かわいそうな話…………。やっぱり、あれはあのぉ残酷なんでしょうなぁ。
イヤ、根性がすわっとるわけですか。
むしろこのぉ………。私みたいな根性なしは、君子は厨房に入らずとか言うて、
現実に立ち向かわんから卑怯者なんでしょうかねぇ……。

 金の星社の「かわいそうなぞう」はもう220万部を越しているそうです。
今後も絶対に絶版にしないでしょうあれは……、ドル箱ですからねぇ。

 今日アップした「ごめんねメリー」は泉ヶ丘家庭文庫というところの出版。
今もやられているのかなぁ?この文庫。少なくともネットではその現状を探ることは
できませんでした。
 原画は木版らしいのですけど、まぁ下手なんですけど、そこがちょっといいです。
いいというのは結局巧いのかしら?
 
 舞台は熊本の水前寺公園にかつてあった動物園。
ここでは象は電気で殺されたそうです。………まぁ、なんとも……。

 先日、テレビで「日本海軍 400時間の証言  第一回 開戦 海軍あって国家なし」
という番組をちょっと見ましたが、これは戦後35年たってから旧海軍軍令部のメンバー
が秘密裏に集まって行っていた反省会の録音を紹介しているのですが、笑っとるので
すなぁ折々に、参加者が。まぁ編集の仕方もあるんでしょうが。
 もしこれがサリン事件を起こしたオームの残党の反省会だとして、この中に笑い声が
あったら世間は許すんでしょうか?
 それは人間だから生きている限り笑いもすれば屁もひるでしょうけど…、わたし、ちょっと
感情的にならせてもらいます。
 
 しおらしげに反省会などしといて、まだ笑いが出るなら自決しやがれ!


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上々堂売価  1500円
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by shanshando | 2009-08-12 12:21 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 08月 08日

ちょっとクスクス系写真集

 アメリカのスーパーのことをそんなに知ってるわけじゃないので断言は
できないけど、なんかレジの傍にはかならずボディビルの写真集がある!
って感じしませんか?
やっぱり遺伝子の問題でしょうか、あちらの方はお好きなようですムキムキ系。

 日本でも勿論さかんにやってる人はいるんでしょうけど、基本的にジムに
通ったりしている人の多くは、スレンダー好みのような気がします。

 けして差別とかそういうニュアンスはないと思うけど、ムキムキ好みの人って
日本ではマイノリティーという感じです。

 そういう趣味じゃない人同士が偶々置いてあったボディビル雑誌を見ると、
「いやぁー、これはどうも…」とか、「ちょっとねぇ…」という言葉にならない感想の
応酬になってしまって、妙にむずがゆかったりします。

 でもね、正直言うと私はちょっと判るのです。そういう肉体改造派の気持ち。
私自身は、元々骨柄が貧弱なところへ最近では胎内外に脂肪がついてしまって、
見苦しいことこの上ない身体だったわけですが、必要があってここ一月間で
劇的に絞込みました。

 私がやっているようなダンスの場合、むしろ余分な筋肉は邪魔でしかないので、
腕立てや胸筋を鍛えるような運動は絶対にせず、ひたすら体幹を絞り込んでいく
のですが、食事の量を三分の一にして(ごはんだと大体一食80グラム程度)、有
酸素運動と各種腹筋背筋側筋を繰り返すのは、続けているとナチュラルハイの
ような状態になります。
 
 なによりの喜びは成果が目に見えてでてくることで、かなりナルシスティックにも
なるわけですが、それ以上にストイシズムの喜びがあると思いますし、続けている
うちに自分の身体が只の対象物のように思えてくることも正直堪りません。
 自己愛を極めると、むしろ我が薄れていく……というのはちょっと言いすぎですね。
やっぱり何処までも自己愛なんだけど、身体でも精神でも徹底的にストイックに対
象化していくと、ある時点から自分が自分でなくてもよくなってくる。そんな気がします。

 さて、今日アップする書影は、三島由紀夫のが被写体にもなり序文も寄せている
  「Young Samurai 体道」。
 いやぁ気持ちはわかるんですが、やっぱりクスクスですなぁ。


