上々堂(shanshando)三鷹

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2007年 02月 06日

景色と読書

本を読み出すと、読み終わるまで絶対に頁から目を離さないという
ヒトは余りいないだろう。漫画好きのヒトたちにはマレにいるが、文章
主体の本だと、余程短いものでもない限り必ず途中で何度か目を
離して一息ついたりする。
その時、見えるものはどういうものが好ましいだろう?

ヒトは様々だから、「俺は納豆をバケツ一杯ネバネバに練っておいて
それを見るのが一番好きだ!」というヒトがいるかもしれないし、
「私は女装した自分の姿を鏡に映しながら、『若草物語』を読むのが
好きなの!」というヒトも居たって構わないが、そういうのはかなり特
殊な趣味なので、この際除外するとして、やはり一般的には適度に
無意味な景色がいいのではないかと思うのだがどうだろう?

昨日は春のような天気で、私は休みだったものだから(上々堂は無
休ですが。)近所にある区の体育施設の総合グランドのベンチで昼
御飯を食べた。
別に何かの競技を観戦に行ったのではなく、ただの人影もまばらな
グランドを眺めて、サンドイッチを食べたのだ。
そのグランドは、「総合」というくらいだからいろんなスポーツが出来る
ようにラインが引かれているが、地面の大方は緑と赤のウレタンで覆
われ、土が見えるのは野球用のマウンドとホームベースの周辺ぐら
いしかない。
青い空の下に人工的な緑と赤の配色が適度に無意味で、美しい。
これは、本を読むのにふさわしい環境ではないか?

無人なのを良いことにベンチに寝転んで、例えば19世紀の海洋ロマ
ンの小説を読んでいると、グランドを渡って吹いてくる風に気のせいか
潮の匂いが混じってくる。まさかと思って顔を持ち上げると少し離れた
所に白い帽子を被った少女がいつのまにか来て、座っている…。
なんていうのはちょっとクサイか。

実際の海だとか渓谷だとか、あまり景色の良いところは読書には不向
きな気がする。どんな名作だって自然ほど豊かなわけはないし、本当
の事を云えば書物など、自然の造形に比べれば与えるものは遥かに
貧弱なのだから。

大通りに面した喫茶店の窓辺で本を読むというのも、違う気がする。
人間という造形はあらゆる自然の造形物のなかで一番興味深いもの
なのだから。行過ぎるヒトを観て私は飽きるところがない。

ではグランドのベンチ以外、どういうところが読書にむくだろう?
トイレのようにまったく一人になれる場所、大勢の人と一緒でもそこに
居なければならない時間が長すぎて、もう周囲にたいする感心も擦り
切れるような場所、例えば病院の待合室。人によっては長時間乗る乗
り物のなかをあげる人もいるだろうが、これはどうだろう?
確かに長時間同じ人間に囲まれていると、感心は擦り切れるが、窓の
ない乗り物はなく。窓の外の景色は刻々と変化するのだから…。
特に飛行機の中から見る景色は、適度に意味がないどころか、こちら
の想像力が追いつかないくらい巨大な意味を含んでいたりするから、
書物なんか読むどころではない。

私が今までに観た中でまさに圧巻だった景色は、ベルギーに行った折
の飛行機の中で観たシベリアの大地に沈む夕日である。
黒からコバルト色、そして薄墨色へのグラデーションを描く空と黒く沈み
込むタイガの樹林のはざまに一瞬奇跡のように輝くオレンジのライン。
もう、あれを観ただけでその時の私は、パリについてそのまま引き返す
事になってもいいと思ったぐらいだ。(勿論、本当にそうなったらイヤ
だけど)
あまりの感動に私は、隣の席の岡崎さんに声をかけた。
「岡崎さん、綺麗ですよ!」
「エッ!ああホンマやなぁ。」
岡崎さんはすぐに手元の「志ん生全集」に目を戻した。
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by shanshando | 2007-02-06 15:09 | ■原チャリ仕入れ旅■


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