上々堂(shanshando)三鷹

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2011年 01月 28日

夢に侵犯するもの

 「畜生!ゼッテイ ぶっ殺してやる!」
深夜の住宅街、原付バイクの私が追い抜く直前、並走している自転車の影が
突然そう叫んだ。見ればティーンエイジャーの少年が一人、青ざめた顔つきで
立ち漕ぎをしていた。
 一瞬ドキッとしたが、考えてみれば私は遥か後ろから所用あって走ってきて
偶然彼を追い抜いたわけだから、私と競争して負けたと思い込んで叫んでいる
わけでは勿論ない。
 そんな無邪気さを今年50歳になる私が、あのくらいの年齢だっ時には、持っ
ている同級生もいたかしらないが、今の子どもにはあまりいないだろうし、
ましてや、その子は眼鏡をかけた華奢な体型で、どちらかというとそういう肉体的
というか運動的というか、そういうプリミティブな闘争心に我を忘れるタイプでは
なさそうだ。

 イヤ、正確にいうとじつは今の子どもはヴァーチャルな世界、つまりゲームの
中で、そういう闘争心を養っているらしく、その昔私が勤めていた肉体労働の
現場にやってきた同僚の中にも、「もし、ロシアが攻めてきたら、俺なんか絶対
ブレンバスターでやつっけてやりますよ!」などと割と真剣な面持ちで言う、格闘
ゲーム好きの少年がいた。
 もう20歳をいくつか越していたとは言え、まだ少年としか言いようのないその子
の幼さは、半分大人の狡猾さにも染まっていて、まことに醜悪なものだったが、
それを醜悪と感じる私の神経にも、似たり寄ったりの醜さがあり、それ故同族嫌悪
的にそれを嫌っていたことは明白だ。

 村上春樹がイスラエル賞の受賞の折言った「卵と壁」の比喩は、リアルな戦争と
か宗教、民族問題など、あるいは経済格差社会の諸問題の前で翻弄されている
弱く脆い「個」たちと、翻弄する側の体制の関係に関して言ったものだが、
 私が本当に危機感を感じるのは、心の中に巣食い、人間の夢を蚕食するモンス
ターだ。
 ゲームに限らず、TVや漫画、アニメ、映画、はては児童読み物のなかにまで、
そういったモンスターを人間の意識の裏側に注入しているものが数多くあって、
以前にも書いたけど、ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」という秀逸なファンタ
ジーがハリウッド資本という「壁=モンスター」の手にかかると、醜悪な夢魔の注入器
に変わってしまったのはその顕著な例だと思う。

 これも何度も書いていることだが、私がどんなに不景気になろうと、ゲームやある種
の漫画を扱いたくないのは、そういう「壁=モンスター」に加担したくないからだが、本
当はそんなことを感じている大人は私だけではけしてないはずだと思う。
 TVなどではしきりに「子どもたちの心の荒廃」を問題にするし、政治家などもお題目
のようにそれを述べるけど、けして本気でそれに立ち向かおうとしないのは、それらが
市場原理優先社会においては正義とされてしまうからだ。
つまり、外貨を稼いでくれる アニメやゲーム産業を悪党にする事はできないわけだ。

深夜の虚空に向かい、「ゼッテェ、殺してやる!」と叫んでいた少年はの怒りは、本当は
誰に向かって放たれたものだろう?
 塾や学校の友達かもしれないし、親や先生かもしれない。誰にしろ、彼は本当にその人
を殺すのだろうか?「そんな程度の悪態は普通にみんな言うじゃないですか?」そういう
ふうにしたり顔をする大人もいるだろう。しかし、本当に銃弾が飛び交う戦場や暴力が日
常化している土地で吐かれる、そういう「日常語化した悪態」と違って、この平和な日本で
吐かれるそういった空虚な悪態は、いっそぶきみで怖く、悲しい。
 そういうぶきみさ、異常さ、悲しさに耳や目を蓋して、大人自身も「壁=モンスター」から
配給される「既成品の夢」に無批判に心を侵犯されるにまかしている潮流は、もう止めれ
ないものなのか?
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by shanshando | 2011-01-28 07:30 | ■古本屋子育て日記
2011年 01月 27日

チーズケーキのおはなし

 これからちょっとチーズケーキの起源について話そうと思うんだけど、
できれば、これはやたらにいろんな人に話して貰いたくないんだ。
断っておくけど、僕が話すのが眉唾もののでっちあげだからだなんて
おもわないでくれ、これは勿論正真正銘の本当の話なんだ。
 だけど、世の中にはどうしても自分の意見に固執したい人や、自分
の狭い見聞がただの偏見にすぎないと認めたくない人が大勢いて、
僕としては、そういう人と余計な水掛け論をしたりして悶着を起こすの
はごめんなんだ。なにしろたかがちっぽけなお菓子の起源についての
ことなんだから、目くじらをたてる必要なんて全然ない。…そういうわけ。

 さて、そんなふうに自分がこのお菓子についちゃ一家言もっていると信じ
ている連中に話を聞くとかならず持ち出してくるのが、古代ギリシャのオリン
ピックのことや、ポーランドのトゥファルクのことなんだけど、問題は誰が
ギリシャ人やポーランド人にそれを教えたかってことさ。
 だってそうだろう、漠然とギリシャ人とかポーランド人なんていったて、一体
当時ギリシャやポーランドに何人の人が居たと思う?