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 上々堂ネット売価 5000円  
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by shanshando | 2009-08-08 13:21 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 08月 07日

海べのあさ

 1940年代といえば日本では地獄のような時代だったわけだが、海の
向こうアメリカでは今に残る文化が花咲いた時代だった。
ハリウッドは黄金時代をむかえ、モダンジャズやR&Bなどの音楽も
この時代に生まれた。


 何度か書いたように、絵本の世界でもこの時代は黄金期と呼ばれ、
さまざまな優れたイラストレーターたちがアメリカから生まれた。
 コルデコット賞の創設もこの時期で、アメリカ社会全体が、それまで
のヨーロッパ文化の亜流的発想から抜け出そうという意志を持っていた
ことを感じさせる。

 今も日本の子供たちに読まれるロバート・マックロスキーの作品も
殆どがこの時代に作られているが、今日書影をあげる「海べのあさ」は、
1952年のもので、世界はすでに冷戦時代をむかえ、アメリカでは未だ
マッカーシズムの嵐が吹き荒れている。

 絵本の主人公サリーはマックロスキーの作品にたびたび登場する
彼の長女で、原題は「One Morning in Maine」。
 マックロスキー一家は1944年からメイン州の無人島で住んでいたのだ。

 1944年から52年、そしてその後も世界では多くの子供たちが理不尽な
死に追いやられていく。マックロスキー一家のその後のことは知らないけど、
絵本の中の子供たちはいつまでもありあまる愛情をそそがれていて、それは 
当時も今も多くの国が得られないでいる「豊かさ」の象徴のようでもある。

 ちなみに「海べのあさ」の初版出版年である1952年、日本では手塚治虫の
「鉄腕アトム」の連載が開始されはじめ、朝鮮半島は戦乱の最中にある。


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上々堂売価 950円
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by shanshando | 2009-08-07 15:10 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 08月 04日

土方巽の本

 本当のことを言えばダンス関係の本は扱いたくない。
 とくに舞踏関係の本は嫌だ。
 理由を書き出すと長くなるから書かないけど、ようするに
ビジュアルにしろテキストにしろ、紙面に再現できるはずのない
事を再現してみせようというところが気に入らないのだ。

 特に写真は勘違いを生みやすい。
レンズに切り取られた段階で全然別物になっているのに、いかにも
生々しさを伝えているようで、シラける。
 
 ニジンスキーがいかに高くジャンプしていようが、武原はんがいかに
可憐に見えようが、それはただに写真表現の勝利であって、遠の昔に
瞬間生まれ、消え去った舞踊そのものの実際の片鱗すらも伝えていない
ものなのだ。

 あっ!書かないとか言って書いてるじゃん!
 これだから嫌なのだ…。

 まぁ、思いは色々なわけだけど。それこそそれは置いておくとして、
下に掲げた書影の写真を見て欲しい。
 一見おなじように見えるポーズをとる二人の男。
向かって左が土方巽で、右が愛弟子玉野黄一である。
 玉野の無駄なく削がれた身体は写真に写されてもかなり美しいけど、
この写真を見る誰もが、むしろ着衣の土方の存在感の強さを感じるだろう。

 腰の落ち方と背筋の伸び方が全然違う。土方の肛門はおそらく真下を
向いているのに比べ、玉野のそれは少し後方を指している。
だから土方の肩甲骨は尻より随分後ろにあるけど、玉野のは尻のほうが
むしろ突き出している。

 今も健在の玉野さんの名誉のために言っておくと、この次の瞬間には
玉野さんの腰も土方のそれに負けないほど下まで落ちていたはずだ。
振り渡しの瞬間だから、玉野さんは未だポーズに入る途中なのだ。

 そんなこと見れば判るって?そうそうなんですけどね。
何が言いたいかというと、おそらく土方はこの瞬間を狙ってカメラマンに
シャッターを切らせているということなのです。
 土方と言う人は本番で踊っている最中もカメラマンの前に行って、「ホラ!
今撮れよ!今だよ今!」と合図を出したと自分で言っていますが、実に
写真に撮られるのが巧い人だった……らしいということ。

 これは別に土方を貶めているのではなく、写真というものがやがて印刷物
になり、様々なメディアに載ることで、本来一回性の芸術である舞踊が伝説化
し、社会的な力になっていくということを熟知していたに違いないということ。

