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上々堂(shanshando)三鷹

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2005年 08月 20日

古本屋の掃苔帖 第三十五回 浮谷東次郎

「夭折」をテーマにした本というのは、やはり避けたくなる。
十代の終わり頃「二十歳の原点」を読んで、はからずも涙して以来、
意地でも読まんのだと頑張って来たが、とにかく今日は読んでしま
った。
浮谷東次郎「がむしゃら1500キロ」。
まぁ、この人が若くして死んじゃっただけで、別にこの本は
夭折がらみじゃないからいいか。
1957年というから昭和32年の夏、中学三年生の浮谷は前の年、
14歳の誕生日に父親に買い与えられたドイツ製の50ccバイク
クライドラーに乗って、千葉の市川から大阪までの旅行を決行する。
前三行の文章でわかる情報がすくなくとも二つありますね。
ひとつは、この当時まだ14歳の子供がバイクの免許を取得できた
という事、本の記述によるとバイクを買ってもらった次の日さっ
そく免許を取りに行ったとある。
もうひとつは浮谷さん家は大変お金持ちだということ。
昭和32年の日本はまだ貧しかった。
フランク永井が「13,800円」という歌を唄った。月給の事ですね。
お嫁さんをもらって、贅沢いわなきゃ喰えるじゃないか…という歌です。
この時代に中学生の息子にポンとドイツ製のバイクを買ってあげちゃう。
旅行費用にポンと一万円出しちゃう。
相当なお金持ちですね。しかもわりと放任主義で育ててるように見えま
すが、何者なんでしょう?まっいいか。
とにかく、このお坊ちゃん、お坊ちゃんらしくもない自立心の持ち主で
冒険心に満ちあふれ、未だ舗装もされていない国道1号線を原チャリで
トコトコ走り出す。
夏の炎天の砂利道、交通量は少ないでしょうが、埃は大変なものでしょう。
そのなかをとうとう二日で大阪まで行って、ついでに神戸に足をのばし、
帰りには紀伊半島まで廻ってる。ごくろうさん。

この本の愉しさはバイクに乗らない人には判りにくいかもしれない。バイ
ク乗りは乗っている間、目は外界を見ているが心は自分の内部を見つめる、
外と内を等分にみつめる経験は十代の若者には本来のぞましい体験なのだ。
暴走族などは群れるからいかんのだ。まぁ群れるのは暴走族だけではなく、
老若男女現代日本人すべての習癖かもしれないが。

浮谷東次郎というこの若者はもともとの自立心にかさねてこのような体験
を通し独立不覊の男に成長する。
そして、60年から三年間の滞米を経てレーシングドライバーに。
1965年8月20日鈴鹿サーキットで走行中、コース内に立ち入った人間を
避けて自分自身は照明塔に激突、死亡する。23歳だった。
彼の日本人ばなれした社交性はさまざな人の語り草として今に伝えられる。
今生きてれば63歳か、どんな親父になってただろう。

by shanshando | 2005-08-20 22:51 | ■古本屋の掃苔帖


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