 さてさてさてのさて、話は中世のポーランドはおろか、古代ギリシャより
もっともっとずっとさかのぼる。

 昔々の昔のむかし、太陽系を作った神様はとてもヒマだった。
なにしろ、はじめにちょっとしたインパクトを与えただけで、後はプカプカ宇宙
空間に浮かびながら、居眠り半分に見守っているだけで勝手に出きってちゃ
ったんだから、電子レンジで料理するのとちっとも変わらない。
 居眠りに飽きると、出来かけの星を的に輪投げをしたり、気が向くと銀河の
乳状ガス雲から生成した、ミルクやチーズを食べたりして過ごしていた。
本当は神様なんだからなんにも食べなくたって平気なんだけど、この神様は
結構食いしん坊だったんだ。
 銀河の乳状ガスというのは、ほどよく甘味もあって、お腹にもたまらないから
もってこいのおやつだったわけさ。

 本当に神様ってえのは気長なもんだから、僕らならとても我慢できない長時間
を、それっきりのお楽しみでもやりすごしていたんだけど、ある日ついに飽きてし
まった。
 「もうたくさんだ。いったいいつまでこんなことを!」
 叫びながら神様は左手に持った輪投げ用の輪と、右手に持ったチーズの塊りを
乱暴に投げ出した。
 たまたま その時彼は木星と火星の間の小惑星群のあたりに浮遊していたんだ
けど、投げ出した輪っかのほうは木星の軌道を跳び越して土星にひっかかり、
チーズの塊りは小惑星にぶつかっては粉々に砕かれて、その頃まだ燃え盛って
いた地球のマグマの海にむかって飛んでゆき、噴出していた熱に焙られてこんがり
焼けてから、跳ね返ってきてその幾つかの破片が神様の口に飛び込んだって言うわけ。

 わかる?わかるよね。これがベイクドチーズケーキの本当の始まりさ。
たまたま焼けたてのそれを食べた神様は、始めはさすがにびっくりしたけど、やがて
その美味しさにニンマリ。小惑星群の中を飛び回って、急いで残りを食べつくしちゃった。
勿論破片の数はあまりに多かったから、全部を食べつくせたわけじゃない。
 いくつかは小惑星群にまぎれこみ、今でも太陽の周りを回っているし、
地球の傍にもほら、一個夜空を見上げると残っているでしょ。
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by shanshando | 2011-01-27 13:23 | ■古本屋子育て日記
2011年 01月 24日

プラネタリウム

黄色い傘が言いました。
わたしはなぜ赤い傘ではないんだろ?
もしも赤い傘だったなら、じゃぶじゃぶ水たまりをかきまわしたり。
ぶるぶる葉っぱをたたいたり、そんなことはしないのに。

青い傘は考えた。
もしも僕がロケットなら、黒い雲を突き破り、
成層圏も飛び越えて、宇宙人と友達になる。

赤い傘は夢を見た。
もしもわたしが絹の日傘だったなら、
つんとおすまし、お洒落して、青い空に映えるだろう。

さて、黒い傘はなんにも言わず、考えず、夢も見ない。
玄関の傘立ての中で、ホコリにまみれてむっつり、
よく見ると、小さな穴がいっぱい開いている。
これはね、昔むかし、コウタがまだ幼稚園の年少さんの頃、
とうさんが作ったプラネタリウムなんだ。

はじめは偶然開いた穴を太陽にかざして見ていたとうさんが、
その夜、他にもたくさん穴をあけ、裾のところに黒い布をつけたして、
弟のブンタが生まれてから、かあさんと寝られなくなった、おにいちゃん
のコウタのために作ったプラネタリウム。
定員はお二人様。部屋のまんなかにあおむけに寝そべって、
弱めの電燈に向けてひらくと、真っ暗な宇宙に2人でいるような気がするよ。
とうさんはこの中で、昔々の神話やら、宇宙ロケットの話まで、いろんな話
を聞かせてくれた。
コウタはやがて年長さんになって、それから小学校に入ったころ、とうさんは
「たんしんふにん」で中国に行った。帰ってくるのは、半年に一度。

なんで大人は働くのだろう?「働くことは楽しいよ」ととうさんはいうけど、
他にだってたくさん楽しいことはあるのに。
なんで大人は働くの?
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by shanshando | 2011-01-24 12:42 | ■古本屋子育て日記
2011年 01月 23日

胡麻入りのキネミ

 どんなに陽気で楽天的なひとにだって、完全に、なんの疑いも無く
「自分が好き!」と言えない日があるものです。
故郷の村サマンバを出て3年め、ついに今年もブニムはお正月を
この町で過ごさざるを得ませんでした。

 地球を半周回ってやっと着いたこの町は、ブニムがまだ故国で
いろんな種類のレイヨウの群れを観察する学者の手伝いをしていた
少年時代に、その学者が持ってきていた外国の雑誌で知って、
「いつかはあの町に……。」そう願い続けてようやくやってきたのです
から、嫌いであるわけはありません。
メタリックで清潔な建物、洒落た洋服に身を包んだ人々、便利な
機械のかずかず。そういったものが、こども時代と変わらずに、
ブニムの心を浮き立たせてくれます。

