上々堂(shanshando)三鷹

shanshando.exblog.jp
ブログトップ
2007年 05月 17日

文豪とサンドイッチ

最近、土曜の夜ごとに本を売りに来てくれるカシハラノリユキさん(推定
30才勿論仮名)は、三月前までIT関係のサラリーマンだったそうである。
理由があって退職し、今は毎日図書館通いをしている。
勤めていた時は結構高級取りだったので、結構値のはる写真集や美術
関係の本を買い集めていた。今は主に失業保険とそれらの本の売り食い
で繋いでいるという。

一回の買取り高は大体3000円代で、それが彼の一週間の食費に相当する。
相場を心得ていて、多過ぎも少なすぎもしないように巧く持って来るので、
こちらも算盤にいれやすい。
自転車で三鷹台から来るらしいが、毎度では面倒だろうと思って、こちら
から出向くから少しまとめて処分されては?と言ってみたが、そんなことをし
ては、一時に蓄えを食い尽くすことになりかねず。折角の長期休暇が縮まって
しまうから、やっぱり少しずつにしたいと言う。

耐乏生活研究家の私としては(今急きょ作った肩書きですが)、彼の生活
は非常に興味深い。若い時の苦労は買ってでもしないほうがいいが、貧乏
イコール苦労という考えはあまりにも想像力に欠ける。世の中には楽しくって
ウキウキするような貧乏だってあるのだ。

カシハラさんには会社を辞める事を決めた時にひとつ決意したことがある。
それは休職中に日本文学の名作を読み尽くそうということ。
十代の初めに読んだ星新一から始まる彼の読書歴は総じて現代作家のもの
に限られ、いわゆる名作文学に触れたのは教科書に載っていたものくらいで
ある。勿論一般教養の範囲内ではいろんな作家のことは知っていても、実際
には漱石も鴎外もほとんど読んでいなかった。

話が横道に逸れるが、我々古本屋が全集の買取りをする時に、しょっちゅう聞
く言葉がある。
「いやあ、働いてる間は本なんて読めなかったからね、退職したら読んでやろ
うと思って買っておいたんだけど、実際そうなると読まないもんでねぇ…」
多くのお年寄りが最近の若い者は本を読まないと言って嘆くけど、本当は年寄
りだって読まない人は読まないのだ。

とにかく、カシハラさんは会社をやめた次の日から図書館通いを始めた。
初めは漱石から読み出し、今は鴎外、やがては谷崎、荷風をやっつける予定
なのだそうである。
本当を言えば、退職時いくらか得たものと、それまでの蓄えでいくらかの貯金が
あるそうなのだが、それには一応手を付けないのが彼のルール。
酒は飲まないなら飲まないで我慢出来るし、タバコはもともと吸わない。
毎朝9時に起きて、インスタントコーヒーと食パンで朝食をすませ図書館に出勤。
午後3時には一度帰宅して、炊きだめして小分けに冷凍したご飯を解凍して食
べる。おかずは一日おきに納豆とコロッケのローテーションを遵守する。たまに牛
丼でもと思うが、その油断が蟻の一穴になりかねないので、これは絶対遵守。
食後また図書館に戻って閉館時間までは読み続ける。読書は図書館内にかぎり、
借出しはしない。夜はもっぱら自宅でインターネット。

さて夕食だが、三鷹台には店前にはっきり深夜割引を唱っているサンドイッチ屋が
ある。pm9時 10% pm10時20% pm11時30% pm12時40%…。
カシハラさんはam1時までねばってここで半額のサンドイッチを一個買う。
在職中は若干太り気味だったお腹は、今では10代の頃のように細くなったという。
週ごとにカシハラさんの蔵書はサンドイッチとインスタントコーヒーと食パンと納豆
とコロッケとお米に化け、蔵書量の減少に伴って読書量は増えていくという不思議な
反比例が加速していく。
出来ればなんとか今年一杯は…とも思うが、そのうち保険は切れるし、蔵書量にも
限りはある。なんとか夏までに谷崎 荷風をやっつけて、仕上げに貯金をちょっとだけ
おろして旅でもしたいと仰る。なんとも羨ましいような耐乏生活だが、好事魔多し、
壮挙をとげる前に恋愛なんかしちゃって頓挫されませんように…。
深夜のサンドイッチ屋の店で最後の一個のカツサンドに同時に手が伸びた女性と
ゴールインなんてオチは三文小説ですよ。
[PR]

by shanshando | 2007-05-17 14:59 | ■原チャリ仕入れ旅■


<< ぐるぐるドカン      魚と豆 >>