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2011年 02月 16日

古書上々堂日曜市*にじまくら*

c0020598_1751569.jpg2月最後の日曜日、古書上々堂の店内に、
この日かぎりの手作り市がたちます。
詳細はこちらをごらんください。

春が近づく散歩日和に、三鷹散策はぴったりです。
天気が悪くても、店内の開催ですので心配はご無用です。
古本屋としてももちろん営業します。

手作りのバッグやかわいらしい小物入れ、
手作りのおやつ、
そして、
上々堂のあるマンション4Fのアロマヒーリングサロン・ミルンさんにも、
出張マッサージで参加していただきます。

*日程*2011.2.27(日)
*時間*11:30~15:00
*場所*古書上々堂(地図
      三鷹市下連雀4-17-5
      0422-46-2393
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by shanshando | 2011-02-16 17:51 | ★イベントのおしらせ
2011年 02月 11日

レクトロと環境経済学

 娘のQ子の幼稚園のおともだちのパパで環境経済学の学者さんが
いて、まだ直にお話は聞いていいないのだけれど、
「環境経済学」って、どんなん?と興味深々、さっそくwikipediaの記事
で俄か学問。なんにでも興味をもつ古本屋の習性なのである。
 
 まぁ詳しくは、というか凡そを知りたい方は私なんかの説明より、
wikiを検索されたほうが早いだろうから、注釈はしないけど、要は
現今、とくに問題な温暖化の問題を古典的な経済学をベースに考えている
人たち、すなわち市場経済主義の中で、国家や資本、個人など多様な
経済主体が如何に折り合いをつけて、排出ガス削減に取り組むかを考えて
いる人たちと、大きく分けてもう一派、
「経済がどうとか言うとる場合やないやろ!市場経済が結果として環境を
破壊するなら、経済の仕組みのほうを変えたらんかい!」という過激な
人たちに大別されるらしい。

 まぁ、諸説あるだろうけれど、とりあえず世界的な潮流としては、古典派、
市場優先派が主流で、感情的な議論ばかりしているよりも、具体的に
現状進行している温暖化に歯止めをかけるためには、市場経済の中で
出来ることを進めるほうが、理性的で効果的ということらしい。

 しかし、しかしである。これっていずれ頭打ちするよね。
結局は、みんながいっせいに無駄なものを作ることをやめる以外ない気が
する。
 建物でも乗り物でも、洋服でもその他なんでも買い替えをしてもらわ
なければ、仕事が生まれない。だから耐用年数を織り込み済みで生産を
行う。
 でも本当は、いつまでも老朽化しない。しても最低限の補修で使用しつづける
ことが可能な建物って出来るはずだし、おばあちゃんが作って、孫の孫まで
受け継いで着られる服だって作れるはず。自動車だって同じこと、半永久に
使用できる電気自動車とかね。不具合がでたら最低限の部品交換だけで
また使用できる。
 
 今私が乗っているHONDAのバイクなんて酷いもんね。極部分的な故障
だけでも、周辺の部品ごと全部換えなきゃいけないように設計されている。
同じHONDAでも昔のカブなんかは部分交換出来て、耐用年数も長く作ら
れているのに、最近発売するのは、このざま。こんな会社がエコカー作った
とか言っても誰が信用するかっ!つうの。

 まぁ一企業がどうとかいうより、市場経済主義っていうのがこういう性質を
もっていて、私たちの享受している文明はそういうふうに環境を食い荒らして
しか存続できないようになっている。
 そうして競争を続けるためには、職に就ける一部の人は超過剰労働を強い
られ、就けない人も満足な生活をするためには、いくつもの低収入労働を
掛け持ちしたりする。なんか「モモ」にでてくる時間泥棒にやられちゃったみたい。

 いっそ、みんなでせーので、怠け者になってはどうだろう?
ライナー・チムニクの「レクトロ」の主人公は、怠け者の夢想家、いろんな仕事
をするけど、いっつもマイペースで仕事中にビール飲んだりしている。
 まあメタボとか痛風とか怖いからビールなんてそんなに飲まんでもいいけど、
このまま市場経済主義の追いかけっこばかりしていると、足元の地球が悲鳴
を上げて、私たちみんなを宇宙空間に放り出すかも。
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by shanshando | 2011-02-11 14:33 | ■古本屋子育て日記
2011年 02月 10日

