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2011年 09月 23日

スメタナを聴きながら

5,6年前になるだろうか、20数年ぶりに大学の頃の友人と出会って、旧交を温めた時
のことである。
数人で飲んでいるとその中の一人が突然、「俺は今ネット右翼をやってるんだ。」と表明
した。
学生時代はどちらかというと左寄りの思想をもっていたように、(まぁ当時もつきつめて話し
たわけではないけれど、まぁ私はかってに)感じていたので、とにかく驚いた。
しかし、まぁそれだけでは大したことではない。当時から出版社などが意識的に「愛国心」
を刷り込もうとしていたので、その友人のような人物は身の回りにいっぱいいた。
ようするに、日本経済の先行きに見える暗雲がもう確定的になってきたので、愛国心を
発揚して、いざという時国民をコントロールしやすくしておこうというのは、どこの為政者でも
考えることだし、マスコミや出版社がそのお先棒を担ぐのは第二次大戦のころからの
日本社会の常識的慣習なのだ。

今回の原発人災では、為政者はまったくその通りの行動をしているし、マスコミもまったく
お約束の行動をして、歴史の反省が全くなされていないということを証明しているが、
この段になって、どうやらいわゆる『人民』のなかにはそれでは誤魔化されない層ができつつ
あるんだなと感じている。
それは、いわゆる『プロ市民』などといわれる人を指しているのではない。そういう群れは昔
から少数意見として常にあった。今、私が言いたいのは、人数的にはもっと少ないけど、
社会的影響力という点においてはとてもマイノリティーとは言いにくい人たちのことだ。

この人たちは、自分で稼いだものであれ、親から相続したものであれ、とにかく沢山の
お金を持っている。
自分の社会的対面を失わない程度には、ちゃんと納税をしているが、本音を言えば払わな
くてすむならそれにこしたことはないと考えている。
社会の行く末が、まだなんとかなるんじゃないか…と思えた頃は、社会の風潮にあわせて
愛国心を一声声高に吹聴していて、なかんずく皇室関係の話題に触れるとその尊さ、清らかさ
を賞賛するにおしみなかった。
もし、例えば知り合いの知り合いの知り合いにでも皇族およびその関係者との知り合いが
いれば、その事を人に語りたくて仕方ないし、先祖の先祖の先祖の親戚のお隣りの人の
知り合いにでも皇族や旧華族がいれば、自分もそのコミュニティの一隅をなしてると信じて
疑わない。
要は、自分という人間がかならず天皇陛下を頂点としたヒエラルキーの左程低くない位置に
居るということを心のよすがにしないと、自分が金を持ってるだけの成金と思われそうで、不安
でたまらないのだ。

おそらく、つい去年ぐらいまで、象徴天皇制というこの不思議な体系は、こういう人たちの心理
によって支えられてきた。
こういう人たちは煩いだけの右翼の街宣車などには眉をひそめることしかしないし、左翼にいた
っては、バイキン程度にしか思っていない。

数年前に旧宮家の再興をネタにした詐欺が問題になったが、犠牲者にあまり同情する気に
なれなかったのは、彼らは詐欺師たちに支払った金額の分ぐらいは見たい夢をもらっていた
ことがあきらかだからだ。
中にはあまりにも巨額のお金を詐取された人もいるだろうけれど、映画やお芝居じゃあないん
だからこの手の夢に相場はない。高いお金をはらった人は、それだけ自分は特等席で鑑賞した
んだと納得せねばならない。事件の犯人達はあれからもしばらく、自分達は嘘などついていない
と言い張っていたようだが、これはむしろ職業人としての誠実な態度というべきで、「ごめんなさい
ほんの出来心で嘘をつきました。」などというのはかえってけしからんだろうと思う。