 しかし、さすがに3年でもう七つ目の仕事をくびになったとあれば、
さすがのブニムも笑ってばかりはいられないのでした。
 
 七つ目の職場は、町外れにある病院で、そこでブニムに与えられた
仕事は雑役夫。長い長い廊下を掃除したり、100個以上ある部屋の
ゴミ箱を空にして回ったり、時には広い駐車場の整理係に駆り出される
こともありました。
 ブニムの属するレナンガ族は、古い時代からさまざまな種類の動植物
たちが、増えすぎて全体のバランスを壊していないかを観察し、合理的
な狩りをおこなったり、サバンナに点在するオアシスの環境を昔ながら
のやり方で観察したり、夜空の星を観察して、未来に起こることを予測し
たり、とにかく故国でも最も冷静で理性的な種族として知られていましたし、
なかでもブニムは生まれつき高い計算能力を持っていて、それはレイヨウ
の観察をする外国の学者のあいだでも話題になるほどでしたから、雑役
の仕事はけしてブニムにぴったりのものとはいえませんでした。
 しかし、ブニムがそれまで体験したいろんな職業より、この仕事を愛して
いたのは、それが間接的にしろ命に奉仕する仕事だったからです。

 ブニムは、消えかかっている命の火を理性的で冷静に助けようとする病院
のスタッフたちを尊敬していましたし、できれば、そう、生活にもう少し余裕が
出来たら、この国で医療の勉強をして、故郷のサマンバにも、こういった病院
が建てれないものかと、真剣に夢見てるほどでした。

 しかし現実は厳しく、結局ブニムは新年早々解雇を言い渡されてしまったの
です。しかもその理由は、どう考えても不当なものでした。
 この国の人々もやはり、総じて冷静で理性的なのですが、中にはブニムの
ような毛色の変わった外国人と接することがあまり得意でない人もいたのです。
 特に医療のおもな対象となりがちな、お年寄りの中には、そういった偏見を
持っている人が多く、彼らは病院のそこここに出入りして働いているブニムを
警戒のまなざしで見つめ、ついには「わけのわからない外国人のスタッフを
雇い入れるな!」という抗議を院長のもとに送りつけたのでした。

 ブニムは解雇を言い渡されてから4日間、どうしても元気を取り戻すことが
できませんでした。それは楽天的な彼にはめずらしいことでした。
 仕事をしていた時は、故郷の町でもそうしていた通りに、夜明けとともに起きて、
仕事にいくまでの時間を勉強にあてたり、故郷やこの国のさまざまな友人たち
に手紙を書いたりするのにあてていましたが、それも今はする気になれません。
新しい仕事を探しに行く元気も出てきません。まったく死期を悟った老レイヨウが
静かに群れから離れて暮らすような、そんな気分です。
 「ああ、もう故郷に帰ってしまおうか…。」ともすると、そんな弱気に取り付かれて
しまいがちです。

 しかし、5日目の朝、ついにブニムは立ち上がりました。
「いつまでこうしていてもしようがないさ、今日はひとつ胡麻入りのキネミを作ろう!」
 キネミというのは、レナンガ族が昔からお正月に食べる伝統的なお菓子で、
体や頭の働きにも良い効果をもたらしてくれるので、レナンガ族は一年の魔を払う
ために必ず作って食べるのですが、今年はお正月も仕事が忙しかったので、作れ
なかったのです。
 胡麻の粉に小麦粉、砂糖に塩、マーガリン。材料はすっかり台所にあります。
ブニムはキネミを作る時の習慣として、まずシャワーを浴び、体を綺麗に清めてから、
それらの材料を混ぜ合わし始めました。
 一時間後、一人で食べるのには多すぎる量のキネミが出来上がりました。
 ブニムはその中から自分のための少しを取り分けて、残った全部を大きめのお弁当
箱につめて、病院に出かけました。
 まったく不当な理由で解雇になった病院でしたが、そこにはたくさんの仲の良い仲間
たちがいます。その人たちにこのキネミを食べてもらおうと思ったのです。

 まだ仕事に通っていた頃と同じように、自転車にまたがり、冷たい風を切って、ブニムが
町はずれの病院に着くと、そこはあきらかにいつもと違う様子でした。なんだかみんな
顔色を変えて右往左往しているのです。
 
 ブニムは顔見知りの駐車場係に、話しかけました。
 「やあ!ブニム、今度はとんだことだったね。新しい仕事はみつかったかね?」
 「いえ、まだなんですけど。今日はいったいどうしたと言うんです?あの冷静な
士長さんまでが走り回っているところなんて、始めて見ましたよ。」
 「ああ、なんでもコンピューターのシステムが壊れてしまったらしい。最近じゃ
なにもかもコンピューターだのみだからね。カルテまでがうまく見つからなくなって、
この騒ぎだよ!」
 「患者さんたちの中では、急いで視てあげなければいけない人もいるでしょう?
大丈夫なのかなぁ?」
 「今、地下の倉庫じゃ、事務局の人たちが大騒ぎだよ。」

 そこへ、院長先生が通りかかりました。
 この人は、少し気の弱いところがあって、不当な苦情に負けてしまい。ブニムを
解雇してしまいましたが、実のところ誰よりもブニムの優れた能力を認めている
一人でした。
 「ああ、ブニムじゃないか。今度は本当にすまなかった。あんな仕打ちの後で
こんなことを頼むのは本当に気が引けるけど、地下室に行って事務長さんを助け
てやってくれんかね。あの人は目が遠いから、カルテを見つけるのが大変なんだ!」
 「わかりました!院長さん任せてください。僕の目はハゲタカよりもよく見えて、
レイヨウよりも用心深いです。」