196××.6.×× 一応続き

 大抵の親はアホである。
 いや、これはその当時の僕がそう思っていたということではなく、
また、今の僕が自分のことを棚にあげて、自分の親のことをそう思って
いるというわけでもない。

 要するにどんなに賢明な人であろうが、どんなに苦労人であろうが、
親というのんは、自分の子供という事に関してアホである。と、そう言い
たいんである。
 「子ゆえの闇」という、つまり子供可愛さに判断力を失っちゃうのも勿論
アホだし。逆に自分可愛さに子どもをほったらかすのもやっぱりアホ。
 そんな極端な例をあげなくても、大抵の親というものはパニック状態の
時代の中で子ども達をより混乱へと導く、「決断力に富んだ方向音痴」なのだと、
僕は今自分が親になって、しみじみ感じている。
 そうして、そういう意味で僕の親もやっぱりアホだった。

 その夜、僕は谷中屋さんではじめて見たお兄さんのことを両親に話した。
「偉い人のおはなし・エジソン」は結局買えなかったのだ。
本はちゃんと帳場の中に取り置かれていたのかもしれないけど、
僕が勇気をだしてそのお兄さんに話しかけることが出来なかったのだ。
僕は、ほんまにあかんたれだったのだ。初めての人とは全然喋れんか
った。今、なんでこんなお喋りになったのかさっぱりワカラン?
 話がずれるなぁ。要するに、自分では注文した本が来てるかどうか尋ねる
ことも出来んかったから、親に頼んで聞いてきてもらおうと思って、それで
知らんお兄さんが居たから自分で聞けんかったということを説明したのだ。

 「アカンやっちゃなぁ…。」お父さんは口いっぱいに「ごっちゃ炊き」を頬張り
ながらそう言った。「ごっちゃ炊き」というのは肉じゃがのことである。
 僕は咀嚼にあわせてオトガイからコメカミ、ひいては刈り上げた頭の耳の
周辺までがダイナミックに動くお父さんの横顔を観ながら、「ああ、やっぱり
親に言うんやなかった。」と思っていた。もっと小さい時分からお父さんに僕が
話しかけると六割くらいの確率で帰ってくる返事には「アカンやつ」がくっついて
きた。アカンのは自分で自覚してるのに親が念捺すなよ!とその頃は思わなか
ったけど、今は思う。
 
 「帰ってきはったんやな。」突然お母さんがそう云うた。
 「ふむ、勉強できても、あんなしょうもないことやったらなんもならんな。」
 「ええ?どういうこと?」興味深々で問い返したのは5歳上の姉。
 「東京のエエ大学に行きよったんやけど。学生運動して、なんやややこしい
 ことになりよったんや。」
 「ややこしいことって?」食い下がる姉。
 「そんなんは子どもは知らんでエエ。ただ末は博士か大臣か言われても、
 しょうもないことしたら、結局本屋にしかなれん云うことや!」
 (あんたの息子はエエ学校も行けんかった上に、今は本屋です。スンマヘン)
 「お前も『偉いひとのおはなし』とか読んでても、ちゃんとしとかんと、結局
 アカヘンぞ!」居丈高に、意味不明の決め付けを言い放すお父さん。わが意
を得たりとばかりに頷くおかあさん。話はよう分からんかったけど、まぁエエワ
と、頭をアイドル歌手かなんかに切り替えているお姉さん。ひたすら顔中をケチ
ャップだらけにしている幼い弟。そうして、「ごっちゃ炊き」の中のタマネギと同じ
くらいに、訳が分からなくてつらい状況に辟易して食欲をなくす僕…
 …エエト、勉強はできてもしょうがなくて、それから「偉いひとのおはなし」も無駄
で、ちゃんとしなければいかんと………。 ちゃんと、なにをするんやろ????

