上々堂(shanshando)三鷹

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2007年 08月 24日

パン猪狩

何度も書いているように、古本屋は私的な蔵書ゼロが建前だから、
いかに好きで手元に置いておきたい本でも、「一応目を通す」と
言って持ち帰って読んでしまったら、店の棚に戻さなくてはならない。
幸か不幸か毎日売るほどの量の書物に囲まれていると、不感症にな
って、左程に特定の本に未練を残すこともないけれど、偶には、
そう三年に一冊くらいはこれは手放したくないという本に出会う。
今読んでいる滝大作に拠る聞書き「パン猪狩裏街道中膝栗毛」が
まさにその一冊である。
ネットの情報に拠ると左程ない本ではないはずだが、何故か私は古本
屋生活18年(店員時代を含む)にして始めて出遭った。

東京コミックショーのショパン猪狩の長兄であり、早野凡平らの師匠
でもあり、彼らそれぞれの持ちネタの提供者でもあるパン猪狩に関し
ては色川武大氏の本で知ってはいたが、その芸を観たことはないし、
色川氏の思いのたけがこもったパン猪狩伝だけでは、なかなかどういう
人なのか掴みかねたが、今回滝大作さんの見事な聞書きで、まさに
その人となりに触れた気がして、うーんナルホド!
芸能好きで芸人に関する評伝もの等は大抵読んでいる私だが、パン
猪狩は確かに日本の他の芸人とくらべて完全に異質だと思う。
なんだか芸人の伝記というより、社会の底辺で生きてきた無頼漢の醒
めた描写に拠る近現代風俗誌という感じ。
そう、パン猪狩は醒めたペーソスの持ち主で、この「醒めた」ペーソス
というのが日本の他の芸人には類を見ない点なのだろう。
たとえば先日私は古い松竹新喜劇の映像を弟に貰って観てみたが、
藤山寛美のペーソスはベタベタと湿っぽくって、作品によってはそれが
しょうがないくらい鼻につく。

勿論、本で聞書きを読んだくらいで何が判ると言われればそれまでな
のだが、読めば読むほどに滝氏の聞書きは見事で、もう私など一遍
に読んじゃうのがもったいなくて、帰宅してからのひと時をパン猪狩と
座談しているような気分で読ませてもらっている。
もうはっきり言って別れるのが辛い!売りたくない!でも売っちゃうけどね。
という感じなのだ。

請われて冒頭に序文を寄せている色川氏の文章でも、パン猪狩という
人と一緒に居るのが好きなのだというようなことが書かれているが、判
るなー。
パン猪狩という奇抜な発想力とセンスを持った芸人が、にもかかわらず
裏街道を歩くことを余儀なくされたのも、そしてまた裏街道を歩きながら
もけっして忘れ去られた存在にならなかったのも、偏にその人物から溢
れ出す魅力のせいで、魅力があるから裏街道を歩かねばならないという
のは一見矛盾のようだけど、色川氏がよく使う「小市民」という言葉の対意
語としてのアウトローの魅力はじつにこんな人の事だったんだなぁと思い
つつ、残り数ページを惜しみ惜しみ読んでおります。
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by shanshando | 2007-08-24 14:04 | ■原チャリ仕入れ旅■


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