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上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 05月 20日

古本屋の掃苔帖 第二百四十七回 野口英世

小学生の時、学校図書館の一番人気は文句なしでポプラ社の
ホームズシリーズとルパンシリーズ、それから少年探偵団もの
。二番人気は、やはりポプラ社の偉人伝シリーズだったように思
う。勿論もう昔々の昭和のことであるが。
今はおそらく、「怪傑ゾロリ」に抜かされているのだろうか?
考えてみると、あの偉人伝シリーズは罪な本である。
あの中に書いてあった人間像を大人になっても信じ込んでいる人
は少ないだろうが、子供の本だからと言って奇麗事だけ書いて済
まそうというのは違うんじゃないかと思う。

道徳教育云々が、それを語る資格が丸でないような政治家達に
よって語られているが、例えば木下藤吉郎が信長の草履を懐で
暖めたなどという逸話を教科書に載せるなどと誰かが言い出せ
ば、さすがにその政治家達も、「それはちょっとまずいんじゃない
か」と言うだろう。(女性のパンツを被るのが好きな総理候補もい
るぐらいだから、意外と言わないかもしれないネ。)

私もずいぶんあのシリーズを読んだほうで、確か「宮沢賢治」や
「ベートーベン」などは親に買ってもらって持っていた。
外で遊ぶことが苦手で、家の中にばかり居た少年時代の読書体
験の入り口で出会った本は結構その人間の一生に影響する。
私はいまだに、ベートーベンの狂躁的な熱や、宮沢賢治のもつス
トイックなイメージに憧れるところがある。
子供の本の製作者としては、例えばベートーベンの聴覚障害が
梅毒によるものだという事や、宮沢賢治は実は農薬の奨励者だっ
たとか書くことは難しいし、意味ないかもしれないが、他のメディア
を通して様々な悪意が世の中にあることを知らざるを得ない時代
に生きる子供に、人間を美化した情報だけ与えるというのはどんな
ものだろう?むしろ、人間は善悪、美醜を兼ね備えたものである事
を教える事のほうが大事ではないか?

野口英世は、その偉人伝の影響もあって永年、「親孝行の手本」
「刻苦勉励の人」「日本人として世界の医学界に功績を残した最
初の人」という、イメージで語り伝えられた。それを一般に否定し
てみせたのは渡辺淳一の小説「遠い落日」である。
実際の英世は、金銭感覚がルーズで、放蕩癖があり、コンプレッ
クスが強く、その功績も現在ではその殆どが否定されている。
地道な努力家というよりは、むしろある種の芸術家のようなエキセ
ントリックさを持った人間であったらしい。
病原菌の研究に没頭すると殆ど眠らなかったというのは事実らし
いが、時代はすでにウィルスの時代に突入しようとしており、彼が
打ち込んだ細菌研究はすでに過去のものとなっていた。
1927年、ストークスによって自らが開発した黄熱病のワクチンを
否定された英世は、翌年アフリカ ガーナのアクラに研究施設を設
け、黄熱病の現地での研究をおこなうが、やがて自らも感染、同年
すなわち1928年の明日、5月21日死亡した。
享年51歳。

by shanshando | 2006-05-20 16:24 | ■古本屋の掃苔帖


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