 1960年代後半のあの頃、都会に住む若者は一生懸命流行の思想に踊らされ、
田舎に住むおっさん、おばはんは所得をなんとか増やすことだけを念頭に「高度
成長音頭」を踊ってた。
 翌年には万博が始まるはずだったが、人類の進歩と調和の予感もない、そんな
関西の片田舎の一夜だった。
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by shanshando | 2011-02-10 13:18 | ■古本屋子育て日記
2011年 02月 07日

196×.6.××

 ビシ.カタ.ガタ.ガラ.ガラ.ガラ
 最近「タテツケが悪う」なった入り口の引き戸を持ち上げ気味にして滑らすと、
6月の末にしては暑すぎる熱気とともに敷きたてのアスファルトの匂いが、
鼻の孔をつきあげ気味に入ってきて、頭の内側までネットリしちゃいそう…。

 あっちのお宮の横手の橋からこっちのトンネルまで、一昨日僕らが学校行っとる
間に古いアスファルトがみな剥がされて、その下からは、なんか砂利みたいな
とこだったり、砂みたいだったり、もうちょっと古いアスファルトが残ってたり、
とにかくも大体均一に街路がふだんより10センチちょっと低くなっていて、
「ああ、こうやってドンドン町を剥がしていったら、江戸時代が帰ってくるん
やないかな……」なんて思ったけど、誰にもそれは言わんかった。

 言うたら、きっと友達とかはバカにするし、先生とか親は「この子、大丈夫
かいな?」と思うに違いない。
 でも、それは僕やって、そんなところに江戸時代が寝てへんのは知っている
けど、ここの、この僕らの町の僕の家の前の道は、昔は東海道と中山道の
「ブンキテン」の宿場やったわけやから、そんな不思議くらいちょっとはあっても
いいと思うのやけど……。

 とにかくいっぺんちょっとだけは江戸時代に戻りかけたはずの町は、昨日、
やっぱり僕らが帰ってきた頃には、「おニュー」のアスファルトが引きなおされて、
10センチちょっとだけのタイムスリップは昨日かぎり。ちょっと残念。

 ビシガタの引き戸は、あんまりいっぱい開けると、また戻すのが大変やから、
カラダとおかあさんに渡された「買いもん籠」が通る程度に開けといて、すり抜け
たら、またガタビシ閉める。

 一歩踏み出すと、「おニュー」アスファルトはなんかまだ柔らかい。
「気をつけて歩かんと、まだ固まってないところ踏んだら、買いたてのズックの底
に黒いのんがくっついて、洗ろうてもとれへんで!」出しなにお母さんが家の奥の
台所で怒鳴ってた。
「うるさい!オカン!それやったら卵くらい自分で買いに行け!」というのは、心の中
で思っただけで、「ええ子」で、「ドンくさい」僕は「ふうん」とおならみたいに返辞して、
やわらか「おニュー」をそろり、そろりと踏み出した。

 卵を買うのは、家から20メートルほどトンネルよりの「キタクメさん」。
店の前にはブリキの「カラト」やら、竹で編まれた「み」の中に色とりどりの豆が並ん
でて、その「カラト」のひとつには籾殻に埋められた卵も売られてる。

 「すんません!」…「すんません!」……「すんません!
僕の声が小さいせいか、キタクメさんのおばさんの耳がちょっと遠いのか、いっつも
三回は呼ばないと、薄暗い店の奥から出てきてくれへん。
「ああ、ごめん。なにしとこ?」「卵10個ください。」「はいはい。」
おばさんは水仕事をしていたらしい手を白い割烹着の前でちょっと拭いて、店先の
真っ黒な柱にかかった半切りの新聞紙を一枚ピリリと取って、しゃがみこんだ膝にのせ、
籾殻の中から、まずは器用に5個取り出して斜に並べくるりとひと巻き、続けてもう5個
今度はさっきの5個の隣に半個ぶんずらして並べて2列にしたら、両脇を折り込んで、
またくるり、もひとつくるり。最後は輪ゴムでパチンととめて出来上がり。

