2007年 05月 04日
午前中の買取で汗を書いたので、店を開けてすぐお客様がいない隙に 近くの自販機までお茶を買いに走った。 戻ってみると入れ違いに一人の若い男性が来ていて、 「買取は一冊からでもしますか?」と聞く。 「本によりけりですね。」と答えると、肩から提げた鞄を探って一冊取り 出した。生田耕作訳の「アンドレ・ブルトン集成」の5、「シュールレアリ スム宣言」がはいっているやつだ。 本はまことに結構なのだが、状態がひどい。箱はおろかビニールカバー もとれて、おまけに表紙にスレがある。 まともなら1500から2000で売れる本だが、これでは500か下手すると 300円という売値になる。売れるとはいえ希少な本ではなく、状態のいい のが探せばいくらでも手に入る本だから、裸でキズモノとあっては安売り しかない。 いやな予感がする買取だ。大体一冊だけ持ってくる人というのは、よっぽど お金に困っていて、「なんとか新宿までの電車代を…」というような人か、 そうでなければ世間知らずで、自分の蔵書に途方もない妄想を持っている 人が多いのだ。 前者のような経験は私も若い頃に散々しているので、率直に相談されれば こんな本でも新宿は無理でも中野くらいまでの電車代なら相談に乗らない こともないが、この男性にはそういう切羽詰ったかんじがしないから、ここは 物なりに正当な値段を言うしかない。 「100円なら買わせてもらいますが。」 古本屋の本は返品が利かないから、リスクを加味した値段をつけるのだ。 たとえばこれが現代の作家の小説本で同じ状態なら、売れないリスクは 100%なわけだから勿論査定額は0となる。裸のキズモノでも100円つけ たのは、内容の良さを考えた上のことで、ちなみにこういうことはBOOK OFFではありえない。 100円というお金は物なりに正当であっても、いざそれを対価として受け取 っても使いように困る金額だ。電車にも乗れなければ、自販機のお茶も買え ない。このお客様がお金に困って本を持ち込んだ人なら、当然次には値段 の吊り上げ交渉がくるはずである。私は値段を告げながらお客様の顔を見た。 銀縁めがねで白皙という言葉が似合う勉強のできそうな青年である。 「それじゃあ売れませんね。」切って捨てるような言い方だ。 「それは、どうも」頭をさげてお返しする。 ここ数日こういう人が多いのだ。おそらく連休で銀行のATMが手数料をふん だくるのを忘れていて、どうせならといらない本を処分しがてら来られるのだ ろうが、銀行ほど悪辣になれない古本屋でも商売にならない取引は出来ない。 昨日は美術全集の端本と図録を持ち込まれた人がいて、これも買えなかった。 美術全集の端本も図録もけっして悪くないのだが、その方は二冊混じっていた 浮世絵の豪華装丁本に自信を持っておられて、当方の言った金額がお気に召 さない。 これもよくある話で、バブルの頃中の印刷はお粗末なのに外の装丁だけ立派 にして一冊数万もつけて売り出した画集を自信たっぷりに売りに来られるのだ が、そんなものに手を出していたんじゃ商売は三日でつぶれる。 私ももう猫ならとっくに化けるほど古本屋をやっていて、物の踏み違いなどまず しない。するとしたら綺麗な女性のお客様の色香に迷って高く云ってしまう時だけ だが、思えば十二年前一番はじめての出張買取はやはりお客様のお気に召さず 売って貰えなかった。 今でもはっきり覚えているその本の内容は、ダンボール一箱がすべて古いビジネ ス書で、新米とはいえ私もこれは駄目だと思ったが、なにしろ興居島屋として始 めて声がかかった出張買取である。幸先も考えて目いっぱい出せる値段を申し 出た。思えばその言い方が自信無げに聞こえたのだろう。そのお客様はこいつ は売り渋ればきっと値上げすると踏んだらしく 「その値段じゃ売れないな。」と云う。目を見るとこちらを値踏みするように笑って いる。私はなまじ幸先を考えて仮にもゴミに値段をつけたことを後悔して即座に 云った。 「そうですか、それは残念です。」 こういう場合私は今も必ず丁寧に本を揃えてお返しすることにしている。間違っ ても思い返したお客様がやっぱりその値段でいいですなんて言い出さないように 念を込めて揃えるのだ。
by shanshando
| 2007-05-04 15:13
| ■原チャリ仕入れ旅■
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