 今からみると当たり前ようなことだけど、土方以前の各分野のダンサーたち
は、被写体となることにもっと受身で、たまたま「格好良く」あるいは「綺麗に」
撮れていると、
「そかそか、僕のオドリってこんな風に素敵なのね。おかあさんこのカメラマン
の人にお中元でも贈っといてチョーダイ」くらいなもんだったのだ。

 なるだけセンセーショナルに威圧的に時代に対して、舞踊という「本来なくても
誰も困らないもの」を発信していこう。そうして虚に虚を積み重ねて、幻影の城
とでも言うべきものを作って見せよう。そういう意志の結晶体が今に伝えられる
土方舞踏の正体なのだと思う。
 
 そういう「ただ踊っていられればええねん!」的でない策略家ぶり、そうあることで
必然的に求められる言語能力の発達、行動の奇矯さが未だに彼を「著書が時代を
越えて読まれるに足りる数少ないダンサーとしているのだろう。



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興居島屋売価2500円
 
 
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by shanshando | 2009-08-04 15:40 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 08月 04日

土方巽の本

 本当のことを言えばダンス関係の本は扱いたくない。
 とくに舞踏関係の本は嫌だ。
 理由を書き出すと長くなるから書かないけど、ようするに
ビジュアルにしろテキストにしろ、紙面に再現できるはずのない
事を再現してみせようというところが気に入らないのだ。

 特に写真は勘違いを生みやすい。
レンズに切り取られた段階で全然別物になっているのに、いかにも
生々しさを伝えているようで、シラける。
 
 ニジンスキーがいかに高くジャンプしていようが、武原はんがいかに
可憐に見えようが、それはただに写真表現の勝利であって、遠の昔に
瞬間生まれ、消え去った舞踊そのものの実際の片鱗すらも伝えていない
ものなのだ。

 あっ!書かないとか言って書いてるじゃん!
 これだから嫌なのだ…。

 まぁ、思いは色々なわけだけど。それこそそれは置いておくとして、
下に掲げた書影の写真を見て欲しい。
 一見おなじように見えるポーズをとる二人の男。
向かって左が土方巽で、右が愛弟子玉野黄一である。
 玉野の無駄なく削がれた身体は写真に写されてもかなり美しいけど、
この写真を見る誰もが、むしろ着衣の土方の存在感の強さを感じるだろう。

 腰の落ち方と背筋の伸び方が全然違う。土方の肛門はおそらく真下を
向いているのに比べ、玉野のそれは少し後方を指している。
だから土方の肩甲骨は尻より随分後ろにあるけど、玉野のは尻のほうが
むしろ突き出している。

 今も健在の玉野さんの名誉のために言っておくと、この次の瞬間には
玉野さんの腰も土方のそれに負けないほど下まで落ちていたはずだ。
振り渡しの瞬間だから、玉野黄一はまだポーズを作りきっていないのだ。

 そんなこと見れば判るって?そうそうなんですけどね。
何が言いたいかというと、おそらく土方はこの瞬間を狙ってカメラマンに
シャッターを切らせているということなのです。
 土方と言う人は本番で踊っている最中もカメラマンの前に行って、「ホラ!
今撮れよ!今だよ今!」と合図を出したと自分で言っていますが、実に
写真に撮られるのが巧い人だった……らしいということ。

 これは別に土方を貶めているのではなく、写真というものがやがて印刷物
になり、様々なメディアに載ることで、本来一回性の芸術である舞踊が伝説化
し、社会的な力になっていくということを熟知していたに違いないということ。

 今からみると当たり前ようなことだけど、土方以前の各分野のダンサーたち
は、被写体となることにもっと受身で、たまたま「格好良く」あるいは「綺麗に」
撮れていると、
「そかそか、僕のオドリってこんな風に素敵なのね。おかあさんこのカメラマン
の人にお中元でも贈っといてチョーダイ」くらいなもんだったのだ。

 なるだけセンセーショナルに威圧的に時代に対して、舞踊という「本来なくても
誰も困らないもの」を発信していこう。そうして虚に虚を積み重ねて、幻影の城
とでも言うべきものを作って見せよう。そういう意志の結晶体が今に伝えられる
土方舞踏の正体なのだと思う。
 