 ブニムは大急ぎで地下に行き、事務長さんを助けて、瞬く間に滞っていた仕事を
片付けてしまいました。
 「ありがとう、ブニム。くびの件では何にも助けてやれなかったというのに、その上
こんなことまで頼んでは悪いんだが、今度は計算課に回って助けてくれんかね。
あそこじゃここ以上の大騒ぎなんだ!」
 「勿論です、事務長さん。僕は電子計算機より早く計算して見せますよ!」
 ブニムは今度は大急ぎで、計算課に走り、今までコンピューター頼みで、計算機
さえ上手に操れなくなっていた計算課の人たちの仕事をたすけました。
 その仕事の速いことといったら、一通り計算マニュアルに目を通しただけで、すぐに
その内容を覚え、後はすべて暗算でテキパキ片付けていきます。あまりにその手際
が早いことを怪しんだ職員の一人が、マニュアルと計算機を首っ引きで確かめてみる
と、ブニムの計算は寸分の狂いもないことがわかりました。
 
 大変だった一日もブニムのおかげで、なんとか無事終えることが出来。外来の患者
さんたちがすっかり帰ったあと、職員たちは結局今日は昼食さえとっていなかったことに
気がつきました。
 「みなさん、よかったらこのお菓子をどうぞ、これは僕の国のお正月のお菓子でキネミ
って言うんです。」
 みんなは暖かいお茶を片手に、粉砂糖のたっぷりかかった甘~いお菓子に舌鼓を
打ちました。
 「う~ん、この胡麻の香り、この甘さ!心まで癒えるようだ。ありがとうブニム。僕たち
は君に冷たかったというのに、君はこんなにまで僕たちを助けてくれるなんて、君さえ
良かったら、もう一度一緒に働いてくれんかね。」院長さんは、気弱そうな、しかし人の
よさそうな笑顔を赤らめながら、ブニムにそう頼みました。

                                    終わり



 このお話は、空想のお菓子キネミに関するフィクションです。胡麻のクッキー キネミ
のお味を試してみたい方は、本日2011年1月23日日曜日、上々堂店頭においでください。
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by shanshando | 2011-01-23 06:55 | ■古本屋子育て日記
2011年 01月 09日

スープ

 ノノクサ ツミコ つくづく変な名前だ…
 その夏、大袋で買って、いっぺんにお塩をいれて茹でて、小分けにして
フリージングしておいたインゲンの最後のひと塊をコンソメスープの中で
茹で戻ししながら、摘み子さんはこう考えた。
 ツミコ…は罪子に通じる…

 なんでも、あらかじめ小分けにして売ってくれるスーパーは、結局
割高になるので、摘み子さんは、野菜はなるだけ八百屋さんで買って、
こうして、小分けにして使うのだ。
 もちろん、生の状態からそのまま調理するのに比べたら、味は良く
ないし、買うときも荷物がかさばるから、あまりおばあさんむけの知恵とは
いえないかも知れないけど、それでもやっぱり摘み子さんはそうしてしまう。

 今はもう秋の終わりで、他にも同じようにしたトマトやナスやズッキーニなど
冷凍庫の一斉処分を敢行して作ったスープは、結局3日がかり、どうかすると
5日に亘って摘み子さんの食卓のメインディッシュになってしまう。
 時々にパンを添えたり、小ぶりのパスタといっしょににしてみたり、さまざま工夫
してみるけれど、やっぱり最後のほうは、だいぶん飽きがきてしまって、それでも
最後まで食べ終えた時は心がスッとする。

 毎年のようにきまってこの時季に行うこの儀式が済むと、窓の下に広がる町からは
遠くかすかにクリスマスソングのメロディーが流れはじめ、摘み子さんの冷凍庫には、
今度は秋野菜の塊りが貯まり始めている。

 野ノ草摘み子という名前は、今年のはじめに考えた名前で、それはもう摘み子さん自身
が自分の名前を考えるようになって、はたして幾つ目の名前になるかももうわからない。
なにしろ、たとえお祈りの途中であれ、深夜急に目覚めた時であれ、新しい名前を思い
つくと、その場で変名せずにはいられないのだ。
 子どもの頃は気まぐれで、一日に十数回も変名したりしたから、今ではもう数千個、
もしかしたらそれ以上の名前が出来ては消えたことになるかもしれない。

 煮上がったスープに「味しめ」のための最後のひと塩を加えながら、摘み子さんはまた考えた。
 野ノ草摘み子  ノノクサツミコ、変な名前。たぶん今まで考えた中で一番変かもしれない。
 でも、今年はもう少しの間、この名前でいよう。そうでないと、次にはもっと変な名前を
考えちゃいそうだ。幼い頃は、本の中に出てくる、外国の町の少女やお姫様、ある時は妖精や
魔女の名前さえもつけたものだけど、最近は我ながらシニカルな気分に捉われすぎている。
野ノ草摘み子は妙な名前だけど、いくらか夢の匂いもするから上出来だろう。

 やがてちょうどよい具合に出来上がったスープの塩加減に満足しながら、温めておいた
スープ皿にそれを注ぎ、チーズとパンを一切れずつ盛ったお皿と、水と蜂蜜で割った葡萄酒
を添えて、摘み子さんの昼食がはじまる。
 今年のスープは特に量が多い。何度も煮返しているうちに、野菜の繊維は全部崩れてしまう
かもしれない。そうなる前に明日あたり、ミキサーにかけてポタージュにしてしまおうか?ご飯
粒をあらかじめ加えてからミキサーすれば、程よいトロミがつくから、それをまた小分けにして
フリージング……ああ、きりがない。

