上々堂(shanshando)三鷹

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2008年 03月 12日

特製ラーメン

何をいまさらだが、今朝鏡で自分の顔を見てつくづく老けたなと思った、
前髪がひと房白くなっている。

30代の頃は、役所などで書類を書く時「えーと俺今年幾つなんだっけ?」
ということが屡あって、それは意図的に惚けてサバをよもうなどという姑息
なことではなく、本当に忘れがちだったのだ。
これは同じようなことをヒトからも聞くので、一般的に30代にありがちな傾
向なのだろう。すごいヒトになると33歳の時何故かずーっと自分は34歳
だと思って過ごしたので、結果的に34歳を二回やったことになる…という
話を聞いた。
昔の30代と違って、今の30代はいまだ夢見がちなのかもしれない。

しかし40代になるとそのボケはあり得ない。もう夢など見ていられない。
脳も身体も1年1年如実に衰えていくし、骨格がまず歪んでくるので容姿も
誤魔化しようがない。
自分でも明確に意識しているから、うかつに間違うということもないし、もし
万が一他人が自分の歳を間違えようものなら目を逆立てて抗議する。

私のように組織に属さず生きてきた人間は組織人に比べてあつかましいと
いうか、相当な動かぬ証拠を突きつけられないと、自分がおっさんおばさん
になっていることを認めようとしない。正直にいうと私など今朝もう白髪だらけ
になった頭を確認しても、心のどこかで自分がもう立派におっさんだと言う事
を否定している。
いや、まぁこれは若白髪の一種だろう…と自分に自分で言い訳しつつ、相変
わらず若い人たちと同じように浮かれて過ごしていても、誰も注意をしてくれ
ないし、注意されないかぎり無用に客観的になる必要もなく。気がつけば80
歳になっていた…というのならそれはそれで本望かもしれない。

しかし望むと望まざるとに関わらず客観というものに直面せざるを得ない時が
あるもので、私にはそれがラーメン屋であったりする。
私は多くの現代日本人の御多聞にもれずラーメン好きで、少なくとも週に一杯
は食べている勘定になるが、もう若い頃のようにパーコー麺だのチャーシュウ
麺だのというものは食べられなくなっている。トンコツは好きだが、背油ギットリ
というのはさすがにもう食べられないし、大盛などもう十年以上頼んだことがない。

今日も開店前に店の近くのラーメン屋に入ったのだが、私がなるだけあっさりし
ていそうなメニューを頼んで食べている隣に二人のサラリーマンらしき男性が入
ってきた。一人はあきらかに私より年上で、もう一人は同年輩。どうやら年長の
人が年下の人を接待する立場にあるらしい。
その店は熊本ラーメンなので私の頼んだ一番あっさりしていそうなメニューでも
結構油が強い。二人とも比較的痩身で、いかにも胃弱らしい。本当は私と同じ
あっさりを頼みたいのだが、困ったことにそのメニューはその店でも一番安価な
のだ。接待する側としてはさすがに自分からこれを選ぶわけにはいかない。
接待される側にしてもそれは同じコトで、相手のおごりだとハッキリしている状況
で、年上の取引先相手に敢えて一番安いメニューをおごらせては、相手の自尊心
を傷つける事になりかねない。
「ウーム特製ラーメンか…。」
暫しの沈黙の後に年上のほうが口を開いた。
「この特製ラーメンというのはどーゆーの?」
「はい、トンコツラーメンの上に豚の角煮やらチャーシューやら全ての具がトッピン
グされております。」
「そう、それは美味そうだ。ねえそれがいいんじゃないですか?」
接待側とおぼしき年上のサラリーマンがなるだけ快活を装いながらそういった。
「そうですね…」年下も敢えて異論は唱えない。唱えないが声の調子にある決意が
伺える。
「ねえ煮玉子も乗ってるようだし、にんにくたっぷり。これにしましょうよ。」
年上が畳み掛ける。接待する側としては意地でもここはその店で一番高いメニュー
にせざるを得ない。たとえコレステロールの数値をググンと上げることになっても、絶
対に特製ラーメン以外あり得ないのだ。
やがて年下も観念した様子で二つの特製ラーメンがオーダーされた。

私が食べ終えて立ち上がろうとした時、なんとなく気まずい沈黙に包まれた二人の
方から、ヒシヒシと心の声が聞こえてきた。
「ああ、蕎麦屋にしておけばよかった。」
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by shanshando | 2008-03-12 14:58 | ■原チャリ仕入れ旅■


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