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2010年 09月 29日

世襲

ジョン・F・ケネデイ・ジュニアって知ってますか?
1960年の生まれだと言うから、たまたま私と同い年ですが、
お気の毒に、39歳の時、自ら操縦していた飛行機が墜落、
奥さんやその他の親族とともに亡くなっています。

生きていたら将来のアメリカ大統領候補だったんですって。
昨今お隣の国の後継問題で心ある人は、さまざま苦々しい
思いをしているし、無責任かつ無関係な人は「馬っ鹿じゃな
いの~」とか思ってたりするわけですが、まあどこの国でも
こういう愚かしいことっていうのはあるわけです。

総じて女性のほうに世襲好きの傾向が強いのは、母性愛
と関係があるような気がします。
自分が生んだ子供が特別な苦労や努力抜きに安楽で豪奢
な人生を歩んで欲しい。ところが、具体的に相続してやれそ
うな財産や社会的地位というのもなければ、遺伝的な才能
にも自信がない……となれば、せめて夢想のなかにシンデレラ
的幸運を観ていたい。そんな感情が、女性の世襲好きを支え
ているように思えます。

勿論世襲好きは男性にもいますが、これはもうちょっと現実的。
知り合いに石原慎太郎将軍閣下のご子息の後援会に入って
いる人物がいて、興居島屋時代はどういうわけか縁もゆかり
もない私のところまで、おぼっちゃまからの賀状や暑中見舞い
が着ていました。おそらくは知人がかってに私の住所をおぼっ
ちゃまの事務所にご報告されたのでしょう。
まぁ、このくらいのことは届いたはがきをごみ箱に投げ込む
程度の手間で片付きますから、さほどの迷惑でもないですが、
この仁、たまたまお会いする飲み会などの席でお話すると、
「いやあ、ノブテルが、ノブテルが……」とこちらからすれば
悪酔いの原因にしかならないないような男の話を、まるで自分
の甥っ子の噂でもするみたいに連発するものですから、良識
ある人には眉をしかめられかねない悪癖なのですが、ご本人
からすれば、名にし負う将軍閣下の御係累と縁浅からぬ我輩
は、君達なんぞとは身分が違うのであるが、もしなんぞ困った
ことでもあれば云うてきたまい。懇意のノブテル先生に申上げ
て、よしなに取り計らわん。ってなもんなのです。

つまり女性の世襲好きは、夢想のなかにあり。男性の世襲好きは
あくまで現世利益を前提としているわけです。
これ、どっちが始末に負えないと思います?
私は圧倒的に女性のほうが始末に負えないと思うのです。
北朝鮮の国営放送には、大体おなじ男女一名ずつのアナウンサー
が出てきますよね。あのうちもしクーデターが起こった場合、反乱軍に
転ぶのはどっちだと思います。絶対男のほうですよ。あのおばちゃん
は絶対最後まで将軍さまマンセイに違いないです。
ナチスドイツ末期だって、結局最後までヒットラーに従ったのは、女
性的なゲッペルスですからね。

話がそれまくりましたが、一日も早くお隣の国があの異常な体制を
やめてくれますように。勿論戦争の脅威もありますし、そうなったら
そうなったで極東地域は更なる経済の悪化も覚悟せねばなりませ
んが、それ以上にこれからどんどんまた寒くなっていくあそこの国で、
満足な食料も与えられない子供がいることが心配でたまりません。
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by shanshando | 2010-09-29 13:50 | ■古本屋子育て日記
2010年 09月 26日

子乗せ自転車

去年の初夏、友人宅から中古の子乗せ自転車を譲って貰った。
法令が変わると聞いたからだけど、乗ってみるとけして安定性は
良くなく、なるほど地上デジタルとおなじく、業界振興だけを目的
とした陥穽であったかと…べつにそれに寄与したわけでもないのに、
義憤を感じつつも、このところは週に3日はそれを駆使して、西荻窪
から吉祥寺、どうかすると三鷹、武蔵境、阿佐ヶ谷、高円寺、中野く
らいまで走りまくっている。