 店の奥の大きな掛け時計を見ると3時15分。まだええか。ちょっとだけ寄って行こ。
「キタクメさん」の向かいは「谷中屋さん」という本屋。ここでは欲しい本があったら、
帳場に座っているおばさんに「市役所のイシマルです。」と言うだけで、おとうさんの
「ツケ」になるから、小学生の間はお小遣いを貰えない僕はいっつもここで本を注文
したり、買ったりしていた。
 「こんにちわ。この間頼んでた『偉い人のおはなし』の『エジソン』着てますか?」
 言おうとしたら、帳場にいたのはいつもの優しいおばさんじゃなくて、背高のっぽ
のお兄さん。こんなひと見たことあらへん。誰やろ?ドキドキドキ

                ( つづく、かもしれないし……)
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by shanshando | 2011-02-07 06:47 | ■古本屋子育て日記
2011年 02月 04日

ささやかな鬼

 199×年の2月4日の遅い午前、野の草摘み子さんは東側の窓の傍に
ぴったり寄せて据えつけたティーテーブルでまどろみからさめました。
 早い時間には、テーブル全体を優しく包み込んでいた陽射しが、今は
ようやく彼女の右の耳朶だけを暖めてくれているほどにまで引けてしまい。
小春日のように暖かだった部屋は、この季節にふさわしい冷えを取り戻し
かけています。
 
 テーブルの上には、昨日古書即売会で買った古いロシアのイコン画集と、
すっかり冷めてしまったお茶が三分の一ほど残ったティーカップと、シナ
モンのクッキーが二枚としょうがのクッキーが一枚、それから新宿に最近
オープンしたばかりのデパートの包み紙がひとつのかっています。
 「さてさて、どうしたもんやら。」
 摘み子さんは、誰に言うともないようにそう呟きました。
 ちなみに(誰に言うともなく)と、(誰に言うともないように)はあきらかに違って、
つまり前者の場合、摘み子さんは独り言を言ったことになりますが、
後者の場合、たしかに話しかける相手が身近に居たことになります。

 そう、もし今あなたが今映画でも観るみたいに199×年2月4日のその部屋
を覗けたら、とても不思議な気分になったことでしょう。だって、スクリーンには
やはり摘み子さん一人しか映っていないのです。 
でも本当のことを言うと、摘み子さんはたしかに話しかける相手があって呟いた
のです。摘み子さんは、電話を手にしているわけでも、テレパシーの能力がある
わけでもありませんから、これはちょっとしたミステリーです!

 謎をとく鍵は、デパートの包み紙。中には小さな女の子用のミトンがひと揃え
はいっています。
 そもそも、子供はおろか、係累さえもない摘み子さんの部屋にこのミトンがある
こと自体ミステリーといえるかも知れませんが、この謎はなんなく解けてしまいます。
 つまり、デパートのうっかりものの店員が取り違えてしまったのです。
 
  昨日、やはり新宿にある別のデパートで開かれた古書即売会の会場で手袋を
なくしてしまったことに、会場を出て、駅に近づいてから気が付いた摘み子さんは、
もうすでに古びてそこここがすり切れかけていたその手袋をきっぱり諦めて、新し
い手袋を買おうと、未だに入った事のないその新しいデパートに飛び込んだのでしたが、
デパートは込み合っていて、しかも開店してまだ数ヶ月しかたっていなかったので
店員も不慣れなアルバイトが多く、摘み子さんが気に入って買った白いキッドの
手袋は、帰って封を開けてみると、子供用の毛糸のミトンに化けていたわけです。

 まぁ、これだけの事だったら、立派な大人の摘み子さんをして、ここまで悩ませる
事態ではありません。レシートは間違いなく財布に仕舞ってありましたから、その
デパートに電話をかけて事情を話すだけで、デパートのほうから担当者が飛んで
来て、もともと買うはずだったキッドの手袋と同じものと交換してくれるはずです。
 ところが、そうなればこのミトンは当然デパートに返さねばなりません。それは
どうしても、摘み子さんにはできなかったのです。
 何故かって?
 それはこのミトンには小さな小さなやせっぽちの鬼が住んでいたからです。
 いや、住んでいたという表現は正しくないかもしれません。
 小鬼は訳があってこのミトンの内側に逃げ込み隠れていたのですが、なにしろ
摘み子さんが目を凝らしてみないと見えないほどの「ささやかな」鬼なものですから、
隠れているうちにミトンの内側の毛に手足を絡めとられてしまい、身動きができなく
なってしまったのです。
 本当なら、誰だって気づかないほどの小さな鬼がそんなところに「ひっかかて」
いるのに、摘み子さんが気が付いたのも、思えば運命というものでしょう。
 摘み子さんは義侠心にとんだ女性でしたから、この哀れで「ささやかな」鬼を見捨
てることはできません。なにしろ鬼はもう随分憔悴していることが一目瞭然だったの
です。