 摘み子さんのその悩みはその午後の遅い時間に訪れたひとりの青年によって、見事に
解消されることになった。
 
 数週間まえから、ヘソを曲げて動かなくなったレコードプレーヤーは、シルバー人材センター
の紹介でやってきた元電機メーカーの技術者にもお手上げの古い古い外国製で、そもそも
今は合う部品をみつけるだけでも「大変ですよ、コリャ!」と言いながらも彼は、こうした古い
オーディオの出張修理を専門にしている業者の連絡先を教えてくれた。

                    ○

 青年は、ドアーをあけて出迎えた摘み子さんの顔と、申し込み用紙に書かれた摘み子さんの
本名を見比べながら、しばらく不思議な表情をしたが、やがて微笑み、はずむような明るい声で、
「レコードプレーヤーの修理に伺いました!」と云った。

 摘み子さんは自称笑顔評論家というほどに、人の笑顔には一家言もっていた。
怒り顔や泣き顔には、精々10指に足りない程度のヴァリエーションしかないものだけど、
笑顔のヴァリエーションは無限にあって、それらにはワインのような等級が厳然とある。という
のが、摘み子さんの主張だった。
 摘み子さんは実はワインの方は全然目利きじゃないから、「その笑顔は○○年の○○産の○○に
匹敵する~」なんて、もっともらしい表現を出来ないのが悔しいけれど、とにかくその青年の笑顔
は最特上だった。

 青年は招じ入れられた居間の中心に入念にホコリを払われて、据え置かれたプレーヤーを見る
とまたもや最特上の笑顔を湛えながら、症状の説明を聴きおわると。
若草色の絨毯の上に腰を下ろし、やがて器用にターンテーブルをはずすと、機械内部を慈しむよう
に清掃しながら、いくつかのパーツを持参したカバンの中から取り出した新しいものに交換して、
最後にまたターンテーブルを取り付けなおすとそれをアンプに接続して、
「なにか、レコードをお借りできませんか?」と云った。
 
 彼の一連の動きはマジックをみるように鮮やかで、仕事に集中する横顔は古代ローマの神像
のように美しかった。摘み子さんはあまりのことに、すっかり忘れていた胸の高鳴りを禁じえず、
にわかには返事をする事さえ出来なかった。
 「動作をチェックしたいので、何かレコードをお借りできるとありがたいのですが?」
 摘み子さんは、やがて正気に戻って西側の壁を指差した。そこにはささやかなレコードのコレク
ションが並べられた棚があったのだ。
 「お好きなのをどうぞ。」摘み子さんは思わずそう答えた。
 、それは必ずしもこの場合相応しい応答ではなかったかもしれない。むしろ、適当な一枚を自分
が取りに行くべきか?しかし、摘み子さんの頭にその考えが過ぎった瞬間にはすでに青年はレコ
ードラックの前に立ち、端から順番に丁寧に一枚ずつを引き出しては、慈しむように一枚ずつの
ジャケットを確かめていた。

 「すごいなぁ、いいのが一杯ある…。」青年は独り言のようにそういいながら、やがてそのうちの一枚
を抜き出し、「これかけてもいいですか?」と聞いた。
 「ええ、ええ、どうぞ勿論。」摘み子さんは、青年の顔ばかり見ていたので、彼の選んだレコードが
なんだったかも確かめずにそう答えた。
 窓の外はすでに薄暗くなりかけていたので、摘み子さんは慌てて、オーディオラックの脇に置かれた
古めかしいスタンドライトのスイッチをいれて青年の手元を照らした、青年は長い指を魔法のように
使いレコード盤を丁寧にとりだし、ターンテーブルの上にのせた。
 やがて流れ出したのはブルッフの「スコットランド幻想曲」。
 ターンテーブルは壊れる以前よりずっと滑らかに動作し、ハイフェッツの奏でるヴァイオリンが
薄暮に流れ、消えて行った。

 数十分後、曲が完全に終わるまで、2人は身じろぎもせずに音に聞き入った。
やがて、第4楽章が終り、プレーヤーの針は恙無くオートリターンした。
 「問題ないようですが、どうですか?」薄闇のなかで青年は突然口を利いた。
摘み子さんは、しばらく口を利く事ができなかった。胸は生まれてから一度も経験したことがない
ほど打ち震え、喉はカラカラだった。できればこのままこの場で、淡雪みたいに消え失せてしまい
たかった。
 
 「ええ、ああ、あの勿論。ありがとうございます。」それでもなんとか口を開いて、ようやくそれだけ
言うとゾクッとするほどの寒気が部屋の中に満ちていることに気付いた。
 「なんだか、寒いわ。」
 「ああ、そうですね。」薄闇のなかで、青年がまたあの最上の笑顔を浮かべていることに気が付
いた。興奮状態にあった摘み子さんは気が付いていなかったけど、部屋はずっと冷え込んでいて、
青年は寒い思いをしていたのかもしれない。
 「ごめんなさい。暖房もいれないで。」そういいながら、摘み子さんは慌てて傍らにあったリモコン
ボックスのスィッチを入れ、「あの、今暖かいお茶でも……」言いかけて、摘み子さんはふとあの
スープを思い出した。考えてみれば残り物のスープなど、人に勧めるべきではなかったかも知れ
ない。でも、その時の摘み子さんはやはり舞い上がっていたのだろう。冷え切っているはずの青年
の身体を温めるためには、あのスープ以外にないと思ってしまったのだ。 
 「あの、野菜のスープはお好きかしら?」
 「え?」
 「いえ、あの少し作りすぎてしまって困っていたの。もしお嫌いでなければ、少し召し上がっていた
だくと温まると思うんですけど。」
 「いやあ、いろんなお家に伺いますけど、スープを勧めていただいたのは、初めてです。」
 青年は相変わらずあの素敵な笑顔をうかべながら、そう答えた。

