上々堂(shanshando)三鷹

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2005年 12月 17日 ( 2 )


2005年 12月 17日

おなじみさまより

手の切れるような(この慣用句は通常お金に使いますね)
新刊本を売っていただきました。全部2005年発売の
ホヤホヤ、北尾トロ氏の「気分はもう裁判長」は装幀
100%オレンジなんですね。鎌田慧さんの本などは出して
すぐ売れちゃいました。
そのほか今日買ってきた絵本で、バルト・ムイヤートという
ベルギーはブルージュ生まれの作家とアンナ・ヘグルンドと
いうスゥェーデン生まれの画家による「かきねのむこうはアフリカ」
という絵本は、不思議なお話。ちょっと要注目かも。

ネット販売は新商品がでてます。。谷川俊太郎 沢渡朔の
こどものとも版『なおみ』など。
「掃苔帖」は林忠彦です
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by shanshando | 2005-12-17 22:31
2005年 12月 17日

古本屋の掃苔帖 第百三十二回 林忠彦

銀座のBAR「ルパン」には、いつか行ってみたい。
と、思いながらもう十数年行けずにいる。何時まで
たっても田舎者の私には、銀座は敷居の高い街なのだ。
たまに、知り合いの個展に顔を出したり、歌舞伎座の
幕見に出掛けても、終わると逃げるように帰ってくる。
しかし、やはりこうして太宰のゆかりの地で本屋をや
っている限りは、一度は「ルパン」に行かねば。

林忠彦が戦後、文士たちの肖像写真を撮り続けたその
そもそもの始まりは、このBARで出会った当時の流行
作家織田作之助の顔や挙動に死相を読み取って「今、
この人を撮っておかねば」という思いにかられて、織
田作に頼み撮らせてもらってからだという。それまで
数誌の雑誌の仕事を抱え売れっ子だった林は、自分から
すすんで被写体を追った事などなかったそうだ。
織田作を撮り始め、納得いくものが撮れぬまま数度かさ
ねるうちに、ある日「ルパン」に安吾と連れだった太宰
が近くの席で酩酊しており、絡むように「織田作ばかり
撮らず俺も撮ってくれ」と言ったらしい。
林はしょうがなく、なけなしのフラッシュバックを使って、
狭い店内で引きをとる為、自ら便所の中に入ってそこか
ら撮った写真が太宰の写真としてもおそらく一番有名な、
スツール椅子の上に胡座をかいたようなあの写真である。

BAR「ルパン」のホームページは許可が取れていないため
リンクは張れないが、見るとアーカイブの中に1971年の
雑誌「商店建築」に載った記事で改装以前のつまり太宰や
織田作 安吾やロッパが通い、そして林忠彦自身が連絡先
に使っていたという時代の面影を見る事ができる。昭和3
年創業というからおよそ77年営業している事になる。

林忠彦はその後も多くの戦後作家たちの肖像を撮り続けた。
今、上々堂にある昭和写真全仕事のシリーズ3「林忠彦」を
読むと一人の作家の素顔に迫るまでのねばり腰は、ほとんど
執念といってよい。

林忠彦、1990年12月18日、肝臓がんにより死去。
享年72歳。
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by shanshando | 2005-12-17 22:08 | ■古本屋の掃苔帖