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上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 09月 29日

古本屋の掃苔帖 第三百十四回 山岡荘八

出張買取に行って出会うと、思わずため息の出てしまう本がある。
「お声がかかればこまめに出張」が信条なので、少量でも喜んで
出張するのだが、やはりどうしょうもない本というのがあって、その
代表選手がこの山岡荘八の「徳川家康」である。
需要より供給が完全に多すぎてどうしようもないタイプの本である。

出張買取の依頼の折は、出来るだけ本の種類、タイトルなどを聞く
のだが、「徳川家康」の名前が出るとその買取は、かなりの確率で
はずれと思って間違いない。その時点でもうすこし内容を聞いてみ
て、お断りしてしまう場合もある。
同じ時代小説のベストセラーでも「竜馬がゆく」の名前があがった時
は、その他の本もあまりハズレがない。しかし「徳川家康」を一番にあ
げるお宅からは、失礼ながら殆ど良いものが出ない。
何故だろう?

両者の執筆開始には8年の開きがあるが、出来上がったのは、ほぼ
一緒。「家康」が1950年から1967年、「竜馬」が62年から66年。
ほぼ同時代の小説と言っていいと思うが、買取に行ってみると読者
層の違いがあるようだ。「竜馬」のほうが圧倒的に若い人が多いのだ。
これは、主人公のキャラクター設定の差であると思われる。
隠忍自重の家康に対して、自由奔放の竜馬。体制の創造者である家
康に対して、解体者である竜馬。歴史上の人物としての両者の存在と
いうより、書き手としての山岡荘八と司馬遼太郎の時代感の違いであ
るかもしれない。

山岡荘八は戦前に編集者から転向した作家であり、この小説を書き
出した当初は、未だ公職追放の身であった。敗戦後の生活をやがて
立ち上げられるべき新しい体制への雌伏の時と感じた山岡に対して、
すべてのイデオロギーやそれによって打ち立てられる体制に対して、
懐疑的だった司馬。どちらも当時の国民感情には沿ったものでありな
がら、変遷する時代風潮の中で、司馬は生き残り、山岡は色褪せて
いったのかもしれない。
いや、高々古本屋の買取体験から偉そうなことを言っちゃうナァ、僕って。

山岡荘八は、1978年の明日、9月30日ホジキン氏病という病気で71
歳の生涯を閉じている。

by shanshando | 2006-09-29 15:19 | ■古本屋の掃苔帖


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