乗り始めの去年はまだP子はほとんど喋らなかったから、沿道の
なにかにを発見しては質問してくるのは、おもに後部座席のQ子
だけだったが、この頃は前籠におさまっているP子のほうが口数が
多く、それがまた対称は変われど趣意は同じ質問の繰り返しだから、
とうちゃんはもう半ば歌うように同じ返事をくりかえす。
「パパ!あれ何?」
「うーん、よそのおうち。」
「違うよ、『ひとんち』だよ。」
どうやら家内は、おなじ質問にそう答えているらしい。
今や、営業地域でなくなったとはいえ、西荻窪はかつてのお客様の
家もたくさんある。子供の声は遠慮会釈なく大きいから、どこで誰の
耳に入っているともかぎらない。
「だーめ、『よそのおうち』って言うんだよ。」
「ちがうよ『ひとんち』!あれは?」
「あれも『よそのおうち』!」
「ちがうよ!『ひとんち』!」
もう、判っているなら聞くな!と言いたいが、公園なら公園、スーパー
ならスーパーに到着するまで質問は延々と続く。

かつてQ子が「なんで、なんで、なに、なに」の時期だった頃は、興味
の対象は花だったが、P子は建築物や駐車場など、それから動物に
興味があるようだ。善福寺川沿いを通るときは、「カモちゃん」を探す
ために立ち止まらずには許さない。

Q子の花好きは、実は私の恣意が入っていて、認識が成長し始めた
頃、散歩にでるとかならず季節の花の香りを嗅がせた。
とうちゃん自身名前を知っているものもあれば、知らないものもあるから
「あれなあに?」と聞かれて答えられない時も多いけど、彼女は父親が
花好きだと思っているらしく、大きくなったら花屋さんになると思い出した
ように言っていた。
言っていたと過去形なのは、最近はもうちょっと近い夢「年長さんになっ
たら」とか「学校になったら」が主題になってきているからで、だから今は
「大きくなったら何になるの?」と聞いても、もじもじしている。

急に秋めいて、でも日差しは結構暑い日もあるから、着せるものが難し
いけど、真夏の頃に比べれば、遠出が楽しい季節になり、今度の休み
あたりは、小金井公園にでかけよう。あそこにはレンタル自転車と練習用
のコースがあるから、Q子に自転車の練習をさせるのだ。本人はこの夏
水泳が上達したことで自信をもっているから、意外と早く補助輪を卒業す
るかしらない。
小学校のおねえちゃんになった時、もう補助輪なしに乗れていたら、自分
だけの自転車を買ってもらい。そうしたら「パパの後ろの席」はPちゃんに
譲ってあげるのだそうである。
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by shanshando | 2010-09-26 15:39 | ■古本屋子育て日記
2010年 09月 23日

夢二画集

中央通りを隔てた向こう側のNTTの建物、そのまたむこうにヒマラヤ杉の
巨木があって、目が疲れるといつも観るともなしに観ているのだけれど、
今日はその枝葉も白く霞んでいる。
雨気はすでに昨夜のうちから漂っていて、自宅の二階の窓から子供と中秋
の月を眺めた時は、未だ雲も殆どなかったけれど、風には確かに独特の
湿度が匂っていた。
せっかくの休日なのに、出かけるつもりでいた人もお気の毒だけど、客足
に影響するから、私もなんだか気が抜けてしまった。

今週は週の初めに明治の石版版の「夢二画集」を売って頂き、カバー欠で、
再販重版雑じりだけど、私家製らしき秩が付いていて、売値も28,000円
と安めに設定できたから、特別な好事家ならぬ、古書好き、夢二ファンの
お客様には丁度良いのではないかと、秋分の日の今日の来客を楽しみに
していたのだけれど、この雨では寂しいことになるかもしれない。

「夢二画集」はその春の巻が明治42年に出されて、夢二の初めての著書に
なるわけだが、初版千部はまたたく間に売れたらしく、重版を重ね、翌年
出た秋の巻からは、初版の刷り数も三千になっているから、当時にすれば
余程のベストセラーと言っていい。
希少なカバーが美品で付いていたら、揃いで数十万はするけど、そんな金が
あれば、円高の昨今海外にでも……というところですが、28,000円なら、
呑みに行くのを2,3回我慢すれば、充分買える額です。