 20分後、2人は小さなダイニングテーブルを挟んで季節はずれの夏野菜のスープとパンと
チーズとワインの食事をとっていた。
 青年は三度もスープをお替りし、お陰で摘み子さんの悩みは一気に解消した。
 摘み子さんにとっては何もかもが異例ずくめの遅い秋の夕暮れだった。
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by shanshando | 2011-01-09 07:14 | ■古本屋子育て日記
2011年 01月 05日

おばあさん

町で一番高いビルの一番上の部屋にひとりのおばあさんがいました。
「ひとりのおばあさん」なんてひどい言い方ですね。誰にだって、きっと名前が
あるものです。
勿論このおばあさんにも、ちゃあんと名前があります。
そうですね。う~ん野ノ草摘み子さんなんてどうでしょう?
まあ、たぶんそんなところでいいでしょう。はっきりいうと、おばあさん自身、
もう名前なんてどうでもよくって、せいぜい一年に何回かしか思い出さなかった
のです。
それで困らないかって?もちろん困りません。世の中には、思い出さないほうが
便利なことだっていっぱいありますからね。

年に数度、どうしようもない迷惑な事態がおこって、自分の本当の名前を思い
出さねばならない時、摘み子さんは台所の流しの引き出しを抜き出し、その前に
屈み込みます。つまりそこに、そう引き出しを抜いた後の穴ぼこの奥に、
摘子さんの本当の名前や年齢、そうして性別なんかが書かれていたのです。
引き出しを抜いて、その時必要なことだけ思い出して、メモや必要な書類に書き
留めたあと、摘み子さんは大急ぎでそれを忘れてしまうことにしていました。
そんなに簡単に忘れられるかって?簡単です。摘み子さんには必殺のお祈りの
言葉があります。

別に何にも忘れるべきことのない日でも、摘み子さんは毎朝、目を覚ますたびに、その
お祈りをとなえ始めます。お祈りの文句は日によって違うので、それにかかる時間
も日によって違うのですが、だいたい冬でも夏でも目を覚ましてから、午前中いっぱい
はかかります。
何故毎日文句が変わるかって?それは毎日祝福する対象が変わるからです。
摘み子さんは、まだ一度も教会やお寺といったところに行ったことがありません。
だから、この祝福のお祈りも完全に自己流です。
もし、なにかの宗教の敬虔な信者の人がこのお祈りを聞くことがあったら、ひょっとしたら
目を三角にして怒り出すかもしれません。そうなると怖いので、摘み子さんは、なるだけ
お祈りを誰にも聞かせないように、町で一番高いビルの一番高い階のたった一軒しか
ない部屋に住んでいるのです。

祝福する対象は、たとえば窓からみえる町で一番大きなケヤキの木だったり、その昔
図鑑で見たことがあるお気に入りの深海魚だったり、昨日のお買い物で見かけたけど
買わなかったとても大きなカボチャとそれを買って食べたかもしれない誰かだったり、
時にはちょっと思いついただけの数字だったり。(たとえば「687にも幸いあれ!」なんてね)
とにかく、そんな調子です。
比率からいうと、人間が祝福の対象になることは、多くはありません。
それはべつに摘み子さんが人間嫌いというわけじゃなくて、摘み子さんはなにしろおばあさん
なので、一日にそんなに多くの人間に会うわけではなく、それよりはもっと多くの物そのもの
や物の名前に出会っているから、必然的にそうなっちゃうわけです。

とにかく、摘み子さんは毎日たくさんの祝福を世界に振りまきます。誰かがそれを聞き届けて
くれているかどうかは問題ではありません。目に付いたもの(人間も含め)や、耳で聞いたこと、
文字で読んだこと、頭に浮かんだだけのことのすべてを祝福するのです。
祝福する対象は段々増えて行ってるような気がします。少なくとも摘み子さんがまだ明確に
子どもだった時は、こんなに多くなかったような気がします。
朝目覚めとともに祈りだし、朝ごはんの前には大抵終わっていたのです。
ところが、今は朝起きて、顔を洗い、お洗濯をして、部屋中をピカピカに掃除して、昼前になって
もまだ終わらないことがあります。
お祈りをしている間、摘み子さんはけして食事をしません。他のさまざまなことは一緒にしても
差し支えありませんが、お食事は口でするものですから、やはりお祈りといっしょにするのは
無理なのです。

だから、摘み子さんは一日に大抵一回しか食事をしません。大抵は昼過ぎか3時ごろ。
摘み子さんは、充分に好きなものを食べられる程度にはお金持ちだったので、その時は、
お肉でも野菜でもパンでもお菓子でも、とにかく思いついたものをお腹いっぱい食べましたが、
やはり腹も身の内といいますから、夜にはもうお食事はとらないのです。

心に浮かんだり留まったりするすべてを祝福しているから、摘み子さんには「特別なもの」が
ひとつもありません。大抵人には「特別なもの」があって、それがある人には神様だったり、
野球だったり、音楽だったり、本だったり、お花だったり、子どもだったり、恋人だったり。
摘み子さんも若いころは、(いえ本当は今でもちょっと)そうした特別なものが欲しかった時も
ありましたが、なんだかそういうことは摘み子さんにとっては大冒険のような気がして、今の
平穏を破ってまで、しなければならないことのような気がしないのです。

