上々堂(shanshando)三鷹

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2007年 02月 11日

姐ちゃん

店売りの古本屋をやっていて、いいことがひとつある。
遠来の友達が訪ねて来てくれやすいのだ。
みんな何かの用事や仕事で上京して、ひょっこり時間が
空いたりすると訪ねてくれる。
昨日は、大阪から古い友達が 突然訪ねて来た。
その昔、私が山梨県の白州というところで行われていた
アートフェスティバルに毎年出演していた頃、ボランティア
で運営に関わっていた女性で初めて会った時は、高校生だった
のが、年月を経て今は養護学校の先生になっている。
関西人の私は心置きなく関西弁で話せる相手に会うと、脳内に
花が咲いて、活性化する。昨日は彼女ナルミちゃんのおかげで
随分と記憶が活性化して、古い事を色々思い出した。

ナルミちゃんと会った丁度その時分、まだ浪速書林の丁稚だった
現在のクライン文庫が主宰して、大阪でパフォーマンス関係のイ
ベントを催したのに出掛けた時の事である。
低予算のイベントなので、宿泊は現地スタッフの家に分宿するの
だが、私に割り振られたのがヤノさんという姐御の生駒のお家、
関西風の文化住宅というやつだ。まぁ長屋みたいなものと思って
もらえばいい。
ヤノさん姐ちゃんは、当時30過ぎでやはり学校の先生をしていた
が、あれは余程ストレスの貯まる仕事と見えて、お酒はいけ過ぎる
ほどにいける口、泊めてもらった日も打ち上げで痛飲して、生駒の
文化住宅に到着するころにはお互いベロベロ。私は尿意を催した
ので、着いてすぐ。
「ヤノさん、トイレ貸して?」と云った。
姐ちゃんは、「ええけど、持って帰らんといてや」とベタな冗談を云っ
たか、どうかは忘れたけど。荷物を下ろした私がトイレに飛び込もう
とした直前に。
「そうや、イシマルこぼしたらアカンで、床に金魚がおるから。」と云った。
「こぼしたら…は判るけど、金魚ってなんやねん?」
「入ったら判る。とにかく気をつけて!」
ドアを開けると半畳足らずのトイレの床に大きな盥が置いてあり、金魚
がいる。私は用心深く用を済ませて出てから。姐ちゃんに聞いた。
「どうしたん?あれ。」
「イヤ、3月の始め頃ドブで拾ろてん。」
「ドブ?」
「うん、夜中に酔っぱらって帰ってくる途中ドブにはまってな、ほんで私は
もう邪魔臭いから此処で寝よと思てたら、前に金魚が泳いどってん、
それでこれはイカン、3月とは言え夜中は冷えるのに、このままやったら
金魚が凍死すると思たら、いっぺんに目が醒めて、大急ぎで家に戻って
来て、入れもん持って救出してきたんや。ほんで飼うところないから
あそこで飼うとんねん。」
コラコラ、金魚の心配する前に自分の心配せんかい!
あの、ここまで書いて心配になったんだけど、私とヤノさんの間に何か
あったと思うヒトがいるといけないので断っときます。ワタシタチハ清カッタ。

とにかくそんなヤノさん姐ちゃんとは、その後時々音信があったが、ある時
突然結婚したという朗報が飛び込んだ。この結婚がまた凄くて、少子化
問題に悩む内閣に教えてやりたいほどのものなのだ。
30代後半にさしかかり仕事にもいろいろ疑問を抱えていた姐ちゃんは、あ
る日の宴会で人生の転結機を力技で切り替えてみせたのだ。

おそらく「このままではイカン」という言葉を頭の中に響かせながら、その日
も盃を重ねていた姐ちゃんは、その場に居並ぶ大人数に向かって大声で
こう叫んだ。
「この中で、私とSEXして子供造るヒト、手を挙げなさい!」
みんなの目が一瞬点になった。
しかし、やはり人生は気合いの入ったもの勝ちである。
まもなく一人の男前がスッと手を挙げて、それで見事ゴールイン!
今や三人の子供がいるお母さん。
震災の時は、間一髪!あの直前にそれまで住んでいたマンションを売却し、
中古だが庭木の綺麗な一軒家に引っ越したばかりで、マンションは倒壊したけ
ど、一軒家は何事もなく、家族一同無事だった。

もともと、子供が好きなヤノさん姐ちゃん。自分は凍死してもいいけど、金魚は
見捨てられないヤノさん姐ちゃん。さぞかし良妻賢母にと思いきや、それはまぁ
そう簡単ではない。
ある日東京で公演をしていた私の楽屋にヤノさん姐ちゃんが現れた。
「どうしてん?いきなりやなあ!ご家族お元気?」ビックリして聞いた私に、ヤノ
さん姐ちゃん、ニッコリ笑ってこう答えた。
「ハハハ朝から夫婦喧嘩して頭来たから、亭主に子供の面倒しっかりみとけよ!
云うて、出て来たった!」

会いたいなあ、ヤノさん姐ちゃん。
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by shanshando | 2007-02-11 15:07 | ■原チャリ仕入れ旅■


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