私は特に夢二好きというわけではありませんが、やはりこの画集は石版刷り
の魅力もあって、眺めていて飽きが来ない本だと思います。

雨で遠出の予定が流れた方、是非ご覧においで下さい。

それにしても秋の雨は物悲しく、そんな気分を壊さない為にどんな音楽を
かければよいのか、さっきから迷っています。

ウチのQPたちは、母親に連れられ今頃アフリカンダンスを踊っているはず
ですが、秋雨にアフリカンダンス……ミスマッチやなぁ…。
父ちゃんのこしらえた焼き鳥弁当は何処で食べるんだろう?
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by shanshando | 2010-09-23 12:33 | ■古本屋子育て日記
2010年 09月 21日

ハイジ

だいたいロッテンマイヤーさんかドッペルゲンガーさんか知らんけど
根性悪は嫌いやねん。
パパだって、生き物、特に丸くて柔らかくて毛が生えているものは
苦手だから、井の頭動物園のモルモット抱っこのコーナーだって、
よう近寄らんけど、子供が可愛がっている動物を邪険に捨てさせたり
はしない。
まして、ハイジちゃんがおばあちゃんのために食事のたびにとってお
いた白パンを路上にぶちまけるなんて……、食べ物を粗末にすると
眼ぇがつぶれるのんを知らはらへんのやろか?
パパが神さんやったら、こんなん絶対バチあてたるわ!

ハイジちゃん観る!ハイジちゃん観る!とうるさかったわりに、ビデオ
が始まるとまもなく眠ってしまったP子の横で、「捨てられたミーちゃん」
の巻を観ていたQ子は、子ねこを捨てられた哀しさにゼーゼマン家を飛び
出したハイジが捕まるシーンでもう我慢ができなくなり号泣しはじめ、
なんとか慰めるべき私も、言葉を失いやはり号泣してしまった。

まぁ人生50年だった昔なら、私ももう天命のつきる歳で、幸いこのあいだの
検診でも尿酸値と中性脂肪が若干高かった他は憂いも無く、いまだ暫くは
生きてそうだけど、ボチボチ「子供還り」が始まっているのか、最近特に
涙腺が弱い。
普段は、「パパは怪獣よりおばけより強い」ことになっているのに、あんまり
実も世も無くワンワン泣いているから、Q子はビックリして泣くのも忘れ、
キョトンとしている。
ええのんかいな、子供が不安になるん違うかいな、そう思うのだけど、泣き
始めると、これがとめられない。
気がつくと、Q子も私も泣き疲れて眠っていて、枕元に置いていたホワイトラム
のグラスを片付け忘れていて、深夜帰宅した家内にエラい怒られたのでありました。
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by shanshando | 2010-09-21 12:50 | ■古本屋子育て日記
2010年 09月 19日

スローなの?

「ねえパパ最近お仕事休みすぎじゃない?」Q子が突然真顔で聞いた。

夏のあいだは一日に何度も、シャワーを浴びていたので、浴槽にお湯を
ためることも少なかったが、昨日薬局に行ったついでに、特売の「たん
かんの香り」という入浴剤を買ってきて、季節の変り目で変調している
身体を休めるべく、昼間から「ぬる湯の長湯」を敢行している時のこと、
「なんか、しょっちゅう家にいるじゃん。」
「そうだね、ママもお仕事に行くようになったし、興居島屋もなくなっ
たしね。………Qちゃんはパパがお仕事に行ってたほうがいい?」
「うううん」
「最近はお弁当もパパだけど、パパのお弁当とか、ご飯とか嫌い?」
「うううん、好き。」

長女のQ子は4歳の今年から2年保育の区立幼稚園に通っていて、幼馴染
たちがみんな3歳からの3年保育に通っているなかで、ひとりだけ
「来年からね。」を云われていたので、本人は親に面と向かっては云わ
なかったけど、本当は早く幼稚園に行きたくてたまらなかった。
その気持ちは私もよく感じられたので、3歳の頃は「パパ幼稚園」と
称して店に連れてきたりしていたから、興居島屋も上々堂も良く知って
いるし、「古本屋」という仕事の大概も心得ている。
「○○ちゃんのパパや、××ちゃんのパパは会社の人!」で、そういった
パパは背広やネクタイをつけて毎日仕事に行くけど、ウチのパパは大抵
ジーンズやTシャツで、朝早くは「買取」、そうして午後は掛け持ちで
興居島屋と上々堂。夜遅くならないと帰ってこない。
朝「買取」が無い時や、おやすみの日は遊んでくれるけど、家で一緒に
夕飯を食べるのは休みの日だけ。
ずうっと小さい時からそうだし、何故二つの店を行ったり来たりしている
のかも疑問に思ったことはない。
ところが、最近興居島屋が「ウチの店」じゃなくなって、ママが上々堂で
お仕事するようになって、パパが家にいる日が多くなった。
パパとは仲良しだから嬉しいけど、「会社の人」でもないのに、あんまり
「お店」に出なくって、それで大丈夫なんだろうか………??