 昨夜、摘み子さんは異例の夜更かしをして、「ささやかな」鬼の身の上話を聞きました。
それによれば、鬼は今はデパートになってしまった貨物駅の東側に広がる町にかつては
暮らしていたのです。
 その頃は身体も立派に大きくて力も強く、さまざまな魔力も使えたので、時には人間を
困らせることもしましたが、自然の摂理という点から見れば概ね鬼として恥ずかしくない
生き方をしていたのです。
 鬼はその使命として人間の天敵になる必要があるときの他は、大体その地域に住ん
でいた人達とうまくやってきました。節分や鬼やらいで豆をぶつけられたりすることも
ありましたが、それもまあ昔からのお約束みたいなもんですから、それに対して真剣怒る
などということはありませんでした。
 あたり一帯は古い時代から、世の中のぎりぎり端っこで生活している人たちが住む場所
で、ある意味で人間らしい優しさと業がわだかまっているような土地でしたから、各地で
絶滅の憂き目をみている鬼族の末裔としては、うってつけの生息地だったのです。
 
 こういった土地というものは、そこに縁を持たない人にとってはゴミとか芥のようにしか
思われないもので、ですから貨物駅を取り壊して、デパートを建てる案が打ち出された時、
偉い人たちは、この地域を徹底的に「浄化」する必要を訴えました。
 「新しく、美しい町に不似合いなものは徹底的に排除せよ!」という合言葉の元、浄化
作戦は徹底的に遂行されました。なにしろその土地には沢山の税金を納めてくれる人は
一握りしか居ませんでしたから、その一握りの利益さえ保証すれば計画遂行は実に
簡単なことでした。貧しく力のない人たちは憂き目を見させられながらも、すごすごと町を
去るしかありませんでした。
 
 鬼にとってそれは本当に辛い時間の流れでした。天地創世の頃からあらゆる生きものに
怖れられてきた鬼族は、さまざまな動物が互いに生き残りをかけて戦うのを自然の摂理として
みつめ、時にはそれを促しすらして来ました。しかし「共食い」という下等動物のする醜業に
だけはどうしても目を逸らし、忌み嫌ってきました。
人間という動物は、単体で存在する時は、余程の事情がない限りこの醜業を行いません
でしたが、時に群れが巨大化しすぎた時このようなことをしてしまうのです。

 鬼は人間達の群れが生み出した得体の知れない魔力によって、町が変容していく態を
ただ呆然と見つめながら、自分の力が弱ってゆき、逞しかった身体が矮小化していくのを
とめる事もできませんでした。
 やがて、デパートを中心とした新しい町の構築は着々と成し遂げられ、気が付けば鬼は
芥子粒のように小さくなってしまっていました。
 そうして、今年の節分。新しい町のそこここで撒かれた豆のつぶてに追われて、「ささやかな」
鬼はデパートの手袋売り場の子供用のミトンに身を隠したというわけです。

 摘み子さんは、この気の毒な鬼のくっついているミトンをデパートに返してしまう気には、結局
なれなせんでした。キッドの手袋はまた別の場所で買えば済むことです。鬼は見る間にも力を
衰えさせているようです。おそらく、明日までには消滅してしまうでしょう。そうしたら鬼のお面を
つけた案山子を作り、その両手にこのミトンをつけて、東側のベランダの柵に遥か新宿の街を
睨みつけるよう、取り付けてあげましょう。そんなことを考えながら摘み子さんは、細かく砕いた
クッキーの粉を鬼の口に運んでやりました。
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by shanshando | 2011-02-04 14:04 | ■古本屋子育て日記