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上々堂(shanshando)三鷹

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2011年 02月 10日

196××.6.×× 一応続き

 大抵の親はアホである。
 いや、これはその当時の僕がそう思っていたということではなく、
また、今の僕が自分のことを棚にあげて、自分の親のことをそう思って
いるというわけでもない。

 要するにどんなに賢明な人であろうが、どんなに苦労人であろうが、
親というのんは、自分の子供という事に関してアホである。と、そう言い
たいんである。
 「子ゆえの闇」という、つまり子供可愛さに判断力を失っちゃうのも勿論
アホだし。逆に自分可愛さに子どもをほったらかすのもやっぱりアホ。
 そんな極端な例をあげなくても、大抵の親というものはパニック状態の
時代の中で子ども達をより混乱へと導く、「決断力に富んだ方向音痴」なのだと、
僕は今自分が親になって、しみじみ感じている。
 そうして、そういう意味で僕の親もやっぱりアホだった。

 その夜、僕は谷中屋さんではじめて見たお兄さんのことを両親に話した。
「偉い人のおはなし・エジソン」は結局買えなかったのだ。
本はちゃんと帳場の中に取り置かれていたのかもしれないけど、
僕が勇気をだしてそのお兄さんに話しかけることが出来なかったのだ。
僕は、ほんまにあかんたれだったのだ。初めての人とは全然喋れんか
った。今、なんでこんなお喋りになったのかさっぱりワカラン?
 話がずれるなぁ。要するに、自分では注文した本が来てるかどうか尋ねる
ことも出来んかったから、親に頼んで聞いてきてもらおうと思って、それで
知らんお兄さんが居たから自分で聞けんかったということを説明したのだ。

 「アカンやっちゃなぁ…。」お父さんは口いっぱいに「ごっちゃ炊き」を頬張り
ながらそう言った。「ごっちゃ炊き」というのは肉じゃがのことである。
 僕は咀嚼にあわせてオトガイからコメカミ、ひいては刈り上げた頭の耳の
周辺までがダイナミックに動くお父さんの横顔を観ながら、「ああ、やっぱり
親に言うんやなかった。」と思っていた。もっと小さい時分からお父さんに僕が
話しかけると六割くらいの確率で帰ってくる返事には「アカンやつ」がくっついて
きた。アカンのは自分で自覚してるのに親が念捺すなよ!とその頃は思わなか
ったけど、今は思う。
 
 「帰ってきはったんやな。」突然お母さんがそう云うた。
 「ふむ、勉強できても、あんなしょうもないことやったらなんもならんな。」
 「ええ?どういうこと?」興味深々で問い返したのは5歳上の姉。
 「東京のエエ大学に行きよったんやけど。学生運動して、なんやややこしい
 ことになりよったんや。」
 「ややこしいことって?」食い下がる姉。
 「そんなんは子どもは知らんでエエ。ただ末は博士か大臣か言われても、
 しょうもないことしたら、結局本屋にしかなれん云うことや!」
 (あんたの息子はエエ学校も行けんかった上に、今は本屋です。スンマヘン)
 「お前も『偉いひとのおはなし』とか読んでても、ちゃんとしとかんと、結局
 アカヘンぞ!」居丈高に、意味不明の決め付けを言い放すお父さん。わが意
を得たりとばかりに頷くおかあさん。話はよう分からんかったけど、まぁエエワ
と、頭をアイドル歌手かなんかに切り替えているお姉さん。ひたすら顔中をケチ
ャップだらけにしている幼い弟。そうして、「ごっちゃ炊き」の中のタマネギと同じ
くらいに、訳が分からなくてつらい状況に辟易して食欲をなくす僕…
 …エエト、勉強はできてもしょうがなくて、それから「偉いひとのおはなし」も無駄
で、ちゃんとしなければいかんと………。 ちゃんと、なにをするんやろ????

 1960年代後半のあの頃、都会に住む若者は一生懸命流行の思想に踊らされ、
田舎に住むおっさん、おばはんは所得をなんとか増やすことだけを念頭に「高度
成長音頭」を踊ってた。
 翌年には万博が始まるはずだったが、人類の進歩と調和の予感もない、そんな
関西の片田舎の一夜だった。

by shanshando | 2011-02-10 13:18 | ■古本屋子育て日記


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