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上々堂(shanshando)三鷹

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2007年 02月 22日

「るきさん」と禅

普段、古本屋で淡々とした日常を送っていて、タマに舞台をやるのは
非常に疲れます。テンションを無理矢理揚げる為、脳内麻薬みたいなも
のが分泌される為ではないでせうか。
若い頃一時期は舞台が日常だった事があって、その時はむしろ普通の
生活がカッタルかったのですが、今では日常のチマチマが基本ペース
になってしまったようです。
特に、人に振り付けたり、構成だとか演出をするというのは小さな舞台でも
一種の狂気を要求される仕事で、日常との落差が大きいのです。
正月以来若干鬱になっていたのは、この落差を無理矢理埋めようとした
せいかもしれません。

昨日は、仕入れの日でしたが、早々に収穫が得られて、五時の買取りまで
ポッコリ時間があいたので、家で寝ころんで高野文子の「るきさん」を読み
ました。
高野さんは、この「るきさん」のキャラクターが嫌いだと、「ユリイカ」の特集で
云ってましたが、わかるような、わからないような…。

ともかく私はこの るきさん という女性というか、彼女の地味でマイペースで
ちょっとだけヘンな日常が好きで。神経が昂ったあとには良く読みます。
心の恋人なのです。
小さな病院の保険の点数計算を請け負いでやるという仕事が本当に世の中
にあるのか、フィクションなのか知りませんが、あれば私が知る限りでは「川の
水位の見張り番」の次にのんびりした仕事で、「川…」のほうは、下手をすると
人間との没交渉が嵩じて鬱になりそうだけど、「点数計算…」は程よいんじゃ
ないかと思います。

人に聞いた話ですが、ある曹洞宗のお坊さんで、今は婿入りしてある寺の住
職をされている方は、永平寺に入山するまでやはり鬱の徴候があって、言わば
世界との交渉を断ち切るために逃げ込むように入山されたそうです。
今朝NHKで永平寺の生活を紹介していましたが、一見厳しく見えるあの暮し
は鬱の症状を抱える人にとっては天国なのだそうです。
なにしろ、自分で何か決めたり、考えたりしなくても、与えられた作務を淡々と
こなしていれば良い。NHKのアナウンサーは禅の修行を「自分と向かい合う」
なんて云ってましたが、それは逆なんじゃないでしょうか?
本当は、なるだけ自分と向かい合わない修行のような気がします。
彼の住職は、「また辛くなったら、すぐに本山に逃げる」と云っているそうです。

高野さんが るきさん の事が嫌いなのはもしかしたら、冒険とか波乱を好まず、
日常の殻に閉じこもっている彼女に、作者である自分自身のなかに潜む怯懦
を見てそれが嫌いなのかもしれませんし。
心が疲弊した時に「るきさん」を読みたくなる私は、「 日常の中で何時でも待っ
ていてくれる母の幻像」を女性の中に求めたがるただのマザコン男なのかもし
れません。

by shanshando | 2007-02-22 14:57 | ■原チャリ仕入れ旅■


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