お料理のお手伝いをしても、お洗濯物のお片づけを手伝っても、大人みた
いな「気働き」をして、コンビニなどのアルバイト兄ちゃん姉ちゃんより
余程「大人」なQ子は、裏返せば「心配性」でもあり。狭い家の中で、
親が不景気にため息をついているのを、聞かせまいとしても聞いてしまう
時もあり、これでは気宇が小さく育ちはしまいかと心配になる。

「あのね、パパはQちゃんが生まれるずうっと前からお仕事ばかりしてき
たの、それはもうお休みなんか全然なしで、お仕事だーい好き人間!
今でもホラお家に居たって、お料理したり、草引きしたり、いっつも
働いて、そいでお店はお店で前みたいにいっぱいじゃないけど行ってるで
しょ。」
「うん」
「パパはね、今はお店のお仕事はママに手伝ってもらって、そのぶん
いっぱいQちゃんやPちゃんと居たいんだ。ママもお店の仕事大好きだしね。
だから、Qちゃんなーんにも心配しなくていいんだよ。」
「ふーん」
わかったのか、わからないのかは判然としないけど、Q子はまた別のなにか
を考えている様子。
話している私のほうは、話しながら………
「そうか、意識してなかったけど、こういうのは所謂スローライフってこと
になるのかしら?」などと考えていて、
ちょっと「流行りもの」に乗せられている感じで恥じくさいのでありました。

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手前Q子 奥P子
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by shanshando | 2010-09-19 13:11 | ■古本屋子育て日記
2010年 09月 14日

ちえんいきたい

2歳のP子はこの夏、急速に語彙を増やした。
もともと姉のQ子に比べると、身体的には活発だけど言葉はゆっくりで、
1歳だった去年はまだほとんど会話らしい会話がなりたたなかったが、
お正月前後から急速に喋り出し、今では独り言も含め一日中何事か
語っている。
今は「あれなあに?」の連発期の最中にあって、なんでも「イヤだ。
イヤだ。」が混じり、世界対自我の関係を手探りしている感じである。

夏は子供が急成長する時期なのか、お姉ちゃんのQ子はプールに「お
べんきょう」に彼女なりの躍進を遂げていて、いつもそれにくっついて
いるP子も刺激をうけて、お姉ちゃんの夏休みが終わると、
「わたしも ちえんにいきたぁーい」と言い出した。

「ちえん」というのは、言わずもがなだけど、ようちえんのちえんで、
実はP子の名誉のために言っておくと、そういう言葉を使ったのは、
はるか昔の一月半ぐらい前までだけど、パパゴンの好みで今でも
時々あえてそう問いかけている。
教育評論家なんかに言わせると、幼児語で親が話しかけるのはダメという
ことだが、大きなお世話だ。こっちは自他ともに認める馬鹿親馬鹿で、
馬鹿の二乗世界的にはそんなの全然OK。

とにかくP子は今「ちえん」に行きたくてたまらないのだ。
ただ、彼女が「ちえん」をどういうふうに理解しているかは謎の部分が
あって、家内に言わせると、「それは私と一緒に行く園庭開放をイメージ
して云ってるんだよ。」とのことだが、私がそうとばかり思わないのは、
お姉ちゃんがいつも一緒に遊んでくれるお陰で、ずっと同年の子供に
無関心だったP子が、最近同年の子や、さらに小さな子にも関心を持ち
始めているように思えるからだ。

