上々堂(shanshando)三鷹

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2011年 09月 11日

「死の街」で困るひとたち

断言してもいいが、現在福島第一原発周辺の立ち入り禁止地帯に立ち入ったら、
日本語を母語として共有する内の少なからぬ人が鉢呂氏と同じ感想を持ち、
その中のまた少なからぬ人が実際に「死の街」という言葉を口にするのではないか?
家畜たちは死に耐え、物が饐え、生活の痕跡だけが空虚に放置されている。
こういう状態に対して現代日本人の多くは、「死の街」という感想を抱くのだ。
鉢呂氏の発言は別に普通じゃないか。いや普通を超えてむしろ凡庸の感があり、
そこがむしろ政治家としての資質を問われる事になりかねないかもしれないが、
別に凡庸さはこの場合罪ではないはずだ。

言ってやろうか、福一20キロ圏内は「死の街」で、原発サイト内はこの世の地獄。
いや福島全体、東日本全体がこの世の地獄といったって、ちっとも言いすぎじゃない。

マスコミは、馬鹿なのか、それとも悪意の塊なのか知らないが、こんなくだらない
失言をかたにとって、また国費の無駄遣いをさせて喜んでいる。

冷静に考えれば、「死の街」発言で迷惑しているのは誰かすぐに判るだろう。
元住民の人たちは、この大臣発言を逆手にとって、「わが故郷を『死の街』にしやがって
と怒ることもできる。所管大臣のお墨付きだから、賠償だって生半可じゃすまされない。
精神的な慰謝。求める謝罪だって、ちょっとやそっとじゃすまない。
「死の街」であるという普通の感想が、実際にそれらの人を傷つけることはない。
つまりこの発言に住民は怒る理由がないはずだ。

では誰がこのトンマ大臣に怒っているのか?
それは東電と官僚にきまっている。

戦犯にふさわしい刑罰を与えない曖昧さが、こうした三文芝居を生んで、税金はまた
浪費されていく。
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by shanshando | 2011-09-11 14:51 | ■古本屋子育て日記


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