上々堂(shanshando)三鷹

shanshando.exblog.jp
ブログトップ
2007年 02月 01日

ちのすけ  後編

私には元来動物を愛玩する趣味はないので、まさに窮鳥が飛び
込んで来なければ、生涯鳥を飼うことなどなかっただろう。
その年の2月に父親を癌で見送っており、鳥が飛び込んで来たの
が丁度その新盆に近い日だったなどと言えば、なんだかインチキ
霊媒師の恰好の餌食になりそうな因縁話であるが。その為に命と
いうことに敏感になっていたのは事実なようだ。

いざ飼ってみると小鳥は大変可愛いもので、飼籠の掃除のため
移し替える時など、手のひらに包むと、小さな身体のなかにも温
もりと鼓動が感じられ、最初のうちはあまりに怖々掴んで取り逃
がしてしまったりした。
逃げると、その当時棲んでた借家には在庫を積んで置く習慣が
あったものだから、その影に隠れて容易にはみつからない。
あやまって本の山を崩すと小鳥が怪我をするかもしれない。
注意深く探すこちらをからかうように二階の巴続きの三間を逃げ
回るのを、うろたえながら追っていると、一周したところで自ら
籠の上に乗って待っていたりする。

餌もよく食べるようになり、手乗りこそしないものの、私と他の人
間を見分けているような風情も感じられるようになると、ちのすけ
の存在は私に欠かせないものとなってきた。
やがて秋になり、冬が近づくと、経験のない私は小鳥を無事越冬
させられるか不安になってきた。いつも籠をぶら下げていた窓辺は
南東向きで日中は暖かいが、やはり安普請の木造で夕方からは結
構冷える。ストーブを入れた部屋に夜だけ移すことも考えたが、石
油ストーブは小鳥の吸気に悪そうだ。
結局、夜は布の代わりに通気口を開けたダンボールで籠を覆うこと
にした。考えてみれば気にしすぎだったかもしれないが、私自身が
この小さな命に心を傾けることを癒しとして、依存していたせいかも
しれない。

暮れが近づくと、別な悩み事が出て来た。
先述したように父親をその年に亡くしており、正月は祝うわけにはい
かないが、郷里には母がいるので帰らねばならないが、そうすると
ちのすけを置き去りにすることになる。一晩くらいならなんとかなりそ
うだが、郷里は関西で、とんぼがえりというわけにもいかない。
預かってくれる友達を探したが、みな正月の事とて都合がつかない、
さんざん悩んだあげく、私は飼籠を袋で覆い新幹線で一緒に連れて
帰ることにした。
途中、不安で何度も籠を覘いたが、ちのすけは変わりなく、着いてか
らも元気にさえずっていた。ところが30日に帰省し、大晦日、未だ元気
だったちのすけは、元日の朝郷里の家の縁側に置かれた籠の中で冷たく
なって、死んでいた。

今さら、私はこんなことを書き始めたことを悔やんでいる。
充分な時間が経って、もう気持ちが乾いていると思ったのに、あのちいさな
鳥の事を思うとたまらなくなる。
まったく柄にもない話で、古本屋に飛び込んで来た珍客の騒動を書くつもり
が、思わず湿っぽい話になって申し訳ない。
[PR]

by shanshando | 2007-02-01 14:17 | ■原チャリ仕入れ旅■


<< 雪見酒      ちのすけ 前編 >>