さて、話が横にそれたが、このように象徴天皇制を支えてきた層にあきらかに異変が起こっている。
度重なる自然災害に原発震災、ソブリンマネーリスク。景気対策なしの増税などを受けて、こういう
富裕層のうちの少なくない人が海外移住に動き始めている。
勿論、海外移住ができるほどの経済力がある人は限られているし、語学や生活習慣の問題もあって
逃げられる層はほんの僅かだろう。言葉が充分じゃなくても金もそんなに沢山持ってなくても、持参
金つきならどうぞ、どうぞという国もないではないだろう。たとえば北朝鮮。
しかしそれではドブから這い上がって、肥溜めに入るようなものだから意味がない。
まぁ、そこまで現実的な想像力を働かすまではしなくても、小金持ち以上は殆ど出来れば日本から
逃げたがっている。出来れば円が高いうちに利巧に立ち回って、自分達は安全圏に行こう!
まさに今そう思っている人たちが実は象徴天皇制を支えてきた「穏やかな右翼」たちだったのだ。
天皇陛下および皇族の諸氏が煩い街宣右翼などが好きだということは考えにくいし、一般市民の
心象を考えても、街宣右翼はむしろ天皇家に仇なしているとしか思えない。

そうして、天皇陛下および皇族のみなさんは、やはり身分上日本から逃げ出すわけにはいかない。
「大和は国のまほろばたたなづく青垣山ごもれる大和しうるはし」ヤマトタケルノミコトの歌にも
あるように、騎馬民族の王朝はいざ知らず日本の天皇制はこの山河天地を抜きにしては成立しない。
つまりこの国の自然と一体であるからこそ、天皇陛下の権威はたとえ国政の実権と切り離されても
絶対だと言うべきなのだ。

冒頭に書いた友人のように、マスコミの刷り込みにやられて無思想なまま右翼を標榜する連中
は多いが、あほな街宣右翼は畏れ敬うべき天皇陛下と一体であるこの国の自然国土を著しく
毀損した犯罪企業を擁護し、自分達のヒエラルキーを保証してくれるツールとしてのみ利用してきた
連中はあっさり天皇陛下を裏切り、命より『愛国心』より天皇陛下より大事な銭を小脇に抱えて
スタコラサッサと国外に逃亡し。残された貧しい国民と天皇陛下はどうなるだろう?
犯罪企業によって汚損されつくしたこの大地で、風の谷のような生活をできれば良いのだが。
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by shanshando | 2011-09-23 14:15 | ■古本屋子育て日記
2011年 09月 16日

日本人って誰ですか?

飲み友達のふたり。

Aさん一家は、おじいさんの代に日本に移り住んだ。
一家ははじめ貧しかったそうだが、娯楽産業や不動産業で成功し、今では
かなりお金持ちで、税金もたぶんだけど、たくさん納めているに違いない。

Bさん一家は、大昔のことはよくわからないけど、少なくとも明治4年に
戸籍法が制定されてからは、現在、日本の領土と定められている範囲から
籍を移したことはない。言い伝えられることを信ずるならば、そのもっと昔から、
名家として知られたお家で、代々優秀な人材にも恵まれたので、現在も大変
裕福だが、ここ数年は資産が目減りすることを案じて、資産の殆どを外国に
移しつつある。

さて、残暑の厳しい夕刻。二人は、いつものバー・ラウンジで共通の好みの
アイリッシュ・モルトを楽しみながら、「次の手」に関してまるでゲームの話でも
するように語り合っている。
Bさんの席の脇には、数週間ぶりにきまぐれに買ってみた夕刊紙があり、その
一面には新首相の所信表面演説の内容が報じられているが、二人のあいだで
そのことが話題になることはない。
それは、Bさんが選挙権のないAさんに気を遣って…ということではない。
首相が今さら何を語ろうが、二人が来年、生活の拠点を外国に移すことは
既定の方針なのだ。
二人の関心はむしろどちらの立場が、自分達の選んだ次の一手のために
有利かという点に尽きる。
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by shanshando | 2011-09-16 12:26 | ■古本屋子育て日記
2011年 09月 11日