 そういう「ただ踊っていられればええねん!」的でない策略家ぶり、そうあることで
必然的に求められる言語能力の発達、行動の奇矯さが未だに彼を「著書が時代を
越えて読まれるに足りる数少ないダンサーとしているのだろう。



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by shanshando | 2009-08-04 15:40 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 08月 02日

韓国古代文化展 新安海底引揚げ文物

 村上春樹氏はJAZZのアナログ盤の蒐集家らしい。
たぶんかなりのお金持ちだろうと思うのだが、蒐集にかける予算に関しては
結構シビアというか、かなりはっきり自分なりの尺度を持っているところが、
かえって好ましい。
 
 いや皮肉ではなくて本当に好ましい。
基本的に蒐集というのはお金持ちもそうでない人も、情熱と根気で勝負する
べきで、まぁ商売人サイドから言わせてもらえば出資額は情熱の顕われと
いうこともあるわけなんだけど、基本的にはやはり「金に物を言わせて」という
のは違うと思う。

 一般的に蒐集の対象といのは昔とは随分変わってきていて、例えば切手
蒐集などは蒐集家の人口が激減しているらしい。
 JAZZのアナログ盤蒐集というのも今やかなり人口の少ない領域なんだろう
と思うが、村上氏のようにやはりどうしてもアナログ盤でという人もいるようだし、
是非とも続いて欲しいと思う。

 最近立て続けに展覧会図録の纏まった買取をさせてもらった。
展覧会図録も数ある古本蒐集の中で、いつまでも人気を失わない領域の一つだ。

 見に行きたかったけど行けなかった展覧会、仕事が忙しかったり、開催地が
遠かったり、私みたいに若い頃お金がなくて(今もないけど)展覧会には行ったけど、
図録までは買えなかった…など理由はさまざまで、そうして買えなかった展覧会
の図録を古本屋で見つけた時の喜びというのはなかなかに言い表しがたい。

 正直言うと、私自身買取に行って一番うれしいのが、絵本と図録なのだ。
図録というのは出てくるものは、もうイヤというほど出てくるもので、勇んで行ったら
ああ、またこれか。というのもないではないが、量が纏まっていればそれだけ珍しい
ものにあたる可能性も高い。

 中には、古書価としてはそんなに付けられる物ではないけど、個人的に好きで好き
で、出来れば売らずにいつまでも手元において置きたい物もあったりするが、それは
やはり「古本屋は個人的な蔵書はゼロ」のポリシーな反するから、あきらめて出す。
出すと、私が好きなものはやはり他の人も好きとみえてすぐに売れる。
 嬉しいような………複雑である。

 今日アップする図録もそんなに希少なものではないが、私は古朝鮮の仏像には
たまらない魅力を感じる。仏像のお顔というのは現実の人間の顔とは全然違うバランス
で出来ていて、中には酷いブスもあったり、面白系もあったりなのだが、古朝鮮のもの
は総じて端正で美しい。発掘出土したものなどは鼻が欠けていたり、元の表情が判ら
ないほどに劣化していたりするが、その劣化具合も込みで愛おしさを感じてしまう。
 勿論本物を手にする機会など一生ないだろうけど、展覧会図録なら商売上、手にする
機会には事欠かない。

 表紙写真は金銅弥勒菩薩半跏像。現物は箱に若干傷みあり。



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上々堂価格 1200円
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by shanshando | 2009-08-02 14:17 | ■原チャリ仕入れ旅■
2009年 08月 01日

良い時代

 なんだかシロートの皆さんがセドリなんていう言葉を普通に使うようになって、
まぁ、それは古本文化に対して興味を持ってもらう為には良い側面もあるかも
しれないが、多くの古本小説家たちがすでに言及しているように、本当のセドリ
というのは商売人じゃないと成り立たない……はずである。

 幾分自信なげなのは、先日ネットの広告で「セドリには必須の情報アイテム」
なるものを見たからで、私が知らないうちに世の中は変わってシロートのみなさん
のほうが悧巧にセドッてバンバン稼いでいるのかもしれない。
………まぁありえないけど。

