上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 03月 12日

古本屋の掃苔帖 第二百三回 加太こうじ

1918年、つまり大正7年に浅草の神吉町に生まれている。
同年生れの人には、田中角栄、6代目松鶴 いわさきちひろ
などがいて、加太こうじを中心に並べてみるとなんとなく共
通点が見えてきそうな顔ぶれである。

5歳で大震災に遭い、9歳の時家のすぐ側を日本初の地下鉄
が通っているが、ちょうどその時分は荒川区の親戚の家に預
けられていたかもしれない。なにしろしかし東京の下町の時
代にともなう変遷をみて育ったわけだ。
14歳から収入を得るため紙芝居の絵を描き始め、昭和34年に
廃業するまで27年間描き続けて、戦後はその世界のドンのよ
うな存在であったらしい。

ドンと云っても、その著書を読むとわかるように頑固なマル
クス主義思想の持ち主で、かつ下町人らしい世話好きの彼は
名利を思うがままにしたというわけではないらしい。
丸山真男達がやっていた「思想の科学」が、嶋中事件にビビっ
た中央公論に見放された時に続行するための金をだしたりして
いる。
また、講談師で古本屋の田辺一鶴師が「長嶋茂雄物語」や「東
京オリンピック」などという新作ネタで売り出した時も、その
案を練り試演したのは、加太こうじの家に集まっていた人たち
の前で、そのグループのひとりに水木しげるもいたという。
ようするに親分肌のマルキストという事か。赤旗の日曜版など
も手がけていたらしいが、小学校しか出ていない彼は学歴優先
の傾向が強い共産党とはなじまなかったらしい。

代名詞のようにいわれる紙芝居「黄金バット」は、永松武雄と
いう画家から彼が引き継いだもので、彼自身の完全な創作では
ない。また、「日本のやくざ」や「下町の民俗学」等の著書は
面白いのだが、ともすると話がマルキシズム的傾向を帯び、そ
こがちょっと読んでてつらい。
1998年まで生きていて、共産主義の実質的崩壊も目の当たり
にしているわけだから、それに関する発言も何処かでしている
かと探してみたが見つからなかった。

加太こうじは1998年の明日、3月13日心不全で他界している。
心不全というのは往々にして老衰などで病名が特定しにくい時
に医者が使う手だから、ようするに老衰だったのだろう。
享年80歳
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by shanshando | 2006-03-12 15:35 | ■古本屋の掃苔帖


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