上々堂(shanshando)三鷹

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2007年 03月 11日

人生の夢は消去法で絞られて行く。
読書少年だった幼い頃の私には、ざっと200ぐらいは将来に関する夢を
持っていた。

宮沢賢治のような農民詩人には是非なりたかったし、ケネディのような
政治家にもなるはずだったし、シュリーマンのような考古学者になるべく
近くの山中に古代の土器を発掘に行った事もある。
スポーツは全般に不得意だったが、高校を卒業するまでにはプロ球団の
スカウトが私の隠れた才能を発見して誘いにくることは疑った事も無かった。

ゴッホのように生前は誰にも認められずに終わるが、死後素晴らしい才能と
して発見される可能性も充分考えられたので、絵も随分描き溜めたが、
それらは部屋が片付かないことに業を煮やした母によって、ある年の大掃除
で一辺に燃やされてしまった。誠に美意識の欠如した人間というのは哀れむ
べきで、彼女は自分の息子が悲劇的な夭折をとげた後に、自分に莫大な
資産がもたらされる可能性を自ら焼き払ったのだ。私はそれらのメイ作が
焼かれたことによって、夭折の悲劇性を後世に伝える要素が失われることに
なったので、已む無く二十歳までに夭折するという予定を変更せざるを得な
かった。

その他、自分でも憶えていないほどの数の夢を持っていた私は、それらどうし
が相矛盾する夢であっても(喩えば、ナポレオンのような覇者でありつつ、ガン
ジーのような平和主義者でもあるというような…)、何ら自らの中で齟齬を起こ
す事はなかった。それらは思いついたその時にすでに確信であり、疑うべくも
ない事実だったのだ。多少のつじつまは世間のほうで調節すればよいことで、
私のような天才がそんな細かい事を気にする必要など更に感じなかった。

気付いた方はすでに気付いたと思うが、私はポプラ社の伝記シリーズの熱心
な読者だったのだ。
以前、どなたかにご指摘いただいたように私は『お坊ちゃん育ち』なので、子供
の頃は玩具は買ってもらえなかったが、本なら好きなだけ買ってもらえた。
私の父は、子供には充分な読書の機会を与えるのが最上の教育だと信じてい
たのだ。

世に云われる子供のための良い習慣とは、すべてネガティブな可能性をも併せ
持っている物である。喩えば武道で身体を鍛えた子供は長じて暴力団の用心棒
になるかもしれないし、整理整頓を躾けられた子供は極度の潔癖症が嵩じて、
神経症から電波系になるかもしれない。
本屋がこんな事を云ってはいけないかもしれないが、あまり子供に無分別に読書
の機会を与えるのはどんなものだろう?アナタのお子さんが私のようなガイ◯チに
なってからでは取り返しがつかない。私の父も最後まで後悔していた。「こんなこと
なら本なんか読ませるんじゃなかった…。」

さて、父の嘆きは父の問題だからほっておくとして、消去法で一つずつ消されてい
った可能性の末、私は現在こうやって殆ど儲からない古本屋をやっているが、これは
無論世を忍ぶ仮の姿にすぎない。私には未だ「売れっ子演歌歌手になる可能性」や
「ガラパゴス諸島を私的に領有して動物王国の王となる可能性」をはじめ30あまりの
可能性が残されていて、そのどれかが近い将来実現しそうな予感が日ごとに高まっ
ているからである。
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by shanshando | 2007-03-11 13:32 | ■原チャリ仕入れ旅■


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