こうして、町で一番高いビルの一番高い部屋で、たった一人ですべてを祝福しながら、野ノ草摘み子
さんの人生はある日、植物がしおれていくように終わりました。
お葬式も何も無く、ただ遺体だけがお役所から来た人によって荼毘にふされて、部屋の中の
荷物は寄付されたり処分されたり。
綺麗にリフォームが施されたその部屋にはやがて、赤ちゃんをつれた若い夫婦が越してきました。
彼らは、あまりお金持ちではありませんでしたから、相続人のないこの部屋が信じられないくらいの
安い料金で購入できたことを本当に喜んでいましたが、そこに以前住んでいたおばあさんについては、
入居する時にちょっと聞いただけですぐに忘れてしまいました。

摘み子さんが、一生のうちにした無数の祈りのその中には、偶然神様によって叶えられたものもあり
ましたが、それはたぶん祈りのおかげという訳ではないかも知れませんし、大体のほとんどすべて
は、淡雪のように消えていきました。
つまり、野ノ草摘み子さんという人が生きていたという証明もすべて淡雪のように消えていったわけ
ですが、摘み子さん自身はそれでたぶん充分満足なのでした。
そう、むしろ残念なのは、今でもあの部屋に残ったままの流しの引き出しを抜き取ったあとの
穴ぼこの奥に、一枚の紙切れが残っていて、そこには摘み子さんのいくつかの、誰かが勝手に
決めた「本当」が残っていることでした。
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by shanshando | 2011-01-05 08:08 | ■古本屋子育て日記
2011年 01月 04日

島と星のはなし

 あきれるほど大勢の人が、あきれるほど様々な歴史を絡み合わせあってきた、
あきれるほど広い広い大陸のはてのはて、小さいけれどそれはそれなりに立派な
歴史を持ついくつかの島々がひしめきあっているそのはずれのはずれに、
もっともっと小さな小さな芥子粒のように小さなな島がありました。
 
 その島は、そこに住んでいる人たちさえも、もうとっくに忘れてしまっていましたが、
それ自体がじつはひとつの生き物だったのです。
 形はそう、大きな大きな鯨や水母を想像するといいかもしれませんが、実を
言えば島自身、自分がどんなかたちをした生き物なのか、もうとっくに忘れて
しまっていましたから、そんなことはもうどうでもいいことでした。

 陸に歴史があるように、海にだってやはり歴史があって、その長い長い歴史の間には、
この小さな島の上でも、いろんな国のいろんな言葉を話す人間達たちが、いろんな騒動
を繰り広げてきました。
 島は、自分の体の上でかってに行われるその騒動を、「人間達の祭り」と呼んでいました。
中にはとてもお祭りと思えないくらいに乱暴な所業もあったのですが、島には所詮いくら考
えても人間たちの思惑など判りようがありませんでしたから、自分の上が、なんだか騒々
しくなると、「ああ、また祭りがはじまったのだ。」と思うだけにしていたのです。

 島は、もう記憶にすらありませんが、はじめ海のあぶくのようにここに発生して、段々段々
大きくなってきて、いずれ生命が終わる時が来ても、やはり島として、人間達に土地を与え
続けるのか、それとも、また海の藻屑として消えていくのか?第一生命が終わる時が本当に
くるのかも判らないまま、ずっとそこに浮かび続けていて、おびえもせず、はしゃぎもせずに
淡々と生きていました。
 
 永い永い、本当の孤独。それはなかなか悪くないものです。誰にも知られていなくとも、
島自身は自分がそこに居ることをよく知っていましたし、風や波に乗せられて、遠くのほうに
住んでいる、まだ見たこともない仲間のかすかなかすかな便りも時には受け取ることが出来
ました。誰かと話したり、寄り添ったり、そんなことの喜びはもともと知らないのですから、
つまりはそれで充分だったのです。

 ある時、島でまた風変わりな人間たちが風変りな祭りを始めました。
人間たちはそれまでも、まったく気まぐれにいろんな騒動を起こしてきましたが、
それらはみんなどこか似ているといえば似ているようで、島も自分の身が多少
削られたり、奇妙な出来物を貼り付けられたりしても、特に気にすることもなか
ったのですが、今度の祭りはたしかにちょっと変わっているような気がして、それで
いつになく、島は人間達の会話に耳をすましてみました。

 その、北のほうにある大きな島からやってきたもの静かな人間達は、確かに
それまで島の上で騒動ばかり起こしていた人間達とはすこし様子が違うようでした。
彼らは夜になると浜辺にでて、空ばかり見つめては何かをもそもそ話し合っていました。
彼らの言葉はあまりに小さかったので、島は自分に打ち寄せる波をいつもより更に
優しく受け止めて、彼らの言葉に注意をかたむけました。
 そうして、なんとか聞き取ったところによると、その人間達はただでさえ満天に犇いて
いる星空に、もうひとつ自分達の手で作った星を打ち上げようとしているらしいのです。

 星に関してなら、少なくとも島は人間達の数千倍も知っているつもりでした。
 なにしろ、人間達がお日様の光に遮られて、星を見る事が出来ない昼間にも、島は
満天の星を感じてきましたし、それは人間などという新種の生き物がこの世界に現れる
よりずっと以前からの習慣だったのです。星なら!必要な分だけを常に神様がお造りに
なって、用がすめばお消しになるはずだ!なぜ人間などにそんなものが造れるだろう!
 島ははじめ人間達の思い上がりに軽い怒りさえ覚えました。

