上々堂(shanshando)三鷹

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2007年 03月 15日

あとは死んでから。

私にもし「古本屋向き」の資質があるとすれば、それはお年寄りが
好きだと云う事だろう。
好きと云っても、「それじゃ、片一方に若い女性ばかりが住んでいる
島があって、もう一方にお年寄りばかりの島があって、どちらか一つ
に移り住むとしたら、お年寄りのほうに行くか?」と聞かれたら、その
場合は躊躇することなく若い女性を選ぶのだけど、そういう比較の
問題は置いといて、一般的に私はお年寄りの持っている気のような
ものが好きなのだ。

私は子供の頃から虚弱体質だったので、「荒らけない」事が苦手だった。
「荒らけない」というのは、関西でももうあんまり若い人は使わないだろう
けれど「乱暴な」というような意味の方言だが、虚弱児の私は他の子
が野球とかドッジボールをして遊んでいる時に、母親が近所や親戚の
お年寄りと話しているのを傍らで聞きながら「荒らけなくない」時間を過
ごして成長した。
お年寄りの話はバッハの音楽のように同じ旋律を何度も繰り返す。
お年寄りが嫌いな人は、多分それが耐えられないのだろうけれど、私の
ような虚弱児にはそれが母の胎内で聞いた心音のように心安らぐのだ。

古本屋が出張買取りに伺って、一番長い時間を共にするのがお年寄りである。
若い人の売って呉れる本の量は多いと云っても知れていて、精々100冊から
500冊、1000冊というのはあまりない。出版年代も限られているから、
査定に左程時間がかからない。
比べてお年寄りは長い年月に蒐集された物をまとめて処分して下さること
が多いから、量的にも内容的にも査定に時間がかかる。
何十年ものキャリアをもっている人ならそれなりに、頭にデータが入って
いるから手っ取り早いだろうけれど、私のような10年選手では、一々勉強
しながらやっているようなもので(勿論謙遜ですが)、とにかく手っ取り早く
というわけにはいかないのだ。
必然、お話をしながらゆっくりと一冊ずつ繰っていくことになる。

話をしながら査定なんて、そんなことして失敗しないのかとご心配の人も
いるかもしれないけど、相手がお年寄りだと大丈夫なのだ。
相手が若いセクシーな女性なんかだったりすると、これは非常に危うくって、
うっかり話しながら査定していたら、売値より高く買っちゃったなんてことにな
りかねないが、お年寄りなら大丈夫。バッハだから。

朝一番で伺って、午前中はおおまかな仕分け、昼食を摂りに一度帰って午後
から本格的に査定、途中お茶など頂いたりしてお話をしながら何千冊の本を
査定。終わる頃にはその方の半生記が書けるほどに打ち解けている事もある。
値段を決めてお支払いして、手配しておいたトラックに本を積み込んで、ご挨
拶して帰ろうとすると、
「有り難うございました。お陰ですっきりしました。残した物も本当はもうあまり
読めないだろうと思うのだけれど、一辺に全部整理しちゃうと淋しいからね、
まぁ、あとは又私が死んでから。」
これが困るのだ。
だってねえ、楽しみに待ってますとも云えないし…。
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by shanshando | 2007-03-15 14:19 | ■原チャリ仕入れ旅■


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