積極的に他の子と遊ぶお姉ちゃんを介して、世界を傍観の対象として感
じていたP子が、自分をドラマの中心におきはじめているのではないか?
公園で同年の子が保育園の先生と遊んでいるのを、遠巻きに羨ましそう
に見ているし、街で自分より幼い子を見かけると嬉々として、「あっ!
赤ちゃんだ!」と叫び、「可愛いねえ」と続ける。そうしてどういうわ
けか自分を「Qちゃん」と呼ぶようになった。

「えっ?君Qちゃんなの?じゃあPちゃん何処行ったのよ?」ときくと、
すかさず空を指差す。
「おいおい、パパの大事なPちゃんがお空行っちゃったら、パパ困るよ。」
というと、じゃあこっちとばかりに今度は地面を指差す。
「だめだめ、下もだめ。Pちゃんはここでしょ。」とちいさな鼻の頭を指
差すと、心外そうに自分でも自分の鼻を指差し、
「だめ、これはおねえちゃん、Qちゃん!」
なるほど、P子にとってお姉ちゃんになることがイコールQ子になること
らしい。

うーんん、うむむむ。まぁ大騒ぎすることでもないけど、親としたら
ちょっと複雑。この現象のうしろに隠れているP子の心理をもうすこし
知りたい。

0歳児の時からほぼ毎日同年の友達と遊ばせていたQ子は、あっさり一時
預けの保育室にもなじみ、幼稚園も大好きだけど。P子は集団生活になじめる
かしら?

まあ集団生活なんて自慢じゃないが、今年50になった私だって苦手だけど、
まあ死なない程度には生きているから、大問題とも思わんけど、Q子に与えて
きた体験をp子に与えないというのは、親としてすまない気がする。

p子もどこかの一時預け保育を体験させてやろう。普通の保育園に入りたくて、
入れない待機児童が問題になっている時に贅沢な悩みかもしれないが、幼稚園
は例え3年保育の私立を選ぶにしてもまだ間があるし、第一ウチは歩いて5分の
区立幼稚園の2年保育にお姉ちゃんもやっている関係上、p子にも同じ園に行って
もらわないといろいろ困るのだ。

とりあえず、今年ののこりと来年はどこかの保育施設の一時預けで幼稚園の予行
演習をさせ、再来年から区立幼稚園!これが一番ベストなのだが、実は杉並区の
区立幼稚園は「こども園化」という計画が役人の都合で拙速に進行しており、
これは、幼稚園クラスを3年にするとともに、保育園的託児機能も付加しようと
いうもので、施設の大きさはそのままだから、一学齢あたりの定員が減り、こう
なるとp子は区立にも入れないかもしれない。

保育園待機児童は社会問題として話題になっているから、役人達は何が何でも
それを解消しようと躍起なのだ。たとえそのためにワリを食う少数の子供が出
たって、そんなことはおかまいなしというわけだ。

話が横道に逸れたというか、ちょっとずれてしまったけど、とにかくp子の
「ちえんいきたい」熱はますます高まっているんだけど、なかなかに前途多難で
父ちゃんはますます頭を抱え込んでいるのであります。
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by shanshando | 2010-09-14 13:34 | ■古本屋子育て日記
2010年 09月 12日

パパゴニアの煩悶

4歳のQ子は今のところ、朝パパとする「お勉強」をある程度楽しんでいる
ように思う。
こちらがうっかり寝過ごしたり、勉強前にする朝食の下ごしらえが手間
取ったりすると、「ねえ、まあだ?」と催促しにくるから、少なくとも
嫌いじゃないようだ。
でも、やはり巧いぐあいに進まなかったりする時は、じれたりもしているが
そういう場合は大抵私のほうがことを急ぎすぎている時で、子供の視点に立つ
努力を怠っている。

大体がひらがなやカタカナの読み書きや、数字に対する認識なんて、本当は
抛っておいたってやがて身につく、「お受験」でもするなら成果重視にならざる
を得ないだろうが、ウチは若干目的が違う。

新しく柔らかい脳に、順序を考えながら物事を刻み込んでいく作業は、逆に
老化の一途で強張っている私自身の脳のリハビリになる。
つまり一方的に教えるというよりは、世界を認識していく過程を同時体験して
いるわけだから、本当は判っているつもりだけかもしれないこちらが性急に
なることはもっとも意味のないことだ。