 しかし、その人間達は飽く事なく、毎夜毎夜浜辺に出て、新しい星の話をし続けました。
物静かで、穏やかな、しかし情熱のこもった声で…
 それらの話は、けして島に対して語りかけられたものではありません。しかし、毎夜、毎夜
語り続けられる話に耳を傾けるうちに、島はすこしずつ心が動かされてきました。
 「そう、人間の歴史なんていずれ消えてしまう事だろう。それはたぶん私が海の藻屑に
なる日より早くくるだろう。ならば、この広い空にひとつぐらい彼らが作った星があっても
いいのかもしれない。」

そうして、その人間たちがきて3年あまりの時間が経った九月の中ごろの、空が
青くよく澄んだ午後、島の中腹の小高いところで、その人間達がが作っていた
銀色の「じんこうえいせい」は白い煙をたなびかせながら打ち上げられました。
それは、島がそれまで知っていた色んな星の中で一番小さく、そうして一番近い
ところに泳ぎ始めましたから、島は自分の上から飛び立ったその星が、自分の
子どものように感じられました。

一日に一回、地球の上をひとめぐりしてきたその星は、人間たちが寝静まった夜
中の決まった時間に島の真上にやってきて、その日見てきたいろんなことを島に
話して聞かせてくれました。
島は生まれて初めて、時間というものを意識するようになりました。
「早く、あの子が帰って来ないだろうか?あの子の話すことときたら、まるで他愛が
ないけれど、それを得意気に話す様子ときたら、まるで天使のように可愛いのだから。」
島は生まれて初めて神様に祈りました。
「どうか、あの子が人間みたいに飽きっぽくって、いつかどこかに行ってしまったり
しませんように。」
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by shanshando | 2011-01-04 07:26
2011年 01月 03日

ボンネット宮の悲壮

冬の朝まだき、多くの人間たちが夢を紡いでいる時間。
 ある屋外駐車場の一角に停められた赤いスポーツカーのボンネットに、
ひとつの小さな宮廷が毎朝成立しては、消滅していることを知っている人は
ほとんどいないでしょう。
はじめに目を醒ますのは決まって、腰も背中も肩も、身体じゅうのありとあらゆる
ところを弓のように反り返らせた瘦身の老王です。
彼の名前は、Big Dipper17世。
彼と彼の家臣団はここいら一帯がまだ森だった頃から、このあたりを統治していた
のですが、そんなことを知っている人間は誰も居ません。
なぜかって?それはBig Dipper家が統治している「ものたち」は、例えば人間が、
精霊とか精気とか……そこにあることは感じてはいても、実態がつかめない「力」
だったからです。

 そんな目には見えない世界にも、人間の歴史と変わりない。いえそれ以上に壮大で、
複雑な抗争や惨劇がくりかえされていて、そしてそういった諸々の面倒ごとが起こる度に、
解決するための叡智を駆使するのが代々のBig Dipper王たちの役目だったのです。

 人間の歴史に直して、およそ25億年前からBig Dipperの歴史は始まるというのが、
王家に伝わる伝説なのですが、、それがあまり宛にならないことを老王自身よく知っています。
大体において、伝説伝承というものは、誇張をふくみがちなものですし、なにしろ自分の一族
が特にそういった性向に捉われがちなことを、よく心得ていたからです。
とにかく確実なことは、王の年齢が7000万歳で、伝承に語られる各代のBig Dipperたち
の中では、未だほんの若造の部類にしか入らないこと、そうしてこれはまことに申し訳のない
ことに、彼の代になって王国は「悪しき夢魔」に侵され、今では絶滅の危機に瀕しているという
ことです。
 特にこのところの「夢魔」の繁殖は停めがたいものがあり、硬骨でならした王さえも、時に
絶望を感じてしまうほどです。

 朝の気が東の地平に沸き立つ(人間たちにとっては、とても感じられないような微弱な
兆候ですが、生き物の中でも特に精霊に近い植物達であれば、明確にそれを感じられるほどの
出来事として、いつもそれは始まります。)頃、王の下に続々と各地の精霊たちの情報が
集まってきます。
『東の湾では、古代から続いてきた由緒あるプランクトンの一族がついに精霊との通信を断ち、
悲劇的な暴走に突入したらしい。』
『北東の山岳地帯では、聖なる森の子孫である最後の植生がついに滅ぼされた!』
『西の街で、狸たちの一族によるレジスタンスを指導している精霊は、善戦を報じてきているが、
野生化した外来動物達を仲間にとりこむべきかの判断を王に仰いでいる。』

 王族にとって、聖なる色であるボンネットの赤が青い朝の静寂(しじま)に浮かび上がるまで
の数瞬に、王はそれぞれの情報に対する的確なメッセージを送るべく、全身全能を傾けます。
やがて春が来て、今では精霊達のコントロールに背いて好き放題な暴走をする動植物たちが、
冬の眠りから覚めだすと、王の力は及びにくくなってしまうのです。
とにかくそれまでが、かつてはこの惑星のもっとも権威ある一族だったBig Dipper家の、
ひょっとしたら最後の王になるかもしれないBig Dipper17世の主戦場になるわけです。

東の空は、やがて人間達にすらそれと判るほどに色づきだし、Big Dipper17世は、
フロントグラスから、したたり落ちてくる濁った朝露に足元を侵されることが耐え難くなると、
一陣の微細な上昇気流に乗り駐車場脇の大けやきの梢の奥宮に戻ります。
明日こそは状況を一変させる叡智に恵まれることを強く祈りながら。
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by shanshando | 2011-01-03 04:31 | ■古本屋子育て日記