「死の街」で困るひとたち

断言してもいいが、現在福島第一原発周辺の立ち入り禁止地帯に立ち入ったら、
日本語を母語として共有する内の少なからぬ人が鉢呂氏と同じ感想を持ち、
その中のまた少なからぬ人が実際に「死の街」という言葉を口にするのではないか?
家畜たちは死に耐え、物が饐え、生活の痕跡だけが空虚に放置されている。
こういう状態に対して現代日本人の多くは、「死の街」という感想を抱くのだ。
鉢呂氏の発言は別に普通じゃないか。いや普通を超えてむしろ凡庸の感があり、
そこがむしろ政治家としての資質を問われる事になりかねないかもしれないが、
別に凡庸さはこの場合罪ではないはずだ。

言ってやろうか、福一20キロ圏内は「死の街」で、原発サイト内はこの世の地獄。
いや福島全体、東日本全体がこの世の地獄といったって、ちっとも言いすぎじゃない。

マスコミは、馬鹿なのか、それとも悪意の塊なのか知らないが、こんなくだらない
失言をかたにとって、また国費の無駄遣いをさせて喜んでいる。

冷静に考えれば、「死の街」発言で迷惑しているのは誰かすぐに判るだろう。
元住民の人たちは、この大臣発言を逆手にとって、「わが故郷を『死の街』にしやがって
と怒ることもできる。所管大臣のお墨付きだから、賠償だって生半可じゃすまされない。
精神的な慰謝。求める謝罪だって、ちょっとやそっとじゃすまない。
「死の街」であるという普通の感想が、実際にそれらの人を傷つけることはない。
つまりこの発言に住民は怒る理由がないはずだ。

では誰がこのトンマ大臣に怒っているのか?
それは東電と官僚にきまっている。

戦犯にふさわしい刑罰を与えない曖昧さが、こうした三文芝居を生んで、税金はまた
浪費されていく。
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by shanshando | 2011-09-11 14:51 | ■古本屋子育て日記
2011年 09月 09日

行こか戻ろか

三月の震災以来の辛さが一気にのしかかってきた感じで、
八月はついに一度も更新できなかった。
辛さ……の具体的な内容に関しては、おそらく日本中で多くの人が共有していると
思うので、あえて言うのはよそうと思うが、さまざま複層している事態を一言でまとめると、
「先行きの見えなさ」ということだろうか。

実際いろいろ考えた中で、一時は真剣に拠点を関西に移そうかとも思い、
事実、帰省のついでに状況の調査などもしてみたが、結局踏み切れないでいる。
景気という点、放射能汚染リスクという点では、確かに関西のほうが展望が持てそうな
気がするが、要は51歳になった私自身に新天地であらたなチャレンジをする気力が
残っていないことが一番の理由だ。
幼い子供たちの健康を考えると、ぐずぐず考えて動かないことは、あるいは罪作りなの
かもしれないが、タツキに見通しがつかない以上軽々に動くことはできない。

スーパーには一時は影を潜めていた東北産の野菜が堂々と並べられるようになってきた。
国は安全だというが、震災以来あれだけ嘘を連発しておいて今さらそれを信じろというほうが
無理だろう。もし「嘘など一度もついていない」と尚言い張るなら、それは国民を嘗めすぎだ。

我が家ではずっと玄米食できたが、この秋からはやはりせめて白米にしないといけないだろう。
九州在住で農業関係者と縁の深い仕事をしている友人に聞くと、今や九州で有機栽培をやって
いる農家は引く手数多で、むしろ品不足になっているらしい。
千円の野菜セットに千五百円の送料がかかっても、注文があとを絶たないらしい。

昨日、原子力災害の統合記者会見を見ていたら、未だに東電は発災当時の記録文書を
黒塗りでしか公表していないらしい。曰く核防護上の理由と、知的財産の保護の為だというが、
犯罪者が犯行の証拠を黒塗りで隠蔽して提出して、それをまた当局が容認するなんていう
ふざけた話が通用するなんて、この国のどこが法治国家なんだ?
叫んでも届かぬ憤りはまた胸の中に空虚な闇をつくる。
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by shanshando | 2011-09-09 15:31 | ■古本屋子育て日記