上々堂(shanshando)三鷹

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2007年 11月 20日

50円 いい加減やめます。

50円玉というのは調べてみると、ぼくが生まれる5年前の1955年に
発行されている。初めは穴なしのニッケル貨だったのだけど、100円玉
と紛らわしいということで、4年後の59年には、現在と同じ穴あきの物に
切り替えられたらしい。ニッケル貨ってなんかいい響きだ。
ぼくが商工会議所の石段の下でみつけたのはこの穴なしニッケル貨だった。
この誕生からわずか4年しか造られなかったコインは今でも蒐集家の間で
高値で取引されるらしいが、発行停止から12、3年の当時でもわりと珍しく
って、そうでなくても現金というものに縁がなかった小学生のぼくの眼には、
夢の財宝のように映った。
怖々拾い上げて、よおく見てみる。
同級生が父親のコレクションを持ち出して学校で自慢しているのを横目で
見たことはあるが、自分で触るのは初めてだった。
鈍い銀色が夕日にキラリと光っていたというのは、もちろん後付けの印象に
違いないが、でも本当にそう思えるぐらい美しいく見えたのは事実で、正直
ぼくにはお年玉で貰った500円札よりもずっと貴重に思えた。
周囲はすでにうす闇に包まれ始めており、大人たちは自転車や徒歩で忙しく
行き交って、誰もぼくのことなんか見ていない。
このままポケットに入れちゃおうか……、そう思っただけで手にびっしょり汗
をかいた。
これがあったら本当は欲しくてたまらない漫画雑誌が買える。(当時の漫画
雑誌は30円くらいだったろうか?)イヤ、いつか父親に連れて行かれた京都
で見たコイン屋に持っていけばもっと高くで買ってくれるかもしれない……。
でもどう考えても駄目だ。ぼくは未だ一人で京都に行ったことがないし、もし
漫画雑誌を買ったとしても、家に持って帰れない。そのまえにいつもの本屋の
おばさんが父親に告げ口するかもしれない。
ぼくは何かと言うと、コメカミに青筋をたてて怒る父親の顔を思い出して胃が
痛くなってきた。
やっぱり正直に交番に届けよう、届けておけば落とし主が現れなかった時に
拾った人の物になると聞いたことがある
ぼくは決意し立ち上がると、トンネルを抜け駅前の交番に向かった。
正確に再現するとその時のぼくの決意は「交番に届けよう。」ではなかった。
「じゅんさんに渡そ。」だった。ぼくの田舎では年寄りや子供は警察官を「巡
査さん」→「じゅんさん」と呼んでいたのだ。
それなら「交番に届ける」も「じゅんさんに渡す」も同じことじゃないかと思うか
もしれないが、これはエライ違いで、子供のぼくにとっては警察官とか交番と
いう言葉はブラウン管の向こうの非現実に過ぎないが、「じゅんさん」は、ご飯
を食べなかったり、仮病をつかったりするだけで、闇の底から現れて、遠い
世界に子供を連れ去る魔王のような存在で、怖い怖い父親よりも更にわけの
判らない恐怖の権化さったのだから。その時のぼくの決心は、桶狭間の決戦
に臨む織田信長か、チャンピオン アポロ・クリードに立ち向かうロッキー・バル
ボア並みだったと言っていい。
(やめますといいながらまた続く。)
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by shanshando | 2007-11-20 15:47 | ■原チャリ仕入れ旅■


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