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上々堂(shanshando)三鷹

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2007年 05月 15日 ( 1 )


2007年 05月 15日

魚と豆

昨日、郷里に帰る母を見送りに行った東京駅のホームで田中泯さんに
逢った。
まさにエスカレーターに乗り込む瞬間に声をかけたので、手摺ごしに子
供を抱いて覗き込む私を振り仰いで話す一瞬の会話だったが、顔立ち
が以前より精悍になっているように思えた。
「仕事でこれから九州」と云っていたが、やはり映画の撮影だろうか?
見上げた顔が地中に吸い込まれて行くのを見送りながら、私の頭の
中に「魚と豆」という言葉が浮かんできた。確か泯さんの昔の作品にそん
なタイトルがあったはずだ。

日本人という括りは曖昧だけど、とにかくこの列島に生きてきた人達が
この二つを食べ始めたのは何時のことだろう?
魚は相当古いだろうが、豆の歴史はそれほどでもないような気がする。
しかしまあ優に千年は超しているだろうから、この二つが我々の遺伝子
の組成に大をなしている事には違いあるまい。

外国に行くと、和食やラーメンがむしょうに恋しくなるというが、この二つ
は味と値段の不釣合いさえ度外視すれば、今や世界の殆どの土地で
食べられる。度外視できない人はカップラーメンでも持っていけば済む
話だ。しかし魚と豆はそうはいかない。
いや勿論、大抵の国にはその土地独特の魚料理豆料理があるに違いな
いし、お金と情報に恵まれればそんな物も味わえるのだろうが、私どもの
ような貧乏旅行者にはなかなか至難のわざで、ありつけるのは精々フィッ
シュアンドチップスとチリコンカンぐらいのものである。

豆腐や味噌醤油などの豆製品はスーパーに行けば大抵手に入るし、魚
だって、豆の水煮だって売っているに違いないから、手間を惜しまなけれ
ばなんとかなるはずだが、旅行に行って日本に居るのと変わらないオサ
ンドンに明け暮れるのはなんだか間抜けである。どうせやるなら地元の
材料を地元の調味料で味付けて食べたい。

映画俳優で忙しくなる前の田中泯さんは一年の半分近くを世界のあちこち
で過ごしていた筈で、そんな体験が上記のようなタイトルをつけさせたのか
もしれない。私がこのタイトルが好きな理由は、日本人の血肉の、あるいは
遺伝子の組成に大きく関わっているはずのたんぱく質を云うことで日本人
の情質そのものを見事に匂わせているよう思うからだ。無論、田中泯という
ダンサーの身体に織り込まれた文脈を知って初めてわかることだから、興味
のない人にすれば「なんのこっちゃい?」てなもんだろうが、……尾崎放哉
の句や現代美術のいろんな作品にしてもそれは同じこと。

泯氏を見送り、母を見送った私は帰宅してさっそく豆をポットの湯に浸し、
魚を焼いた。魚は夕食用で、豆は今朝煮つけて当分の私の弁当の菜にする。
休みの後で当分毎朝出張買取が忙しい。幸い五月の東京は美しく過ごしや
すいので、体調さえ良ければ仕事は着実に片付くだろう。
豆と魚さえあれば、私は当分死ぬことはない。

by shanshando | 2007-05-15 14:34 | ■原チャリ仕入れ旅■