上々堂(shanshando)三鷹

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2011年 06月 17日

原発ジプシー

二十代のある夏から暮れに掛けて、高田馬場の「ヤマ」に通っていた。
演劇やダンスなどやっていると、公演の時は休まねばならないので、
なかなか普通のバイトや仕事に就くことができなかったのだ。

 西戸山公園の周辺の路上に、今も行われているんだろうか?
早朝、5時くらいから、日雇い仕事を求めて男たちが集まってくる。
毎日決まった。電信柱なら電信柱。公衆電話なら公衆電話、公園の囲いの
角っこ、植え込みの隅など所々に手配師が立ち、「タタキ8500!」とか、
「ネギリ8000!」などと呼ばわっているのに、声をかけて雇ってもらう。
「タタキ」は、生コンを打つ時の仮枠を叩いて回って、コンクリートが
まんべんなく入ってゆくようにする仕事で、「ネギリ」は未だ小型のユンボが
左程普及していなかった当時、小さな建築物の基礎溝を掘る仕事。
大体は仕事のキツさに比例して賃金があがっていくが、うっかり寝過ごして
「ヤマ」に着く時間が遅くなると、カスを掴まされることになる。

 一度、八時近くなってしまって、「今日はアブレか?」とあきらめ気分でいると
初めて見る顔の手配師が、「千葉でアスファルト打ちの手伝いだけど、
8000円。交通費は出ないけど、行きは送っていくし、昼飯も食わせるよ。」
と声を掛けてきて。千葉から帰ってくる足代と飯代を天秤にかけて、結局行った
けど、そこはほとんど山中のようなところで、帰ってくるのも大変だったし、
飯は確かに出たけど、トイレに蛆がわいているような、酷いたこ部屋の食堂で、
出された飯はとても食べる気になれなかった。

 幸い当時居た劇団の友人の紹介で仕事が見つかり、半年あまりで「ヤマ」通い
はしなくてすむようになったけど、もしあのままの生活が続いていたら、私も今
原発ジプシーになっていたかもしれない。
 「ヤマ」の手配師たちはたぶん5次とか6次くらいの下請けで、現場に掛かっている
シートや看板の名前はかならず大手ゼネコンだった。岡林信康の歌じゃないけれど
日本の土木建築なんてみんなそんな構造で成り立ってきたのだ。
 バブルがはじける以前、未だワーキングプアなどという言葉がない時分から、
日本には薪や焚き木のように命を削るような生き方しか出来ない人たちが居て、
そういう人の殆どは、私のような道楽半分の生き方の代償として、そこに至った
甘ちゃんではなく、一生懸命生きてもそこに行き着くよりなかった人たちばかりなのだ。

 元請のS建設やO組やT建設などは、クライアントからおそらく当時で人夫一人当たり
2万円余りの人件費を貰い、それが段階的に削られて数千円になる。何故そんな無駄
をしたのだろう。答えはおおまかに三つ。不景気になれば切り捨てられる、事故があっても
労災など関係なしの日雇いは泣き寝入りするだけだから、安全第一の看板に傷がつかない。
それから、伝統的に利権に食いついている暴力団への利益供与。
始めから直接雇用していればコストも削減できるけど、八方四方を丸く収めるには、この手
が一番!一番大きいクライアントは公共事業だから、費用はどうせ税金もち。業界の作法
を心得ぬ役人が文句を言ったら、金を握らせて、その分も工事代金に上乗せだ。
結局泣くのは、日雇い人夫だけ。……いや本当は税金を払っている国民全部が損をしている
んだけど、まぁいずれも文句の出る心配はないわけだ。

 さて、昨日の福島第一原発の事故に関わる統合本部会見でお名前の出た、元警視庁
刑事局長 栗本英雄様、東京電力に天下られてからのお仕事はいかがですか?
渉外担当の顧問ということですが、福島が大変な折、使い捨て用の人材はいくらあっても
足りないでしょうから、さぞご苦労なことでしょう。
冷温停止に欠かせないのは、水に窒素に原発ジプシー。
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by shanshando | 2011-06-17 14:00 | ■古本屋子育て日記


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