なによりその時間が楽しいものでなければ意味がない。
Q子が眠い目をこすりながらも催促にくるのは、小さな妹や仕事にとられっぱなし
の父を独占できる時間が毎日約束されているからで、その気持ちに答えるためにも、
パパゴンは「お勉強」を楽しくする決心をこめて、この時空間を「パパゴニア」と
名付ける。
なんか南洋の楽園っぽいでしょ。

さて、ここ数日はずっと時計のお勉強である。
実を言えばこれこそ無駄の最たるものといえばその通りで、本当はそのうち勝手に
憶えるはずなのだ。
私は自分自身が幾つから時計が読めたか忘れたから、ためしに私より18若い
家内に憶えているかと聞くと、
「5.6歳の頃にお母さんに教わったけど、いっぺんに憶えちゃったよ」とのこと、
どんな教わり方?と聞くと、
「短い針がさしている数字が時間で、長い針が指しているところが分を表す……」
……なるほど、まぁそうだよね。でもさぁ、数字の認識ということと絡めると、
時計というのは、もっと複雑な問題を含んでいるよね。60進法を基礎にしていると
はいえ、表記は10進法で行うし、そこに12進法が関ってくる……
まぁ、たしかになんにもそんな複雑な問題を幼児に押し付けずとも、まずは機械的
に長い針がここで、短い針がここなら3時半とかそれでいいじゃんってなもんだけど、
それじゃあ、あんまりつまらなくないか?

学問というものは、「憶える」と「考える」がセットになってはじめて楽しいもので、
「考える」は「合理的思考」と「抽象的想像」の二つの要素で出来ているが、成長と
共に「合理的思考」のみが重視されるようになり「抽象的想像」は詩歌や芸術の世界
だけでしか重要視されなくなる。本当は数学や物理、化学などの世界でも「抽象的
想像力」がなければ行き詰るはずだと思うのだけど、どうも日本の幼年教育では
その辺が硬直しているように思える。
私自身、あの忌まわしい「九九」以来算数が嫌いだったけど、中学に入って「幾何」に
出会い、若干数学好きになった。「幾何」には「抽象的想像力」がつけこむ隙間が
あるように思えたからだ。(勿論当時はそんな言語で意識はしなかったけど)。

幼いQ子の脳は「憶える」作業がルーティンで繰り返されると活性を失い、脱線して
想像力の領域に遊ばせると再び活性するようだ。
「脱線」というと、学生時代、さまざまな教師がかならず持っていて、いざとなると
飛び出す「ひとつ話」を思い出すが、今言いたいのはそういう「つまらない余談」で
はなく、あくまでその時の学ぶ対象を話題にした「楽しい話」のことで、相手が幼い
子供のばあい身体的な表現、視点や視座のシフトなどが有効なように思える。

などなど……、Q子のちょっとした行き詰まりを良いことに、今は却って話を天体の
運行にまで広げてみたり、秒針にあわせて手を叩いてみたり、まついのりこさんの絵
本に少し味付けをして、チビとノッポとヤセッポチの話を私なりに作って熱演したり
している。肝心といえば肝心かもしれない時計の読み自体は未だかなり怪しいけど、
それはまあどうでもいい。だって本当は抛っておいたって勝手に憶えるんだから。
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by shanshando | 2010-09-12 15:10 | ■古本屋子育て日記
2010年 09月 10日

恥ずかしながらキャラ弁です。

季節の変り目が突然やってきたせいか、それともこの夏が暑すぎたせいか、
周辺に体調不良者続出。私自身も消化不良をともなう胃痛と、頭痛その他
で苦しみましたが、睡眠時に腹巻をつけてみたらなんとか復調したようです。

まだ残暑が戻ってきそうな気もしますが、とりあえずできるだけ冷たいもの
をひかえ、食べ物も身体を冷やしがちなものを避け、今朝はご飯も玄米に
してみました。
勿論お弁当も!
下の写真は今朝Q子に持たしたお弁当です。念のため丸顔はアンパンマンです。
著作権は……いいんですよね。この場合。どうだろう?