 「良い時代…」と、今60歳代くらいの先輩たちが仰るのは、大抵バブルの時代
のことで、あの時代を良い時代なんて言ってしまっていいのかよ?とも思うが、
まぁご当人達には確かに「良い時代」だったに違いないから良いとして、「良い
時代」には例えば社会科学系の専門書籍を扱うお店などは、市場でゴミなんぞ
漁ってるより、せっせとセドッて廻ったほうがずっと稼げたらしい。
 なにしろ一軒入れば悪くても一万円の利益があがったらしい。
 それは例えば、600円でも売れるかもしれない本を100円で20冊買える、など
という寝惚けた話ではない。
そんなんじゃ、もし5冊しか売れなければ400円の
プラスしかないというか、交通費を考えればマイナスでしかないからだ。
 そんな非効率な商売をプロがやってた日には干上がってしまう。
 
 先述の社会科学系の本を扱うお店の「悪くても一万円」というのは、セドッた瞬間
にもう一万円儲かっていると言う意味だ。つまり買った時点ですでに売り先が決まっ
ているということ。
 「悪くても一軒一万円」だから、古本屋が集中している地方の学園都市にでも出
かけて、一日に10軒ペースで廻れば、どうかすると一週で百万くらいは利益があが
ったことになり、それはやっぱり「良い時代」だったかもしれない。

 そんな過去の御伽噺にヨダレを流していても意味はないが、その「良い時代」も
勿論そうであっただろうし、その前後の「それほど良くない時代」にも守られていた
古本屋ならではの美風がある。いや正確に言うとあったと聞いている。
 それは、同業者がかねてからの知り合いでない他店を訪れる時は、最初に挨拶
をして、「ちょっと見せていただいていいですか?」と聞いてから棚を見るものだと
いうのだ。
 
 正直昔の人の全てがそうしていたとは思わないが、先述の社会科学専門業者の
ように日常的にセドリをしていた人ほど、その辺はちゃんとしていただろうと思う。
 挨拶をされた店側も中には「ウチは同業者には売らないんだ。」なんてセコイ事
は言わず、むしろ同業者には一割引きの義理を果たした。
 挨拶しても買うものがない時は、しょうがないから自分が読む為の文庫の一冊も
買ってから出たものだという。

 まぁ肩のこる話ではあるが、実際店をやっていて私などは買ってくれる買ってく
れないは関係なく、同業者が挨拶してくれると嬉しくなる。買ってくれるなら、私が
居る時は勿論、私以外のスタッフが居る時でも同業者一割引きは絶対に守るように
言っている。「同業者は一番大事にすべきお客なんだ」との先輩の教えは、実は
さまざまな意味を含んでいるのだが、それはまぁ今は書かない。

 何故こんな話をしだしたかというと、昨日興居島屋に福岡のご同業徘徊堂さん
が訪ねてくれたからだ。

 徘徊堂さんは極最近始業されたお店らしく、数年前までは西荻窪に住んでおら
れたという。男女お二人でやっておられるらしいが、どちらもにこやかで感じのいい
人たちで、ひさしぶりに出た「おに吉」を福岡のお店でも配ってくれるという。
 今まで、正式にお願いして設置していただいているお店としては倉敷の蟲文庫さん
が最南端だったが(私の友人タケやんにお願いした数部を除けば)福岡市内の徘
徊堂さんが「おに吉」初の九州上陸ということになる。

 徘徊堂さんはひょっとしたら今日はまだ帰られていないかもしれないけど、たぶん
遠からず、中央区大名のお店に「おに吉」がお目見えするはずである。博多在住の
方は是非徘徊堂さんへ。


 追記:  遅くなりましたが7月15日付けの毎日新聞夕刊で「おに吉」を紹介してい
ただきました。加えて希望する読者への送付まで請け負ってくださり、感謝の言葉も
ありません。


 このところ、かならずお勧め商品の画像をアップしているのですが、今日はちょっと
無理がありますが、「古き良き時代」からの連想ということで…


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 上々堂価格 2500円   sold out
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by shanshando | 2009-08-01 14:48 | ■原チャリ仕入れ旅■