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上々堂(shanshando)三鷹

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2005年 12月 13日

古本屋の掃苔帖 第百二十八回 森田草平

恋愛は暇人の特権である。といったのは誰だったか?
確かに一般にはあまりに忙しいと、そんなことをしている余裕が
ないのは事実だけれど。世のなかには、忙暇に関係なく多情な
人がいるもので、眠る間も惜しむ忙しさのなかにありながら、また
は生活に逼迫するような窮乏にありながら、ちゃっかり恋愛をして
いる人があるもので、要は簡単にいえばスケベなのだろう。

森田草平の一生をみると、間断隙間なく恋愛ばかりしている。
世に成就した恋愛というものぐらい非生産的なものはなく、精々が
子をなし家庭を築くくらいのものだが、それらは生殖というのであって
生産とは良くも悪くも社会にむけて行われるものでなくてはならない。
一念発起して事業を起こそうとか、芸術をもって世のなかに認めら
れようなどというパワーは、むしろ成就しない恋、つまり片思いか、
失恋によって生まれるものである。逆に言えば、恋が成就するもの
はそうした事に成功できないわけで、俗にこれを「色男、金と力は
なかりけり」という。

私が今見ている写真の森田草平はけっしてというか、全然色男では
ない、しかしどうやらこの男の女をたぶらかす必殺技は筆まめさに
あったようで、かの青鞜の平塚雷鳥女史が自作の小説に対する
長文の手紙による評でコロッとやられている。
青鞜といえば当時の革新的な女性の代表的集団である。「革新的な
女性」というとイコール「容姿はイマイチ」というふうに思ってしまいがち
で、実際私などの世代がテレビで見る機会があった元青鞜メンバーで
ある処の市川房江先生などは、テレビに映っていようが気にせず大また
開きで腰掛け、毛糸のパンツ丸見せで、その姿はあまりにかっこよすぎ
て、恋とか愛とか言い出すと「そんなもんキミぃ‥」とお叱りを受けそうな
早い話が美人じゃないほうの人だったが、平塚雷鳥はちがう。写真で見
ても実にどーもいい女。どうしてこんないい女が、森田草平みたいな「穿
き潰した下駄の裏」みたいな男にと思ってしまうのである。

結局ふたりの恋は心中未遂までいって破綻、この一連の事件をもとにし
て森田草平が書いた小説「煤煙」は、漱石の尽力により朝日新聞の連載
小説となり、森田は一応文名をあげる事になる。
しかし、その後翻訳では様々な仕事をするが、小説家としては大成する
ことができないまま昭和24年12月14日肝硬変のため死亡する。
享年68歳

by shanshando | 2005-12-13 16:30 | ■古本屋の掃苔帖


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