アンパンマンご飯は判りにくいですが、玄米に浸し豆を炊き込んであります、
あと、おかずはカボチャの煮つけ、サトイモのコンソメ煮、塩鮭です。
いつもは大抵白米が多いのですが、秋は玄米の季節。いやなんとなく香ばしい
風味が秋の食べ物に合う気がして…。

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by shanshando | 2010-09-10 12:43 | ■古本屋子育て日記
2010年 09月 09日

父子家庭な日

二歳のp子がだいぶんお姉ちゃんになってきたので、最近では夜の
寝かせつけも絶対ママでなければ…ということがなくなってきて、
それだから、かねてより店の仕事をしたがっていた家内が店に入る
日が増えている。
もちろんその間は「ベビーシッターを雇う…」なんてことじゃなく、
父ちゃんが家で「ママのかわり」をするわけだ。
今のところアルバイトさん週1日、父ちゃん週4日。母ちゃん週2日
の割合だが、父ちゃん母ちゃんの比率はやがてイーブンになり、遂
には母ちゃんの日が多くなるかもしれない。
出張買取や市場出品などは、まだまだ父ちゃんだけの仕事だけど、
そのうち母ちゃんがとってかわるかもしれない。
そうなれば、父ちゃんは役所に出す書類などにも「主夫」あるいは
「無職」と書くことになるだろうか?
楽しみである。
家事というのはもともと性があってるような気がするし、子供の相
手は家人よりも多分私のほうが好きなのだ。

性があっているなんていうと、まるで家事百般はお手の物という誤解
をされそうだが、料理以外は自分でもあまり優秀とはいえないことを
知っていて、だから今はまだいい所「家事見習い」程度で、とても
「主夫」の名はおこがましい。
長女Q子の幼稚園の登園は以前から極力やっているけど、ただもう手を
ひいて連れて行くだけのことで、バザーの準備だ。保護者会だ。などと
いう込み入ったお話は全部家内まかせ。
まんざら馬鹿でもないから、事情を把握すればそれらにも対応するのに
吝かでないけれど、なにしろ他の園児の父兄でそういう場所に参加して
いるのは9割がたお母さんで、しかもどうかすると若い人は私の子供でも
おかしくないくらいだから、どうしても引いてしまうのだ。
まぁ、徐々に慣れていくしかないね。

今日は初めて、Q子のお弁当を作った。
いつもは朝食までは私が作っても、お弁当は手を出さなかったのだけど、
今日は家内が疲れて起きてこないせいもあり、ついに初チャレンジ。

いや実は、一昨日ちょっとした契機もあるにはあったのだ。
一昨日、やはり疲れて寝坊した家内がてんてこ舞いで作ったお弁当が
少し多かったようで(彼女自身ちょっと多いかもと言っていた。)
Q子は全部食べられなかったのだ。
最近の幼稚園は私が通っていた頃の半世紀ちかく前のように「食べられ
ない子は居残りさせてでも食べさせる。」とか、「残したおかずは
食べられるようになるまで翌日もその翌日もずっと入れてやってください。」
なんてことは云わず。「食べられる量だけ、好きなものを入れてあげて
ください。」とこれはまた妙にやさしい。
まぁ妙なスパルタはイヤだから、ウチでも家内が量や中身を考えているけど、
子供の食べる量にはむらがあり、昨日馬鹿に良く食べたからと思って
多い目に入れてやると、案に相違して「お残し」をする。
親はその日の様子を見計らって予想を立てなければいけないのだが、一昨日
は製作者本人も予言していたぐらいだから、畢竟これは多すぎた。

「今日は、お弁当が多すぎて、全部食べられなかったお友達がいます。
『食べられるモノを、食べられる量』だけ入れてあげてください」
まぁ恐らく幼稚園の先生にすれば「お残し」ぐらいは日常茶飯事なのだと
思うけど、その日は「お迎え」の時にわざわざそう云われた。
あきらかに「食べられなかったお友達」はウチのQ子のことで、しかも入園
当時に何度も云われたことを改めていったのは、普段に比べて極端に多かった
量と、このところになって登園、降園ともに私が行くことが多くなったことから、
「きっとあそこん家では、父ちゃんがリストラかなんかにあって、弁当作り
も父ちゃんがやるようになったに違いない。」と思われたに違いない。

べつにリストラはいいのだけど、子供が食べられない量を無造作に押し込んだ
と思われるのは心外だ。普段、朝食でもなかなか進まない子供たちの咀嚼を
手を変え品変えして促しているのは私なのだ。子供が食べる量くらい把握している。

まぁ、そんなこんなで今日は意地もこもったお弁当作りだったのだけど、普段
家内が作るときはお握りをサッカーボール型にしたり、ハートマークの海苔を
のっけたりしていて、そのための秘密兵器があるのも知ってはいるのだが、
そこは人真似嫌いの性格で、独自の「民芸風おにぎり」を入れてやった。
「エエッ!民芸風なんてかわいそう!」と遅く起きてきたくせに家内は批判したけど、
みちのくの民芸人形風に「おこりん坊」と「泣き虫」を模った小さなお握りは、
なかなか可愛いし、なにしろ海苔の貼り付けを手伝わせたので、Q子は大満足!
おかずはカボチャの煮つけと玉子焼き、キャロットグラッセとチーズ。
ああ、全部食べてくれただろうか?もう店を閉めて見に行きたい気持ちの父ちゃん
でありました。
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by shanshando | 2010-09-09 13:52 | ■古本屋子育て日記
2010年 09月 02日

腕白礼賛

昭和35年生まれの私が、小学生だった頃にTVのCMで、
「わんぱくでもいい…逞しく育って欲しい。」というのがあった。
ハム屋さんのコマーシャルで、三船敏郎さんが白いTシャツ姿で
出てた気がする。
いわゆる「ゆとり教育」が議論されはじめた頃で、(実施は随分
後だけど…)世間的にもそんな風潮だったのだろう。
経済的には高度経済成長が失速して、それでもなお「安定成長」
とか言われて、大人たちは銭儲けに忙しく、
「子供なんて、ほっておきゃ育つよ…」とは云いにくいけど、
「まあ、わんぱくでもいいから元気で、健康に育ってくれりゃ、
それでいいよ。ねえ、手が罹らないのが一番。エートそれより銭儲
け銭儲け。」という感じで、そういう流れの中でやがて少子化時代
がやってくるわけです。「あっそーか、面倒なら造らなきゃいいん
じゃん!」ってわけです。

そういう時代にあって、自慢じゃないがその頃の私は本当に元気の無い。
つまり腕白でもないかわりに逞しくもない。家の中で本ばっかり
読んでいて青白く、たまに追い立てられるように外に遊びに行くと
泣かされて帰ってくる。高学年になると姿勢が悪いから肩こりが
酷い、まぁ大人から見ればこれ以上はないほどイヤな子供でした。
本を読んでいるから成績がよかったかというと、これも得意な科目
だけが少しましで、音楽と体育のある日はもう学校にいくのが辛くて
辛くて、給食もなかなか完食できないし、休み時間はどうすごしたら
いいかまるで見当がつかない。人生がもう一度やり直せると言われて
も、小学生時代だけは絶対パスしたいと真剣に思ってます。
父親なんかそういう私を露骨に嫌ってましたから、自分でも自分が
好きになれるはずありません。

そんなふうに世間や親の「腕白礼賛」をひがめで見ながら育ったクセに
私も親になるとつい「腕白礼賛」をしちゃってるのに最近気づきました。
ご都合主義ですねー。馬鹿ですねー。
やだやだ。まぁ時代に関係なく大人は「手の罹らない子供」が好きなんだ。
だって子供って本当に邪魔臭いもん。
でも邪魔臭かったらはじめっから造らなきゃいいんです。お国がなんと言おうと…。
でも、もうできちゃった子供なら一生懸命付き合わなくっちゃ…。
しんどいけどね。

Q子P子、今朝もご飯せきたててゴメン。本当はおとうちゃんもご飯なかなか
よう食べれんかったのや、でも、やっぱりちゃんと食べんと病気になるから、
食べてほしいけど、まぁ無理な時もあるよな。神さんバチあてはるかもしれんけど、
その時はおとうちゃんも一緒にあたっておくから、まあボチボチ頑張ろうね。

なんか、子供の本をずっと扱ってきて、子供の気持ちわかるつもりだったけど、
やっぱり実際に子供をもつと大分視点が変わりますね。もっと絵本以外の児童書も
頑張るかなぁ…。
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by shanshando | 2010-09-02 15:21 | ■原チャリ仕入れ旅■